(3)


 住所とか電話番号とかメアドとかラインIDとか。そういうのが書かれていたら、俺らは迷わず男の子を交番に連れて行っただろう。でも、紙に書かれていたのは謎の四文字だけ。身元どころか、行き先も連絡先もわからないんじゃ、どうしようもない。

 でも。それより先に、さっきから車道のすぐ横に突っ立ってるのが危なっかしくてはらはらした。車道側に一歩でも踏み出したら車にはねられちゃうよ。言葉が通じないなら、直接行動するしかないよな。


「そっちは車道のすぐ横だから危ないって」


 言葉が通じないから日本語で言ってもしょうがないんだけど。一応注意してから腕を掴んで歩道に引っ張り戻そうとしたんだ。そうしたら。


「う……」


 ものすごく強い違和感を覚えたんだ。掴んだ感触はある。でも、人の体に触ったっていうのとはまるっきり違う。空気の塊に触れてるみたいな……。そう、重さを全く感じなかったんだ。いや重さだけじゃなくて、熱とか脈動とか、あって当たり前の質感みたいなものが全然なかった。


 最初にぱっと思い浮かんだのは、ユウレイだった。でも、ユウレイなら透明だよな。掴めるはずなんかないし、向こう側が透けて見えると思う。

 それに男の子の姿は俺ら以外の人にもちゃんと認識されてる。三人で立っている姿は、俺とバクがこれからコミケに行く友人と会話してる……そんな風に見えるんだろう。男の子の見てくれがめっちゃ変わってても、衣装と化粧のせいだと思うのか、誰の関心も持続しないみたい。ちらっと見るだけで、みんなさっと通り過ぎてしまう。


 俺の頭ン中に、バクが最初に言ったエルフみたいだという感想がフラッシュバックした。「みたい」じゃなくて、そのものかもしれないと思ったんだ。根拠は何もない。でも、このままじゃ男の子は「狩られる」。その予感も単なる直感に過ぎないけど。どうしようか悩んだのはほんの数秒だった。


「バク。どこから来たとか、何しに来たとか、なんとか聞き出さないと交番にすら連れて行けん」

「うー、それもそうか」

「一度。この子連れて俺の部屋に引き上げるわ。今の時間帯、家には俺以外誰もいないから、ゆっくり聞き取りできる」

「さやちゃんは?」

「塾。お袋が仕事終わって戻ってくるのは七時くらい。それまで俺一人なんだ」

「ちぇ、俺も行きたいけどなー」


 バクの家は洋菓子店で、両親揃って店にいる。その間はバクが弟や妹たちの監視役なので、できるだけ早く帰ってくれと言われてるらしい。バクが部活やってるのも、家に帰る時間を引き延ばしたいから。気持ちは、よーくわかる。

 おっと、コミュニケーションとるのに必要な時間がどんどん削れちゃう。急ごう。奇妙な感触の男の子の腕を掴んだまま、歩き出す。振り返ってバクに伝える。


「進展あったらライン流すよ」

「おう」


◇ ◇ ◇


 九月のまだ暑い午後四時。

 俺はエルフを拾った。


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わのおと 水円 岳 @mizomer

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