第63話 犬神事件③

 今日の桔梗院は犬神騒ぎのせいで中止。桔梗院はその調査か何かで1週間の臨時休校になってしまった。


 桜の園の生徒たちは誰がそうしたのかは分からないが自然と皆食堂に集まっていた。


 今日起こった事件……生徒の間では「犬神事件」として定着し、Mnectのみんなで閲覧出来るMとかいうSNSのようなもので騒がれていた。

 

「うわああああん!サク君ごべんねえええありがどおおおおおおおお!!」


「い、いいって……。礼なら俺じゃなくて福寿先生に言ってくれ」


 サクは食堂でアゲハさんから包帯を巻き直されながら大粒の涙を噴き出す沙羅に泣きつかれていた。


 まあ、無理もないだろう。あんな大きな獣相手に殺されそうになったのだから。


 当のサク自身も思い出すとまだ体が強張ってしまう。


 犬神事件の唯一の怪我人ことサクは頭の裂傷、右手人差し指の爪の剥離、その他全身にすり傷や切り傷などなど。


 幸い大事に至る傷は無いが全身がヒリヒリと傷んで仕方がない。


 でももしあの時福寿先生が来てくれなかったら、今頃サクはここにいない。あの大犬……いや、違う。白に殺されてしまっていたに違いない。こうして痛みに眉をしかめることさえもできなかったはずだ。


 あと少しで死んでしまっていたという事実と、サクを殺そうとしたのがあの子犬の白だなんて言うことがまだ受け入れがたかった。


 どうしてあんなことが起こってしまったのか。一体白に何があったというのか。


「あの、そもそも何があったんです?俺たち遅刻しちゃって何がなんだかさっぱりで」


「桔梗院の寺で飼ってた犬神いたろ。白い子犬。詳しいこた知らねえが、あいつが突然暴れだしたらしい。俺はエアボード競技場にいたから噂でしか知らねぇけどよ」


 サクの質問にリアムが答える。それに釣られるように凪も口を開いた。


「そー。あたしも朝練してたらいきなり先生に『体育館に入れ』って言われてさ。何事かと思ったよ全く」


「あー!あの子か!でも、何でリアム君知ってるの?」


「……」


 沙羅の純粋な疑問にリアムは急所を突かれたような顔をして目を逸らした。


 桔梗院の本堂の犬神白のことは1年生では一部の生徒にしか知られていない。たまたま出会うか、はたまたそれほど通いつめるかしない限り。


 実はリアムは小動物の類が好きなのだろうということはなんとなくもう知っていた。つまりリアムは後者だろう。


 そうか、リアムもあの白のことは知っていたんだな。


「しかしサク、お前すごかったぞ!あんな化け物相手に立ち向かうなんて、オイラが思っていた以上に君は勇敢な男だったみたいだな。いやーしかしあの場にいたのが僕だったらなー、オイラが英雄になってやれたのになー」


「やめろ、ズーム」


 するといつもは静かな大和先輩が珍しくズーム先輩に口をはさむ。


「一歩間違えばサクは死んでいたかもしれん。そう軽い口を叩くな」


「いやいやいやぁ、せっかく死ぬような思いをしたんだからせめて美談にしてやらなきゃあ可哀想ってもんだ。同級生の乙女を助けた英雄……いやぁ、実に絵になるねぇ。来週からみんなからの羨望は君一人のものさ!」


 ズーム先輩の言葉を聞いて、サクは正直気が滅入った。


 英雄?馬鹿げてる。


 そんなことを求めてああしたわけじゃない。英雄として称えられるべきは福寿先生だ。流石は厳しい修行を経て魔法僧になった人だ。


 確か、魔法僧は自身の杖を捨てて修業を行い己の精神力を高める。そうして鍛えあげた魂で新しい錫杖と呼ばれる杖を生成して強力な力を持つ魔法僧になるとオタとロイ先輩が語っていたか。


 本来、魔法使いが自身の杖を作ることができるのは1度のみ。なぜなら杖を作る時に自身の魂を2分してしまうからだ。それ以上魂を分けてしまえば廃人になってしまうらしい。しかし魔法僧は厳しい修行で魂を鍛えることで本来不可能な2回目の杖の生成を行えるほどに魔法の力が強くなるそうな。


 その実力たるやあんな大きな犬神を一撃でしとめてしまうほど。一方のサクはただただ逃げ回って襲われていただけだ。


「そうです!いい気になっちゃダメですからね!」


 すると、包帯を取り出したアゲハさんが力強く救急箱を閉める。あまりの強さにその蝶番のネジが弾けて取れた。


「確かに沙羅ちゃんを助けるためにあなたは勇敢な行動をしたかもしれません!けれど、一歩間違えばあなたは今ここにいなかったかもしれないんですからね!?」


 サクの頭に包帯を巻きながらアゲハさんが烈火の如く声を上げる。


 包帯を締める手にも力が籠っているのかとんでもない力で締めあげられてサクの頭がミシミシと悲鳴をあげている。


「もう少しであなたは命を落としていたかもしれないんです!分かりますか!?」


「分かっ……てます……でも……」


 アゲハさんの言いたいことは分かるし、サクだって本来そっち側の人間だ。


 それは分かってる。分かってはいる。それでもサクはアゲハさんに伝えなければならないことがある。


「でもじゃありません!次同じことをしたら許しません!肝に銘じておいて」


「あー……違う違うアゲハちゃん」


「え?」


「ぐへぇ……」


 サクの頭に巻かれた包帯がサクの血流を止める。いや、それだけではない。頭がはち切れそうなほどの痛みを上げて堪えきれずに目を回して椅子から崩れ落ちてしまった。


「あぁ!?サク君!?しっかりしてください!サクくーーん!?」


 そんなアゲハさんの悲鳴がどこか遠くから聞こえたような気がした。

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NeaR〜身近な魔法の物語〜 @Yuzuru2022

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