さくらさく春 君と

@rihokuro

第1話

「4年生から転校なんて馴染めるのかな?」

 わたし・池野さくらは4年生の4月からお父さんの転勤で転校することになった。

 お兄ちゃんはちょうど中学生になるタイミングだったから、お母さんからは「お父さんとお兄ちゃんにだけ行ってもらってさくらはお母さんとこっちに残ってもいいのよ」

って言われたけど、わたしは家族がバラバラになるのは嫌だったし、正直前の小学校に強く思い入れがあるわけではなかったから、ついて行くことにした。

 でも、新しい小学校は1学年1クラスしかなくてわたしの学年は23人しかいない特に少ない学年で、ほとんど保育園から一緒の人ばかりらしい。みんな幼馴染みで家族みたいな感じで仲が良いのかなって思ったから、余計にそこに今から馴染める感じがしなかった。

 それにわたしはみんなから見たら変なんだってわかってたから。

 わたしは昔から女子よりも男子の友達と遊ぶことが多くて本当に小さい頃は特に違和感を感じることはなかった。でも、少し大きくなってくると幼稚園でもだいたい男子のグループと女子のグループで分かれて遊ぶようになって。わたしはそれでも男子のグループでブロックしたりして遊んでた。

 だけど、女子の1人から

「何でさくらちゃんはいつも男子と遊んでるの?おままごともお人形さん遊びもしないで、ブロックや車で遊んでるなんて変わってるね」

って言われて。

 自分は他の子とは違うだって、なんとなく女子と距離を取るようになった。今も女子と群れたりベタベタ仲良くするのは苦手だ。

 テレビでLGBTとか性別違和とかって言葉は聞いたことあるけど、それともちょっと違う気がする。わたしは髪飾りをつけたり、スカートを履いたりすることも嫌いじゃないし。別にわたしは男子になりたいわけでもない。でも、自分は周りの人の言う『普通』じゃないって自分でもわかっている。

 4年生にもなったらみんな好きな子とかの話をしたり、さらに男女って分かれると思う。その中でわたしみたいな子は、おかしいって思われないかな。

 新しい学校ではなるべく『普通』にしたほうがいいのかもしれないな。

・・・・・

 新しい学校の1日目のスタートの日はすぐにやってきた。

 こっちは、暖かくなるのが遅いせいか桜はまだつぼみが多く、満開って感じには遠いんだなあ。わたしは桜って好き。自分の名前の由来でもあるし、桜の花って明るくてキラキラしてる感じですごくきれいだと思う。

 わたしは担任の北村先生っていう若い女の先生について教室に入った。

「えっ、めっちゃかわいい!」

「えー、女子かよー!もともと男子少ないのに」

「うちの学校に転入生なんて超ウルトラスーパー激レアじゃん!」

という感じに教室は叫び声でいっぱいになって。

 こんなに転入生って珍しいんだってちょっと引いちゃった。

「はい、みんな静かに!さくらさん自己紹介お願いします」

 先生に言われて、みんなに見られながら

「池野さくらです。えっと、趣味はスポーツでサッカーやバスケが好きです。よっ、よろしくお願いします!」とつっかえながらも自己紹介。


 朝の会が終わるとわたしは逃げるようにお手洗いに向かった。思った以上にみんな元気でパワーがすごくてわたしはその中にいるのが少し怖くなってしまった。

 とりあえず、1時間目に間に合うように教室に戻らなくちゃ。慌ただしく行こうとしたら、

「あっ、さくらさん」って後ろから声をかけられた。ドキっとして立ち止まる。

「あの、このハンカチさくらさんの?」

「あっ、わたしの!あっ、ありがとう」

 声をかけてくれた女の子は、緑色のワンピースを着ていて、肩くらいの長さの髪をハーフアップにしていて、おしゃれでとっても優しそう。同じクラスの子かな?こんな子いたんだ。

「さくらさんのハンカチおしゃれでかわいいね!

あっ、私、羽田亜莉紗。よろしくね、さくらさん!」

 亜莉紗ちゃんが話すとさらっと髪がゆれる。

「うん、よろしくっ!」

 初めて話した亜莉紗ちゃんのこと、白雪姫みたい、天使みたいだななんてわたしは思った。


 1時間目は春休みの宿題や提出物を集めたり、前期の係りを決めたりした。私・羽田亜莉紗と転入生のさくらさんは学習委員に決まった。さっきは少ししか話せなかったけど、委員会を通してさくらさんともっと仲良くなれたらいいな!

「先生、4年生になったし席替えしたいでーす!」

 ひと通りやることが終わって時間が余ると、クラスの中でも中心的な女子、柚月ちゃんが言った。

 すると、他の子も

「私もしたーい」

「好きな者同士がいい!」

「俺もずっと女子と隣だったから、男子同士がいい」と言う。

 低学年の頃は、自由だと騒がしくなるし、トラブルも起きるかもしれないからっていつも先生が決めていた。

でも、

「しょうがないわね、みんなも高学年になったし、今回は自由でやってみます。でも、うるさくなったら先生が決めるからね」と言って先生は認めてくれた。


「ありりん、ゆっきー隣の席座ろう!」

元気いっぱいに言ったのは工藤ゆりちゃん。

「ゆりちゃん、三人で隣はできないでしょ」

大人っぽく笑ったのは早乙女雪音ちゃん。

私たち三人はお母さんたち同士も仲が良いのもあって、保育園の頃からずっと三人で一緒にいることが多い。

 私たちのクラスはずっと同じメンバーだからかグループは男子も女子も割と固定していた。それが普通で当たり前だった。だから今まで特に何も思わずなんとなく過ごしてきたと思う。

 でも、このままでいいのかな?変わらないクラスの中で私は漠然とした不安を感じていた。だって、当たり前だけど、いつまでも子供でいられるわけじゃないし、大人になってもずっとこのメンバーで生きていくわけじゃない。私は、私たちは、これから変わっていくことができるのかな?

 そんなことを考えている間にもクラスメイトは好きな席についていく。

「ここにする?あっ、私前に行くよ」

 1番後ろの席にはゆりちゃんと雪音ちゃんが座って、私は雪音ちゃんの前に座る。

「波ちゃん、波ちゃん、隣の席座ろ!」

「うん、私前の方の席がいいな。後ろだと黒板が見えないかもしれないから」

 運動神経抜群の渡辺愛ちゃんと算数が得意でクラス1賢い熱海波ちゃんが私の前の席に着いた。


「ちょっと、そこの席私たちが先に取ったんだから、座らないでよ!」

「あたしが先座ったんだから、んなん知らねーよ」

 水戸柚月ちゃん、神崎唯菜ちゃん、村井心愛ちゃんの三人組と山下祐ちゃんが揉めてるみたい?

 祐ちゃんは女の子だけど髪がとっても短くて、独特な雰囲気がある子だ。低学年の頃は周りの子と話しているところも見たことがあるけど、大きくなってからは周りとは群れず1人でいるイメージだ。

 私は思わず「祐ちゃん、私の隣座らない?」って声をかけた。

「そーゆーの余計な世話だから」

と言いながらも祐ちゃんは私の隣に座ってくれた。

「あーあ、感じ悪」

「せっかく亜莉紗ちゃんが誘ってくれてるのに」

「友達ができないのそういうところ」

3人に言われても、祐ちゃんはもう見向きもしなかった…。

「よろしくね、祐ちゃん」って言ってみたけど、声が小さすぎたのか祐ちゃんは答えなかった。

 私の1年間いろいろと大丈夫かな?


「さくらちゃんも女子会に入らない?」

 わたし・さくらは朝、クラスメイトの唯菜ちゃんに声をかけられた。

「女子会?」

 今まで男子とサッカーやバスケをして遊んでいたわたしには女子会というもののイメージがわかなかった。好きな男の子の話とかをするのかな?

「いいから!昼休み階段の踊り場のところに来てよ!」 

 そう言って唯菜ちゃんは去ってしまった。

 新しい学校に入って3日目だが、わたしはクラスのだいたいの子とはもう話したと思う。って言ってもわたしのコミュ力が高いとかじゃなくて、今のクラスはみんなの距離感が近いというか、そんな感じがする。

・・・・・ 

 だけど、わたしも初日1時間目の席替えには困った。だってまだ話したのは亜莉紗ちゃんしかいなかったし、好きな者同士って言われたって仲いい子なんているわけがない。

 わたしが困っていると

「さくら、ここの席来いよ!」

と西澤陽斗が声をかけてくれた。

 いきなり呼び捨てにされてわたしは戸惑ったけど、陽斗は気にせず、

「さくら、スポーツ好きなの?クラブとかやってたりする?」と言ってきて。

「えっと、前の学校でサッカークラブだった、けど」わたしが言うと

「すげー、今度勝負しよーぜ!」

と言ってくれた。

 それからわたしは陽斗の後ろの席に座った。隣の子は陽斗の友達の坂井瞬。わたしはよろしくって言ったけど、彼は無言でうなずいただけだった。陽斗の友達だけど、無口でクールな感じなのかな。

「あっ、こいつこんな感じだけど、人見知りなだけで普通にいいやつなんだよ!この前も、」

と言いかけた陽斗の言葉を遮って、

「西澤、余計なことを言うな」

と瞬は言った。

 瞬って人見知りで恥ずかしがり屋さんなんだ。わたしも初めての人と話す時、緊張しちゃうからその気持ちちょっとわかるな。

「瞬くん、この前心愛ちゃんが重い食器運んでた時持ってあげてたし、体育でりくくんが怪我した時もまっさきに保健室につきそってあげてて」

 陽斗の隣、わたしの斜め前の席の男子・山本翔太も話に入ってきた。

「山本まで。だから余計なこと言うなって」

「恥ずかしがらなくてもいいのに〜。瞬くんは運動も勉強もできて、ええっと、まさに、オールラベンダー、じゃなくてカレンダーじゃなくて」 

「えっと、もしかして、オールラウンダーのこと?」

「翔太、カレンダーはやべー!」

「あ、それそれ。ラウンダーだ」

 元気いっぱいでお調子者の陽斗、のんびり屋でちょっとおっちょこちょいな翔太、クールだけど優しくて友達思いな瞬。グループって普通似た者同士が集まるものかと思っていたけど、三人はバラバラな性格だけど仲がいいんだな。わたしもここならなんとなく落ち着いていられるかもって思った。

・・・・・

 でも、わたしは女子だから男子とばかり遊ぶわけにはいかないのかも。ちゃんと女子の友達も作らないといけないよね。

 お母さんにも心配されているし。

 昨日の夜も、わたしとお兄ちゃん

「学校はどう?お友達できたの?」

なんていろいろと聞かれて大変だった。

 お兄ちゃんは

「ああ、同じクラスのりゅーじってやつにバスケ部入らないかって誘われて一緒に見学に行ったんだ。他のバスケ部に見学に来てた一年とも話したし。やっぱ部活はバスケにしよーかな」

なんて楽しそうに話して。

 わたしも

「好きな者同士の席替えがあって、陽斗って子に声をかけてもらったんだ。わたしの席は陽斗の後ろになったんだけど、隣の席の瞬とか斜め前の翔太とかとも少し話して仲良くなれそうだよ。後は、宮大地とか岡崎颯也って子とかとも話したし」

と言った。

 そしたら、お母さんには

「さくら、女の子の友達はできていないの?」

と心配されてしまった。

「母さん、男子と仲良くするも女子と仲良くするもさくらの自由だろ」

 そうお兄ちゃんは言ってくれたけど。 

「でも、男の子の友達とはいつも一緒にいるわけにはいかないでしょう?」

 お母さんはさらにきつく言った。

「だ、大丈夫だよ。女の子の友達もちゃんといるよ。亜莉紗ちゃんって子が最初に話しかけてくれたんだ」

 わたしが言うとお母さんは納得してくれたけど、わたしなんかが亜莉紗ちゃんのこと友達って言っていいのかななんて少し不安になってしまった。

・・・・

 昼休みに唯菜ちゃんに言われた階段の踊り場に行くと、柚月ちゃん、唯菜ちゃん、心愛ちゃんが集まっていた。

「あっ、さくらちゃーん」

 そう唯菜ちゃんが手を振ってくれる。

「お待たせ!」

わたしが行くと、柚月ちゃんがいきなり

「ね、さくらちゃん、坂井くんのことどう思う?」

と聞いた。

「えっ、瞬のこと?どう、って?」

 わたしは質問の意図がわからずに困惑した。

 彼は寡黙でみんなとベタベタ仲良くするタイプではないけど、友達思いで優しい人だ。でも、わたしと何の関係があるのだろう?

「瞬くんってミステリアスでかっこいいよね!」 

「ねー、しかも細かい気遣いできて優しいよね!今日も理科室行く時にドア開けてもらっちゃった〜!」

「キャ〜、いいなー!心愛もこの前荷物持ってもらったことあってもうドキドキしてふわふわして〜!」

「ね、さくらちゃんはどう思う?」

「えっ、わ、わたしは…」

 わたしももちろん瞬のこと友達としては好きだし優しい人だと思うけど、そんな風に考えたことなかったな。

でも…

「かっこいいと思うよね!?」

なんて念を押されてしまうと

「うっ、うん!わたしもこの前教科書見せてもらって〜」

 なんて言ってしまった。

「だよね~、ね、わたしたちとさくらちゃんの四人でファンクラブ結成だね!」

「いいね!」

「さんせ―!」

「…うん」

 ファンクラブ、か…。

・・・・

「さーくらっ!一緒に帰ろーぜ」

「いいの?」 

 正直に言うと、少し迷いはあった。女子のわたしが男子の陽斗たちと一緒に帰ったりしていいのかな。柚月ちゃんたちに見られたらまた何か言われそうだしなぁ。

でも陽斗は

「いいに決まってんだろ!行こーぜ!」

 そう言って瞬や翔太と歩き始めてしまった。

 わわ、ここはわたしも何か話さないとだめだよね。翔太や瞬とも席が近いから話したりいろいろ教えてもらったりしてるけど、まだみんなのことあまり知らないし。

 そう焦っていたけど

「でさ、その選手のプレーがまじですごくて。おれもこんなプレーしたいなって。さくらも前バスケクラブだったんだよな。家でバスケ見たりすんの?」

「うん、たまにお兄ちゃんと一緒に」

「さくら、兄ちゃんいるんだ!いいな〜。うちなんかさ、姉ちゃんと妹だから、おれがバスケ見てても勝手にチャンネル変えられたりするんだよ。まじでこえーよ、女二人って。それでさ」

 なんて具合に陽斗がずっと話していたから困ることはなかったし、むしろみんなとスポーツの話や家族の話をするのは楽しかった。

「えー、ぼくもお姉ちゃんがいるけど優しいよ〜。あ、もう家に着いちゃった。みんなまたね〜」

「じゃ、おれ翔太んち寄ってこーかな」

「陽斗、寄り道したら怒られない?」

「ヘーキヘーキ、通り道だから寄り道って言わねぇよ。二人も来てもいいんだぜ?」

「そういう問題?わたしは早く帰ってきてってお母さんに言われてるし」

「俺も。じゃあな」

「はーい。じゃ、明日な」

「さくら、瞬くん、まったね〜」

 陽斗と翔太に見送られて、わたしは瞬と二人で歩き出す。こんなところ柚月ちゃんたちに見られてら、また盛り上がっちゃいそうだな。毎日昼休みに集まろうねって言われてるし。

 ってそんなことよりも、陽斗たちがいなくなって二人だけになったら、急に静かになっちゃったよ。二人だけで話すのって初めてだし、瞬はあまり自分のこと話すタイプじゃないから…。でも、友達だもん。わたし、もっと瞬のことを知りたい。

「瞬は何か好きなスポーツあるの?クラブとかは?」

「クラブには入っていない。スポーツはたまにスキーに行ったりする」

「そうなんだ!わたしも冬は毎週スキーに連れて行ってもらうよ。瞬もスキー家族と行くの?」

「ああ。スキーは個人でできて気楽なところがいい」

「わかるなあ。わたしも前の学校でバスケクラブだったけど、今から女子のクラブに入るのは何か違う感じがして」

「よかったら、今年の冬はうちの家族と一緒に池野もスキーに行かないか?」

「楽しそう!いいの?」

「ああ、どうせ俺は兄弟もいないし、親にも友達がいるのかといつも心配されているところだし」

「あははっ、うちもお父さんはそんなことないんだけど、お母さんがしつこくて。お兄ちゃんもわたしもいろいろ聞かれたな」

 なんとなくだけど、瞬とわたしって似ているところがあるかも。柚月ちゃんたちのこともあるけれど、四人で教室でもたくさん話せたらいいな!


