最後の2人

赤魂緋鯉

最後の2人

 近未来。その活動範囲が母星に収まらなくなった人類は、何億キロの彼方へ悠々と移動する手段を得て太陽系へと進出した。


 しかし、例によって同族同士で殺し合いをすることは止められず、宇宙戦闘艦などによる大国同士の戦闘がそこかしこで行われていた。


 数ある紛争地域の1つである、火星の衛星・フォボス上空にて、1隻の大型宇宙戦闘艦が戦闘不能状態で浮かんでいた。


 それは敵の突撃艇による移乗攻撃を受け、数時間の戦闘の後に艦橋まで制圧されたが、誉れある死を求めた艦長によって、毒ガス兵器による敵を巻き込んだ自爆作戦が行われた。


 結果、ガラスを腐食する毒ガスの性質により、戦闘服のフルフェイスヘルメットが破損し、敵味方関係なしにほぼ全滅するという大惨事が起こってしまった。


「うわああああッ!」

「いちいち振り向かないで走るッ!」


 その地獄の中で、突入部隊の最後尾にいた女性兵士のアリスとメルの2人が、その黄緑色のガスの壁に追われて全力疾走で突撃艇へと駆け戻っていた。


 先行する兵士がバタバタと死んでいく様子を見て、考える間もなくとっさに引き返したことで、現状はギリギリ飲み込まれずに済んでいた。


 この2人は同い年で、徴兵される以前から今まで、ほぼずっと一緒に行動している事が多かった。


「ふざけんな! あのイカれ野郎と心中させられてたまるかッ!」


 だが、だんだんとその差は縮まっていて、500メートル後方に突き刺さったそれにたどり付けるかどうかギリギリである、と逃げている2人も薄々察していた。


「まって! まだ諦めるのは早いみたいねッ!」

「ああん? あっ脱出ポッドッ!」


 だが、メルが右前方の壁に救命脱出ポッドがある事を示す標識を発見し、その通路を右に曲がってハッチを潜った。


 だがそこに合ったのは、敵国が経費をケチったせいで2つだけだった。


「――まあいいか! これで助かったぞメル!」

「そうねッ!」


 一瞬だけ唖然とした2人は、協力してハッチを閉めつつ表情をほころばせた。


 完全にロックした事を確認した2人は、右にある方へと乗り込んでポッドのハッチを閉めた。


 ポッドの中は、前の方に簡易的なジョイスティック2本によるモニター操縦席と、壁際に乗員席と非常食等が入った箱を兼ねるものがあるだけで、その他は何もなかった。


「――畜生。ダメね、イカれちまってるわ」

「マジでか……」


 一縷の希望を得た2人の笑みは、運悪く整備不良によって作動しなかったポッドによって潰えてしまった。


「仕方ない。他のを――」

「うわッ」


 しかも、諦めて隣にあるものに乗ろう、とアリスがハッチを開けたが、すでにプラットホームへガスが流入していて、後ろにいたメルが気付いてとっさに閉鎖した。


 先程2人が閉めたハッチは保守が不十分で、気密性がほぼ機能していなかったため、気圧差の関係でガスを吸い込んでいた。


「……冗談きついぜ」

「……残念ながら、閉じ込められたのは事実よ」


 ハッチには小窓が付いていて、ジワジワと濃度が濃くなっていくガスが確認できる。


「こりゃなんのゲームなんだよ」

「遊びなら良かったんだけどね」

「命がけリアル脱出ゲームとか、マジで冗談きついぜ……」

「まあ、脱出する手段が運任せだから、ゲームとして成立してないんだけど」


 同時にへたり込んだ2人は、そんな絶望的な状態で虚しい冗談を言い合って、乾いた笑いを発するしかなかった。


 メルは一応、ポッドの外に宇宙空間用の救助ビーコンを置いては来たが、絶賛戦闘中のため間に合う保障がない事をメルはアリスへ告げる。


「……なんでお前、あのとき引き返してきたんだよ」

「ボサッと突っ立ってる相棒を放っとけるわけないじゃない」

「それで2人してこうなってりゃ世話無いじゃねえか」

「なに? こんなとこ1人で居たいわけ? 発狂するわよこんなの」

