愛別離苦
白川津 中々
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俺は自分のためだけに生きている。
籍を入れ子を二人持ち、家族のために働いていると嘯きながら俺は己の損得しか感情できない業人である。女房については劣情を収めるための存在でしかなく、子は世間体のためでしかない。仕事だって本当はしたくはないが、享楽に耽るためには金がいるし、見栄を張るにもやはり金がいる。家に幾許か入れても尚貧苦に苛まれぬ程の金子を得るには働かなくてはならないのである。難儀極まる。
ともかく俺の人生は、全てが俺のために築かれていた。他人の入る余地などなく、女房も子も、俺が俺のためにこさえ、俺の好きなようにしてきた。表向きは円満な家庭を描きながら内心唾棄し、俺のいないところでまとめて焼き死んででもくれた方が気楽になのにななどと畜生にも劣る悪辣な考えを抱く事もままあるくらいだ。
さて、話は変わるが、先日夢を見た。若い頃に恋慕を抱いた女の夢であった。
故あって俺の方から酷い言葉で決別を申し出たのだが、実は終始ずっと気に病んでいて、最近ますます後ろめたさが強く、色濃く現れている。夢を見て、もしあの時にあんな言葉を吐かなかったら彼女と籍を入れて彼女の子を持ち自分のためだけではなく彼女のために、愛のために生きていられたかもしれないなどと役体もない妄想に駆り立てられた。だが……所詮、妄想である。どうしたって俺は下劣下等な人間だ。人のためになど生きられるわけがない。
今の女房には大変申し訳ないし、子にも、償いきれない罪を犯している。しかしどうにもならないのだ。どうしても俺は、他人のために、愛に狂う事などできはしないのだ。そしてそれはきっと彼女に対してもそうだったろう。もしあのまま関係を深めて夜床を共にし、毎朝毎晩顔を付き合わせるようになったらきっと、かつて抱いていた愛情は消え失せ、彼女は俺という人間を装飾するためだけの存在になっていたに違いない。
そう思うと、少しだけ気が楽になる。
しかし願わくば、早く俺の頭から彼女の残り香が消える事を望む。欠片さえ、思い出さぬように。
愛別離苦 白川津 中々 @taka1212384
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