私と彼女のモールデート

小日向葵

私と彼女のモールデート

 熱いあんかけラーメンを食べて、口の中……上あごの内側をやけどした。ぴりぴりと痛いし、皮がめくれて口の中の異物感がすごい。


 「あわてて食べるからよ」


 菜々美ななみはきょろきょろそわそわする私に、呆れ声で言う。


 「だって麺が伸びちゃうもの」

 「あたしみたいに、冷やしラーメンにしたら良かったのに」


 ああなんか気になって仕方ない。つい舌でやけどの傷をなぞってしまう。暑い時には熱いものだ、なんて変なこだわりで失敗した。素直に冷やしラーメンを選んだ菜々美とは、完全に明暗が分かれた感じだ。


 久しぶりに、ショッピングモールでのデート。映画を見てお昼を食べて、これから服やアクセを見に行こうという時にこれだ。ああ気になる。つい舌でつついてしまう。皮が剥がれて来た。


 「恵理、変な顔になってるよ」

 「ごめんごめん、やけどが気になって気になって」


 つい目が泳いでしまう。あっ、ちょっとづつめくれてきた。


 「すっかり心ここに在らずね」

 「こここころんららず?」


 めくれて来た皮を気にしながら喋ると、発音も舌足らずになっちゃうな。あっ、ここもう少しで剥がせそうな気がしてきた。こう、舌先でこするようにすれば。あっ駄目だ、うまく行かない。


 「んもう、ちょっとこっちいらっしゃい」


 業を煮やした菜々美が、私を物陰に引き込んだ。


 「ほら、口開けて」

 「あーん」


 大口を開けた私の顔を覗き込んだ菜々美は、ふむふむと観察をした後おもむろに親指と人差し指を私の口に突っ込んで、ぴりぴりする顎の内側から剥がれかけの皮をむしり取った。


 「いはい」

 「ほら。これでスッキリした?」


 舌先で上あごの内側をつついてみる。ちょっとまだぴりぴりするけれど、異物感は和らいだ。


 「うん、いいみたい」


 私は菜々美に笑顔を向けて、手を出した。


 「ん?」

 「皮。口の中の皮、捨てる」

 「やだ。これは家宝にする」

 「やめて!」


 いかに物陰と言っても、人の多いショッピングモールの中。何人もの家族連れやカップルなどに揉みあう様子を目撃されてしまった。やんなっちゃうなもう。


 「あとで捨てとくから大丈夫」

 「信用していいものやら」


 なんかハンカチに丁寧に包んでポーチにしまってる。もう二度と戻ってこないであろう、私の体の一部よさようなら。自動的に消滅とかしないかしら。


 天窓から入る日差しは強くても、空調の効いたモール内は涼しい。私と菜々美は目についた店を端から回って楽しんだ。お小遣いは少ないので、見る専門。アクセショップで見た銀のブローチは可愛かったけど、お金が心許ないので我慢我慢。


 「さ、あとはお茶して帰りましょ」


 菜々美お勧めの喫茶店チェーンで一息つく。一番安いブレンドだけど、うちで飲むインスタントより全然いい香り。クーラーで冷えた体に、ホットコーヒーがじんわり沁みる。


 「ところで恵理」

 「なに?」

 「課題終わった?」

 「うん大体。あと数学の別冊くらいかな」

 「そっか、そしたら明日、図書館で一緒にやらない?あたし英語が残ってて」

 「いいよー」


 夏休みもあと半分。高校二年の夏は過ぎていく。そういえばいつの間にか口の中のやけどは全然気にならなくなった。


 「じゃあ雨降る前に帰ろ」

 「ゴリラゲイ雨」

 「入れ替えるならゴリラゲウ雨でしょ」



 モールの建物を出ると、南の空が薄暗くなって見えた。私と菜々美はバス乗り場に急ぐ。雨に追いつかれる前に帰れますように、と祈りながら。




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私と彼女のモールデート 小日向葵 @tsubasa-485

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