白い手を覚えてる

三角ケイ

第1話

 これは私が高校生のときに実際に体験した話です。



 その日、私は熱を出し、部屋で一人で寝ていたのですが、喉の乾きを感じ、夜中に目を覚ましました。


『何か飲みたい。だけど体が怠くて起き上がれない』


 こんなとき普通の家の子どもなら、きっと大声を出して親兄弟を呼ぶでしょう。


『誰か来て。すごくしんどい。お水が欲しい』


 何を遠慮することもなく、そう言えたなら何の問題もなかったのですが、私はそう素直に助けを求めることが出来ませんでした。


 なぜなら私の家族は子連れの親同士が再婚して家族になって、まだ数年も経っていない家族だったからです。


 少し離れた部屋に実親がいるにはいるが、当然親は再婚相手と同じ部屋で寝ています。そして私に与えられた部屋の隣には新しく兄弟になった子どもが寝ています。


『ただでさえ病気になって迷惑をかけているのに夜中に大声を出したら、みんなにもっと迷惑をかけてしまう。そうしたら……』


 有り難いことに新しく家族となった人達は私にとって悪い人ではありませんでしたが、残念なことに私の実親は私にとって良い人でないときがたまにあったのです。


 精神的に不安定な実親は、不安や不満を抱くと私にだけ少々厄介な振る舞いをすることがあったから、私は実親が再婚相手に対し不利になる状況を恐れていました。だから私は助けを呼ぼうと開きかけた自分の口を固く閉じることにしました。


『暫く休んでから動こう。台所まで這っていけば大丈夫だよね?』


 自分で何とかしようと考えた私は起き上がるために支えとなる家具か壁はないかとキョロキョロと目だけ動かし、部屋の中を見回そうとして……私の枕元の左側に誰かが座っているのに気が付きました。


『いつの間に入ってきたんだろう?ドアが開いた音なんて全くしなかったのに……』


 真っ暗な部屋の中。跪いて私の様子を窺っている誰かの姿は全体的にボンヤリ白くて、直ぐ近くにいるのに何故か顔が見えず、誰なのかわかりませんでした。


 でも、こんな夜中にわざわざ起きて私の様子を見に来てくれたのです。きっと実親が気遣ってくれたのだろうと思った私は白い誰かに向かって呼びかけました。


「お……さん。来て……くれたの?」


 私の問いかけに返事をしないまま、白い誰かが私の額に白い手で触れてきました。


 白い誰かの手は冷たくて柔らかくてスベスベで、とても気持ちの良い感触で、手が触れた瞬間、私の体の怠さや喉の乾きはスッと消えていきました。


「あり……がと……」


 体が一気に楽になった途端、猛烈な眠気に襲われた私は白い誰かが立ち上がり、部屋の扉の方に向かっているのを目で追いかけ礼を言いました。が、そのときには既に夢の世界に私は旅立っていたのでしょう。白い誰かがドアを開けることなく、そのまま消えていくように見えました。




「寝てたし、誰もあんたの部屋になんて行ってない」


 次の日。すっかり熱が下がり、昨夜の礼を言ったところ、実親は部屋に来ていないことがわかりました。勿論、新しく家族となった人達も来ていませんでした。


『おかしいなぁ。絶対に誰か来たはずなのに。熱で夢でも見たのかな?でも、あの冷たくて柔らかい手の感触。夢とは思えないんだけどな……』


 部屋に戻り、一人考える私は、ふと部屋のドアを振り返りました。私に与えられた部屋のドアのそばには小さな本箱が置いてあったのですが、その本箱の上には生まれて三日で天国に行ってしまったという、私の兄の小さな小さな仏壇が置かれていました。


「もしかしてお兄ちゃんが助けてくれた?」


 私は仏壇に問いかけてみましたが、返事は返ってきませんでした。





 あれから何十年と経ちましたが、私は白い誰かを再び見ることはありませんでした。きっと、あれは単なる夢だったのかもしれません。……だけど私は兄だったら嬉しいなと今でも思っています。







 

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