05 血塗れの魂
『脅すんだよ、死ぬって』
巡お姉ちゃんと楽しく人形遊びをしていたあの日、リビングルームから聞こえてきたのはお父さんが発した、聞き捨てならない言葉だった。
『誰が?』
『それは……ごめん、言えないんだ』
たちまちにしてただならぬ気配が漂う。
はらはらしつつ、人形を握りしめたままリビングルームへ目を向けたとき『充』と巡お姉ちゃんに名を呼ばれ、ドキッとする。
巡お姉ちゃんをおずおずと見る――と、彼女はにっこりと笑み『ねえ、どこを見ているの?』と無邪気な声で質問する。
『そっ、それは……』
『“充には”このかわいいお人形さんよりも気になる何かがあるのかなあ?』
『う、ううん……』
『なら、再開しようよ。次、充の番だよ』
『わ、分かった……』
促され、人形遊びを再開した。
両親の不穏な会話に気を取られる私、一方で平然としている巡お姉ちゃん――。人形をあやしながら、リビングルームをちらちらと盗み見る私をまるで威圧するかのごとく私の顔にジッ、と目を据える彼女が怖かった。
あの日、呉島巡という女性は紛う事なき私の“姉”だった。
――在りし日の記憶がたちまちのうちに甦り、これらが洪水のごとくあふれてあふれて、私を呑み込んでしまうのではないかという不安……。
この在りし日の記憶に別れを告げようにも弱い私は、今もなおこれに別れを告げられぬままで――。
「っ!」
両手で耳を塞ぎ、ぎゅっと目を閉じる。
こんなことでパニックを起こしたらダメだ。
でも、でも……体がガクガクと震え出し、この恐怖心を制御できない。
叫びたい。助けを求めたい。
“充”
そのとき、彼女が――巡お姉ちゃんが私の名を呼ぶ声が再び聞こえて、咄嗟に顔を上げる。
「巡、お姉ちゃん……巡お姉ちゃん!!……」
ヨモツクニへ手招きしない、だけれども、まるで私を“招く”かのように私の名前を呼ぶその声が恐くて……その声にグイッと引っ張られてしまいそうで……。
バタン、ドアがいきなり開く。
「充ちゃん!? どうしたの!?」
「よね、おばあちゃん……あのね……あのね……」
虚ろな瞳、沈んだ声音で『あのね』を連呼する、尋常でない様子の私を前にして、米おばあちゃんの表情がみるみるうちに曇る。
ああ、私が原因で彼女は――。
目を伏せて閉口する。何かを言えば、それだけで米おばあちゃんを追いつめてしまうかもしれないことがたまらなく恐かった。
ギシリ、ベッドのスプリングが軋んだ瞬間、米おばあちゃんが隣に座ったことを即座に理解して肩が跳ね上がる。
「充ちゃん」
「……」
そのとき、米おばあちゃんのそのあたたかくやわらかな手と私の手が重なった。彼女のその体温は残酷なほどあたたかく、そのあたたかさが私の心を、私を容赦なく傷つける。
真赤、――罪深き眷属 七條礼 @ShichijoAkira
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