籠球〜紅鳶の軌跡〜

ばいんみー

第1話

今でもあの日を夢に見る。


毎日ずっとうなされている。


あの悪夢に……。


_________


遥斗はると〜!ごはんよ〜!」


下から母さんの呑気な声が聞こえてきた。


今日は高校に入学する日である。


真新しくパリッとした制服の右胸元には私立星ケ峯学園の校章である五芒星が存在感を示していた。


「おはよう母さん」


「おはよう遥斗。今日から高校生だね!お母さん楽しみで楽しみで!写真いっぱい撮っちゃうからね!」


ウキウキ顔でそう宣う母さん。


「やめてくれよ…。恥ずかしいだろ…。こんな年にもなって」


朝ごはんを用意してくれたお母さんの背後には、入学式用の礼服があった。


「うふふふふ…。高校生活こそ、ちゃんと楽しんできなさい!」


管理栄養士の資格を持つ母さんが作るご飯は、しっかりとデータをもとに個人に合わせて作られているもので、これを何年も作り続けてきてくれた母さんには頭が上がらない。


「おいしかったよ。ごちそうさま!」


「お粗末様でした。しょっぱななんだからガツンとキメちゃいなよ!ちゃんとすりゃ私とお父さんに似てかっこいいんだから!」


「わかってるよ!俺は高校でモテて最高の青春を送るの!」


「よろしい」


俺はこの日のために知り合いの美容師に髪のセットの仕方を教えてもらい、家で練習しまくっていた。


何十、いや何百回も練習したアップバングできめて気合とともに家を出た。


時期は四月、寒さも和らぎ過ごしやすい穏やかな気候だ。


空は門出にふさわしいさわやかな青空。


宙に舞う櫻がまるで俺を祝福しているかのようだ。


と、変なことを口走りそうになるほどに気持ちのいい天気であった。


俺は、俺の知り合いなど一人もいないであろう、この星ヶ峯で青春するんだ!


改めて決意を固め校門をくぐる。


ちなみに写真はめちゃくちゃとられた。お母さんに。


ここ、星ヶ峯学園は都心にほど近い便利な場所にある。


都内の学校の中でも偏差値が十指に入るほど高く、自由な校風も相まってめちゃくちゃな人気校にになっている。


確か今年の倍率…2.45倍とかだった気がする。


都内の高校受験をしたことがある人ならわかるであろうが、結構高い倍率になっている。


その激戦を勝ち抜いて、俺は今ここに立っている。


にしても、さっきから視線を感じるな…。


一度慣れたとはいえ、あの事件があってから俺は人の視線を感じることが怖くなってしまった。


まあだからこそ青春して自分に自信を取り戻そうとしてるわけなんだけども。


感じる視線は気のせいだと自分に言い聞かせ、俺はクラス分けの表を確認した。


と……と……とび……あった!


俺の名前、鳶山遥斗とびやまはるとは4組の真ん中らへんにあった。


クラス分け見るときってみんなどきどきしない?


俺はまだ見ぬクラスメイトに大きな不安と少しの期待を感じた。


そりゃ怖いでしょ。


知らない人たち30人と初めて顔を合わせるから。


教室に向かう俺は過呼吸になりそうになりながらも、自分が大丈夫か最後の確認をしていた。


よし!初めにあいさつする準備と元気ok…誰かと話すトークデッキデッキもok…笑顔ok…そして、パニックにならない心の準備もok。


あと話詰まった時の「今日いい天気だね」への流れのイメトレもok。


考えて悲しくなったが、仕方がないだろう。


一年が学ぶ教室の列の手前から四つ目、奥からも四つ目の教室の俺の教室はあった。


舐められちゃまずいからね。


悲鳴を上げる心臓を無視し、一歩教室に入った俺はひとこと…。


「おはようみんな!これからよろしく!」


大きな声と、満面の笑顔(当社比)であいさつをした。


しーん


もともと静かで、だれもが携帯いじったり、本読んでたり、窓見つめてたのにさらに静まり返る教室。


おかしい。


中学の部活の監督には、とりあえず笑顔と大声であいさつすればどうとでもなると教えられてきたのに…。


無視をしていた心臓の悲鳴が再度聞こえ始めた瞬間に救いの手は現れた。


「おはよう」


「おはよう!名前知らないけど元気だね!」


「おはよう!これからよろしくね!」


「おはよう。めちゃくちゃ背高いなおい。んで筋肉えぐいな。なんかスポーツやってたんか?」


教室にいた人たちの中でも真面目そうな子や元気そうな子、可愛い女の子などが挨拶を返してくれた。


可愛い女の子には惚れましたもう。


俺のこと好きなんじゃねこれ。


流石に冗談だけど、勘違いしたくなるくらい可愛かった。


その後も話しかけてきたスポーツくん(俺命名)の相手をしつつ、座席表を確認するとど真ん中の列の一番後ろだった。


まって!?


俺の前の席あのかわいい子や!