「ねぇ!ありりんとゆっきー、一緒にお絵かきしよ!」

 給食の片付けが終わって昼休みになるとゆりちゃんが元気に言った。

「いいよ!何を描こうか?」

私・亜莉紗が言うと、

「ちょうどきれいに咲いているし、お花の絵を描かない?」と雪音ちゃんも答えた。

3人でプランターのお花の前に座って、自由帳を開く。きれいな赤色の花だな。葉っぱの色は黄緑がいいかな?

「うわー、雪音ちゃん上手!」

 私は隣の雪音ちゃんの絵を覗き込んで驚いた。立体的な感じで今にも花びらが動きだしそうだ。

「そんなことないわよ。亜莉紗ちゃんの絵も色づかいがとってもきれいね!」

「そう?ありがとう!ゆりちゃんは、ってゆりちゃんりんごの絵描いたの?」

「ええっと、それが赤い花を描こうと思ってたらなぜかりんごになっちゃってて」

「ええー、確かにきれいな赤色の花だったけど」

「そんなことある!?」

と言って私たちは大爆笑した。

 ひとしきり笑った後、私は自分の絵に目を落とす。躍動感のある雪音ちゃんの絵。なぜか上手にりんごを描いたゆりちゃんの絵。それに比べて私の絵は…。

・・・・・・

 私たちは保育園に入る前からの付き合いで、出会ってからもう9年、10年になると思う。私の両親は仕事で忙しいことが多くて、私はゆりちゃんや雪音ちゃんの家に預けられることも多かった。ゆりちゃんは元気で明るくてスーパーポジティブで。雪音ちゃんは大人っぽくておしゃれで何でもできて。私は2人のことをすごいなってずっと思ってるし、もちろん大好きだ。

 でも、最近私は2人よりも遅れてるんじゃないかなって思うことがある。私は勉強はできる方だと思うし、おしゃれも好きだし、小さい頃から両親を手伝うことも多かったから料理や掃除もできると思う。でもこれと言って目立つものはないし、ゆりちゃんみたいに明るくも、雪音ちゃんみたいにしっかりしてるわけでもない。何か私にしかできないことってあるのかな。

・・・・・

キーンコーンカーンコーン

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「あっ、昼休み終わっちゃった!」

「私とゆりちゃん、廊下の掃除だからまた後でね」

「あっ、うん!」

 私も掃除やらなくちゃ。

 私たちの学校は昼休みが終わった後、5時間目が始まる前に掃除がある。

 4月の教室掃除は、私と波ちゃん、瞬くん、陽斗くん、翔太くん、それからクラス委員長の植田夏海さんと副委員長の秋原みのりさん、私の隣の席の祐ちゃんだ。

 雑巾がけをしていると、後ろから男子たちが話している声が聞こえてくる。

「西澤たちは今日もバスケしていたのか?」

「おう、でも愛たちにボロ負けしてよ。

今度は翔太と瞬も一緒にやろうぜ!」

「えー、でもぼくはバスケのルールあんまりわかんないからなぁ。ボールを蹴ってゴールに入れるのだっけ?」

「それ、サッカーだろ」

「あれ、そうだっけ?」

「おい、翔ちゃん、それはないだろ〜」

 仲がいいな。楽しそう。

「ちょっと、そこ口じゃなくて手を動かしなさい!」

なんて夏海さんに注意されても

「うわー、掃除大臣許してくださいー」

なんて陽斗くんは言ってこりない。

 それに対して、私は隣の席の祐ちゃんとも話せないままだ。今も一緒に雑巾がけだけど気まずいな。

もちろん、授業中に隣同士で交流する時間はあるけど、祐ちゃんは「3.4」とか「岩手県」とか下を向いたまま答えを言う感じのことが多くてほとんど話せていない。

 駄目だな。私はゆりちゃんや雪音ちゃんに支えられてばかりだ。

「ちょっと亜莉紗ちゃん、隙間開いてるじゃん。ちゃんとやってよ!」

 夏海さんに言われて、雑巾がけが雑になっていたことに気づく。

「あっ…、ごめんなさい」

 今は掃除の時間なんだから集中しなくちゃ。

「きゃっ!」

 立ち上がった拍子に今度はバケツにつまずいて倒しちゃった!

「あーもう、何やってるのよ。せっかくふいたのにまたやり直しじゃん」

と夏海さんに言われてしまって。

「夏海ちゃん、そこまで言わなくたって。亜莉紗ちゃんはいつも頑張ってくれてるんだし」

 みのりさんは言ってくれたけど。

「西澤たちも暇なんだったらふくの手伝ってよ!」

「何でまたオレらがやんなきゃなんだよ。めんどくさいじゃん」

「ぼくたちだってちゃんとやってたよ!」

何て言い争いになってしまった。

 全部私のせいだ。何でこんなこと…。

泣き出しそうな気持ちで何もできずにいると、

「つべこべ言ってないでさっさと片付けたらいいだろ」

と言ってこぼした水をふいてくれた。

 そしてそのまま雑巾を洗いに教室を出て行ってしまった。

「あっ、祐ちゃん、待って」

 私は水道のところで祐ちゃんに追いつき話かけた。

「何?」

「さっきは、助けてくれてありがとう!」

「別に助けたとかじゃないから」

 えっ。そうなのかな?

「それに、亜莉紗だって助けてくれただろ」

「え?」

「席替えの時」

 祐ちゃんと柚月ちゃんたちが揉めてた時のことか。

「ああいうの初めてで、なんか礼も言いそびれたけど、うれしかったから。亜莉紗だって1人で抱え込みすぎんなよ」

 言葉は乱暴で無愛想だけど、それでいて祐ちゃんの優しさが伝わってくる言い方だった。

「うん、ありがとう、祐ちゃん!」


 その日、わたし・さくらは鏡の前でバタバタしていた。というのも、昨日柚月ちゃんたち3人とみんなでヘアピンをして来ようという約束をしてしまったからだ。

 でも、ヘアピンをするなら、服もいつもよりおしゃれでかわいい服がいいよね。でも、わたしは動きやすいようにいつもズボンをはいていたから、いきなりスカートなんて履いたらどんな風に思われるんだろう。

「さくら!早く支度しないと通学班遅刻するわよ!」

「お、お母さん、ちょっと待って!ねぇ、スカートとショートパンツどっちがいいかな?」

「そんなことどっちでもいいから早く用意しなさいっ!」

「はっ、はーい…」

 結局わたしは30分も迷って、ショートパンツにTシャツという無難な格好にした。わたしは鏡の前でヘアピンをつけた。おばあちゃんが誕生日にくれた桜形のヘアピン。これなら大丈夫だと思った。

 慌てて通学班の集合場所に行く、同じ通学班の陽斗に挨拶する。

「陽斗、おはよう、はあ、ギリギリセーフ!」

「おはよ、なんか、さくらの服珍しくね?ヘアピンとか女子かよ」

「だって女子だもん!」

 わたしは笑って答えたけど、何でだろう、自分で言った女子って単語が鈍くわたしの心を傷つけた。 

・・・・・

 1時間目は算数だった。今日は、グループで机をくっつけて、練習問題を解いた。いつもの席とは違うグループだったから、亜莉紗ちゃんと同じグループだったの。他には瞬、愛ちゃん、翔太、波ちゃんと同じで。ヘアピンが似合ってないんじゃないかなって気にしちゃうけど、授業はちゃんと集中しなきゃ。

愛ちゃんと翔太は

「あれ?この問題答えが合わない〜。何でだろ?

8×7=65だよね〜」

「翔太ってば!8×7はえっ―と、25でしょ!全然違うよ!」

 なんて言っていて、波ちゃんは苦笑いしている。

 でも、わたしもあんまり人のこと言えないや。もともと算数は苦手だし、四年生になって分数や小数が出てから一気に勉強が難しくなったんだよね。計算ミスや約分ミスも結構しちゃって嫌だな。

 瞬はずっと無言で問題を解き続けている。勉強も運動もそつなくこなすタイプなんだなぁ。

 亜莉紗ちゃんも、愛ちゃんや翔太の話に笑ったりしながら、スラスラ自分の問題を解いている。勉強はできる方なんだっけ。でも、亜莉紗ちゃんは努力家な感じだから、どんなことでも頑張って取り組みそうだな。

「さくらさん、さくらさん」

「えっ?」

 ぼーっと亜莉紗ちゃんのことを見ていたから、波ちゃんに急に声をかけられてびっくりしちゃった。

「2番の3/54ってまだ3で約分できるよ」

 言われて筆算をしてみると、54はちょうど3で割ることができた。

「あっ、ほんとだ。答えは…、1/18か。でも、どうして波ちゃんはすぐに3の倍数だってわかったの?」

「1の位と10の位の和が3の倍数になるものは全て3の倍数なの。5と4は足すと9になるでしょう」

「ほんとだ!9は3の倍数だから54も3の倍数なんだ!波ちゃんすごい!」

「すごいのは私じゃないよ。すばらしいのは数字の規則性よ。他にもね…」

「わ―、また波ちゃんのマシンガントークが始まっちゃった。普段はおとなしいのに、結構な数字オタクなんだから」

「オタクの何がいけないの?」

 愛ちゃんがつっこんで、波ちゃんが言い返したので、わたしは亜莉紗ちゃんと一緒に笑っちゃった。 


 2時間目は体育で50m走。体育はわたしの1番好きな教科だから、ちょっとは気晴らしになるかな。それに思い切り体を動かしたらリフレッシュになりそう。

「渡辺愛さん、6.9!」

 体育の先生の声が聞こえて、みんなの間からざわめきが起こった。6秒台なんてすごすぎるよ!大人のプロのスポーツ選手並みじゃないかな。

だけど、当の愛ちゃんは気にする様子もなく

「やったー!あたしの人生最高記録!よーし、次は2秒台狙っちゃおう!」

なんて言って

「いや、2秒はバイクか自転車にでも乗らない限り無理でしょ」

って波ちゃんに即つっこまれている。

 あはは、わたしも愛ちゃんほど速くは走れないけど、最高記録が出せるように頑張りたいな。

「池野さくら、行きまーす!」

 スタートを切って走り出す。風が気持ちいいな。

 あっというまにゴールにたどり着くと、先生が記録を読み上げる。

「池野さくらさん、7.6!」

 やった!初めての7秒台だ。

「さくら、クラスで2番目じゃね」

「すげー、俺も負けないようにしね―と!」

 なんてみんなが言ってくれてうれしくなっちゃった。わたしって案外単純なのかも。

 しかも、ゆりちゃんや雪音ちゃんと一緒に亜莉紗ちゃんも

「7秒台なんてさくらさんすごいっ!」

って言ってくれたから、ドキドキしてすごく幸せな感じがしたんだ。

・・・・・

 給食当番はわたし、瞬、翔太、陽斗が食器を持ってくる係だった。四年生の教室はニ階にあるから、一階の給食室から階段で運ばなければならなくて、結構疲れるんだよね。配膳台に食器を置くと瞬の翔太の声が聞こえてきた。

「山本、残りは俺が持つ」

「いいの〜?やっぱり瞬くんは優しいなぁ」

 自分の仕事が終わった瞬が様子を見て声をかけたんだね。わたしなんて自分の仕事で手一杯だったのに、周りにも気を配れるなんて瞬はすごいな。それに男女とか関係なく誰にでも優しいのも彼のいいところだと思う。 


 今日の女子会では、柚月ちゃんたちは三人ともわたしの服やヘアピンのことかわいいって言ってくれたし、今日の瞬の様子を教えてくれた。わたしも今日の給食当番の話や前に鉛筆を拾ってくれた話をした。「きゃー、かっこいい!」って三人は盛り上がっていた。でも…。

 なんだかモヤモヤする。少し違う感じがする。

・・・・・

 今日の6時間目は最初の委員会だった。学習委員は委員長、副委員長を決め、年間のおおまかな活動の話を聞いて、割とすぐに終わった。

「まだ他の委員会は終わってないみたいだね」

「そうだね。他の子が出てくるまでこの辺で待つ?」

「うん!」

 ど、どうしよう。亜莉紗ちゃんと二人きり!?いや、どうしようってことはないんだけど。むしろ、うれしいけど。少し緊張するっていうか。何でだろう、普段男子と話していることが多いからかな?

