埋葬

ぽんぽん丸

雪道中

乾季の空気は澄んで遠くまで見渡すことができる。父がこの旅路のためにわがままを言って借りてきたクマの毛皮を着ているとほんのりと汗をかくことができる。


寒さが厳しい時期とは違い雪は硬さを失くしてザクザクと踏み心地が良い。特に今年は暖かい。私が生まれたころからの冬の終わり、雪解けはもう近いのかもしれない。1週間分の食料を載せたソリも抵抗なく進んでくれる。


予定よりも早く着くだろうことは会話なくとも父と私の共通の認識だ。


右手の地平線に豆粒ほどのサイズの野生動物を見つけた。ちょうど太陽が傾く方向でくっきりと鹿のシルエットが見えた。ちょうど父は背中で手のひらを広げて合図を出し歩みを止めた。まさか旅路に余裕が出来たから狩りをするというのだろうか。この視界の良い雪原では無謀だ。


父の意図は違った。その場で私の方に向き直るとアイゼンを履いた靴でリズムよく地面を踏んで何度が鳴らす。それは雪の音ではない。硬い音がした。


私は父の元まで駆け寄った。父も私も食料のソリと繋げたロープを一旦とりはずしてスコップを手にして地面を掘る。


雪の下から木の床材が顔を出した。ところどころ崩落した壁や屋根材に当たる。崩れた時に強風でも吹いたのだろう。


「これはログハウスだ。2階が崩落している。1階が雪に埋まった状態だ。1階に続く階段が見つければ色々手に入るぞ」


父はヒゲモジャの口元を珍しく活気に満ちて動かして嬉しそうに言った。ログハウスがどういうものか知らないが冬前のものが手に入ることは理解できた。


幸い崩落で埋まっていない階段を見つけた。それから30分かけて階段を埋めた雪を取り除いた。親子で雪原にこんもり雪の山を作る。こんなに汗をかいたのはいつぶりだろうか。


伏せれば人が入れるスペースが出来た。父は体をを潜り込ませる。


「中は無事だ。明かりを用意してくれ」


乾燥した硬いキノコ類に火をつけるとくすぶる火種になる。それをソリから取り出してこれも集落から持ってきた松明に火をつけて父に渡した。


雪の底にいる父に明かりを渡すと感嘆の声をあげた。私はただ待つことも出来ずに入っていいかと再三尋ねた。ああというどちらともとれる返事を聞いてログハウスへ続く小さな雪の穴に体を押し込めた。


暗い室内が松明の揺れる灯りが照らしていた。私はこの時初めて冬以前の生活空間を見た。家具はどれも見たことないほど真っすぐだった。集落の暮らしでは滅多に見かけないプラスチック製品やガラスの板に心を躍らせた。


「ありがたい。窓が板で打ち付けてある。ここの持ち主はかしこい。」


父はそう言いながら室内を探索する。私の気を惹いたのは松明を挿したツボ。乳白色をした滑らかな肌のツボだ。目を凝らしても一つの凹凸もない。手のひらを添わせて撫でてみるとぴったりと皮膚に馴染んで滑らかで柔らかい冷たさがして身震いする。


指の関節を立てて叩いてみると心地よい音がした。私は生まれて初めて聞く音色が良くてリズムを付けて叩くと父は笑った。


「それは楽器じゃないぞ」


父は戸棚を漁りながら言った。


「花瓶だ。花を挿すためのものだ。このあたりは野生の花が咲いたんだ」


私は集落に何枚か残る写真の中でしか花を知らない。部屋の中に花を飾るなんてよいことを思いつきもしなかった。こんなに質の良い陶器を使うなんてよっぽど花は大切なものだったのだろう。


燃える松明に心の安らぎを感じる代わりに、この冬がやってくる以前の人は花を見て安らいだのだろう。この松明だって雪が降らない1ヶ月に集落の人々が総出になって木を雪から掘り起こして備蓄したものだから、きっと花も大切なものだったに違いない。煌々と燃える松明の明かりにオレンジの花を重ねてみて、雪のない春や夏の世界にいるように錯覚する。


「今日はここで夜を明かそう」


父は私の感慨を遮った。振り返ると奇妙な銀色の紙のロールを嬉しそうに手にしていた。


「それなに?」


現実の世界に引き戻されたから語気を強めて言った。父は明るい調子のまま答えた。


「アルミホイル。美味しいものだ」


銀色のロールは食べられなさそうだった。だけど冬以前の世界を知る父がおいしいと言う。感慨は忘れることにして上に置いてきたそりから干し肉やこまごました食材を急いでとりに向かった。

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埋葬 ぽんぽん丸 @mukuponpon

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