「いやまあ、その辺は助かってるけどな……」


 わざとらしく目を丸くしたメルに、アリスは俯き加減でボソボソと言いつつ膝を抱き寄せた。


「……んだよ」

「別に。まだ気が楽かと思って」


 アリスの対面にいたメルは、少し目が潤んでいる彼女の方へと移動すると、わざわざくっ付くようにして隣に座った。


「ヘルメット邪魔ね」


 だが少し身じろぎする度に、ヘルメット同士がゴツゴツぶつかってお互いの顔を見ることすら出来ず、煩わしくなったメルは脱いで投げ捨てた。


「いやお前……」

「だって被ってたって意味無いでしょ? ほんの少し生き長らえるだけよ」

「まあ、空気無いわけでもないしな」


 そのワイルド加減にアリスはしばし呆れ顔をするが、状況に対して開き直っているメルの言葉に納得し、自分も脱いで足元へと両手で置いた。


 2人はそのまま何を話すでもなく、ドラム式洗濯機のように湾曲した反対の壁面をボンヤリ小1時間程見つめる。


 その間にも、ガスがどんどんと濃度を濃くしていき、照明器具を破壊したため脱出ポッド内から照らせる範囲でしか外の様子がうかがえなくなった。


「……それにしても、こんなになるって分かってたら、我慢せずに酒もって来れば良かったわ」

「いや、それ軍規違反だから」

「まあ、電子タバコは持ってきてるんだけれど」

「吸わねえのになんで持ってんだよ」

「1回どんな物か試したいじゃない? これで少し待てばいいのね」


 そう言うと、手の平に収まるサイズの細い立方体の筒のフタをとり、メルはカートリッジを差し込んでスイッチを入れて少し待った。


「じゃあ、いくわね――」


 サイドに付いたインジケーターのランプが赤から緑になり、少し格好を付けて二本指で挟んで吸った瞬間、メルは激しく咳き込んで涙目になった。


「お前、化学物質に弱いんだから、そうなんのも当たり前だろ」


 スッと取り上げたアリスはメルの背中をさすりつつ、自分も少しだけ吸ってみるとすぐに渋い顔をして電源を切った。


「……あんたって、昔から見かけによらず細かい事を覚えてるわよね」

「そういうお前は見た目よりズボラだよな?」

「ズボラって言い方はちょっと。大胆と言って欲しいわね」


 失礼しちゃうわ、とほんのり不機嫌そうな目をしつつも、メルは相方に寄りかかって頭をその肩に預けた。


 緊張が少しだけ和らいだ、頭1つ分低い彼女の顔をアリスが見開いた横目で見やると、自身もその強ばっていた表情が少し緩んだ。


「……なんか、こうしてると学生の頃を思い出すな」

「そう?」

「ほらさ、教育隊に入らされてから、同室つったって訓練訓練で毎日疲れて帰ってきて、ろくに話もせずにぶっ倒れて寝てたわけだし」

「配属されてからも似たようなのだったし、確かにこんな喋るのも久々ね」

「ま、こんなとこじゃなければもっと良かったんだがな」

「言ったって仕方ないでしょ。それは」


 その年月を素早く指折り数えたメルを、毒ガス濃度が濃くなった事で外のガラスが溶け始めた窓と、アリスのため息交じりの言葉とが現実に戻してくる。


「じゃあどこだったらいいよ? 帰ったら休暇とって行こうぜ」

「うーん、そうねえ。やっぱり地球の本国には1度行ってみたいわね」

「お、いいね。実はちょっと見繕ってる場所があってな」

「どこのあたり? って地図見られないわね」


 すぐに調べようと、軍規違反ではないがいい顔はされない私用通信端末を取り出したメルだが、


「そんなこともあろうかと、いろいろスクショしててだな」


 同じく、私用のそれを取りだしたアリスは、フォルダからいちいち加工されて見やすくなった画像をメルに見せた。


 人工的にではあるが保護された、広大な湿地帯の他、山や海や洞窟、巨大な建造物や果ては廃墟といったものまで、本当に多種多様な観光スポットを網羅していた。


「へえ、なかなかセンスいいじゃない。どうせなら全部回りたいわね」