「ねぇ、今日のさくらさんのヘアピンかわいい!」

と突然亜莉紗ちゃんが言った。

「えっ、ありがとう、でも、わたしには似合ってないかな?」

「そんなことないよ!さくらさんにぴったり!あっ、桜の形してるからさくらさんの名前と同じだね!」

「うん!そうなの!おばあちゃんがくれたもので気に入ってるんだ。普段はあんまりこういうのつけないんだけどね」

「よく似合ってるね!桜、今ちょうど満開できれいだもんね。私桜って好き!」

「ふぇ、あっ、えっ、そっ、そうだね、桜ってきれい!」

 わー、亜莉紗ちゃんの『桜って好き』が一瞬自分のことかと思って焦っちゃった!普通に考えたら桜の花のことに決まってるよね。わたしどうしちゃったんだろう。

「えっ、さくらさん?だ、大丈夫?」 

「う、うん、わたし、桜の花と同じ名前だから時々紛らわしいんだよね!」

「ふふっ、ほんとだ。私は『ありさ』ってものはないからなあ」

「あははっ、そうだね」

 はあ、何とかごまかせたかな。それにしても今日のわたしやばい。亜莉紗ちゃんにかわいいって言われてびっくりしたり、桜が好きが自分のことかと思っちゃったり。

「えっと、亜莉紗ちゃんって人のことよく見てるよね。細かい気遣いができる子は異性からモテるんだよ」

 前に柚月ちゃんが言っていたことを思い出してわたしは言った。でも、異性という言葉を口にするとぎゅっと胸が締め付けられるような感じがした。でも気にしないことにした。

「えっ、そうなの?さくらさんも、あっ、そういえば、さくらちゃんって呼んでもいいかな?」

 えっ、急にちゃん付け?このクラスではほとんどの子がわたしのことさくらちゃんって呼んでる。前の学校は、さん付けで呼びましょうっていうルールもあったし、距離のある子のことは苗字で呼ぶことが多かったから、わたしはちゃん付けされることが少し変な感じがした。

 それにわたしは自分のことをちゃん付けで呼ばれるのは違和感がある気がして、正直あまり好きじゃなかった。

 他の子にはそんなこと言ったら嫌われるんじゃないかとか変な子って思われないかなとか思って言えなかった。でも、亜莉紗ちゃんになら話したらわかってくれる、かな?

「あの、わたし、ちゃん付けで呼ばれるのそんなに好きじゃなくて、いや、あのっ、全然嫌とかじゃなくて、少し違和感があるっていうかなんていうか…」

 つっかえてしまって最後までしっかり話すことができなかった。

でも、亜莉紗ちゃんは、気にせず、

「わかった!じゃあ、今まで通りさくらさんって呼ばせてもらうね!」と言ってくれた。

 その笑顔を見てわたしはまた天使みたいって思った。これが心愛ちゃんの言ってたドキドキしてふわふわする感じ、なのかな。でも、それでいてとても幸せな感覚。

 この感覚は瞬や陽斗、翔太、それに他の男子には感じない感覚だった。


 日曜日に私・亜莉紗と雪音ちゃん、さくらさん、祐ちゃん、それから愛ちゃんと波ちゃんで動物園に行くことになった。

 雪音ちゃんのお父さんは大きい会社で働いていて、時々関連する会社の招待券をもらってくることがあった。だから、私とゆりちゃんは昔からよく雪音ちゃんのお父さんに遊園地や水族館に連れて行ってもらっていた。

 今回はゆりちゃんが予定があって行くことができなかったんだよね。そこで私は近くの席の愛ちゃん、波ちゃん、祐ちゃんを誘ってみた。愛ちゃんたちは喜んでくれて、祐ちゃんには断られるかと思っていたけど、意外にも素直に「行く」って言ってくれたんだよね。それから、さくらさんに声をかけた時はなぜか「えっ、わ、わたしっ?」って慌てているみたいだったけれど、来てくれることになった。

・・・・・・

 みんなで雪音ちゃんの家の大きな車に乗って、私は三列目の席に愛ちゃん、波ちゃん度並んで座って。

「波ちゃんは何の本読んでるの?」

「えっと、数学の教科書。高校生の姉の」

 波ちゃんは恥ずかしそうに慌てて言った。

「えっ、高校の教科書?すごい!見てもいい?えっと、ド、ド・モルガンの法則?」

「ド・モルガン?どこかで聞いたことあるけど、なんだっけ?あっわかった!自分にそっくりで3人そろうと良くないことが起こるっていうあれ!?」

「えっと、それってもしかしてドッペルゲンガー?」

「愛ちゃん、ドしか合ってないよ。文字数も違うし」

   それから、前の席のさくらさんたちも一緒に話したりして、みんなで盛り上がった。

「さあ、みんな着いたよ!」

 雪音ちゃんのお父さんが言うと

「なーみちゃんっ!あたしキリンみたい!行こう!」

「わ、ちょっと愛ちゃんかってに行ったらはぐれちゃうでしょ。」

 先頭を愛ちゃん波ちゃんが歩き、私たちもそれに続いた。 

 動物園では、ご飯を食べているキリンや温泉に入るサル、親子のペンギンなどいろいろな動物が見られて楽しかった。小動物コーナーでは、ウサギやモルモットと触れ合うこともできた。

 それから、波ちゃんが動物の習性について熱く解説したり、祐ちゃんが優しい表情で動物と触れ合ったり、みんなの意外な一面も見れた。

 

 お昼ご飯の時に

「祐ちゃんって動物が好きなんだね!」

「別に、普通だよ」

「うそ、小動物コーナーで楽しそうに笑ってたじゃん!」

「っ!気のせいだって!」

「えー」

 なんて私と祐ちゃんが話していると

「あのっ、亜莉紗ちゃんっ!」

 さくらさんが切羽詰まった感じで話しかけてきた。私は少し不思議に思って振り向いた。

「あ、いや、えっと、ウサギ、かわいかったねっ」

「そうだね!かわいかった!」

「その、午後は湖のところに行かない?フラミンゴとか水に生息する鳥が見られるみたいだよ」

「いいね!賛成!」

 私が言うと

「楽しそう!」

「私もフラミンゴ見てみたいわ。」

 他のみんなも賛成してくれたので、午後は湖にフラミンゴを見に行くことになった。

 

 湖のコーナーには思ったよりもたくさんの人がいた。

「フラミンゴ、たくさんいるのね」

「ほんとだね。かわいい!」

 私は雪音ちゃんと話しながら歩いていたけど、

「あっ」

 さくらさんが人混みで1歩遅れてしまったみたい。

「さくらさん大丈夫?」

 私が彼女のところに戻ると

「大丈夫。あまり慣れてなくて」

とさくらさんは小声で言った。

 普段人が多いところにあまり行かないのかな?

 私はバッグを左手に持ち替えて、さくらさんの手を取った。

「じゃ、一緒に行こ。ここならそこまで広くないし、ゆっくりで大丈夫だよ」

「きゃっ、へっ、あっありがと、亜莉紗ちゃんっ!」

 やっぱり少し様子が変、かな?そういえばお昼に私が祐ちゃんと話してた時もそうだったな。少し焦っているというか。少し考えたけど、それを聞くのも変だし、多分気のせいだよね。

 少し沈黙した後さくらさんが言った。

「亜莉紗ちゃん、今日はありがとう」

「ん?」

「えっと、亜莉紗ちゃんが誘ってくれてすごくうれしかったから。ちゃんとお礼言えてなかったと思って」

「私の方こそだよ!さくらさんと遊べて楽しかった。チケットをくれたのは雪音ちゃんのお父さんだけどね」

 改めて言うと少し恥ずかしくて付け加えた。

「ふふっ、そうだね。雪音ちゃんのお父さんにも帰りにお礼を言わなくちゃ。あの、亜莉紗ちゃん、これからもよろしくっ!」

「よろしく、さくらさん!」

 晴れた空の下で私たちは笑いあった。


「あっ、今日とってもあったかいなあ」

 わたし・さくらは朝登校班で歩きながら通学路の桜を見上げた。桜は満開を過ぎて葉桜になってしまっているけれど、わたしは葉桜も葉桜で好きなんだよね。

「あーあ、もう桜散っちゃいそう」

「ほんと!満開ってあっという間だよね~」

 同じ通学班の一個下の子たちの会話が聞こえてきて。

『私桜って好き!』

 あー、何でこんな時にあの時の亜莉紗ちゃんの言葉を思い出しちゃうんだろう。しかも動物園ではわたし亜莉紗ちゃんと手繋いでっ!

 思い出すと何だかドキドキしてうまく頭が回らない。陽斗にも「どうした、さくら?」ってニヤニヤしながら言われちゃうし。

 教室に着くと

「さくら、陽斗、おはよっ!」

「はよ〜」

 そう挨拶してくれたのは、岡崎颯也、佐藤空、河原樹だ。

 彼らに挨拶しながら、亜莉紗ちゃんの姿をわたしは探した。何だろう、あの日以来すごく意識してしまっている。あの時、わたしは女子のグループで出かけたのって初めてだった。亜莉紗ちゃんと手を繋いだ時、うれしかったのに恥ずかしくて、なんだか変な感じがした。心臓がドキドキして、亜莉紗ちゃんに聞えちゃうんじゃないかなって思った。でも、女子同士で手を繋ぐのなんて、みんなするし普通だよね。亜莉紗ちゃんだってそうだろう。だけど、わたしは友達と手を繋いで歩いたのって2年生の時の遠足以来かな。あの頃はまだ男女なんて関係なくペアの人と手を繋いでいたな。いつからだろう、男女を気にするようになったのって。

「だったんでやんすよ!ってさくら聞いてるでやんすか〜?」

「えっ、ごめん、あんまり聞いてなかった」

「ちょ、ひどいでやんすよ〜」

「あははっ、ごめんごめん」

 颯也とわたしが話していると空と樹が雪音ちゃんたちのほうに挨拶に行っちゃった。

「あっ、雪音さん、おはようございますっ!」

「ちょ、空、雪音さんに先に挨拶するのは、おれがだって決まってるだろ」 

「はあ、そんなルールいつからあるんだよ?」

「おれらが生まれた時から決まってるんだよっ」 

「はいはい、男子たち今日も元気ね」

 なんて雪音ちゃんに言われても二人は全くこりない。

「空と樹は雪音ちゃんのことが好きなんだ?」

 戻ってきた二人にわたしが尋ねると、変わりに陽斗と颯也が答える。

「そうそう、二人は小一の頃からずっと雪音さんをはさんでバチバチしてるんだよ!」

「雪音さんにもいい迷惑でやんすよね〜」

「そうなんだ!でも、空と樹って仲良いよね」

「「仲良くなんてないっ」」  

 わたしが言うと、空と樹の声がぴったりそろったから思わず笑っちゃった。

「あははっ、やっぱり息ぴったり!」

「うるせーよ。ってかそういうさくらこそ好きなやついねーのかよ?」 

「そうそう、さくらの恋愛対象とかふつーに謎だよな。男女とか関係なく誰とでもしゃべってるし」

「え、えー、わたし?」

 思わぬところから話を振られたから困っちゃった。

「謎多き少女さくらって感じでやんすよ」

「ええ、謎多いかな〜、わたし?」

 ごまかすように笑うしかなかった。やっぱり自分の好きな人の話とかするのは苦手だな。

「ねぇ、さくら、陽斗!」

 愛ちゃんに声をかけられたので、わたしは逃げるように愛ちゃんのほうへ向かった。一緒に動物園に行ってから、愛ちゃんとはよく話をするようになっていた。

「おはよう、愛ちゃん」

「おはよ!今日の昼休み、体育館でバスケしよ!」

「バスケ、いいね!今日体育館4年生の日だもんね」

 最近、いろいろと考えてしまうことが多いけどバスケをしたら元気になれそう!愛ちゃんは強そうだけど頑張りたいな。

・・・・・

 体育館に向かうと愛ちゃんたちが先に来ていて、場所を確保してくれていた。わたしは手を振ってみんなの方に行く。今日のバスケは陽斗と瞬、それから後ろの席のりくこと三条陸翔と藤木悠人も一緒だ。翔太も誘ったけど、「ぼくは運動は苦手だから応援するね」って言われたから彼は応援係だ。

 本当は今日は柚月ちゃんたちに女子会にも誘われていたけど用事があると言って断った。彼女たちと話すのが嫌なわけではないけれど、わたしはスポーツとかをする方が肌に合っていると思う。

「じゃ、いっくよ〜」

 愛ちゃん、りく、悠人のチームは何度もゴールを決めて強かった。特に愛ちゃんはスリーポイントをを決めたり、ディフェンスも何度も交わしていてすごかった。

 でもわたしたちも負けずにシュートを決めて、接戦が続いた。

 残り時間は後10秒。瞬がりくのドリブルをカットする。

「池野!」

 わたしは彼のパスを受け取る。残り時間は3秒。ゴールには少し距離がある。

 その場でゴールに向かってボールを投げると、きれいにゴールに入った!

「やったな、さくら!」

「スリーポイントすごい」

と陽斗に翔太も言って。

「やるじゃん」

 いつもは無愛想な瞬もそう言ってくれた。

「ありがと、瞬のパスのおかげ!」

 やっぱりスポーツって楽しい!


 「あー、やっぱりさくらたちにバスケで負けたの悔しい〜!次野球しようよ」

「えー、でも次は掃除だよ」

「大丈夫、大丈夫。ほうきをバットにして雑巾で野球すればいいんだよ」

「夏海さんに怒られちゃうよ。それに陽斗は掃除場ここじゃないじゃん!」

 言ったけど、二人はもう野球を始めてしまっている。

「さくら!」

 名前を呼ばれてボール(雑巾)を打つと予想よりもきれいにバット(ほうき)に当たった。

「すごいじゃん!」

「やっぱ、さくらって運動神経いいよな!」

「えへへ」

「ちょっとそこ何してるの?」

「あっ」「やばっ」

 夏海さんに見つかっちゃった。でもここは素直に怒られるしかないよね。

「さくら、逃げよ!」

 えー、逃げるってどこへ?

