第3話エルフが死にかけていました後編
近くにあった倒木を、椅子代わりにして腰掛けた。腐ちた木特有の、少しざらつく感触はするが……ただ座っている分には問題ない。
木屑なんかは、払い落とせばいい。
『えっと……食欲って……ある? あのー……俺、干し肉なら何切れか持ってるから……』
頬に感じるジン……とした痛み。
その痛みを極力気にしないようにしながら、俺は焚き火を点けていく。
辺りに転がっていた枝を拾い並べて、《炎蜥蜴の火種石》を投げ入れた。魔力がパチンッ……と小気味のいい音と共に弾けて、枝を燃やしていった。
「………………」
『……あ、そ、そうだ! 俺、自己紹介してなかったな。……俺はエドガー。……まぁ、その……訳あって放浪しているというか……なんというか………えっと……』
笑って誤魔化して、俺は頭を掻く。
どうにも、言葉を上手く纏められない。
倒木に靠れるエルフの魔法剣士。
……時折視線を泳がせる以外は、表情に変化がなかった。口を小さくだが引き結んでつぐみ、言葉を発する気配もない。
……俺、たぶんだけど完全に嫌われてるよなこれ。
『……や、焼いた方が美味いよな、うん。えっと、た、食べれる? なんか戒律とかで駄目だったりとかって……その……』
沈黙。
彼女からの返事はない。
……気まずさで吐きそうなんだけど。いっそ罵声でも構わないから何か言ってくれ。
「………まない」
『………えっ? あ、ご、ごめん! い、今何か言った……!?』
不意に、彼女が何かを呟いた。
唇が小さく動いて、確かに何かを呟いていた。
何と言ったのかと尋ねると、彼女はもう一度だけ口を引き結んでから。
……さっきよりも幾分か大きな声で言う。
「……すまない」
彼女が発したのは、"すまない”との一言。
それに驚いて、俺は思わず目を見開いた。……いや、見開きそうになって無理矢理に抑えた。
………エルフが………謝った……?
『ぜ、全然気にしてないから! あれは……ほら、事故だよ事故』
情けなく声が上ずる。
彼女に気圧された……という訳では無いが、鼓動は跳ね上がってしまう。
「……いや、助けようとしてくれた相手を殴ってしまった。……申し訳ない」
そう言って、彼女は深々と頭を垂れた。
(ま、まさか……エルフに頭を下げられる日が来るなんて……)
エルフが頭を下げている……というこの状況。
ある意味でかなりの異常事態だと言える。……と、言うのもだ。
エルフは基本的に気高く……悪く言えば傲慢さで知られる。
目が眩むような美貌と、500年近い長い寿命。内包する魔力の量も他種族を圧倒する。
その魔力で瘴気を防ぎ、この世界でエルフだけが。
瘴気避けのマスクも無しに、歩き回れてしまうのだ。
「…エドガー、と言ったな」
そう言うと、彼女が。
「…私はケーラ。…姓は無い」
……ケーラが立ち上がり、俺を見やる。
エルフ特有のすらりとした……均整の取れた身体つきも相まって、立っているだけでも画になる。
『あ、あぁ!……改めて、俺はエドガー。見ての通り、しがない弓使いだ』
俺も同じく立ち上がり、ケーラと視線を合わせる。
人間の女性に比べれば背は高いが、俺よりは幾らか低い。
『今は……訳あって放浪中。……ケーラさんは?』
嘘は……言っていない。
“訳アリ”で放浪中だ。少しだけ言葉を暈しただけであって、嘘はついていないぞ嘘は。
「…ケーラでいい。…放浪中、と言ったな?」
『そ、そうだよ?』
「…私も似たようなものだ。…街々を回って旅をしている」
『巡礼者……って奴? それなら、ここからもう少し行けば、リリアンヌの街に着くけど……』
「…違う、巡礼者ではない。私は……」
言葉の一つ一つは明瞭でハッキリとした……しかし囁くような……あるいはボソボソと呟くような声で、ケーラは続ける。
いわゆる、エルフ特有の話し方だ。大っぴらに口を開けたり、感情を込めるような話し方を彼らは嫌う。
……なので、俺を引っ叩いた時はかなり気が動転していたのだとわかる。感情剥き出しだったし。
「………私は……探し物をしている。……大切な……探し物だ」
パチンッと小さく。
焚き火にくべた枝から、火花が弾けた。
『探し………物?』
“手伝うよ”……と。
そう言いたかったが、軽々しくする言ってはいけないような。
そんな気がして、俺は口を噤んだ。
「…そうだ。……そろそろ私は行く。…世話になった。……礼を言う、エドガー」
『あっ………も、もう行くのか? 夜もふけるし、危ないんじゃ……』
鞄を背負い、踵を返して行こうとするケーラを止めた。
《濃霧期》の夜更けに旅を続けるのは、危険すぎる。
「…リリアンヌの街がここから近いのだろう?…抗毒スキルで毒も消えた。…魔力も回復している。
……私に構わなくていい。……貴様は……さっさと自分のパーティと合流しろ。……近くに待たせているのだろう?」
『えっ? パーティ?』
……ん? パーティ?
