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「作戦は、どうなるんですか?」楓が言うと、町田さんがつらそうに首を横に振った。
「これではさすがに無理ね。おそらく風で電線が切れたんだと思う。そうなると、
「ってことは、今日は中止ですか?」
「そうするしかないわね……全国のワカのクローンに連絡しないと……!」
そこで町田さんが、はっと息を飲む。
「しまった! 停電、ってことは、無線も使えない……連絡できないじゃないの!」
「そ、それじゃ……どうなってしまうんですか?」
心配そうに言う楓に、町田さんは力なく応えた。
「正午になったら私たち以外のワカ・クローンは戦い始めてしまうでしょう。それもリーダーなしで、7対8……負けてしまいそうね……クローンも全部乗っ取られて、もっとひどい状況になってしまうかもしれない……」
「先生、学校に発電機はないんですか?」瑛太が若村先生を振りかえって言うが、
「ないわね」つらそうに先生が首を振る。
「そんな……」涙声の楓だった。「みんな……がんばって準備したのに……ワカも準備できてたのに……ここまで来て何もかもムダになっちゃうなんて……悪いハッカーに負けちゃうなんて……ひどいよ……ひっく……こんなのないよ……」
しゃくりあげ始めた楓につられるように、みんなの顔が泣き出しそうになった、その時。
楓の右肩が、ポン、と叩かれる。
「!?」
振り返ると、瑛太が笑顔で彼女の右肩に手をのせていた。
「楓、大丈夫だ。まかせとけ」
そう言って、瑛太は若村先生に顔を向ける。
「先生! 今、先生の車って出せますか?」
「え? ええ」キョトンとした顔で先生が応えた。
「ぼくを乗せて、家まで行ってほしいんです! 電源が使えるかもしれません!」
「ええっ!?」
先生の目が、まん丸になる。
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もうれつな雨風をくぐり抜けてやってきた若村先生の軽自動車が、職員玄関の手前で停まった。玄関の入り口で待っていた瑛太は、目の前のドアを開けて助手席に乗り込む。
「え、DC―ACインバータ?」
運転席の若村先生が、不思議そうな顔で瑛太を振り返った。二人とも学校にあったカッパを着込んでいる。
「ええ。車の12Vの電源を、家庭用電源の100Vにしてくれる装置なんです。それがあれば、先生の車のエンジンを発電機にできます。この前、キャンプでそれを使ったんですよ。アウトドア用で日常生活防水だから、雨の中でも大丈夫です」
「なるほど……時国さん、それはありがたいわね」先生はニヤリとしてみせた。「それじゃ、さっそく君の家に行きましょう!」
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瑛太の家から彼といっしょに学校へトンボがえりした若村先生は、そのままグラウンドに入り、二階の五年生の教室の真下に車の鼻先を入れて停める。教室の窓からベランダごしに地面まで下りていた1本の電源コードが、風に吹かれてぶらぶら揺れていた。瑛太の家に行く前に若村先生が、電源コードを下ろしておくようみんなにお願いしていたのだ。
相変わらず暴風雨が続いているが、先生が車を停めたその場所は、車が壁、ベランダが天井のかわりにそれぞれなって雨風が少しだけ弱まっていた。エンジンがかかったままの車のボンネットを若村先生が開け、瑛太が家から持ってきたDC―ACインバータをバッテリーに接続する。そして、ベランダから垂れ下がっている電源コードをインバータのコンセントに差し込むと、ややあってベランダから町田さんが身を乗り出してきて、両腕で大きなマルを作った。
「ふう……」若村先生が大きくため息をつき、瑛太に向かって右手の親指を立て、ウインクしてみせる。「やったわね」
「ええ」瑛太も右手の親指を立ててみせる。時計を見ると、11時55分。
「私は配線が風に飛ばされないように縛り付けるから、君は先に教室に戻りなさい」と、先生。
「わかりました」瑛太は児童玄関に向かう。
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カッパを脱いだ瑛太が教室に戻ると、ワカの右の席に町田さん、左の席に楓が座り、その周りをみんなが緊張した顔で取り囲んでいた。
「5……4……3……2……1……ゼロ! 作戦開始!」
町田さんの秒読みが終わった瞬間、ワカの髪がスクランブルモードの赤色になる。と言ってもワカは無表情で何も動かない。それでも今、ワカは全力でGPD―5と戦っているのだ。
楓も町田さんも机の上のノートのキーボードを目にも止まらないスピードで叩いている。ワカの右後ろから、絵里香がワカの右手をにぎりしめていた。
「ワカ、がんばれ!」と、武。
「負けるなよ!」と、光宙。
「がんばって!」と、優里。
「楓さん、ワカの様子は、どうかしら?」と、町田さん。
「そうですね……」楓の眼鏡がキラリと光る。「攻撃はかなりワカに集中してますけど、ワカが作ったプログラムのおかげで今のところは完ぺきに守られています。ただ……敵の攻撃もだんだん進化していますから、これからどうなるか……心配です」
「そうね」町田さんが顔をくもらせた。「私もそう思うわ。だけど、ワカもそれは分かってるみたい。敵の攻撃に合わせて自分もプログラムを進化させている。けど、それを全てのクローンに伝えるまでに時間がかかるから、間に合わなくてやられちゃうクローンが出てくるかもね」
「確かに」楓もさえない表情になる。「それも心配なんですけど……もう一つ気になることが……」
「なに? 気になることって」
町田さんが楓を振り返ると、楓も彼女の顔をのぞきこんだ。
「なんだか、ワカの攻撃がイマイチ敵に届いていないような気が……するんです」
「え? それって、どういう……」
町田さんが言いかけた、その時。
ピピッ、という警告音に、彼女はノートパソコンに視線を戻し……眉をひそめた。
「あら……なにかしら? これ」
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