「きゃ、えっ、えっ」

 手を掴まれたと思ったら体が宙を浮く。そのままきれいに掃除道具入れの上に着地した。

「西澤、掃除場ここじゃないでしょ!」

「ごめんなさい!ってか二人はどこ消えたんだよ!?」

「いひひっ、さすがに上から見てるなんてわからないよね!」

「あの、愛ちゃん」

 わたしは恐る恐る彼女に声をかけた。

「どうやって降りるか考えてる?」

「あっ、えーっと、考えてなかった!」


 わたしと愛ちゃんはなんとか飛び降りて着地することができたけど、夏海さんにも先生にも危ないでしょってしっかり怒られちゃった。陽斗は爆笑してるけど。

 とりあえず次の授業の社会の準備をしなくちゃ。

教科書とノートを取り出して、資料集を家に持ち帰ってそのまま忘れてしまったことに気がついた。

「池野、資料集ないのか?」

 瞬がすぐに気づいて声をかけてくれた。

「うん、家に持ち帰ったら忘れちゃって」

「俺の、見るか?」

 瞬は机をくっつけて資料集を見せてくれた。

「いいの?ありがと!」

・・・・・

「さくらちゃん」

 放課後、柚月ちゃんに声をかけられた。もしかして今日の昼休み女子会に参加しなかったから、怒られるんじゃないかな。

「いつものところ来てよ」


 三人のところに行くと

「さくらちゃんって坂井くんのこと好きでしょ!」

「えっ、違うよ。何で?」

「恥ずかしがらなくていいよ〜!今日の昼休みいい感じだったでしょ〜!」

「社会の時間も仲良さそうに机くっつけてたじゃん!」

 わたしと瞬ってそんな風に見えてるの?彼とは友達だけどそんな風に思ったことないよ。言いたいのに声にうまく出せない。

「さくらちゃん、瞬くんに手紙書きなよ!それで思いを伝えるの!」

「…うん」

 本当のことなんてうまく言えるはずがない。

・・・・

「あれ?」

 翔太も陽斗も瞬も先に帰っちゃったのかな。でも、わたしがみんなに言わないで行っちゃったのが悪いから仕方ないかぁ。

「あっ、宮!途中まで一緒に行かない?」

 帰ろうとすると、同じクラスの宮大地の姿が見えたのでわたしは肩をたたいて声をかけた。宮は翔太と仲が良いのもあって、わたしもよく話すんだ。

「うわっ!びっくりした!なんださくらかぁ。もし不審者だったらどうしようかと思ったよ。いや、不審者ならまだしも猛獣とかお化けとかだったら…」

「もう、不審者でも猛獣でもお化けでもないよっ!宮、今から帰り?」

「うん、一緒に行こう。あっ、でも教科書やノート教室に置いてきてないよね。もし忘れてて宿題ができなかったらどうしよう。そういえば、家の鍵も持ったっけ…?」

 宮は見ての通りの心配症。スイッチが入っちゃうといつもこうなっちゃうんだよね。

「さくらん、みゃーくん、まったねー!」

 そう声をかけてくれたのはゆりちゃん。

「うん、ばいばーい!」

「あっ、ゆりちゃんっ、また明日!」

 宮はそう言ってしばらく手を振っていたけど、ゆりちゃんの姿が見えなくなってしまうと

「わー、いきなり名前なんか呼んじゃって気持ち悪いとか思われなかったかな。そもそも僕みたいな陰キャがゆりちゃんみたいな明るい子に挨拶するなんておかしいに決まってるっ!」

「お、落ち着いて。ゆりちゃんは絶対そんなこと思う子じゃないよっ!」

「そ、そうだよね。はぁ、自分がネガティブ過ぎて嫌になっちゃう」

 宮がやっと落ち着いたところで、わたしは気になったことを聞いた。

「ねぇ!宮ってゆりちゃんのこと好き?」

「えぇっ、好き、というか、少し気になってる、かな。あ、みんなには秘密だよ」

「うん、二人の秘密ね!ゆりちゃんのどんなところが好きなのっ?」

「ええと、やっぱり自分と正反対なところかな。僕はいつもネガティブでうじうじしちゃうけど、ゆりちゃんはいつでも明るくてポジティブで。自分にないものに憧れるっていうか、そういうのない?」

「うん、少しわかるかも!」

 わたしも亜莉紗ちゃんの大人っぽくておしゃれなところ、わたしとは全然違うけどすてきだなって思ったなぁ。

「で、でも、僕がゆりちゃんみたいな明るい子のことを好きなんて絶対に変だよね…」

「全然そんなことないよ!わたし応援する!」

「さくらは?気になってる人とかいないの?」

「わたしは…」

『さくらちゃんって坂井くんのこと好きでしょ!』

 さっきの柚月ちゃんの言葉が蘇ってしまう。違うよ、瞬は本当にただの友達でそんなんじゃないよ。

「今は、いない、かな」

「そうなんだ。あっ、僕こっちだからまたね」

「うん、ばいばい」

 やっぱり恋ってわからないや。


「今日はお父さんもお母さんも遅くまで仕事かぁ」

 私・亜莉紗の両親は仕事が遅くまであって、一緒にご飯を食べられないことも多い。両親が仕事が遅い時は私が夕ご飯を作るんだよね。今日はご飯何がいいかな?今日はスパゲッティの気分かな。でも、お父さんたちが温め直して食べれるようにチャーハンとかがいいかな。

「亜莉紗、今日の放課後公園行かない?」

 元気いっぱいにそう声をかけてくれたのは愛ちゃん。さくらさんも一緒にいる。

「行きたいけど、今日はごめんね。お父さんとお母さんが仕事で遅いから、今日は私が夕ご飯作らないといけなくて」

「えっ、亜莉紗、ご飯なんて自分で作るの?目玉焼きとか野菜炒めとか?」

「えっと、スパゲッティとかオムライスとかチャーハンとか作ったりするよ。昔から家族のご飯作ったりしてたから」

「すごっ、あたしなんてこの前カレーあっためるだけでバクハツさせて大変だったのに!」

「えぇ、愛ちゃん、それって無事?」

「えっ、あたしは無事だけど、電子レンジ中に飛び散ってお母さんにめっちゃ怒られた~」

「そ、そうなんだ。そういえば、わたしの家も今日両親遅いから、ご飯お兄ちゃんと二人かもな」

とさくらさん。

 そっか、兄弟のいる人は親がいなくても一人じゃないもんね。ひとりっ子の私はやっぱり一人でご飯食べるのはさみしい時もある。

「さくらさん、お兄さんがいるんだね。私ひとりっ子だからそういう時ちょっとうらやましいかも」

「確かに一人でご飯はちょっとさみしいよね。でも亜莉紗ちゃんってすごいな。自分のことだけじゃなくて家族のことも考えてるんだね」

「ほんとほんと。すごいよね、亜莉紗って。なんて言うんだっけそういうの。親…奉公だっけ?」

「それを言うなら親孝行じゃ。奉公じゃ武士みたいだから」

「あっ、それそれ!さすがさくらあったまいい!」

「あはは、わたし亜莉紗ちゃんのこと尊敬しちゃうな。何でもできて、優しくて友達思いで家族思いで。努力家だし家事までできちゃうなんて」

「そ、そうかな。ありがとう」

 私は昔から近所の大人とか先生とかにほめられることが多かった。

『亜莉紗ちゃんお手伝い、えらいわねぇ』

『亜莉紗ちゃんを見なさい、お行儀のいいこと』

『何でもできてすごいのね』

 もちろん、ほめてもらえるのはうれしいんだけど、正直すごいとかえらいとか言われるのはあまり得意じゃない。私はみんなが思っているほどすごくなんてないと思うし、そんなに期待されると、もし失敗した時に期待外れだったってがっかりされないかななんて考えてしまう。それに、私はいつも元気いっぱいでおもしろい愛ちゃんや明るくて誰とでも仲の良いさくらさんのほうがすごいなって思う。

・・・・

「今日ゆりママのお迎えだから、先帰らなきゃ」

「そっか、また明日ね、ゆりちゃん!」 

「うん!ありりん、また明日!」

 家の方向が途中まで一緒のゆりとは帰りは一緒に帰ることが多いけれど、今日は一人かなぁ。まあ、どっちにしても、ご飯の用意をしないとだから、早く帰らないと行けないし。帰ったらまず買い物に行ったほうがいいかな。

「あれ、祐ちゃん?」

 私が昇降口を出るとちょうど祐ちゃんが一人で帰ろうとするところだった。祐ちゃんとも家が割と近いから、帰りも集団下校しなければいけなかった一、二年生の頃は一緒に帰っていた。でも三年生にで自由下校になってからは、私はゆりちゃんと一緒に帰って、祐ちゃんは一人で帰るようになっていた。

「祐ちゃん、一緒に帰らない?」

 私は祐ちゃんの隣に行き、手をとった。

「ちょ、勝手にさわるなよ」

「あ、ごめん、つい」

「まあ、いいけど。どうせ一人だし」

「やった!祐ちゃんは最近はいつも一人で帰ってるの?」

「そうだけど悪い?」

「えっ、全然そんなことないよっ!一人でいるの好きなの?」

「まぁ、気楽だし。人に合わせるの好きじゃないんだよ」

「そうなんだ」

 それで教室でもよく一人でいるのかな。

「それにあたしがいると迷惑だろ。焦ると思ってもないこと言って、人を傷つけるし、あの三人の言ってた通りだよ」

「えっ、あの三人って、柚月ちゃんと唯菜ちゃんと心愛ちゃん?」

「うん。友達ができないのそういうとこってまさにその通りだろ」

「そんなことないよ!祐ちゃんは掃除の時も私のこと助けてくれたし優しい子だと思うよっ!」

「あたしは優しくなんかねぇよ。ってか優しくてお人好しなのは亜莉紗のほうだろ」

「そ、そうかな?」

 やっぱりそんなこと言われるとなんだか変な感じがするし、少しきまりが悪い。

「私はみんなが思ってくれてるほどすごくなんかない、と思うけど」

「はあ、どうせ亜莉紗は期待されたらそれに応えなきゃって自分を追いつめるタイプだろ」

 う、図星だ。面と向かってそんなこと言われたの初めてだ。

「だ、だって、期待されたらがっかりさせたくないし…」 

「ま、それだけ、亜莉紗が責任感強いってこと。悪いことじゃねーよ」

 今のは、珍しく祐ちゃんがほめてくれたのかな?

「ありがとう、祐ちゃん」

「別にそんなんじゃ、ほ、ほめてなんてねーよ!」

 そう顔を赤くして言う祐ちゃんのことかわいいななんて思ってしまった。

「あ、あたしこっちだから」

「うん!また明日ね、祐ちゃん!」

「また、明日、亜莉紗」

 家に向かって一人で歩きながら、ほんの少し気持ちが軽くなっていることに気づいた。


「えっ、亜莉紗、ご飯なんて自分で作れるの?目玉焼きとか野菜炒めとか?」

 愛ちゃんの元気いっぱいな声が教室中に響く。わたし・さくらもびっくりしてしまった。わたしはお母さんの手伝いはすることもあるけど、自分一人でご飯を作るなんてとてもできないよ。

 亜莉紗ちゃんはスパゲッティやオムライス、チャーハンなどの料理を自分で作ると少し恥ずかしそうに答えた。

 すごいな、亜莉紗ちゃんって。女子力が高くて大人な感じだし、家族思いなんだな。わたしも少しは亜莉紗ちゃんを見習わなくちゃ。

 今日は、わたしも両親の仕事が遅いみたいでお兄ちゃんと二人だから、ご飯は何かしら用意してくれてるかもしれないけど、サラダだけでも作ってみようかな。でも、お母さんがいない時に包丁を使うのは少しこわいかも。だけど、わたしも亜莉紗ちゃんみたいに家族のためにできることをしたいな。

・・・・

「おれ、今日クラブあるから、さくら先帰っといて!」

「うん、また明日、陽斗!」

 今日の放課後は陽斗はバスケクラブで、瞬も用事があって、翔太も病院か何かでお迎えみたい。今日は一人かー。わたしもバスケクラブ今の学校でもやってみようかな。でも、女子のクラブに入るのはなんか違うかな。他のクラブも今さらな感じだし。スキーのクラブとかならちょっとやってみたいかも。

 そんなことを考えながら玄関を出た時だった。

「…っ!」

 亜莉紗ちゃんと祐ちゃんが手を繋いで帰ろうとしているところだったの。

 二人はわたしには気づかずに通り過ぎていく。

「…」

 やっぱり動物園でわたしと手を繋いでくれたのは特別なんかじゃなかったんだ。って、そりゃそうだよ。亜莉紗ちゃんは女子の友達と手を繋いでるだけ…。

・・・・

「ただい、ま」

 お兄ちゃん、まだ帰ってないみたい。バスケ部の練習は今日は休みって言ってたけど友達と遊んだりしてるのかな。

 一人でいると、さっきの光景が蘇ってしまう。祐ちゃんって髪が短くてボーイッシュな感じだし、普段あまり人と群れないけど亜莉紗ちゃんには心を開いてる感じだから、それで焦っちゃっただけ。って何で私が焦る必要があるの!?もう何がなんだかわからないや。

「テレビでも見るかぁ」

 一人でいるとぐるぐる考えてしまいそうだもん。テレビのスイッチを入れると、

『このような人のことを総称してLQBTと言って…』

 LQBTっていうのは確か、同性のことが好きだったり体の性別と心の性別が違う人のことを言うんだよね。でも、そうやって何かに当てはめられて区別されるのって苦しくないのかな。ただ自分の生きたいように生きているだけのはずなのに…。わたしだって亜莉紗ちゃんのこと…

 へっ、今わたし何を考えてっ…。何でこんな時に亜莉紗ちゃんのこと。

「ただいま、さくら、帰ってたのか」

「えっ、うっうん、お兄ちゃんお帰りっ」

「りゅーじたちにバスケ誘われてよ、本気出したからまじで疲れた。早いけど飯にしていい?」

「うん、今日はお母さん何か用意してくれてるんだっけ?」

「ああ、カレーあるからあっためて食べよーぜ」

「うんっ、カレーと言えばクラスの愛ちゃんって子が電子レンジでカレー温める時にバクハツさせたって言ってた!」

「まじで?絶対やばいやつじゃん、それ」

「お母さんにめっちゃ怒られたって言ってたなぁ。あっ、そうだ、今日の夕ご飯、わたしサラダだけでも作ろうかな」

 そう言うとお兄ちゃんはびっくりしたようにわたしを見た。

「へー、さくらが料理なんて珍し、何かあったん?」

「いや、そういうわけじゃ。でも、同じクラスの亜莉紗ちゃんって子は、自分でスパゲッティやオムライスとかいろいろ作ってるんだって。だから、わたしちょっと見習わないとなーみたいな」

「ふうん、憧れちゃったってわけか。じゃ、キャベツがあるから二人分切ってよ」

「うん」

 ザクザクと切る音だけが響く。なんだか無言だとさみしくなってしまって、わたしはお兄ちゃんに話しかけた。

「お兄ちゃん、ってさ」

「ん?」

「好きな人とかいる?今」

 うわー、わたし何でお兄ちゃんにこんなこと聞いちゃうんだろう。 

「好きな人ー、いねぇな。クラスの陽キャ女子なんてうるせーだけだし」

「そっか」

「あー、でも、こないだ、隣のクラスの菊島ってやつに告られた」

 さらっと言った。

「そうなん、って、ふぇ、えええー!」

 思わず大きな声をあげてしまう。

「ひでーな、そんな意外かよ、俺が告られたの」

「だって、お兄ちゃん小学校の頃から、女子なんてうるさく注意してくるだけでうざいって言ってたじゃん。だからお兄ちゃんも女子にはよく思われてないのかなって。菊島さんって明るい子?」

 すごいな、告白なんてわたしだったら絶対できないよ。やっぱり菊島さんって子は柚月ちゃんたちみたいな明るい性格の女の子なのかな。

 なんて勝手に想像したけれど

「ん、ああ、違うよ、菊島は男子。こういっちゃなんだけど、割と陰キャだぜ、あいつ」

「えっ、男子って、そっか、男子?」

 さっきはテレビでLQBTなんて聞いて割と人ごとに考えてたけど、そっか、お兄ちゃんが男子に告白されたんだ。

「うん、体育があいつのクラスと合同だから、それで少ししゃべってたんだ」

「そうなんだ。お兄ちゃんは告白になんて答えたの?」

「気持ちはうれしいけど今は人と付き合うつもりはないからごめんって。おかしかったかな?」

「ううん、おかしくなんてないと思う」

 菊島さんはお兄ちゃんが否定したりしないでちゃんと答えてくれてうれしかっただろうな。

「でも、その菊島さんって辛くなかったのかな?」

「ん、何で?」

「だって、男子同士で好きなんて言って友達とかにばかにされたりしなかったかな?」

「菊島は普段一人でいるタイプだし、誰かに言ったりはしてないだろ。俺もさくらにしか言ってねーし」

「それも、そっか」 

「それにさ、ほんとの友達はわかってくれるもんじゃねーの、案外さ」

「そう、かな?」

 ほんとの友達かぁ…。

「今日のさくらなんか変じゃね?さくらこそ好きな人でもできたんじゃねーの?」

「えぇ、わたし?いないよ、いないよっ!」

 ああ、慌てちゃって野菜がうまく切れないよ〜!

