第18話 『幼児』


 受験勉強で、疲れていたのかも知れません。



 大学受験を控えた高校最後の夏休み。

 夏期講習の帰りに、珍しく涼しい風が流れていたんです。

 エアコンの効いた部屋にばかりいるのは体に悪い、なんて。ちょっと言い訳っぽいですけど。

 近所の公園へ、少し寄り道をしたんです。

 自転車を押しながら歩いていました。


 まだ夕方という時間でもなかったので、遊具の周りでは、子どもたちが遊び回っていました。

 保護者の人たちは日陰で立ち話をしていて。

 猛暑日が続いていましたから、気温の低めな日の朝夕しか、外へ遊びにも来られませんよね。

 私が小さかった頃にも遊んだ公園ですが、遊具は新しくキレイになりました。

 昔の様子を思い出して、あの頃は良かったなぁなんて。

 ゆっくり歩きながら、色々と物思いにふけっていたんです。


 舗装された通路。

 自転車を押して歩いていると、トコトコと軽い足音が聞こえました。

 見ると、まだよちよち歩きに見える子どもです。

 私を見上げながら両手を差し出し、

『まぁま、まーま』

 って、駆け寄って来ました。

 私は自転車を押して歩いていますけど。

 何も考えずに、猛スピードで自転車を漕いで行く人も居るんです。

「こっちは自転車が走ってるから危ないよ。おうちの人から離れたらだめでしょ」

 と。もちろん優しくね。

 緑色のオーバーオールみたいのを着ていて、中世的な見た目の子でした。たぶん男の子だと思ったんですけど。

 キョトンとした目で見上げながら、

『へぇ、若いのに珍しい』

 って、言ったんです。よちよち歩きの男の子が。

 なんだか、ゾッとしました。

『受験勉強、無理しないでね』

 ニコッと笑って、子どもたちが遊んでいる方へ駆けて行きましたけど。

 遊具の向こうまで走って行って、姿が見えなくなりました。


 最初の『まぁま』くらいが普通だろうって事くらいわかりますよ。

 若いのに、とか。受験勉強なんて単語をはきはき話せる幼児は、普通じゃないですよね。

 優しい、どこかのお兄さんをイメージする声でした。

 通り過ぎて、なんだったんだろうと振り返って見ても、あの男の子は遊具の近くから居なくなっていました。


 本当に、なんだったのかなって。

 きっと、疲れていたんですよね。

 幼い頃に亡くなった兄弟や親戚の幽霊とか?

 考えてみましたが、思い当たる子は居ませんでした。


 それ以来、受験勉強も頑張りつつ、何もかも頑張るんじゃなくて。

 緩めるところは緩めて過ごすようにしようかなぁ、なんて思うようになったんです。

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ミジカイダン 第2 天西 照実 @amanishi

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