エピローグ
エピローグ
その日、町内の送電線が暴風で切れて広い範囲で停電が起きたこと以外、めだった台風の被害はなかった。GPD-5との戦いが終わった後、町田さんは涙をぬぐいながら、みんなに向かってこう言った。
「今日はみなさん、本当にがんばりました。きっと、ワカだけではGPD-5には勝てなかったと思います。みなさんがいっしょになって戦ってくれたから、勝てたんです。チェスの世界では、1997年に人間のチャンピオンが初めてAIに負けました。だけど、その人間のチャンピオンは、自分で育てたAIと協力することで、かつて負けたAIに勝ったんです。今日、私はそれを思い出しました。やはりAIと人間が協力すれば、最強になれるのかもしれません」
AIと人間が協力すれば、最強になれる……
この言葉は、楓はもちろん、五年生クラスの子どもたち全員の心にきざみこまれた。おそらく、ワカの心にも。
そして、ワカとみんなの活躍が世間に知られることになったのは、それから1か月もたった頃だった。
「世界を救ったロボットと子どもたち」なんてタイトルが打たれ、いろんなマスコミが取材に来て、初めはみんなとまどいながらもそれに応じていた。だけど、世の中ではいろいろ事件が起きて世間の注目がしだいにそちらに移っていき、いつしかワカもみんなも忘れ去られてしまった。
やがて。
季節は冬を迎えていた。ネットはかなり復活したものの、未だに制限されている。なので小学校ではまだホワイトボードで授業が行われることも時々あった。
下校時間。曇り空の下、いつものように瑛太と楓は並んで帰り道を歩く。吐く息が白い。午後四時だっていうのに、ずいぶん暗くなっている。
「もうGPD―5もやっつけられた、っていうのに、なんでネットを完全復活できないのかな。不便でしょうがないよ」
のんきな調子で瑛太がぼやく。だが、楓は浮かない顔だった。
「そうだね。でもさ、GPD―5って、本当にやっつけられたのかな」
「え?」
「ワカにバックアップがあったようにさ、GPD―5にもバックアップがあったかもしれない。そして……それがまたネットに出てきたら……」
「……」
瑛太の背中にゾクリとするものが走ったのは、寒さのせいだけではないようだった。楓は続ける。
「だから今はまだ、ネットを完全復活させるのは無理なんだと思うよ。そのあたりがはっきりしないとね……あれ?」
いきなり楓が足を止めた。
「ん?」
楓の視線の先に瑛太は、道の向こう側からやってきたワカを見つける。
「ワカ! どうしたの?」と、楓。
「ああ、楓さんに瑛太さん。ワタシは絵里香さんをおうちに送ってきた帰りです」
「そっかぁ。もう二人は、すっかり恋人どうしだね」からかうような調子で瑛太が言う。
「そうなんでしょうか。ワタシにはよくわかりませんが……絵里香さんといっしょにいると、CPUの使用率が上がるのは確かですね」
「……」
ロボットの好き、って、そういうものなのかな。楓にはよくわからなかった。それも当然だ、と彼女は思う。だって、わたしはわたし自身の「好き」っていう気持ちも、よく分かっていないんだもの。
それでも。
あのGPD―5との戦いで、機転を利かせて停電の大ピンチを見事に救った瑛太の活躍を見て以来、楓は彼といっしょにいると胸がドキドキするのだった。考えてみればこれまでも瑛太は、泣き虫の彼女が泣いていると、いつだって力になってくれた。そのたびに彼女は心が暖かくなるのを感じていた。でも……今は、それだけじゃないような気もする。こんなにドキドキすることは、今までなかったのだ。
これが、好き、ってことなんだろうか。だけど彼女はあまりそう考えたくなかった。そうだとはっきりさせてしまうと、瑛太との関係が変わってしまうような気がする。彼女は今まで通り、彼と幼なじみの関係でいたかった。だから……
深く考えないようにしよう。そう楓は自分に言い聞かせる。
「それじゃワカ、また学校でね」
瑛太の声に我にかえった楓は、ワカを振りかえる。
「ワカ、またね」
「はい、楓さん、瑛太さん、また明日」
二人と一台はすれ違い、そのまま反対方向に歩いていく。
灰色の空からちらほらと、雪が舞い降りはじめていた。
(了)
クラスメイトはアンドロイド Phantom Cat @pxl12160
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