6

 町田さんの話はこうだった。


 ワカに内蔵されていたストレージユニットを調べてみると、確かにワカはハッキングされてGPD-5に乗っ取られてしまったように見えた。だけど、実はシステムカーネルと呼ばれる、中心的なプログラムは乗っ取られていなくて、むしろハッキングに対抗するための方法を生み出そうとしていたのだ。


 しかし、ワカのメーカーの人たちは誰もワカにそんなことができるようにプログラミングしていない。いつの間にかワカは自分でそれを学んでいたのだ。なぜそんなことが起きたのか。町田さんの考えでは、その原因は、クラスのみんなだった。


「……って、ぼくらが原因なんですか?」


 思わず瑛太は声をあげる。


「ええ」町田さんがニッコリする。「みんな、ワカとすごく仲良くして、いろんなことを教えてあげたでしょ? だからワカは、みんなを守ってずっといっしょにいたい、そのためにはこれ以上GPD-5の大あばれを許すわけにはいかない、って思ったみたい。とても人間らしい考え方よね。そんな気持ちが生まれたのも、このクラスでみんなといっしょに過ごしたからだと思う。特別な人も、いるみたいだしね」


「特別な人?」瑛太が首をひねる。


「ええ」


 町田さんはつかつかとワカの後ろまで歩き、ワカの背中のパネルを開いて中から何かを取り出した。


 それは、小さいロボットのぬいぐるみだった。


「ワカ、これは誰のプレゼントかしら?」


「それは絵里香さんからのプレゼントです」あっさりと、ワカは白状する。


「えー! ちょ、待ってよ、ワカ! それは言わない約束だったでしょ?」


 大声を上げた絵里香の顔は、恥ずかしそうに赤らんでいた。


「すみません、絵里香さん。ワタシはメーカーの人には逆らえないんです」ワカが「てへぺろ」の表情になる。


「やっぱり、あなただったのね」町田さんだった。「ワカのストレージユニットの特別なフォルダの中にも、あなたの画像とデータがあったわ。ええと……絵里香さん?」


「ふぇっ?!」思わず変な声を出してしまうが、絵里香はすぐに我にかえってうなずく。「は、はい……」


「あなたはきっと、ワカの思い人……好きな人だと思うわ」


「う、うそ……」みるみる絵里香の顔が真っ赤になり、彼女は後ろの席のワカを振りかえった。「ワカ……あなたも、本気で私が好きなの?」


「はい。以前も言った通り、絵里香さんはワタシの特別な人です」


 全くテレもせず、笑顔でワカは答える。


「……マジか。ワカと絵里香、両思いじゃん! おめでとー!」武がうれしそうに言って拍手すると、つられるようにみんなも拍手を始めた。


「ちょ、ちょっと……みんな、やめてよ……」そう言いながらも、どことなく絵里香もうれしそうだった。


「ごめん、みんな。すごくいいところだと思うんだけど……話を戻していいかな?」いつの間にか教卓に戻っていた町田さんが、苦笑いしながら言う。


「あ、こちらこそ、すみません」絵里香が顔を引きしめると、それにならってみんなも顔を町田さんに戻した。


「ま、そういうわけで」町田さんは続ける。「ワカに大事な人ができて、いっしょにいたいっていう気持ちが生まれたのね。だからなおさらGPD-5にやられるわけにはいかなくなった。それで、対抗するためのプログラムをワカは生み出したの。そしてそれは成功した。だからワカのカーネル……心の一番奥の部分は、乗っ取られずにすんだ。ひょっとしたら、あの時ワカをそのままほっておいたら、何もしなくてもワカは復活したかもね」


「え、ってことは、わたしたちは余計なことをしちゃったんですか?」楓がけわしい顔で言う。


 だけど、町田さんは笑顔で首を横に振ってみせた。


「いいえ。そんなことはないわ。ワカのカーネル以外の部分は全部乗っ取られてしまっていたから、復活するにしても、おそらくものすごく時間がかかることになったでしょうね。だから、これでよかったんだと思う」