え!?話しかけたい!けど迷惑かもしれないし…。でもなあ…。


そううじうじ考えながら席に着くと、前の子が満面の笑みでふりかえってきた。


「おはよう!はじめまして!私、湊流歌みなとるかっていうの。名前なんていうの?」


「はじめまして。俺、鳶山遥斗っていうんだ。遥斗かはる、もしくはなんかあだ名でも可。よろしくね!」


「あだなでもいいの?じゃあ…はるくん!私のことも流歌でいいよ!」


みなさん。


俺は高校生活勝ち組です。


入学式の日に前の席のばちくそ鬼カワゆるふわボブの女子と名前やあだ名で呼び合う仲になりました。


もう高校満足です。


「よろしく流歌」


「うん!よろしく!」


なにやら甘酸っぱそうな空気が流れ、ドキドキしすぎて用意した会話デッキもすべて吹っ飛び焦り始めた時、闖入者が現れた。


「へいへいお二人さん!俺たちも混ぜてよ!」


そういい俺の肩を組んだのはさっきのスポーツくん。


「俺、高島優亜たかしまゆうあっていうんだ。で、こっちの男が西崎拓斗にしざきたくと。でこっちの真面目そうなやつが澄川美麗すみかわみれい。俺ら幼馴染なんだ」


「よろしくね遥斗!俺は拓斗ででいいよ」


「よろしく鳶山くん。この二人がごめんなさいね」


勢いのまま話す優亜と、穏やかそうな拓斗、めちゃくちゃ真面目そうな黒髪ロングの澄川さんの幼なじみトリオ。


「この後入学式だりーな」


「ちゃんとしなさいよ優亜。だらけてたらお母さんに言いつけるわよ」


「そ、そこまでする必要ないじゃんかよ…」


まるで夫婦漫才のような掛け合いをするふたり。


それを横目に拓斗が聞いてきた。


「遥斗ってそんなに身長高いけど、部活はどうするの?やっぱりバスケかバレー?」


俺の身長実は高一で188センチあるためこういったことはよく聞かれてた。


「部活はねぇ…何もしないかな」


「えぇぇもったいねー!俺と拓斗と美麗はバスケに入るぜ!この高校のバスケ部を全国に連れてくんだ!俺たちで!」


その後も話を聞いていると、なにやら2人は中学では中々有名な選手だったらしい。


確かに筋肉の付き方はアスリートのそれだった。


「そうなんだよ。だから遥斗も俺らについてきてくれると嬉しいんだけど……」


普通に聞いたら嬉しい評価である。


相手が俺じゃなければ。


「ごめんね。バスケはする気はもうないかな」


「やっぱり昔やってた系?そんだけ身長高ければ有名になると思うんだけどなぁ……。ん?とび……やま?」


優亜の方はなにか引っかかることがあるらしく下を向いてブツブツ言い始めた。


すると突然ここまで沈黙を貫いていた流歌がハッとしたように口を開いた。


「もしかして……鳶山遥斗って全中MVPプレイヤーの……?」


それを聞いた途端俺はクラっとして、光が失われるように意識が無くなった。


〜優亜side〜


湊さんが全中MVPという単語を発した瞬間に顔が青くなった遥斗は苦しそうにした後に意識を失った。


「ちょおいおいおいおいやべえって。なにこれ!?」


いつもは冷静な拓斗もめちゃくちゃ焦った顔でオロオロしていた。


「そういうことね……。優亜、拓斗。2人で鳶山くんを保健室に連れてってあげて」


美麗だけはいつも通りクールに、そして何かがわかったように指示を出した。


今やるべき指標が見えた俺は急いで拓斗と一緒に遥斗を担ぎ保健室へと運んだ。


「あらいらっしゃい。ってどうしたの!?」


保健教諭の名前分からない美人なお姉さんがびっくりしたように俺たちを迎え入れてくれた。


「わ……わかりません。一緒に話してたら急に倒れて……」


「とりあえずベッドに!」


遥斗をそっとベッドに横にした俺は改めて遥斗を眺めた。


日本人にしては天性の身長、細かい動きすら可能にする理想の付き方をした筋肉、そして苦しそうな寝顔に何故か既視感を覚えた。


(なんだ……俺はなんか知っている……?そういえば全中MVPとか言ってたか……?あっ!?もしかしてあの……『堕ちた神童』!?)


いつぞやのバスケの特集を組んだ雑誌で見た顔。


かつての中学バスケの王朝、『帝南中学』の1年からのスタメンにして2.3年の時のキャプテン。


『神童』とも『日本バスケ界の未来』ともまで謳われた天才の面影があった。


そういえば3年の全中、決勝の試合の前になにか怪我をしたとかで出れなくなって、敗戦の責任や彼に対するキャプテンの重圧、心無い人達からの誹謗中傷などによって精神にも不調をきたしてバスケを引退したと風の噂で聞いた。


「優亜……」


拓斗も同じことに気づいたらしく、ハッとした表情になった。


俺らは3年間帝南と当たったことが無かったため全然気づかなかった。


「はいはい。この子は私が見とくから君たちは戻った戻った。入学式でしょ?このあと」


思考の沼に引きずり込まれる直前に先生の言葉で意識が再浮上する。


「うす……。遥斗よろしくお願いします……」


「任せなさい。それじゃ行ってきなさい。入学おめでとう」


俺たちは先生に任せて入学式に向かった。

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籠球〜紅鳶の軌跡〜 ばいんみー @tori_lvo

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