この世界の魔王様は威厳が無いようです

Aria(エイリア)

第1話 魔王城へご案内

 ――異世界転生。それは小説やアニメの中でしか起こらない心が躍る現象の一つだ。そんな現象が俺にも起き、これから剣と魔法の世界を冒険が始まるかと思っていたが、冒険とは無縁な少し暗い城で目を覚ました。

「主は何者だ?突然目の前に現れよって。この場に1人で転移してくるとは余もなめられたものだな」

 どうしたものかときょろきょろしているといつから居たのか、玉座に座る小さな女の子の見た目の子が話しかけてきた。

「いやー、そのー…。実は俺にも何が起きたか分からなくてですね…あはは…」

「何が起きたか分からぬだと?ふん、そんな見え見えな嘘を余が信じると思っておったのか?そんなつまらぬ嘘をつくなら消えるがよい…!」

 女の子は椅子に頬杖をついたまま左手をこちらに向けると、左手怪しく光り始めた。転生して間もないのにクライマックスすぎる気がするんだけど!?

 結局二次元の世界のようなご都合展開なんて存在しないんだなと半ば諦めていたが、それを止めるかのように1匹のモンスターが割って入ってきた。

「魔王様!その者はこの世界の者ではありません!一度話を聞いてみてはいかがでしょうか?」

「なんだと…?つまりは転生者の可能性があると?ふむ、ではそこの主よ。主は余の名前を言えるか?」

「わかんないですかね?そもそも自分が何でここに居るかも本当に分かんないんですよね。元居た場所で何があったのかもわかりませんし」

 今いる場所も分からなければ、自分がこの世界に来るまでに何をしていたのかも何があったのかも何も分かってない。つまり本当に気づいたらここに居たという事になる。

「なるほど。ということは主は本当に転生者ってことか!?」

「え、まぁそういう事になるんじゃないですかね?この世界がどんな所かも知りませんし、君の事も本当に知らない…よ?」

 女の子は俺が転生者だという事を認識すると、先ほどまでの威厳がなかったかのように子供らしい笑顔を浮かべながら近づいてきた。

「本当か!余は転生者という者を見たことがなかったからな!会ってみたかったのだ!確かに主は見たことない服装をしておるな、まずはこの世界に馴染めるよう着替えてくるがよい。コラプス!この者に服をあげるがよい!」

「承知いたしました。ではそこの者よ、私に付いてきてください」

「え…あ、はい?」

 コラプスと呼ばれた人(?)は先ほど割って入って来た執事のような服を着た魔物らしく、女の子の命令に対し礼儀正しく応え、俺に着いてくるように促した。俺自身は何が起こっているのかわからずとりあえず付いていくことにした。

「先ほどは魔王様が失礼いたしました。今の時期は少し忙しい時期でして魔王様も少し神経質になられているだけですので、どうか許して頂けると私と致しましても嬉しい限りでございます」

「いや別に怒ってはいないんですけど…。ちょっとびっくりしただけで。それにしてもあの子って言っていいのかな…?は本当にこの世界の魔王なんですか?」

 コラプスさんに着いていく途中で急に話しかけられた。コラプスさんは俺に対しても丁寧な口調で、あの子を許して欲しいと言ってきた。それについては問題ないのだが、コラプスさんがあの子の事を「魔王様」と呼んでいることが気になって聞いてしまった。

「今はあの子と呼んで頂いて構いません。実際魔王様は見た目が人間の少女と大して変わりはしませんから。後ほど魔王様からも自己紹介があると思いますが、あのお方はザント・ミーリスと申します。転生者様のいう通りこの世界の魔を統べるものでございます」

「本当に魔王なんだ。確かに最初はかなり凄みというか威厳というか凄かったからな…。撃たれそうになった魔法は…あまり思い出したくないな…」

 正直冷静を保とうとしたが、この世界に来て直ぐで魔法の事なんて何も知らない俺ですら、あの魔法はやばいと体が反応してしまうくらいには怖かった。流石に死んだと思ったし。

「初めて会う転生者様から見てもそう見えるのですか…。今の時期はもう少し威厳を放っていただけると私共わたくしどもも嬉しいのですが。では少しの間お待ちください。転生者様が着れる服をお探しいたします」

「あ、はいわかりました」

 コラプスさんは扉の前で立ち止まるとここで待つように指示を出してきた。それにしても今の言い方からしてミーリスさん…?に威厳がないこと自体はいいんだ…。コラプスさんがずっと言ってる今の時期って何かあるんだろうか?

 そんなことを考えていると扉からコラプスさんが出てきて服が見つかったから一度来てみて欲しいと伝えてきた。部屋に入り服を着替えてみると、自分の服のサイズを言っていないにも関わらず自分にぴったりのサイズで驚いたが、服のデザイン自体は特に変な感じではなかったため抵抗感がなく着ることが出来た。

「とてもお似合いでございますよ。服のサイズも合っているようですね」

「ありがとうございます。失礼かも知れないんですけど、意外と普通の服でびっくりしました」

「ふふふ、私は人間の服装に関しましてはかなり詳しいほうだと自負しておりますので。それではもう一度私に付いてきてください」

 なんかあれだな…今俺は本当に魔王の城にいるのだろうかと不安になってくる。魔王と言えば世界を脅かすいわば恐怖の象徴みたいな存在だと思っていたのだが、その魔王は子供のようでその側近は人間のファッションに詳しいときた。魔王軍としてそれはどうなんだ…?