パーティを待たせているって、何の事だ。俺はソロだが。
「…何を呆けている。…放浪中とはいえ、旅仲間くらいいるのだろう? ……でなければ、魔法使いでもない《ヒューメアン》が……《鋼翼のグリフォン》を撃退できる筈もないだろうに」
《ヒューメアン》。
人間を意味するエルフ語だ。
幾らか排他的なコミュニティのエルフたちがよく使う。
……どうにも、ケーラが育ったエルフのコミュニティは。
他者との交流を好まない場所だったらしい。
「……私のことはいい。…行ってくれ」
『俺、ソロだけど………』
「………………は?」
『いや、だから。ソロ。一人。一人ぼっち。………一人で放浪中。あと、グリフォンなら倒したよ』
俺が言うと、ケーラが固まる。
固まる……なんて陳腐な言葉だと思っていたが、本当にヒトって此処まで固まるんだな。
マネキンか蝋人形にでもなったみたいに、ケーラは動かない。
……ただ両眼だけが、ぐるぐると踊り跳ねている。
「……馬鹿を言うな、馬鹿を。……撃退したならまだしも……倒した? ……レベル50超えの上位モンスターだぞ? ……一人で倒せるわけがない。……エルフ程の魔力がなければ、弓ごときでダメージを負わせるなど……無理だ」
(……弓のが眼とか直接狙える分、有利なんだけどなぁ………魔法だと発動までタイム・ラグがあるし)
確かにケーラの言うコトはもっともだ。
上位モンスターの中では比較的多く現れるとはいえ……《鋼翼のグリフォン》は危険なモンスターには違いない。碌な防御設備のない村や街なら、1日と保たないだろう。
……街の外に1体でも現れれば、ギルドの上位冒険者達が総出で相手をするレベルではある。
……とはいえ、罠を仕掛けたり、地形を利用しながら上手く立ち回れば、ソロでも倒せない相手じゃない。
「……証拠でも見せられれば信じるが……ふっ……倒せるわけが」
『証拠? それなら……はい、これ』
取り出して見せるのは、グリフォンのドロップアイテム。
さっきのグリフォンのではなく、魔力嚢を獲るために倒した個体のものだが……証拠としては使えるだろう。
「それは……《鋼怪鳥の逆羽根》……!?」
モンスターがドロップするアイテムには、幾らの種類がある。
ソロで倒した時にのみ得られるアイテムもあれば、パーティを組んだ時にだけドロップするものもある。
俺が渡したのは、《鋼怪鳥の逆羽根》。
……ソロでの討伐時にのみ得られるアイテムだ。
売ればそれなりの価値にはなる。
『素材アイテムとしては最低。
……好き好んで買う冒険者はいないよ。信じてくれた?』
「……」
呆けた顔でケーラ俺と《鋼怪鳥の逆羽根》を交互に見やる。
エルフって、意外と表情豊かなんだな。ずっと仏頂面にしてるのかと思ってた。
「エドガー……と。…エドガーと、言ったな?」
『えっ? あ、あぁそうだけど……ちょっと!? 頭を上げてよ!? どうしたのさ!?』
俺の名前を呼んだかと思えば。
ケーラが、今にも跪かんばかりの勢いで頭を下げてきた。
何だ何だ!? いったいどうしたっていうんだ!?
「……エドガー……どうか……共に………来てはくれないだろうか……?」
『来てって……旅のこと? 別に構わないけど……うわぁっ!?』
「……ほ、本当だな!? ……本当に付いてきてくれるんだな!?」
ちょっと……ち、近い……そんなに密着されたら……む、胸が……当たる。
駄目だ、頭の中が柔らかいでいっぱいになる。や、やめてくれケーラ。
一旦離れて……!?
『付いてくよ、付いていくから落ち着いて……!?』
目線を零れ落ちそうな程に……弛み揺れる活火山から逸らしつつ、俺はケーラの両肩に軽く触れて落ち着かせる。
「……ぅ………す……すまない。…………取り乱した」
深呼吸を一つして、ケーラはゆっくりと語りだす。取り乱したような語気ではなく、囁くような……呟き声だ。
「…私は…《勇者》を探して…旅を続けていた」
『……勇者? 勇者って……邪神を封印した、あの勇者のこと?』
「…そうだ。…私は…いや、私の一族は、かの邪神を倒すに足る力を持つ者を探していた。…封印などではなく、完全にこの世から邪神を消しされる者を」
まさか、俺がその《勇者》だと言うつもりか?
「……一族に伝わる予言には、必ず勇者が生まれるとあった。……私はその勇者を見つけ出し……導く者として送り出された。……これが、私の旅の目的の一つだ」
『導く者……ごめん、ケーラ。俺は多分……君が言う勇者なんかじゃないと思う』
俺はただの弓使いだ。何なら、魔力のコントロールも禄にできない欠陥冒険者。俺が勇者だなんて……あり得ない。
「……この旅を続けて100年。……貴様以上の強さを持つ者には出会えなかった。……貴様に賭けてみたいんだ、エドガー。……どうか共に来てくれ」
100年。
エルフが長命な種族なのは知っているが、それでもケーラはかなり若い方だろう。
老化が極端に遅いエルフは、200歳を超えてなお、若者として扱われる。
『いつからケーラは旅を……?』
「…18の頃だ。…成人として扱われる歳になった日から、私はこの旅を続けてきた」
『ずっと……一人で?』
「……冒険者を雇った事は何度かあるが……正規にパーティを組んで旅をしたことはない」
なら、ケーラは118歳……ということになるのか。
俺よりずっと歳上だが、100年も孤独に旅をしてきたのだと思えば。
……放っておくことなどできない。
どうせもう俺には帰る場所も、行き場もない。
仮に勇者であろうが無かろうが、ケーラの旅に同行してあげたい。
……そう思った。
『……わかった。なら、改めてよろしくお願いするよ、ケーラ。君の言葉を……信じてみる』
俺は、右手を差し出す。
ケーラは差し出した俺の右手を小さく……少しの間見やって。
「………感謝を」
小さく口を結んだままで。
けれども、瞳を確かに柔らかく……ホッとしたように和らげながら。
彼女は、強く握り返してくれた。
街を追い出された弓使いですが、気が付いたら世界を救う英雄になっていた件 あつ犬 @Atuinu
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