「どうせなら自分で運転していきてえな。まあ移動距離えげつねえけど」

「えげつないって言っても、精々何時間かでしょ」

「よし、じゃあ所要時間はこちらになります」


 いちいち無邪気に喜んでいたメルは、アリスから〝総移動時間3日〟と見せられて眉間に少しシワをよせた。


「えっ、こんなに?」

「そりゃバカでけえ島なんだから当然だろよ」

「へえ。もっと小さいものだと思ってたわ」

「地理の授業寝てたもんなお前」

「別にコロニー暮らしじゃ要らないじゃないの。最適化っていうやつよ」

「要らねえからつって勉強しないのもどうかと思うぜ。あと無理にムズい言葉使おうとするの、スゲえバカみたいだぞ」

「うぐっ……」


 腕組みをして玄人ぶったドヤ顔をするメルは、真顔で辛辣な正論を返されて赤面して黙りこんだ。


「バ、バカまで言わないで良いでしょっ」

「スマンスマン」


 くすぐったい程度の軽いパンチをするメルも、それを喰らっているアリスも、青春時代のような屈託のない笑みを浮かべていた。


 しかし、ガスは確実に小窓を溶かしていて、4重の特殊積層ガラスの内の3層目を突破し、彼女たちの生存時間は後ほんの僅かとなっていた。


「ボチボチか」

「そのようね」


 氷が溶ける様な音が響くポッドの中央部で、2人は引っくり返って天井を見上げていた。


「――なあ、メル」

「――ねえ、アリス」


 おもむろにアリスが横向きになり、メルの方を見て話しかけると、示し合わせたわけでもないのにメルも同じ行動を取っていた。


「ウチが、先でいいか?」

「良いわよ。なに?」


 少し緊張した面持ちで自分を指さしたアリスに譲ったメルは、彼女の手を握りながらそう促した。


「ウチさ、一緒に死ぬならお前とだなって、ずっと思ってたんだよ」

「奇遇ね」

「マジか」

「下手すれば家族とより一緒にいるんだもの、当たり前の事でしょ」

「じゃあさ――」


 いつになく引き締まった顔で、言葉を紡ごうとしたアリスの唇を、メルは不意に自分のそれで数秒塞いだ。


「……これはその、オッケーってこと、か? その、ラブ的な好きっていう……」

「そうじゃなければしないわよっ。私そんな軽い女じゃないしっ」


 素早く起き上がって自身の唇を手で押え、目を白黒させるアリスの問いに、メルはゆっくり半身を起こし、茹で蛸の様な赤ら顔をして答えた。


「生まれ変わり、っていう考え方があるらしいけれど、本当にそうなるのかしら」

「信じてみたら案外なるかもな」


 お互いに支えを求める様に抱き合って、最期の瞬間を迎えようとしたときだった、


「……。……あれ? ガス、無くなってない?」

「えっ? マジだ……」


 ふと小窓を確認した2人は、迫り来ていたガスが消えている事に気付いた。


「いったい何が……」

「うわ眩しっ」


 直後、ペンライトの光が窓の外から差し込んできて、特殊ガス防除服を着た人間が覗き込んだ。


「あっ、いたっ! 生存者2名!」


 実はほんの数十分前に、友軍の宇宙救助艇が駆けつけていて、ビーコンが出ている辺りの外壁にドリルで外から穴を開けてガスを排出した後、救助員が駆けつけていた。


 窓の外を人が何人も動いている様子をボヤッと見ていた2人は、


「……なんか、助かっちまったかも?」

「ほっぺ、つまむ? お互いに」

「おう」

「わかった」


 せーの、で相手の頬を全力でつまみ合い、その脳に現実であることを知らせる痛みが届けられた。


 その数ヶ月後。


 地球のとある場所にある、延々同じ様な景色が続く海岸端の路上にて、


「車でなんて、来るんじゃ無かった……」

「おう……。慣れねえことをするもんじゃねえな……」


 バッテリーが上がった自動車をへいこら押す、2人の退役軍人の姿があった。

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