三國志は呉の将軍、陸遜。
君主である孫権に仕え、名将として重用されながらも、後継者問題に端を発して袂を分かち、失意の下に憤死したとされています。
あまり聞き慣れない「憤死」という死因ですが、怒りのあまり血圧が上昇したり心臓に発作を起こして倒れる…という直接的な場合もれば、怒りの勢いで自ら命を絶つ、抗議の意味で絶食したまま命を落とす…等、間接的な場合もこれに含まれるそうです。
さて、陸遜の「憤死」はどうだったのでしょうか。
この物語の彼の最期に、私は真実の一端を垣間見た気がしています。それほどまでに、死を前にした感情の奔流が凄まじいからです。
忠臣であったが故の失意や落胆が怨恨へと変化したのも束の間、自らの怒りに気付いてからの、文字通り火の点いた様な激情。
陸遜が抱える感情が移り変わっていく描写はあまりに圧巻で、息を呑まざるを得ません。
同時に、彼の持つ怒りと、夏という季節の親和性の高さに着目されている事にも唸らされました。
夏の耐え難い暑さがそれとなく差し挟まる事で、塗り潰せない赤い色が、文字面からくっきりと浮かび上がってくる気さえします。
ふっつりと終わってしまう最期の喪失感、彼が落命した年号から付けられたタイトル。
どこを取っても作者様の三國志愛が感じられるのは勿論ですが、私は、「怒り」というたったひとつの感情を、これほどまでに細緻に、そして生々しく表現されている事にこそ、この作品の良さが詰まっていると思っています。
陸遜をご存知の方も、そうでない方も、そして書き手様なら一度は目を通していただきたいこの物語。
彼の憤怒にあてられる事なく、是非お読みいただきたいです。
三国志というと劉備、曹操、孫権、諸葛亮、関羽などという英雄たちを思い浮かべる人は少なくないだろう。少し三国志を知っていれば一度は耳にしたことのある呉の知将「陸遜」。だが、彼の最期を知る人は少ない。
本物語は「さいかわ葉月賞」というテーマが設けられた自主企画に寄せられた作品だった。そのため、テーマである「夏」と物語をリンクさせなければならなかった。
誰が陸遜の最期と「夏」を連想しただろうか。
三国志ファンならもちろんのこと、三国志を知らない人であっても読んでいただきたい一作である。陸遜の最期を知ってから、陸遜という人物がどんな漢《おとこ》だったのかを知るのもまた面白いかもしれない。