「ちょっ、さくら、いくらなんでも切りすぎっ。キャベツの千切りじゃなくてみじん切りになってるじゃねーか!」

「わっ、ほんとだ。ごめんなさいっ!」

 失敗しちゃった。やっぱりわたしに包丁は早かったかな…。

 なんだか今日は感情がジェットコースターみたいな一日だ。


「おはよう!」

 私・亜莉紗が朝教室に入ると

「おっはよ!」

「おはよう、亜莉紗ちゃん」

 ゆりちゃん、雪音ちゃんが挨拶してくれる。

見るとほっとするいつものメンバーだ。

「ゆりちゃんのヘアゴムかわいい!雪音ちゃんも今日ワンピースなんだ。似合ってる!」

「ありがと、ありりんのカチューシャもかわいいっ!」

「えへへ、ありがとう!」 

 なんて話していると

「唯菜のスカートかわいい!どこで買ったの?」

「駅前のお店でお母さんに買ってもらったんだ!ここちゃんも今日の服おニュー?かわいいじゃん!」

「そうなの。今回はちょっと大人っぽい服が着てみたくて」

「へ〜、いいじゃん!」

 柚月ちゃん、唯菜ちゃん、心愛ちゃんの会話が聞こえてきた。

 私たちもファッションの話とかをすることが多いし、昔というかちょっと前までは柚月ちゃんたちとも一緒に話していることが多かったんだけど、最近は割と別々のグループかも。

「ねぇ、聞いて聞いて!昨日話した六年生の先輩がめちゃくちゃかっこよくてさぁ!」

「きゃー、いいな〜!わたしもね…」

 柚月ちゃんたちは誰がかっこいいとか男子の話で盛り上がってることが多いんだよね。坂井瞬くんのこともよくかっこいいって言ってるし。私は恋愛の話とか苦手なわけではないけれど、好きな人とかも特にいないしなぁ。なんていうか恋ってもっと大人な人がする感じがする。私は心も体も子供のままなのかなあ。

「あっ、祐ちゃん、おはよう!」

「おはよ」

 隣の席の祐ちゃんが登校してきたので挨拶する。祐ちゃんは相変わらず無愛想だけど、最近はちょっとした挨拶や会話もできるようになってうれしいな。

 祐ちゃんは、自分の席に座って一人で本を読み始めた。やっぱり人と群れるのは得意じゃないみたい。

 波ちゃんも本(数学の教科書)を熱心に読んでいる。

 私たちはほとんどが同じ保育園出身だけど、波ちゃんは幼稚園出身だからか、みんなとは少し一線を引いている感じなんだよね。

 愛ちゃんは陸翔くんや悠人くんなどの男子たちのところに行って話しているみたい。元気いっぱいな話し声が私の席まで聞こえてくる。

 雪音ちゃんのことが好きな空くんと樹くんは雪音ちゃんのところに来て元気に挨拶している。

「雪音さーん、おはようございますっ」

「おい、だから、空、勝手に雪音さんに話しかけるなって」

「二人ともおはよう。今日も元気ね」

 相変わらずだなぁ。

 さくらさんも、陽斗くんや翔太くん、瞬くんといつものように元気に話している。 

 それから、夏海さんとみのりさん、綾芽ちゃんの三人が一緒にいるみたい。

「綾芽さん、塾の宿題の算数解けた?私わからなくて」

「ああ、この問題ちょっと難しかったよね。図を書いてやったらわかりやすいんじゃない?これはこうだから、こうして…」

「あっ、ほんとだ!それでこの式になるんだね。ありがとう、綾芽さん!」 

「後、ここを約分した方が計算が簡単になるかも」

「本当だ。さすが綾芽ちゃんね」 

「ありがと。でも、うちのクラスには波っていう強力ライバルもいるしもっと頑張んなきゃ!」

 やっぱり、綾芽ちゃんって波ちゃんのライバルってだけあってすごいなぁ。そういえば、みのりさんと綾芽ちゃんはおばあちゃん同士が仲がいいんだっけ。それで、確か夏海さんが波ちゃんと同じ幼稚園の出身で。

「綾芽ー、これ見て!」

 柚月ちゃんに呼ばれて、

「今、行く!」

と綾芽ちゃんは柚月ちゃんたちの方に行ってしまった。

 心愛ちゃん、綾芽ちゃんの二人が保育園に入る前からの幼馴染なのもあって、綾芽ちゃんは保育園の頃から柚月ちゃんや唯菜ちゃんとも仲良しだ。誰とでも関われる綾芽ちゃんって改めてすごいと思う。

 というか、保育園からほとんどずっと同じメンバーだと、クラスメイトの関係がだいたいわかってるんだな。中学はほとんどの人がエスカレーター式に地域の中学に上がるけれど、中学校も卒業したらみんなバラバラのところに行くのかな。なんだか想像できないや。って高校はまだまだ先、か。

 でも、いつかはみんなに頼ってばかりいないで、自立しないといけないよね。

 なんとなく不安な気持ちのまま、私は曇った空を見上げた。


「さくらっ!昼休み鬼ごっこしよ!」

 わたし・さくらが授業の用意をしていると、愛ちゃんに声をかけられた。

「愛ちゃん、4年生になっても鬼ごっこなんてするの?まだ少し寒いし」

 愛ちゃんと仲良しの波ちゃんは苦笑い気味だ。

「えー、寒いから体動かすんじゃん!それにあたしは百歳になっても鬼ごっこするよ?」

「百歳て!でもわたし今日は柚月ちゃんたちと昼休みは約束があるから…」

「え?水戸柚月たちと?さくらってあの辺と仲良かったっけ?」

「うん、最近はその、昼休みに話したりしてるよ」

 女子会のことはあんまり話す気にならなかったから、わたしはごまかすような言い方をしちゃった。

でもまた瞬のこといろいろ聞かれるのはちょっと気が重いなぁ。

「そうなんだ。柚月さんたちは恋愛の話とかで盛り上がってるイメージだからさくらさんがそこと仲良いのちょっと意外かも。私は誰がかっこいいとか恋愛の話とかは少し苦手、かな」

「あたしも。まあ本気出せばどんな相手でも勝てるし苦手とかないけど」 

「本気出すとかそういう問題…?」

「まっ、でもあたしは保育園の頃から、男子と木登りや鬼ごっこして遊んでたし!」

「そうなんだ〜。わたしも似た感じかも!」

「さくらも?でもわかるかもな〜。さくらって今も陽斗たちと仲良いもんね!」

「うん、でも、変だよね。わたしが女子なのに男子とずっといるなんて」

「何で?あたし、さくらのことそんな風に思ったことないよ」

「私も。というかそんなこと言い出したら小学生のくせに数学ばっかりやってる人の方がずっと変でしょ」

「ね、もしさ、さくらのことそんな風に言う人がいたらあたしが本気出してぶっ倒すよ?」

「わ、愛ちゃんに本気なんて出されたら逆に相手がかわいそうね」

 波ちゃんが言ってわたしたちはくすくす笑った。

 なんとなくだけど、愛ちゃんと波ちゃんて自分に近い感じがするな。そんなことを考えてわたしはちょっと気になったことを聞いてみた。

「ね、ねぇ、二人とも好きな人とかいる?」

「あたしはいないかなー。男子たちは遊び仲間って感じだし。やっぱりあたしは好き人の話とかするよりも運動してる時が一番幸せだもん!」

「私も特に。それに人を好きになる意味ってわからないし」

「意味?」

「だって、もし仮に好き人ができて付き合ったとしても、その先に何かある?」

「えぇ、結婚とか?」

「さらにその先は?」

「子どもを産んで、家庭をつくるとか…?あたしに聞かれたってわかんないよ〜!」

「別に愛ちゃんに聞いてるわけじゃ。まあ、今のところ私は数学があれば幸せかな。数学があればどんな問題も答えが出せるし証明できる。それに数学は…」

 ま、また波ちゃんのマシンガントークが始まっちゃった。でも、二人とも自分の『好き』って気持ちに正直でいいな。

「さくらは!?」

「へ?」

「好きな人!言い出した人も言わなきゃ!」

「えぇっ、わたし好きな人なんて、」

 別にいないって言えばいいだけなのに、なぜか慌てちゃって。何でだろう。

「おっ、さくらの好きな人ついに発覚か?」

「おれらにも教えろよー」

 う、近くで話していた空と樹に聞かれてしまっていた。

「もー、空たちまでっ!いないってば」

「えー、さくらちゃんって」

「え?」

 声がして振り返ると、わたしの近くの席の岩佐綾芽ちゃんが立っていた。綾芽ちゃんは柚月ちゃんたちとも仲が良くて明るい性格の女の子だ。

「綾芽、どうしたの?」

 波ちゃんが聞くと、

「あっ、いや。波のテストの点数聞こうかと思って。というかこのメンバーで恋バナなんて珍しいね!」

「ま、と言っても誰も好きな人いないし、波ちゃんなんて最終的に数学への愛語っただけだし!」

「まー、波は勉強一筋って感じだよね~。で、波、今日の算数と昨日の国語どうだった?」 

「算数はいつも通り満点だよ。国語は93点で何問かおしいミスをしたけど」

「算数1個ミスして99だったんだよね~。国語は全く一緒!波に勝てなくて悔しい〜」

「まあね、今回は国語も力を入れて勉強したし。明日の社会も負けないから!」

「あー、あたしも頑張んないと!じゃ、社会も返ってきたら教えてね」

と言って綾芽ちゃんは行ってしまった。

 お互い呼び捨てで呼んでたし二人は仲良いのかな?波ちゃん、わたしが柚月ちゃんたちと仲良いの意外って言ってたけど、波ちゃんと綾芽ちゃんが仲良いのも少し意外だな。

 そんなことを思ったわたしに愛ちゃんがこっそり言う。

「波ちゃんが一回テストでたまたま点を落としちゃった時に、綾芽が満点取ったとかでライバル視してるんだよね、波ちゃん」

「なるほどね。それでテストの点見せ合ってたんだ」

「綾芽のやつ、最初何言いかけたんだろ」

 わたしと愛ちゃんの話が聞こえていない波ちゃんが小さくつぶやく。

「そうだった。さくらちゃんって言いかけてたよね?」

「うーん、なんだったんだろう?」

 それも気になるし、わたしはなんとなく波ちゃんの言っていた恋愛の意味って言葉がなんとなくつっかかってしまった。意味、なんてわかるはずないよね。


「ゆりちゃん、今日お休みかー」

 朝の会が終わると、私・亜莉紗は開いているゆりちゃんの席を見てつぶやいた。

「そうね、あの子昔からはしゃぎすぎると疲れちゃうこと多いのよね」

 後ろの席の雪音ちゃんが答える。ゆりちゃんは休みの日に家族旅行に行ってから体調を崩しちゃったみたいで学校に来れてないんだよね。

「ふふっ、雪音ちゃんなんだかお母さんみたい」

 私と雪音ちゃんは顔を見合わせて笑った。

・・・・・

 昼休み

「亜莉紗ちゃん、今日は何する?」

「この前の花の絵の続き描かない?」

「いいわね。あれから描けてなくてまだ途中だったもの」

 雪音ちゃんと二人で並んでスケッチブックを広げた。

「亜莉紗ちゃんの絵、かわいいわね」

「ありがとう、雪音ちゃんも上手」

でも、その後は二人とも沈黙しちゃって、

「やっぱり」

「ゆりちゃんがいないの寂しいわね」

「うん」

「あっ、私先生に提出するものがあるから、職員室行って来るわね」

「いってらっしゃーい」

 一人で絵を描く気にはならなくて、私はスケッチブックを閉じた。

「それでね、お母さんにスペイン料理のお店に連れて行ってもらったんだ〜」

 自分の席に着くと、さくらさんたちの話し声が聞こえてきた。今日は瞬くんはいないみたいだけど、さくらさん、陽斗くん、翔太くんの三人で話しているみたい。

「さくらは何食べたんだよ?ってかスペイン料理って何あるの?」

「わたしはパエリアとタルタ・デ・サンティアゴっていうアーモンドケーキを食べたんだけど」

「えっ、タルタルサンゴ?サンゴって食べれるの?」

「サンゴじゃなくて、サンティアゴ!翔太ってば!」

「サンゴを食う気か!しかもタルタルソース付け?」

 聞こえてきた会話に思わず笑いそうになっちゃった。それにしてもさくらさんのグループって仲が良くて楽しそうだな。元気でお調子者の陽斗くん、ちょっとうっかりさんの翔太くん、クールでミステリアスな瞬くん、明るくてしっかり者のさくらさんのバランスがうまく取れてるっていうか、みんなばらばらなのに一つにまとまっている感じがするな。

 それに、さくらさんってすごい。転校してきてすぐにみんなと馴染めていたし、いつも明るくて男女とか関係なく誰とでも仲が良くて楽しそう。私だったら今から転校して、みんなと離れ離れになってしまったら、新しい環境に馴染むことなんてできないかもしれない。

・・・・・

 昼休み、掃除が終わって、5、6時間目は図工室だから移動教室だ。雪音ちゃんまだ掃除から戻って来てないから待った方がいいかな。

「波ちゃん、行こ!ってまた数学読んでるの?