「……そうですか」ほっとした表情で、楓。


「どちらにしても、ワカがGPD-5をやっつける手がかりをくれたのは確かよ。今、世界中にあるGPD-5のクローンの中でも特に強力なのが、8つあるの。そして日本全国にいる、ワカと同じモデルも、ワカを含めて8つ。ワカが作ったプログラムをそれら全部にインストールしワカのクローンにして、同時にネットに接続、GPD-5に攻撃をかける。クローン、つまり仲間の数は敵も味方も同じ。うまくいけば、GPD-5を一気にやっつけられるわ。楓さん……あなたのおかげよ」


 町田さんが楓に笑いかけると、


「ふぇっ!? わ、わたし?」楓は変な声を出してしまう。


「あなたが5G回線につなぐように言ったから、ワカが直接GPD-5のハッキングを受けて……それで対抗するプログラムが作れたんだからね。ほんと、奇跡的きせきてきなタイミングだった。もしつなぐのが少しでも遅れていたら、5Gのネットワークがダウンしてワカがハッキングを受けることはなかった。だけど……そうなったら、ワカが対抗プログラムを生み出すこともなかったのよ」


「ほら、島崎さん」若村先生が笑顔で言う。「あなたは間違ってなんかなかったでしょ? すごいじゃない。あなたが世界を救うことになるかもしれないのよ」


「うそ……」


 楓は言葉を失っていた。あれから何度も彼女はワカに5G接続するように言ったことを後悔していたのだ。だけど……それが、こんなことになるなんて……信じられない……


「う、ううっ……」


 涙がこみ上げてきて、楓は泣き声をもらす。


「まったく、楓は泣き虫だなあ」瑛太が彼女の頭をなでた。それが引き金になったかのように、


「うわあああん!」楓はとうとう大声で泣きはじめてしまう。


 その様子を優しい笑顔で見つめていた町田さんは、やがて楓が泣き止むと、キリリと顔を引きしめた。


「昨日、ようやく全国全てのワカ・タイプに対抗プログラムのインストールが終わったって連絡が来たの。というわけで、明日の正午、GPD-5をやっつける作戦を開始します。ワカにはそのリーダーになってもらいます。場所はここで、みんなにも手伝ってもらえたらありがたいです」


 その時だった。


「ちょっと待ってください」手を上げて、若村先生が言った。「ラジオの天気予報によれば、明日は台風が来るそうです。もしかしたら休校になるかもしれません」


「ですが……」町田さんが顔をしかめる。「今にもGPD―5が軍事施設のハッキングに成功しそうなんです。一刻いっこく猶予ゆうよもありません。せめて、この学年だけでも……なんとかなりませんか? 世界の運命がかかっているんです」


「……分かりました。ただ、集まるのは保護者の同意がとれた子供たちだけにしてください」


「もちろんです。ただ、できればこのクラスは全員にお手伝いしてもらいたいんですが」


「え、ええと、どんな風に手伝えばいいんですか?」瑛太だった。


「ワカを励ましてほしいんです。みんなといっしょなら、ワカはすごくがんばれると思います。特に……絵里香さん。あなたには、ワカの一番そばにいてほしい」


「わ、私が……ですか?」絵里香がキョトンとする。


「ええ、いいわよね?」


「もちろんです!」はち切れそうな笑顔で、絵里香。


「それから、楓さん」


「は、はい」ビクッ、と楓が背を伸ばした。


「作戦中、私はワカにパソコンをつないで状況を把握しながらサポートするんですが、あなたにもそれを手伝ってほしいんです」


「え、ええ? そんなこと、わたしにできるんですか?」


「あなたは島崎先生の娘さんなんでしょう? 私、高校時代にあなたのお父さんに教わったんです。すごい先生だった、って思ってます。あなたのお父さんにほめられたから、今の私があるんです」


