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「え、どうしたんですか?」


 そう言って楓が町田さんのパソコンの画面をのぞき込もうとした瞬間、同じ警告音が楓のノートブックでも鳴った。


「あ……」


 楓がノートブックの画面を振り返ると、そこにはなんとなく昔のTVゲームに似た雰囲気のグラフィックで、八段のはしごのようなものが二つ、隣り合わせに描かれていた。右のはしごの一番上には悪魔の顔のようなアイコンが表示されていて、左のはしごのそこにはワカの顔のようなアイコンがある。


「あ、これ……もしかして、はしご乗りのはしご……?」


 楓が声を上げると、町田さんが不思議そうな顔になった。


「はしご乗り?」


「ええ、今年の秋祭りで、ワカがはしご乗りの乗り子をやったんですよ」


「そうなの。あ……ちょっと待って」


 町田さんと楓のノートの画面に、全く同じメッセージが表示された。


 ”みなさん たすけて ください てき と みかた の のこり くろーん の かず を それぞれ みぎ と ひだり の はしご の だん で あらわし ました さき に あいこん が いちばんした に おりて しまった ほう が まけ です てき を した に おとす ため には たくさん の がぞう にんしょう を とっぱ しなくては なりません てわけ して てつだって ください”


 そして、グラフィック画面の下に、ゆがんで読みにくくなっている4ケタの数字の画像が表示された。楓は必死で頭を回転させる。


 ”がぞう にんしょう を とっぱ、って……「画像認証を突破」……てこと!?”


 ネット上のサービスを利用するとき、ユーザ名とパスワードを入れてユーザの本人確認することを認証にんしょうという。画像認証は、それらに加えて文字が描かれた画像を表示し、ユーザにその文字を正しく入力させたり、ユーザに簡単なパズルを解くようなことをさせたりするものである。


「そうか! わかった!」楓の目をかがやく。「ワカが敵をハッキングするときに、画像認証が出てきて、それに引っかかってるんだ! だから攻撃があんまり届いていなかったんだ! きっと、それを突破するのをみんなに手伝ってもらいたいんだよ!」


「えええっ!」みんなの声がそろう。


「ね、そうですよね、町田さん?」


 楓が町田さんをふり返ると、町田さんはニッコリしてうなずいた。


「ええ。そのとおりよ。ほんと、さすがだわ」


「ああ、確かにオンゲ(オンラインゲーム)とかで最初にアカウントを作った時、こんなの見たことあったなあ」楓のノートブックをのぞき込みながらそう言った瑛太に、楓は笑顔を向ける。


「画像認証って、もともとAIに勝手にログインされるのを防ぐためのものなの。だからワカも苦手なんだと思う」


 そこで楓は、その場のみんなに視線を移した。


「みんな、ノートブックを用意して! みんなで手分けして画像認証を解いていけば、たぶんめちゃくちゃワカは助かると思う」


「わかった!」と、光宙。


「よおし、おれ、こういうのめっちゃ得意だからな!」と、武。


 みんなが自分の席に戻り、ノートブックを取り出す。


「私もやったほうがいい?」と、絵里香。


「ううん。絵里香ちゃんはワカといっしょにいてあげて。その方がワカも力が出せると思うから」


 笑顔で楓が応えると、絵里香もほほ笑む。


「わかったよ」


「でも、今停電でWi-Fiが止まってるから、ノートブックの電源を入れても、どこにも接続できないよ。どうやって手分けするの?」冷静な声で言ったのは、瑛太だった。


「大丈夫よ」町田さんがニヤリとする。「私のノートをアクセスポイントにして、みんなが接続できるようにしたから。電源入れれば自動的につながるよ」


 瑛太がノートブックを開くと、町田さんの言う通りWi-Fi接続マークが点いていた。


「あ、ほんとだ……すごい……」


 やがて、みんなのノートの画面にも同じ画面が表示される。だけど、みんなの目の前でワカの顔アイコンが一段下がってしまった。


「ああ、とうとうやられたか……」町田さんが一瞬顔をしかめるが、すぐに笑顔に戻る。「でも、これからみんなでいっせいに画像認証を解いていけば、まだまだ逆転できるチャンスはあると思う。みんな、がんばろうね!」


「はい!」


 その場の全員が大声で答えた。


---


 教室の中は、忙しくキーボードを叩く音やタッチスクリーン、スライドパッドをタップする音であふれかえっていた。画像認証にもいろいろなタイプがある。ゆがんだ文字が並んでいるものや、文字の上に斜めにいくつか線が重なっているもの、パズルのピースを正しい場所に動かすもの、画像が並んでいてその中から○○が写っている画像を全部選ぶタイプのもの……


 みんなそれぞれに得意不得意のタイプがあるのだが、どうやらワカがそれを自動的に学んで、その子が得意なタイプの画像認証をより多く割り当てているようだ。そのおかげか、敵のアイコンがどんどん下がり始めた。でも、敵の攻撃もかなり強力で、今やはしごの段数は敵味方とも残り2段、というところまで下がっている。


 ここががんばりどころだ。だけど、次から次に表示される画像認証に、もうみんなかなり指に疲れがきている。ミスも多くなってきた。


 そして。


「あー!」武が大声を上げる。「電池、なくなっちゃった」


「マジか!」瑛太が彼のノートブックの画面をのぞき込むと、そこは真っ暗だった。


 これはまずい。停電はまだ続いていて、ノートブックを充電することもコンセントから電源をとることもできない。しかも武は一番ややこしい「○○が写っている画像を全部選ぶ」タイプが大得意で、このタイプはほぼすべて彼が担当しているようなものだった。そのせいか、彼が脱落したとたんにワカの顔アイコンが一段下がってしまった。残りは1段……つまり、生き残っている味方は、ここにいるワカだけ、ということになる。このままでは負けてしまいそうだ。


 その時。


「武、私のノートブックを使って!」絵里香が機転をきかせる。


「そうか! 絵里香、サンキュー!」


 絵里香の机の中から彼女のノートブックを取り出し、武はさっそく電源を入れる。そしてまたみんなに加わり、すさまじい速さで画像をタップし始めた。それがよかったのか、敵のアイコンも残り1段となる。


「うぉりゃー!!」


 気合とともに、武の指がタッチスクリーンの上をはね回る。


 次の瞬間。


「!」


 全員の画面が、消えた。


「ええっ!」と、瑛太。


「どうしたの? 負けちゃったの?」と、優里。


 みんな心配そうな顔で楓と町田さん、そしてワカを振りかえる。


 ワカの髪は黒に戻り、両目は閉じられていた。


「ワカ! どうしたの? しっかりして!」泣きそうな顔で、絵里香。


 しかし。


「……」


 ニヤリとした町田さんが、自信たっぷりの声で、告げる。


「全GPD―5クローンの生存信号ハートビート消滅を確認……」


「って、どういうこと?」


 絵里香の問いかけに楓は応えようとするが、涙があふれてきて、口をパクパクさせるだけで声が出せないようだった。


 その時。


 ワカの両目が開き、笑顔になる。


「ワタシとみなさんの勝ち、ってことですよ!」


 その言葉をワカが発した、一瞬後。


「やったあぁぁ!」


 学校中に響くくらいの大歓声が、5年生の教室からほとばしった。

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