ええっと、サイン、コサイン、タンジェントってそんなのわかるわけないよー!」

 愛ちゃんの声が聞こえたので、私も波ちゃんの教科書を覗き込んだ。

「わ―、難しそう!高校の勉強まで先取りするなんてやっぱり波ちゃんてすごいね」

「波ちゃんは幼稚園の時に小学校の算数を完璧にしちゃったくらいだし!すごいでしょ!ま、あたしは小二の九九も怪しいくらいだけど」

「愛ちゃんが自慢してどうするの?本当に、愛ちゃんはもう少し勉強した方がいいくらい。あっ、亜莉紗さんも一緒に図工室行こう」

 言われたので三人で歩き出した。

「でも、愛ちゃんの運動神経もすごいよね。私、愛ちゃんと保育園が同じだったんだけど、年少の子がボールを木に引っかけちゃった時にスイスイ登って助けてたことがあって。それから屋根や電柱に登って遊んで怒られたり」

「そういえばこの前の体力テストの時もボール投げでとばしすぎて計測不可って書かれてたよね。後は握力の機械を壊しかけたり」

 私、波ちゃんが言うと

「えー、だってあれはもともと機械が古かったじゃん!あたしだって気を付けてはいるけど、やっぱりスポーツって言われると本気出したくなっちゃうんだよね!」

って愛ちゃんは明るく笑った。

 やっぱりすごく好きなものや得意なものがあるっていいな。

 あっ、そういえば私雪音ちゃんに何も言わずに先に来ちゃったけど大丈夫かな。雪音ちゃんの姿はまだ図工室になかった。


キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴るのと同時に

「はぁ、遅れてごめんなさい」

雪音ちゃんが図工室に入ってきた。やっぱり私のことを探しててくれたのかな?

「雪音さん、まだ挨拶してないし大丈夫よ。ギリギリセーフ」

って先生が言って雪音ちゃんが席に着いたけど、私はなんだか気まずくて目を合わせることができなかった。

・・・・

「亜莉紗ちゃんどうして先に行っちゃったの?」

 授業が終わると雪音ちゃんが私の席に来て言った。怒っているわけではなさそうだけど、少し責めているようにも聞こえた。

「愛ちゃんと波ちゃんが声をかけてくれて…

ごめんなさい」

「別に謝って欲しいわけじゃなくて、ただずっと一緒だったからちょっとさみしくて」

 私が「雪音ちゃんも一緒に行こ」って声をかけるべきだったのかな?それとも愛ちゃんたちとは行かずに待っていればよかったのかな?

 変わりたいって思っていたのにこれじゃ全然変われていない。私は自分が情けなくなって申し訳なくて泣きそうになってしまった。

「ごめんね、雪音ちゃん」

って私はもう一度言ったけれど、声が小さすぎて聞こえなかったみたいで、雪音ちゃんは

「私お手洗い行って来るわね」

って行ってしまった。

 どうしよう。私は怖くなってその場から動けなくなってしまった。みんなはとっくに行ってしまったみたいで、図工室は私一人になっていた。外の雨の音だけがうるさいくらいに響いていた。

・・・・

 結局、雪音ちゃんと気まずいままになっちゃったな。その夜、私は家に帰るとソファに腰掛けてため息をついた。明日、私はいつものように「おはよう!」って雪音ちゃんに言うことができるのかな。でも、ずっと落ち込んでいるわけにもいかないや。

 ご飯の用意をして、食べて、食器を洗って。それから、お風呂に入って髪を乾かして。宿題を終わらせて。

「亜莉紗、ただいま」

「あっ、お母さん。お帰りなさい。ご飯用意したけど、おかずは温めて食べてね」

 最近はお母さんの仕事が遅くて、私が夜寝てから帰っていたこともあるから、話せるの久しぶりかも。

「ありがとう。ごめんね、ご飯の用意まで亜莉紗に任せきりで。あら、お皿まで洗ってくれたの?置いておいてくれたらお母さん洗うのに」

「大丈夫だよっ!お母さんこそ最近仕事遅くまでやってて疲れてるでしょ。大丈夫?」

「お母さんのことなら大丈夫よ。それより、最近、亜莉紗は学校どう?」

 どうしよう、雪音ちゃんと気まずくなっちゃったことなんてお母さんに言えないよ。

「えっと、普通に楽しいよ。でも、ゆりちゃんが最近体調を崩しちゃったみたいで学校来れてなくてさみしいな」

「そう、ゆりちゃん、旅行に行った時にはしゃぎすぎて疲れちゃったのかしら?」

「うん、そうみたい。あっそろそろ私、明日の予習したいから、部屋に戻ろうかな」

「無理しすぎないでね。ちゃんと寝るのよ」

「うん、ちょっとやったら寝るよ。おやすみ」

 そう言って、私は自分の部屋に向かう。綾芽ちゃんや夏海さんとか塾組の子たちは塾で次の単元まで予習してるみたいだから、私ももっと頑張らないとな。

 机の上にノートを広げる。緑色でクローバーの柄。前に一緒に買い物に行った時に、ゆりちゃんと雪音ちゃんとおそろいで買ったものだった。ゆりちゃんがピンクのハート柄で雪音ちゃんが水色の雪の結晶の模様。

「はぁ」

『ずっと一緒だったからちょっとさみしくて』

 雪音ちゃんの言葉が蘇る。ずっと一緒かぁ。

私たち三人は保育園の頃からずっと一緒だけど、これからもずっと一緒にいることができるのかな。自分たちが変わっても、ずっと仲良くすることができるのかな。

 先のことを考えるのってこわい。不安でずっと真っ暗闇が続いている感じだ。


「おはよう」

「あ、雪音ちゃんおはよう」

 わたし・さくらが登校すると、亜莉紗ちゃんの雪音ちゃんの声が聞こえた。二人は挨拶だけすると、そのまま話さずに自分の席に着く。挨拶もちょっとぎこちない感じだった。

 何かあったのかな。聞いてみたいけれど、わたしと亜莉紗ちゃんの席は離れているし、教室で亜莉紗ちゃんと二人で話すのは緊張してしまう。

 でも

「瞬、おはよう」 

「はよ」

 わたしも最近瞬と何だかぎこちないんだよね。わたしは女子会で瞬のこと話しているから少し気まずいけれど、瞬のほうもわたしとは距離をとっている感じがする。

「さくら、今日もりくたちも一緒にバスケしね?」

 陽斗に声をかけられて顔を上げる。

「でも、今日は柚月ちゃんたちと約束があるから」

「何か、最近さくらたちこっそり何かやってね?まさか、世界征服の計画とかっ?おれも混ぜろよ!」

「陽斗はだめっ!女子会だもん」

「女子会?ああ、さくらあいつらに巻き込まれてんの?」

「う、巻き込まれてるというか。あのね…」

 わたしは陽斗に今までのことを話した。わたしが瞬のこと好きだということになってしまっていること。でも、本当は違うということ。手紙を書くように言われていること。

「そうなんだ。それで瞬とも気まずそうなん?」

「気づいてたんだ。何だか勝手に瞬のこと好きってうそをついてしまっていることが気まずくて。瞬は気づいているかどうかわからないけど」

「あー、でも、もしあいつが気づいてたらそういう感じになるかもな。昔からコミュ症だしさぁ」

「えっ、コミュ症って瞬が?」

「そう。おれと翔太は年少より前のクラスからずっと仲良かったんだけどさ、瞬は年中の途中から入ってきて。おれらが鬼ごっこしてる時もレンジャーごっこしてる時も、ずっと隅のほうに一人でいてさ。話しかけたら、『話しかけてこなくていい』って言われたり、逃げられたりして。でも何回もおれと翔太が、何回もしつこく話しかけてたら、だんだん心を開いて自分のことも話してくれるようになったんだよ」

「へー、そうだったんだ」

 なんとなく三人は昔からずっと友達なのだと思っていたけど、二人も瞬と仲良くなるのは大変だったんだ。その光景が目に浮かんでしまって笑っちゃった。

「まあでも、おれも保育園は大変だったわ。女子っておうちごっこしたりするじゃん?」

「うん、わたしはあまりしなかったけど」

「柚月たちが瞬にお父さん役やってほしいってしつこくてさぁ。瞬がやりたくなさそうだったから、おれがやろうかって言ったら断られるし。仕方なく、翔太がペットの猫役で、おれがモモンガ役になった」

「あはは、猫はわかるけど、何でモモンガ?」

 思わず笑っちゃった。柚月ちゃんたちって保育園の頃からずっとそんな感じなんだな。

「後は心愛の積み木うっかり倒したら、柚月と唯菜になぜかキレられたこともあったし。こえーよ、女って」

「ははっ、ねぇ、亜莉紗ちゃんや雪音ちゃんも同じ保育園?」

 なんとなく気になったのでわたしは何気なく聞いてみた。

「うん。亜莉紗さんも雪音さんもゆりさんもみんな同じだぜ」

 そっか、亜莉紗ちゃんたちは幼馴染なんだね。それでも気まずくなったりすることってあるのかな。

「ってか、何で急に亜莉紗さんが出てくるんだよ〜?」

「えっ、い、いや?ちょっと気になっただけ、あはは」

 からかうように言われてちょっと焦ってしまったわたし。

「話、それたけどさ。瞬はさくらに怒ってるわけじゃねぇよ。あいつはコミュ症で照れ屋だから、どうしていいかわかんないだけ。あいつはさくらのことちゃんと友達だって思ってるよ。おれが保証する!わかったな!?」

「は、はいっ!わかりました!わたし、柚月ちゃんたちに本当のこと話して、瞬とも元通りになれるように頑張るね」

・・・・

 そう宣言したのはいいんだけどな。どうしたら柚月ちゃんたちに本当のことを伝えられるのか、瞬と仲直りできるのかわからないよ。仲直りって言ってもそもそもけんかしたわけでもないんだし。

 今は、六時間目の授業が終わったところ。音楽室での授業だったから、翔太と一緒に教室に戻っているところだったけど。

「あっ、わたし音楽室に下敷き忘れたかも。ちょっと戻るね。翔太は先に行ってて」

 もうみんな戻ってしまって誰もいないかと思ったけど、音楽室には一人の人影があった。亜莉紗ちゃんだ。朝から少し様子がおかしかったんだよね。わたしにできることがあれば力になりたいよ。わたしは音楽室に向かって足を速めた。


 雪音ちゃん行っちゃった。一人とりのこされてしまった私・亜莉紗は泣きそうになりながら動けなくなってしまった。謝りたいと思っていたのに、全然話しかけることができなくて。いつもだったらこんなことないのに。昨日の雪音ちゃんもこんな気持ちだったのかな。すごく申し訳なくてどうしていいのかわからない。

「あっ、亜莉紗ちゃん」

 ふと、顔を上げるとさくらさんが一人でドアのところに立っていた。

「あ、さくらさん、忘れ物?」

「下敷きを忘れちゃって。あっ、あった。亜莉紗ちゃん、教室まで一緒に戻らない?」

「あっうん。あの、さくらさんのグループって素敵だね。グループって似た者同士が集まることが多いけど、さくらさんのところはみんなばらばらだけど仲が良くて」

 私は思っていたことを口にした。

「そ、そう?やっぱり変だよね、女子のわたしが男子のグループに入ってるなんて」

「そんな意味じゃないよ!ただ楽しそうで少し羨ましいな、なんて」

「でも、亜莉紗ちゃんのグループだって素敵だよ!それこそみんなばらばらだけど仲が良くて楽しそう」

「うん…」

 そこで沈黙が訪れた。雨音だけが強く聞こえた。

 少ししてさくらさんが口を開いた。

「あの、雪音ちゃんと何かあった?」

「えっ、何で?」

「図工の後の様子が少し変だったから。もしわたしでよかったら何でも話してよ!わたし何度も亜莉紗ちゃんに助けられたって思うから、今度はわたしにできることをしたい」

「私、雪音ちゃんと気まずくなっちゃった。私が何も言わずに先に図工室に行っちゃったから。というか、もともと私がずっと雪音ちゃんやゆりちゃんに頼ってばっかりだったし。少しは大人にならなくちゃ、変わらななくちゃって思うのに何も変われないままだ…」

 私は気がついたら思っていたこと、悩んでいたことを全部さくらさんに話していた。

「あのね、わたし亜莉紗ちゃんと初めてあったとき、亜莉紗ちゃんの笑顔がすてきだなって思ったの。初めての学校ですごく不安だったのに、亜莉紗ちゃんと話していると安心できた」

「え?」

「あっ、ごめんね変なこと言って。でも、亜莉紗ちゃんは、揉め事を中立したり、困っている人にすぐに声をかけていたりしてて、周りをよく見てるなって。友達思いでとっても優しくて、すごいなってずっと思ってたんだよ」

「…」

「だからさ、亜莉紗ちゃんは今のままでも十分すてきな人だなって。その良さは、大人になって周りの人が変わっても絶対に変わらないと思う。それにゆりちゃん、雪音ちゃんも、亜莉紗ちゃんの良いところわかってるんじゃない?」

 私の良さ。いつも周りばかり見てそんなことは考えたこともなかった。

 雨はやんで、空には少し日が差し込んでいた。

「さくらさん、ありがとう!」

 言ったところで、帰りの会のチャイムが鳴ってしまった。

「あっ帰りの会始まっちゃう!行こ!」

「うん!」

 私たち二人は廊下を走って笑い合った。


「おはよ、さくらちゃん」

 その次の日の朝、わたし・さくらが席に着くと近くの席の綾芽ちゃんが挨拶してくれた。

「綾芽ちゃん、おはよう」

 わたしも挨拶を返して、亜莉紗ちゃんの姿を探した。亜莉紗ちゃんは雪音ちゃんや今日から復活したゆりちゃんに挨拶していて、昨日よりも元気に見えた。よかった、雪音ちゃんとも仲直りできたみたい。

 でも、昨日はわたし亜莉紗ちゃんに話しすぎちゃったかな。思い出したらなんだか恥ずかしくなってしまった。昨日からすごくドキドキしている。そして、そのドキドキの正体にもなんとなく気づいた気がするんだ。

「さくらちゃん、どうした?」

 亜莉紗ちゃんの方を見ていたら隣の綾芽ちゃんと目が合ってしまった。綾芽ちゃんは夏海さんやみのりさんと、塾の宿題の話をしていたみたい。

「ううん、何でもない」

 わたしは慌ててごまかしたけど綾芽ちゃんがわたしの視線をたどって亜莉紗ちゃんの方を見た気がするのでドキッとしてしまった。気のせいだよね。

「あっ、瞬おはよ!」

 隣の席の瞬が登校してきたので声をかけたけど

「おう」

 瞬はそれだけ言うとすぐにどこかに行ってしまった。やっぱり最近の瞬は冷たい感じがする。

 あっそうだ!わたし瞬に手紙を書かないといけないんだった!どうしよう、瞬のこと好きなわけじゃないし、手紙なんて書けないよ。それにわたしが好きなのは…

・・・・・・

 昼休み、女子会に参加すると

「さくらちゃん、瞬くんに手紙は書いたの?」

って唯菜ちゃんに聞かれちゃった。

「ううん、それがまだ書けてなくて…」

 わたしが答えると柚月ちゃんが言った。

「早めに書きなよ。坂井くん人気だからゆっくりしてると誰かに取られちゃうよ!」

「う、うん…」

 結局、本当のことは何も言えないままわたしは教室に戻った。


「さくらもオセロ次やるか?」

 教室では陽斗と翔太がオセロをしていて、瞬も近くで見ていた。

「うん、やりたい」

 わたしが近づくと、入れ違うように瞬がその場を離れた。

「おい、瞬どこ行くんだよ?」

陽斗が声をかけると

「職員室」とだけ答えて瞬は行ってしまった。

 わたし瞬に避けられてるみたい。やっぱり瞬はわたしが女子会で瞬のこと話してるって知ってるのかな。

「さくら、どした―?オセロやるんじゃね―の?」

「う、うん、今、やる…」

・・・・・

 結局、今日は学校で手紙を書くことはできなかったなぁ。

 今日は歯医者があって、お母さんが迎えに来てくれるから、お母さんの仕事が終わるまでわたしは教室に残ることにした。手紙もそろそろ書かないといけないよね。

「さくらちゃん、今日お迎え?」

「あっ、うん」

 綾芽ちゃんに急に声をかけられてわたしはびっくりしちゃった。

「わたしも。隣で勉強しててもいい?」

「いいよ〜」

「ありがと、さくらちゃんも勉強?」

「ううん、わたしは勉強、じゃなくて…」

 どうしよう。綾芽ちゃんに手紙のことを言うわけにもいかないよね。でも綾芽ちゃんは柚月ちゃんたちとよく話しているから、知ってたりするのかな?

