第39話 永遠に推し参る!
中庭では、シェリアータが白いガーデン用テーブルセットに腰掛け、本を読んでいた。
銀の髪に木漏れ日を揺らめかせるその姿は美しかったが……口が裂けそうにニヤケている。
「シェリ」
声をかけると、ビクッと震えて本を閉じた。
「ロシュ!」
「どうした?」
「なな、なんでもな……」
本をテーブルに置いて立ち上がった拍子に、袖に引っ掛かり撥ね飛ばされた本がシェリアータとロシュオルの間に落ちる。
「あっ」
芝の上に落ちた本の表紙には、薔薇の中でシュクレとファリヌが絡み合う絵が印刷されていた。
タイトルは、「妖精ファリヌはシュクレに夢中」。小説本のようだ。
「……」
「……」
「これ、何」
「巷で人気の、ファンアート……」
気まずい。
「お、おほほほ! 二次創作は一応チェックしないとね」
シェリアータは本を拾い上げた。
「こんなものが出回るようになって、 全くどこの世界でも変わらないなって」
「……よだれがたれてる」
「はっ!」
シェリアータは慌てて口元を拭った。
「最近、舞台で俺たちが絡むと妙な悲鳴が上がると思っていたが、そういうことか」
ロシュオルはため息をついた。
「俺もレノは可愛いし、好きだが」
「ほら! そういうこと言うから……」
色めき立つシェリアータに、ぴしゃりと被せる。
「こういう趣味はないからな」
「はい……わかってます」
シェリアータはしょんぼりと肩をすくめた。
「見えないようにこっそりやらせますので」
「やらせるんだ」
ロシュオルは苦笑し、シェリアータは焦ったようにもじもじする。
「いや、その。禁止……した方がいい?」
「別に構わないよ。空想は自由に楽しめばいいと思う。ただ、」
ロシュオルは口を尖らせ、目をそらした。
「シェリが喜んでるのが複雑っていうか」
ロシュオルはシェリアータの前を横切ると、ガーデンチェアに腰掛け腕を組んだ。
そのまま目を閉じ、黙って動かない。
「もう! 拗ねるとすぐそれやるんだから!」
シェリアータが怒っているが、ロシュオルは無言のまま、指先で口元を叩いた。
解除する方法はただ一つ。
「恥ずかしいんだからね……」
シェリアータは周囲をうかがい、ロシュオルの上に屈み込んだ。
唇に柔らかいキスを落とす。
「機嫌直った?」
ロシュオルは眠り姫のように目を開き、朗らかに笑った。
「直った」
「はうっ!」
シェリアータは口元を押さえ、後ずさった。
「尊い、可愛い、顔がいい……!」
ロシュオルは、その手首を掴んで引き戻す。
「シェリ」
もう片方の手でポケットを探り、取り出したものをシェリアータの手に握らせた。
「これ、受け取って欲しいんだけど」
シェリアータは手のひらに乗った小さな箱を見つめた。
「これは……?」
ロシュオルは立ち上がった。
「今度、爵位を賜ることになったんだ」
シェリアータの顔がパッと輝いた。
「やっぱりそうなの? おめでとう! お父様が、そうなるんじゃないかって言ってて」
「領地をもらって家を建てるから、そこに一緒に住んでくれないか」
シェリアータはぽかんと口を開けた。
「あ……え? それは、つまり」
ロシュオルは
銀の指輪が姿を現し、シェリアータは頬を紅潮させた。
「結婚して欲しい」
見開いたアメジスト色の瞳がさ迷っている。
また色々とおかしなことを考えているに違いない。
ロシュオルは視線を動かさずに待った。
いくら目移りして迷子になっても、結局ここに戻ってくるのだ。
俺がずっと揺らがないなら。
やがてシェリアータの目の照準が合い、恥ずかしそうにうなずいた。
「……はい」
ロシュオルは微笑んでシェリアータを抱き上げた。
すぐに突っ走ってどこかに行くし、
時々意味がわからないことをするけれど、
この人といれば、ずっと人生が面白い。
***
鳴り渡る鐘の音。
教会の聖堂に集まる、多様な人々の顔があった。
貴族。
王族。
騎士。
菓子職人。
芸術家。
老若男女、細い者も太い者も、
皆一様に微笑んでいる。
フランロゼ伯爵だけは、号泣しているが。
シェリアータは白いドレスをまとい、ヴェールの中でうつむいていた。
思えば、前世の記憶を長らく忘れていたのは、シェリアータだけだった。
淋しい境遇、報われない最期。ひどく傷ついて、耐えられずに封印していたのだろう。
兄を愛することで、少しずつ癒していたのかもしれない。
その固い扉を開いたのは……
差し出された手を取って立ち上がり、ヴェールを払われて目線を上げる。
目の前に、ロシュオルの顔があった。
この顔面が正直、好みすぎた。
前世の最推しに似ていたのだ。傷ついた心以上に、幸せな記憶が溢れてしまった。
イケメンは確実にセラピーとして有効だ!
しかも今日は白い衣装を身につけ前髪をなでつけており、いつもとは違う、王子のような高貴なオーラを漂わせている。
この天才ビジュアル、ソシャゲのカードなら天井まで課金するやつだ!
シェリアータのインナーエンジェルが虹色の光を放つ。
SSR確定演出ー!!
ありがとうございます!!
シェリアータは鼻息荒くニヤつきながらぐっと拳を握りしめた。
その頬に、ロシュオルの手があてがわれる。
真っ直ぐな視線にぶつかり、我に返った。
しまった、今は結婚式の最中だ。
雰囲気をぶち壊す度に申し訳なくなるのだが、ロシュオルにはそれが面白いのだそうだ。
ロシュオルの目は愛しげに笑っている。
だから、シェリアータは何も我慢しなくて良かった。これからも安心して自分でいられる。
この人がそばにいる限り。
嬉しくて、笑顔がこぼれた。
ロシュオルも嬉しそうに笑って、顔を近づけてくる。
シェリアータは目を閉じた。
ここに誓う。
心のままに好きを楽しみ、
ときめいて、
愛して、
永遠に推し参ることを!
─ Fin.
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