「!」


「だから、きっと大丈夫。あなたがタダものじゃないってこと、私にはわかってますから」


「……わかりました」


 とうとう楓はうなずいた。


「楓、いっしょにがんばろう。ワカのために」絵里香が右手を差し出す。


「うん、絵里香ちゃん」しっかりとうなずき、楓はその手を自分の右手で握った。


---


 その日の放課後から、明日のための準備が始まった。ワカが作ったGPD―5対抗プログラムを町田さんがワカにインストールし直し、楓も設定やセキュリティ対策を手伝った。先生や他の子供たちにもそれぞれ仕事があった。ネット回線と無線の用意だ。学校の回線は使えないので、町田さんの会社で使っている衛星インターネットを使うという。確かにこれならどこにいてもインターネットに接続できる。


 みんなは手分けして、ベランダに連絡用の無線のポールアンテナと衛星通信用のパラボラアンテナをそれぞれ置いて、風に飛ばされないようにロープできつくしばり付け、そこからケーブルを伸ばして教室に引き入れた。そしてパラボラアンテナからのケーブルを衛星通信ルータ、ポールアンテナからのケーブルを無線機にそれぞれ接続する。

 無線機を見ただけで瑛太にはわかった。アマチュア無線用だが、長距離通信できる大出力の据え置きタイプだ。電話が使えないので、全国でアマチュア無線をやっている人たちがボランティアで無線を中継してくれるらしい。


「ふうっ……とりあえず、これで今日の準備は終わりかな。みんな、ありがとう」


 町田さんがニッコリすると、なぜか武が立ち上がった。


「ようしみんな、明日のために気合いを入れるぞ! エイ、エイ、オー!」


 そう叫んで武は右のこぶしを真上に突き上げる。だが。


「……」


 沈黙が教室を包み込む。声とこぶしを上げたのは武だけだった。町田さんにいいところを見せようとしたのだろうが、あまりにも突然だったせいか、誰も彼に反応できずにいたようだった。


「……ぐはっ。ダダスベりじゃねえか……みんな、ちゃんと応えてくれよう……」すっかりショボくれた様子で、武。


「でも、気合いを入れるのはいいことだわ」笑顔の若村先生だった。「それじゃみんな、もう一回やりましょう。私が、せいの、って言ったらみんなでエイエイオー、ね。せいの!」


「エイ、エイ、オー!」


 今度はみんなの声がそろう。


---


 次の日は朝から雨だった。台風は山ノ中町を直撃するコースでやってきていて、ちょうどお昼頃に通過するという。結局学校は臨時休校になったのだが、5年生のクラスのメンバーだけは、なんと全員が教室に集まっていた。あの後、先生方と町田さんがそれぞれの家を訪ねて保護者を説得したのだという。学校はいざというときの避難場所にもなっているくらいだから中にいれば安全だし、子どもの送り迎えも先生たちが車でするので、心配しないでほしい、と。


 十一時。町田さんは衛星通信ルータからのケーブルをワカに接続し、続いて自分のノートパソコンもワカにつなぐ。楓も自分のノートブックをワカに接続した。


 無線機のスピーカーから、日本全国にあるワカ・クローンの準備完了の報告が次々に聞こえてくる。


『新潟県、保倉ほくら小学校です。ワカ02ゼロ・ツー、準備完了しました』

『こちら石川県、小牧おまき小学校。ワカ05ゼロ・ファイブ、準備完了です』

『HQ, TIL. Waka-03, ready for mission』


「え、英語?」瑛太はびっくりだった。「外国にもワカ・タイプがいるんですか?」


「ううん、違うわ」 町田さんが笑顔で首を横に振る。「今のは市の産業研究所にいる、私たちの研究仲間のジェフ。産業研のワカ03ゼロ・スリーの準備が完了した、って報告ね」


「……」


 瑛太は言葉を失う。どうやら彼が思った以上にワカ・タイプはいろいろなところにいるようだった。


 窓の外はまさに嵐。といっても雨はそれほど降っていない。だが、風があまりにも激しかった。教室の中にいても、ヒューヒュー、ゴウゴウとひっきりなしに音が聞こえてくる。


 そして、十一時半。ようやく日本中にいるワカ・クローン全ての準備が完了した。あとは作戦開始の正午を待つだけ、だったのだ、が……


「!」


 突然、教室の明かりが消えた。


「まずい……」町田さんがぼうぜんとなる。「停電だわ。これじゃ、ワカが作戦に参加できない……」

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