【番外編】ルディア様は溺愛をお望みです

※こちらの番外編は、本編の重要なネタバレを含みます。ご覧になるのは本編履修後をおすすめします。




 アートデュエル終了後。


 着替えを済ませて控え室を出たレノフォードを、ルディアが待ち構えていた。


「ではシェリアータ嬢、兄上をお借りしますわ」


 ルディアはレノフォードの腕を取る。


「その前にっ! 並んだ姿を見せてください!」


 シェリアータは二人の前に回り込み、指でフレームを作って覗き込む。


「ああっ、いい~! 推しカプ最高!!」


 喜び勇んでうろうろするシェリアータを、後ろからロシュオルが羽交い締めにした。


「今のうちに、早く」


「なに!? 私邪魔するつもりないわよ!」


 横からリュカリオが子守唄を歌い出す。


「ね~むれ~ね~むれ~」


「なんで眠らせようとしてるの?」


「あ、じゃあ、シェリ……」


 シェリアータにことわりを入れようとするレノフォードを、ルディアは強く引っ張った。


「皆様、ごきげんよう」


 そのままレノフォードを奥へいざなう。



 向かった先は、ルディアの自室だった。


 ルディアは先に立って部屋に入るとレノフォードを引き込み、ドアを閉めた。


 あの告白から、倒れたシェリアータを別室に案内し、会場に戻って審査の続きをするなど、ずっとバタバタしていた。


 ようやく落ち着いた空気に、ほっと息をつく。


「やっと、二人になれた」


「う、うん……」


 レノフォードはひどく緊張しているようだ。


 きらびやかなシュクレの扮装を解いたレノフォードは、目鼻立ちが華やかな割に素朴に見える。


 顔が整っているというだけで直視できず、大まかな印象しかなかったが、落ち着いて見るともはや最輝もてるに似ているとは思えなかった。


 太一とも、まるで違う顔なのだが。


 ルディアはまじまじと眺めつつ、レノフォードに近づいた。


「本当に、太一くんよね?」


「はい……ごめんなさい」


「何を謝ってるの」


 ルディアは苦笑した。

 しかし、


『私は、美しい男が苦手です』

『貴方とこうして話すだけでも、血の気が引くほど』


 あの時放った言葉がここまで萎縮させてしまったのだと思うと、苦しくなる。


「私こそごめんなさい。見た目が苦手だなんて言って」


「あの……本当に大丈夫?」


 レノフォードはまだ自分の顔が気がかりなようで、腰というか、首が引けている。


「大丈夫よ」


 ルディアはそっとレノフォードの頬に手を添え、正面を向かせた。


「言ったでしょう、貴方との仲を邪魔したイケメンが憎かっただけだって」


「気持ち悪くない?」


「全然」


 ルディアは微笑んだ。


「触れたいし、触れて欲しい」


 ルディアがレノフォードの胸に寄り添うと、レノフォードはおずおずとルディアの背中に手を添えた。


 胸をときめかせながら、彼を見つめていた目を閉じる。


「……」


「……」


 沈黙が流れた。


「……」


「……」


 静かな息遣いだけがずっと聞こえて……というか、


「……待ってるんですけど?」


 ルディアが痺れを切らせて目を開けると、レノフォードはきょとんと見返した。


「え?」


「キス」


「は? え??」


 レノフォードは真っ赤になって慌てている。

 何の沈黙だと思っていたのだろうか。


「こ、心の準備が」


 なんだかちょっと懐かしい気持ちになる。


 前世では病気の太一の負担を考えて、過度にドキドキさせないよう気を遣っていた。

 こんな風に真っ赤になったら、少し引いて待つしかなかった。

 太一は中々慣れてくれなくて、触れ合うのはキスがやっとで……


 でも。


「今は、健康なのよね?」


 レノフォードはこくりとうなずいた。


 それならもう、引かなくていいはずだ。


「キス、して?」


 ビクッとレノフォードの体が跳ね、背中に添えられていた手が浮いた。

 そのままもぞもぞと迷っている。どこに置けばいいかわからないらしい。


「そんなに慌てないで。初めてじゃないでしょ」


「は、初めてだよ!」


 レノフォードは真っ赤な顔で抗議した。


「るきちゃんとはしたけど、ルディア様とは、初めて!」


 可哀想なほど震えているが、手加減する気はない。


「はやく」


 肩に手を添え軽く揺すると、レノフォードはぶんぶんと首を横に振った。


「無理無理無理無理」


「どうして?」


 わざと悲しそうな顔をしてみせる。

 レノフォードはおろおろと無駄に手を動かした。


「違う、嫌ってことじゃないんだ、でも、ルディア様が」


「そのルディア様っていうの、やめて」


 ルディアは不満げに口を尖らせた。


「ルディって呼んでくれる?」


 レノフォードはしばし固まり、唇がわなわなと震えた。


「ル……ルディ……」


「なあに? レノ」


 ルディアが嬉しそうに首を傾げると、レノフォードは息を飲んで飛び退き、尻もちのような勢いでソファに座り込んだ。

 真っ赤な顔を覆った両手の間から、声が漏れる。


「かわいすぎる……」


 その仕草には、既視感があった。


 ああ。


 この人は、本当に太一くんなんだ。


 ふつふつと嬉しさが込み上げる。


 そして、前世で我慢していたことも、もう我慢する必要はないのだ。


 ルディアはレノフォードの膝の間に座り、胸元へ潜り込むようにもたれかかった。

 顔を覆っている手に指をかけたが、簡単に外れそうにない。


 その頑なな姿に、いたずら心が湧いた。


 首を伸ばして手の甲をペロリと舐めると、弾けるように手が外れる。


「なっ……!」


「だって、キスしてくれないから」


 ルディアは唇を舐めて微笑んだ。


「次はどこ?」


「やめて! ほんとにやめて!」


 レノフォードは身をよじって小さく暴れた。声は完全に裏返っている。


「じゃあ、キスしてくれる?」


「する! するから!」


 ルディアは顔を仰向けて目を閉じた。


 レノフォードはルディアの両肩を包むように手をかけ、深呼吸する。


 それからおずおずと顔を近づけ、唇をついばむようにキスを落とした。


 一呼吸置いて体を震わせたレノフォードは、はあっ、と大きく息をつきながら身を引く。


 ルディアが目を開けると、レノフォードは耳まで赤くなった顔をそらし、目を潤ませながらせつなげに吐息を乱していた。


 それを見て、どうしようもなくなった。


 ルディアは沸き起こる衝動のまま、レノフォードに飛びついて噛みつくように口づけた。


「!?!?!?!?」


 レノフォードは驚いて逃げるような動きを見せたが、構わず追従する。


「ん……ふっ」


 戸惑う息に重ねるように、熱い息を押し付ける。


 とろけるような高揚が体を巡る。

 この充足を、どれだけ長い間求めていただろう。

 頬に手を添え、心を込めて慈しむ。


 ルディアの腕の中で、くたり、とレノフォードの力が抜けた。


「……あら」


 気を失っている。


 ルディアは焦ったが、レノフォードの呼吸や脈拍には問題なさそうだ。


「やりすぎちゃったかな……」


 少し反省したが、ルディアが好きすぎて失神するなんて、あまりにも可愛いではないか。

 手加減してあげたくても、溺愛が止められる気がしない。


「次はもうちょっと頑張って受け止めてね」


 ルディアはレノフォードの体をソファに横たえて上掛けをかけ、おでこにキスを落とすと、大好きになった顔を飽きずに眺めた。



─ Fin.

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イケメン文化0世界でプロデューサー令嬢、推し参る! 咲良 綾 @mizumi

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