 しばらく歩いた後俺が目覚めた場所まで戻ってきた。ミーリスさんは待ちきれなかったのか椅子から降りてうろうろしており、こっちに気が付くと嬉しそうに駆け寄ってきた。

「やっと来たか!うむすごく似合っているぞ!さすがはコラプスだな!」

「お褒めに預かり嬉しい限りではありますが、今は魔討戦まとうせんの最中でございます。どこで誰が見ているか分かりませんので気をつけて下さいませ」

 まとうせん…?もしかして本当に大変な時期に来てしまったのか?どんな字を書くのかわからないが、とりあえず日本語と同じ発音で同じ感じに話しているから言語に困る事はないのかな?

「わかってるわかってる、おほん…余はこの世界の魔王であり魔を統べるものザント・ミーリスだ!こんな見た目だがかなり強い魔王なんだぞ!」

「それはなんとなく理解していますよ。俺は…あれ?俺の名前ってなんだっけ…?」

 何故か自分の名前が思い出せない…。自分がどんな世界にいてどこに住んでいたのかとは覚えているのに何故か自分の名前だけが思い出せない…。

「もしかすると転生者様はここに飛ばされた影響により断片的な記憶が欠如してしまっている可能性があります。今回の場合ですと転生者様は自身の名前の記憶が欠如しているという事です。転生者の方によく有り得る事のようです」

「なるほど?やっぱり世界を渡ることにリスクは付き物なのか。でも困ったな名前がないと今後大変だ…」

 名前は自分を証明するための大事なものだ。それが欠如しているのはこの世界、というより生きていくことが難しくなってしまう。本当に名乗るほどではなくなってしまう。

「ならば余が主の名前を決めてやろう!安心しろ、余のセンスはバッチリだ!そうだなぁ」

「まって!わかった自分で考えるからまって!」

 名前を決めてやろうと言った後のコラプスさんの反応的にすごい名前を付けられそうだったため、自分で考えることにした。この世界はどちらかというと英語圏のような名前になっているから…。

「ルイン…ルインってことにしよう!どう?」

「私はいいと思います。お名前に関しては私には教養がないものですので、ご意見出せないのは申し訳ないのですが」

「そうか?まぁ主がそれがいいというのならそれがいいのだろう。ルインよよろしく頼むぞ!」

 よし取りあえず自分の名前はこれで行くとしてこれからどうするかだよなぁ。今はミーリスさんがよくしてくれているからいいものの、人間の俺と魔族の人達とではいろいろ大変そうだからなぁ…。

「よしコラプスよ、ルインに部屋を用意してくれ!余はこれから魔討戦に備えないといけないから余は行けないのはつまらんが…。それは魔王の宿命だから仕方のない事だ。それにここに居ると巻き込まれるからな」

「承知いたしました。ではルイン様こちらへどうぞ。お部屋まで案内いたします」

「え、部屋?俺の?確かにこの後どうしようと思ってはいましたけど…」

 これはなんだ?もしかして俺のことを飼おうとしている?何かしらのいじめではないけど俺はなにかをされようとしているの?魔王の城にいるっていうのがさらに怖さが増すんだけど。

「安心してくださいませ、魔王様も私ももちろん他の魔物の方達もルイン様を取って食おうとするつもりはございませんから。ルイン様は今行く当てがない状況でございますから、なにか目標などが決まるまではこの城にいて構いません」

「え、いいんですか?もしかしたらずっといるって可能性もありますけど…」

 この世界の事をなにも分かっていないのもそうだが、魔法が使えないのはそうだが武器を使う事すらできないような人だから、ここからあまり出たくないって言うのが正直な感想だ。

「もちろんそれでも構いません。この城の空き部屋はかなりの数になっていますから。もしルイン様さえよろしければ魔族として生きてもよろしいのですよ?」

「それは…ちょっと考えておきます。魔族として生きていくとした時に何が起きるかまだ分かりませんから」

「ふふふ、そうですか。それでは気持ちが変わりましたらお気軽にお話しください。ちなみにですが、魔族として生きるとしてもルイン様に何かが起きるというわけではありません。ただ人間よりも長生きするという事だけです」

 ………もう少し考えておこう。魔族としての生活も分からなければ、この世界の普通の生活も分からない状況だから、どっちがいいかは今は流石に決めることは出来ないな。

「さて、とりあえずこちらの部屋をお使いください。何かありましたら近くの魔物へと声をおかけくださいませ。それでは私は魔王様の所へと戻らせていただきます」

 わかりましたと言ったものの、さっきまで誰かと話していたから急に静寂になると不安が押し寄せてくる。

「俺…これからどうなるんだろうか…?」

 大体何でもこなせそうな魔物執事のコラプスさんと威厳少な目魔王のミーリスさん…他にもいろいろな魔族と話すことがあるという事を考えるだけで少し不安を覚えるのだった。

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