「坂井くんへの手紙?」

「へっ、知ってるの?」

 見事に言い当てられて、驚いた。

しかも

「さくらちゃん、本当に坂井くんのこと好き?」

なんて聞かれてしまって。

 わたしが答えに詰まっていると綾芽ちゃんはさらに言う。

「さくらちゃん、亜莉紗ちゃんのこと好きじゃないの?」

「あ、うん。

えっ、ええええっー!?」

 わたしはびっくりしすぎて大きい声を出してしまった。

「もう、さくらちゃん、大きい声出さないでよー」

「だっだって、綾芽ちゃんが変なこと言うからっ。

わたしが亜莉紗ちゃんのこと好きって何で?」

「よく亜莉紗ちゃんのこと見てて気にしてるみたいだったし、話すときもちょっと緊張してるみたいだったから。視線とか仕草とかで結構人の気持ちってわかるものだよ」

「すごい、綾芽ちゃん、探偵さんみたい」

 綾芽ちゃんが勉強が得意なことは知っていたけど、そこまで人をよく見てるなんて。わたしが感心してつぶやくと、綾芽ちゃんはくすっと笑った。

「まあね、私は将来探偵を目指してるから。ちなみに、熱海波の公式ライバル」

 公式ライバル…。

「それで、さくらちゃん、本当は坂井くんじゃなくて亜莉紗ちゃんが好きって言いだせなんでしょ。言わないとわからないよ。柚月たちって」

「…うん。でも、このまま瞬が好きってことにした方が楽じゃないかな。だって女子のわたしが女子の亜莉紗ちゃんのことを好きなんておかしいから。大きくなったら異性のこと好きになるのが普通だもん」

 もしわたしが男子のこと、瞬のこと好きだったら。柚月ちゃんたちとももっと盛り上がれたかもしれないし、亜莉紗ちゃんとも恋バナしたりしたのかな。その方がよかったのかな。でも、そんなのっ。…嫌。自分の気持ちにうそはつきたくない。

 わたしは亜莉紗ちゃんが好き。それなのに苦しい。今までに感じたことないくらい苦しい。人を好きになることってこんなに苦しいことなのかな。

「さくらちゃんはさ、亜莉紗ちゃんどんなところが好きなの?」

「え?」

綾芽ちゃんの言葉にはっと顔を上げる。

「えっーと、わたしが亜莉紗ちゃんの好きなところは、優しくて友達思いで周りをよく見てるところ、かな」

 それからわたしは亜莉紗ちゃんの天使みたいな笑顔がすてきだなって思ったんだよね。

 出会った時から、今までのことがスローモーションみたいに頭の中に思い浮かんでくる。初めて会った時にハンカチを拾ってくれたこと。「今まで通りさくらさんって呼ばせてもらうね!」って言ってくれた時の笑顔。それから、動物園で一緒に手をつないで歩いてくれたこと。

 好き。亜莉紗ちゃんのこと。でも何でこんなことになっちゃうんだろう?下をむいていたら、涙がこぼれそうで、わたしは顔を上げた。

「さくらちゃんさ、やっぱり亜莉紗ちゃんのこと大好きじゃん。いいの、このままで?」

「よくなんか、ないよ。でも、わたしが亜莉紗ちゃんのこと好きでいたところで意味なんてないし、けっ、結婚もできないんだから…」

「もしかして、波ちゃんが言ってたこと気にしてる?」

「うう、聞いてたの?」

「ま、未来の探偵としては、クラスメイトの言動にはいつも気を配ってるからね。でもさ、意味なんて考えすぎなくても、どのみち小学校の頃好きだった人と結婚する人なんて1割もいないんだしさ」

「そ、それと、これとは…」

「それよりもさ、今の『好き』って気持ちを大事にしてもいいんじゃない?先のことなんてわからないけどさ、人生百年時代っていうし後九十年は生きるんだよ、あたしたち!」

「ふふっ、そういう問題?でも、確かにそうなのかな?」

「それに、さくらちゃん、このままだと坂井くんに失礼だよ。もちろん亜莉紗ちゃんにも」

「わかってる。でも、わたし柚月ちゃんたちには言い出せないし、瞬ももしかしたら気づいてるのかもしれないなって。それで気まずくなっちゃうし。どうしたらいいんだろ?」

「それならこうするのはどう?柚月たちにも、坂井くんにも本当の気持ちを伝えられる方法!」

 そんなのがあるのかな?よくわからないままわたしは綾芽ちゃんの話に耳を傾けた。


「ありりん、おはっよー!」

 ゆりちゃんが元気いっぱいに登校してきた。今日からやっと復活みたい。私・亜莉紗も挨拶を返す。

「おはよう、ゆりちゃん!あっ、雪音ちゃんもおはよう」

 昨日まで、雪音ちゃんとはあまり話せていなかったから、挨拶するのも少し緊張しちゃった。

 でも、雪音ちゃんはいつもみたいに笑ってくれた。

「二人とも、おはよう!」

 幼馴染ってちょっとけんかしてもすぐに元通りになるものなのかも。

 それから愛ちゃんも話に入ってきた。

「あっ、ゆりちゃんやっと復活?って普通に元気じゃん!」

「あいっち、おはよう!ほんとは昨日から元気で行きたかったんだけどお母さんに無理しちゃだめって止められてて。でも、ゆりは走れるくらい元気だったからね!」

「あはは、そうなの?」

 やっぱりゆりちゃんがいると明るくて楽しいな!

「今日はゆりちゃんも来たし、みんなで絵を描かない?愛ちゃんや波ちゃんも一緒に!」

 雪音ちゃんがみんなに呼びかけた。

「さんせ―!人数多い方が楽しいもん!」

「あたしも!」

「亜莉紗ちゃんは?」

「もちろん、私も!」

 雪音ちゃんに聞かれて答える。ちょっとしたことだけどすごくうれしかった。

「あっ、でもあたしの画力保育園児並みだけどいいのかな?波ちゃんなんてグラフしか描かないだろうし!」

「人を何だと思ってるの?私だってだてに数学だけしてるわけじゃあるまいし。でも、猫を描いたら机って言われたことならあるけど」

「ね、猫が机って?」

「ゆりもお花がりんごになっちゃったことあるよ!仲間だー!」

「あっ、祐ちゃんも一緒に絵描く?」

「描かない。」

「えー、何で祐の絵ってめっちゃかわいいじゃん!この前の猫の絵がー」

「ちょっ、やめろって!」

「あははっ!」

 私たちは太陽の光が差し込む教室で笑い合った。

「やっぱりみんなと一緒っていいわね」

「うんっ!」

・・・・

「ただいま!」

「おかえりなさい」

「おかえり、亜莉紗」

 今日はお父さんとお母さん、二人とも仕事が休みの日だ。

「今日は夕ご飯、亜莉紗の好きなオムライスにしようと思うの。今から用意するわね」

「あっ、私も手伝うよ」

「いいのよ。いつも亜莉紗は頑張ってくれてるから、お母さんとお父さんに任せて今日は休んでなさい」

「ううん、私、お父さんとお母さんとご飯作りたいの」

「じゃあ、亜莉紗にも手伝ってもらおうかな」

 みんなでキッチンに立つのは、なんだか久しぶりだ。

「亜莉紗、どうだ、最近学校は?」

「今日はね、愛ちゃんや波ちゃん、祐ちゃんも一緒にみんなで絵を描いたんだよ。でね、愛ちゃんがおもしろくって」

 今日や最近あった話をいろいろ話すと

「よかったわ。最近、亜莉紗があまり学校の話をしないから少し心配していたの。亜莉紗はしっかりしているのもあって、お母さんたちもあまり亜莉紗のことできてあげられていなかったし。ごめんね」

「お母さんたちは全然悪くないよ。仕事頑張ってくれてありがとう!私も最近いろいろと不安なことがあって…。大人になれていないのかなとか、みんなよりも遅れているんじゃないかって。でも、さくらさんが私の良さは大人になってもずっと変わらないって言ってくれて、すごく勇気が出たんだ」

「よかったな。亜莉紗のことわかってくれている子がいてくれて」

「うんっ!」

 ご飯の上に卵をのせて、ケチャップをかけて、私の大好きなオムライスの完成だ。

「「「いただきまーす!」」」

 家族三人で食べたオムライスは、ふわふわしていてとってもおいしかった。


「瞬に手紙を書いてみたんだ!」 

 わたし・さくらは女子会で柚月ちゃん、唯菜ちゃん、心愛ちゃんに瞬に書いた手紙を見せた。

「ほんと!?」

「見てもいいの?」

「うん、見てみてほしいな」

わたしは三人に手紙を差し出した。


瞬へ

わたしのせいで気まずい思いをさせてごめんね。

わたしは瞬のことをとても大切な親友だと思っています。

瞬は転校してきたばかりのわたしに教科書を見せてくれたし、わたしが資料集を忘れた時に自分から気づいて声をかけてくれたこともあったよね。

瞬の気遣いができるところや誰にでも優しいところすごいなって思った。

バスケしたのも楽しかったね〜!

やっぱりスポーツって楽しいなって思った。

またみんなでバスケしたいな!

今度、翔太や陽斗も一緒にみんなで遊びに行こー!

                さくら


「えっと、これって?」

 読み終わると三人は不思議そうに顔を見合わせた。だってもちろんこの手紙は告白なんかじゃない。

わたしは息を吸って三人の顔を見た。

「今までうそをついててごめんなさい。わたしの好きな人は瞬じゃない。他に好きな人がいるんだ」

 わたしは亜莉紗ちゃんの笑顔を思い浮かべた。わたしが亜莉紗ちゃんに抱いた感情は確かに恋だと思う。

「そうだったの!?私たちこそごめん!さくらちゃんの気持ち考えてなくて」

「ううん、わたしが早く言い出さなかったのが悪いよ。瞬とも気まずくなっちゃうし」

 わたしは泣き出しそうな気持ちでうつむいて、手紙を握った。

「さくらちゃん」

 柚月ちゃんがわたしの名前を呼んで手を取った。

「手紙、坂井くんに渡しなよ。せっかく書いたんでしょ」

「いいの?だってわたしっ、」

「いいもなにもさくらちゃんの気持ちでしょ」

 唯菜ちゃんが言って、心愛ちゃんも笑ってくれた。

「…っ、うん!」

 直接渡すのは少し照れくさいので、わたしは手紙を瞬のロッカーに入れた。これでわたしも瞬と仲直りできるといいな。

・・・・

「池野」

 放課後下校の時間になると瞬に名前を呼ばれた。

「帰ろう」

 その顔は少し笑っているように見えた。

「うんっ!」


 陽斗、翔太、瞬、わたしの四人で並んで歩いていると、瞬がわたしの肩を軽く叩いて言った。

「池野ってさぁ、」

「えっ何?」

「羽田のこと好きだろ?」

「あ、うん。

ってえっ、ええええー!」

 わたしは綾芽ちゃんに言われた時と全く同じ反応をしてしまった。そんなわたしを見て陽斗は爆笑している。

「なっ、何で瞬まで?」

「はぁ、逆に池野ほどわかりやすいやつもなかなかいないぞ」

「ええっ、わたしってわかりやすいの?」

「まじでわかりやすい。お前いっつも亜莉紗さんのこと見てるじゃん」

「ぼくは全然気づかなかったなぁ。でもさくらと亜莉紗ちゃんって仲良いよね」

 陽斗、翔太にも言われてしまった。

「な―んだ、みんな気づいてたんだ!」 

 わたしが笑うと、三人もつられたように笑ってくれた。

 それから、

「あの、瞬、ごめんね。わたし柚月ちゃんたちと勝手に瞬の話してたから」

 手紙にも書いたけど直接も言いたかったのでわたしは言った。

「どうせ池野のことだから、あいつらに合わせて話してたんだろ。羽田のこと好きなくせに。それが気にくわなかったんだよ」

「う、亜莉紗ちゃんのことはいいじゃん。というか変じゃないの?わたしが亜莉紗ちゃんのこと好きなんて」

「何で変なの?」

 翔太がわたしを見て言った。

「え、だって女子同士、」

「全然おかしくないよ~。ぼくだって陽斗くんのことも瞬のことも大好きだよ!もちろんさくらのことも!男子とか女子とか関係ないよ~!」

 それを聞いて陽斗が盛大に吹き出した。

「おまっ、そういう好きじゃねーよ!やっぱそうだよな、翔太にはまだ早いか」

「もー、翔太ってば、そういうところ最高!」

「ええー、何の話?瞬くんわかる?」

 瞬にくっつく翔太を見て思わず笑っちゃった。

 でも、翔太の言う通りと言えばそうなのかも。好きって気持ちは人それぞれだし、それは他人に決められるものじゃない。綾芽ちゃんも言ってくれたみたいに自分の好きって気持ちを大切にしたいな。

 それから、別れる前に瞬が少し照れたようにこう言った。

「俺は池野のこと前から友達だと思ってたし、池野が男が好きだろうが女が好きだろうがそれは変わらねぇよ」

 わたしはそれを聞いて、なんだかくすぐったくて温かい気持ちになった。

「ありがと、瞬!また明日」

・・・・・

 次の日、心愛ちゃんに声をかけられた。

「ねぇ、さくらちゃん!今日もいつものとこ来て!」

わたしは昨日の話で女子会は終わったのだと思っていたから、少し驚いた。

「今日の昼休み?」

「うんっ、柚月ちゃんも唯菜ちゃんも待ってるよ!」


 いつもの場所に行くとまず唯菜ちゃんが聞いた。

「さくらちゃん、昨日は瞬くんに手紙渡せた?」

「うん、渡して、ちゃんと仲直りできたよ」

「よかった!それでね、今日はさくらちゃんに聞きたいことがあって〜」

「えっ、なに〜?」

「他に好きな人がいるって言ってたじゃん!それって誰、誰?」

「気になる、気になる〜!やっぱり仲良いし陽斗くんか翔太くん?」

「えー、あの二人じゃ、子供すぎるでしょ!もしかして前の学校からずっと好きな子がいるとか!」

「ええっと」

 亜莉紗ちゃんのことが好きなこと話してもいいのかな。でもずっと勘違いされたままは嫌だな。

「ね、教えてよ!私たちさくらちゃんのためにできることしたいの!」

 正直に言うと、本当のことを話すのは怖い。でも、瞬たちが受け入れてくれたみたいに、柚月ちゃんたちだって受け入れてくれるのかもしれない。勇気を出してみよう。

「わたしね、男子を好きになったことってないの」

「えっ、でもさくらちゃん好きな人いるって」

わたしはそこで息を吸ってはいた。

「わたしが好きなのは羽田亜莉紗ちゃん。転校してきた時からずっと亜莉紗ちゃんのことが好きなの」

 そう言ってからわたしはしばらく顔を上げることができなかった。不安な気持ちが胸の中に広がる。

「それって、」

 柚月ちゃんが言った時、階段から足音が聞こえた。

「あれ、さくらさん?柚月ちゃんに唯菜ちゃん、心愛ちゃんも!こんなところで何してるの?」

 やってきたのは亜莉紗ちゃん本人だったの。わたしたちの会話は聞こえていないみたいだったけど、わたしは思い切り動転してしまって、柚月ちゃんたち三人も驚いたように亜莉紗ちゃんを見ていた。

「あ、えっと、あの、亜莉紗ちゃん、ごめん」

 わたしはなんとかそれだけ行ってその場から逃げ出してしまった。亜莉紗ちゃんは絶対にわたしの気持ちを否定したりしない。そのことはわかっている。だけど、もしも亜莉紗ちゃんに否定されてしまったら、それは『わたし』を否定されたのと同じことだ。


「はぁ、さくらさーん待って!」

「えっ、亜莉紗ちゃん?」

 わたしのこと、追いかけて来たの?

 驚いてその場に立ち止まると、亜莉紗ちゃんは追いついて、わたしの手をつかんだ。それから、あの天使みたいな笑顔で微笑んだ。

「さくらさん、つかまえた!」


「あっ、さくらさん待って!」

 私・亜莉紗が階段を降りると、さくらさんと柚月ちゃん、唯菜ちゃん、心愛ちゃんが踊り場のところにいて。普段、あまり人のいない階段だったから、ちょっとびっくりして声をかけるとさくらさんは「あ、えっ、あの、亜莉紗ちゃん、ごめん」と小さな声で言って走って行ってしまった。

 私は追いかけようとしたけど、すぐに思いとどまった。きっとさくらさんには私に知られたくない何かがあるのだ。私が追いかけたらきっと迷惑になるだろう。

「亜莉紗ちゃん」

 柚月ちゃんに後ろから声をかけられた。

「さくらちゃんのこと追いかけてあげて」

「えっ、でも、私が行ったら迷惑だよっ。きっとさくらさんには私に知られたくないことがあるんだろうし」

「亜莉紗ちゃん、さくらちゃんのこと気になるんでしょ」

「…うん」

 私が悩んでいる時、さくらさんに話を聞いてもらって、元気をもらえたことがあった。だから、もし、さくらさんが今悩んでいるのなら、私が助けたいな。

「だったら、行ってあげなよ。さくらちゃんは亜莉紗ちゃんに聞いてほしいって思ってるよ」

 そう言った唯菜ちゃんの口調はなぜか確信のある言い方だった。

「わかった。行ってみる」

 そうしないと後悔しそうだ。私はさくらさんの行った階段を駆けおりた。

 今まで私は自分で「こうしたい」って思っても、相手の迷惑になるんじゃないか、嫌がられるんじゃないかな、と思うと行動できないことが多かった。でも、今こうして走れているのは、あの日さくらさんの言葉があったからだ。さくらさんのおかげで自分に自信を持つことができた。

「はぁ、さくらさ―ん待って!」

 やっと見えたさくらさんの後ろ姿に向かって、私は呼びかけた。

「えっ、亜莉紗ちゃん?」

 驚いて立ち止まったさくらさんの背中に向かって私は走った。そして、さくらさんの手を取った。

「さくらさん、つかまえた!」

「あり、さ、ちゃん、何で?」

 さくらさんは顔を赤くしてうつむいてしまった。

「勝手に追いかけたりして、ごめん。でも、私、さくらさんのことどうしても気になって」

「……」

「前に、私が悩んでいた時に、さくらさんが真剣に話を聞いてくれたことがあったでしょ。あの時、すごく嬉しくて、元気が出たんだ。だから、私もさくらさんのためにできることをしたい。もしさくらさんが悩んでいることがあるなら、私で良ければ話してみてほしいな」

「少し、待ってね。自分の気持ちを整理したいから」

 さくらさんはしばらく下を向いて考えていた。

 今からさくらさんの言うことどんなことでも全部受け止めよう。

 しばらくすると、さくらさんは顔をあげた。

「亜莉紗ちゃんは、LGBTとか性別違和って言葉は聞いたことある?」

「うん、本やテレビで見たことがあるよ」

少し話の流れがわからなかったけど私は言った。

「そういうのとも違うと思うんだけど、小さい頃から自分の性別がわからないんだよね、わたし」

 ポツリ、ポツリとさくらさんは話し出した。

「幼稚園の頃からね、わたし、お人形遊びやおままごとよりも、男子と車やブロックで游ぶ方が好きで。あっ、でも、かわいい服や髪飾りが嫌いなわけじゃないし。男子になりたいわけじゃない。でも、自分はみんなとは、違うんだな、って…」

「そうだったんだ」

「それでね、わたしは今女子のことが好きなの。あのっ、れっ、恋愛の意味で」

 そう言う、さくらさんの肩がかすかに震えていた。伝えることがすごく怖かったのがわかる。いつも男子ととても楽しそうに話したりスポーツをしたりするさくらさん。女子のことを「ちゃん」で呼ばれるのが好きでなかったり。ヘアピンを付けて来た時も少し不安そうにしてたっけ。

「さくらさん、話してくれてありがとう!私を信じて打ち明けてくれたこと、すごくうれしかった。私、さくらさんのことすごいなって思ってる。明るくて誰とでも仲が良くていつも楽しそうで。その明るさには性別とかも超える何かがあるっていうか、うまく言えないけど。だから、さくらさんには笑っていてほしい。好きなもの好きって言ってほしいな」

 私はつっかえながらも何とか自分の気持ちを伝えることができたと思う。

「うん、亜莉紗ちゃん、ありがとう!」

 顔をあげたさくらさんはとてもすっきりした表情をしていた。

「一緒に教室に戻ろう。きっと柚月ちゃんたちも心配してるよ」

「うん!」

 私とさくらさんは二人で廊下を並んで歩いた。

そこで私は気になったことを口にした。

「そういえば、さくらさんの好きな人って?」

「えっ、えええー!」

「えっ、ごっ、ごめんね。聞いちゃいけなかった?」

「…やっぱり大好きだ」

 さくらさんは小さな声で何か言ったけど聞き取ることができなかった。

「ん?何か言った?」

「あっ、いや、そういうわけじゃっ、あ、ほら、掃除始まっちゃうよ。急いで戻ろうっ!」

「えっ、待ってよー!さくらさーん」

言いながら私たちは笑った。

 将来のこと、自分のこと、不安なことはこれからもあるだろう。でも、さくらさんやみんなと一緒に自分の良さも大事にしながら少しずつ変わっていけたらいいな。

 さくらさんを追うように走りながら、私はそんなことを思った。


「まじで、やばかったんでやんすよ〜」

「ふふっ、それはやばいよね」

 休み時間、わたし・さくらと颯也が話していると

「岡崎」

 祐ちゃんが颯也のことを呼んだ。わたしは一瞬祐ちゃんと亜莉紗ちゃんが手を繋いでいたことを思い出して、ドキッとしてしまった。って、今祐ちゃんは颯也に話しにきたんだし、気にしすぎだよね。

「これ、…、ありがと」

 颯也に傘を渡しながら、祐ちゃんは照れたように言った。きっと、雨の日に颯也が祐ちゃんに傘を貸していたんだね。

「あっ、どういたしまして、でやんす」

 颯也も同じく照れたようにそう返す。あれ、颯也、少し顔が赤いかも。

「もしかして、颯也って、祐ちゃんのこと、好き?」

「ヘヘ、ナイショでやんすよ」

 わたしがこっそり聞くと、颯也はさらに顔を赤くして言った。さっきの様子だと、もしかしたら、祐ちゃんも颯也のこと気になってるのかな。

「よかった」

「へっ、何がでやんすか?」

「違うの。わたし、祐ちゃんって亜莉紗ちゃんのこと好きかもしれないとか思ってたからっ」

 ああ、わたし何言ってるんだろう。

「えっ、ってことは、さくら亜莉紗さんのこと、好きなんでやんすか!?」

「ちょ、声が大きい!自分はナイショって言ったのにっ」

「つい、ご、ごめん、でやんす」

 亜莉紗ちゃんたち女子には、聞こえていないみたいだったけど、近くにいた男子たちがみんな振り返っちゃった。

「えっ、まじ?」

「さくらの好きな人って亜莉紗さん?」

 前からわたしの好きな人を気にしていた空と樹が食いつく。もう、うそなんてつけないよ。

「うん」

「まじ?そうなんだ!」

「いいじゃん」

「がんばれー!」

「応援するわ」

 空に樹、近くにいたりくや悠人もそんな風に言ってくれて。恥ずかしいような、でも、とってもうれしい気持ちになった。颯也もそんなわたしを見てニコニコしてくれている。

「みんな、ありがとう!」


『ほんとの友達はわかってくれるもんじゃねーの、案外さ』

 前にお兄ちゃんが言っていた言葉が蘇る。本当にその通りだ。

「あっ、さくら」

 手洗い場でばったりあった宮に声をかけられる。

「さくらって亜莉紗さんのことが好きだったんだね。前はいないって言ってたのに…」

「あの時は、まだ自分の気持ちに気づけてなくて。女子同士だし、自分でもどうしていいのかわからない部分もあったから」

 わたしが正直な気持ちを打ち明けると

「でも、僕は女だからとか男だからとかどうでもよくて。ああ、どうでもいいって興味がないとか全然そんな意味じゃなくて。あの、男女とか関係なくさくらが友達だから!」

「宮…!」

 その言葉に彼の思いが全てつまっている気がして、なんだか泣きそうになってしまった。

「宮っ、ゆりちゃんの好きなものとか食べ物とか何かわかったら教えるね!」

「えっ、何でここでゆりちゃんのことっ?」

「だって、応援するって約束したじゃん!」

「うん!僕も何か亜莉紗さんのことわかったら教えるね。ああ、でも僕って陰キャだしコミュ症だから、何もわからなかったらどうしよう…」

「もう、宮ってば。そんなこと気にしなくていいよ!お互い頑張ろ!」

 よかった。自分の思いしっかり口に出してみんなに打ち明けることができて。

 でも、もう一つわたしにはやることが残っていた。

・・・・

「それで、それで、さくらちゃん、亜莉紗ちゃんに告白したの!?」

 わたし・さくらは柚月ちゃん、唯菜ちゃん、心愛ちゃんに亜莉紗ちゃんと話したことを伝えた。実はわたしが逃げてしまった後、三人が追いかけるように迷っていた亜莉紗ちゃんに言ってくれたみたいなんだよね。

「えぇっ、告白ってあの告白!?無理だよそんなのわたしにっ!」

 だって、まだ亜莉紗ちゃんのこと好きって気持ちも自覚したばかりなのに。

「えー、でも昨日なんかいい感じだったじゃん!」

「昨日は小さい頃から性別にちょっと違和感があったこととか女子が好きってこととか話したけど、それだけ、だからっ!あー、でもその後に亜莉紗ちゃんに誰が好きなのって聞かれてっ!」

「亜莉紗ちゃんが好きって言えばよかったじゃない!」

「言わないっ、言えないよ、そんなこと!」

 ニコニコとくっついてくる心愛ちゃんを引きはがして、わたしは言う。

「だって、わたし綾芽ちゃんに言われなければ自分の気持ちさえ自覚できなかったかもしれないし」

「綾芽?綾芽とそんな話してたの?」

 柚月ちゃんに言われてわたしは答える。

「そう、綾芽ちゃんってすごいんだよ。人の視線や仕草で人の気持ちがだいたいわかるんだって!それから瞬に仲直りの手紙を書くことを提案してくれたのも綾芽ちゃんなの」

 すると、今度は唯菜ちゃんが

「ま、綾ちゃんは賢いし、周りに敏感だからね~!あ、いいこと考えた!綾ちゃんも入れて五人で新女子会を結成するの。さくらちゃんの恋を応援する会!」

なんて言って。

「いいね、それ!」

「さんせーい!」

「ちょっと、三人とも勝手にっ!」

「ねぇね、いつ亜莉紗ちゃんに告白する?」

「四年生は校内合宿あるし、その時は!?」

「いいね!その時までに練習ね!」

「だーから、しないってば!」

 誤解を解けて、みんなが受け入れてくれたことも応援してくれることもうれしいけどっ、やっぱり恥ずかしい〜!

 でも、この学校に転校してきて、瞬、翔太、陽斗、それから綾芽ちゃんに柚月ちゃんたち。もちろん、宮に颯也、空たち、愛ちゃん、波ちゃんも。みんなから大切なことを教わった。亜莉紗ちゃんも『好きなものを好きって言ってほしい』と言ってくれた。みんながわたしを否定しないでくれたこと、すごくうれしかった。だから、これからもわたしの『好き』を大切にしていきたいな。

 今はまだ想像なんてできないけれど、いつかは亜莉紗ちゃんにもわたしの気持ちを伝えることができたらいいな。

 桜は散ってしまったけれど、まだ春の暖かさは残っている。階段の踊り場の小さな窓から、キラキラと春の光が差し込むのだった。

 

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さくらさく春 君と @rihokuro

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