04 十字架を背負う
救急車両と警察車両が現場に駆けつけたのは事故から約1時間が経過した頃だった。
『大丈夫ですか!?!?』
ひび割れたリヤドアガラス越しから救急隊員が大声でそう呼びかける。しかし、巡お姉ちゃんの姿を見つめたままぼうぜんとしている、無反応の私。
と。
『ドア、開けますよ!!』と大音声で告げ、リヤドアを勢いよく開けた。
そして私は、激しく損傷した車から用意されたブルーの担架に移された――直後、感情が溢れ出す。
『いやだあっ!! いやだあっ!! お姉ちゃんから離れたくないっ!! お姉ちゃんの傍に、巡お姉ちゃんの傍にいたいよぉ!!』
『大丈夫よ、あなたのお姉さんは生きているからね、絶対に』
私の頭を優しくなでながら、女性の救急隊員がこうなぐさめる。
5歳児、だからといってその言葉に慰められるほど愚かな5歳児ではない、5歳児は大人が思うほど“子供”ではない。
『うそを……うそをつくなあっ!!』
本当は暴れたかった、が、事故の衝撃で体のあちこちをぶつけたため、叫ぶことが精一杯の抵抗だった。
こうした抵抗もむなしく巡お姉ちゃんから引き離され、お父さんとお母さんからも引き離されてしまった――。
『ん……』
寝覚めると、ベッドの中にいた。目を遊ばせると一面が白、白、白、とにかく白、また、忙しなく動き回る看護師が何人もいる。
『起きたのね』
『えっ?……』
その声がする方へ目を向けると、中年の女性看護師がおだやかな笑顔を浮かべて私を見ている。
『あの……えっと……』
『大丈夫よ』
一体何が大丈夫というのか。
“大丈夫”の意味を掴みかね、戸惑う私に向かって彼女は何も言わずににっこりとほほ笑むだけだった。
と、次の瞬間、まるで津波のように押し寄せる、巡お姉ちゃん、お父さんとお母さんへの想い。もしもこの病院に3人がいるのなら今すぐにでも3人に――。
『皆は……』
一瞬間、彼女の顔がこわばった気がした。
『それよりも今回、あなたはあのような事故に巻き込まれたけれども、命に別状はないし、後遺症の心配もないわ。だから、大丈夫よ』
『そう、ですか……』
『ええ』
はぐらかされ、もやもやとする。するとそのとき『お取り込み中のところ、失礼します』ととある人物が看護師に断り、その人物が私の下につかつかとやってきた。
『お嬢さん』
声をかけられ、恐る恐る顔を上げると、黒色の外套を羽織った、2人組の男性がベッドの傍らに立っていた。
『……』
『こんにちは、刑事の島崎と申します』
『僕は田嶋と申します』
やわらかな笑みを浮かべ、ぺこりとお辞儀する彼らを怪訝な表情で見つめる私に気づいた島崎が『大丈夫ですよ、何も怖いことはありませんから』と弁明する。
弁明ののち、彼らは、私と少しでも対話がしやすいよう膝を屈する。
『……』
――家族を守らなければならない。
家族を守るために何を聞かれようとも沈黙を貫くことに決めた。
『突然ですが、事故当時、ご両親の言動に何か不審な点はありませんでしたか?』と田嶋が尋ねる。
『……』
『この発言はおかしいなあとか、この行動はおかしいなあとか……。何か違和感はありませんでしたか?』
『……』
何も答えない私を前にして、田嶋はまるで救いを求めるかのように島崎をちらっと見るが、彼は助け舟を出さない。
『……申し訳ありません。こうした質問があなたを傷つけることを分かっています。それでも、こうした質問をせざるを得ないんです』
『……』
答えない、答えない、嫌だ。
それでも。
答えるべきことが、伝えるべきことが、ある。
『……私は……守るんです……家族を……』
布団を握りしめ、途切れ途切れにこう話した。
ちらり、田嶋の顔を覗き見る。
『……そうですか……そうですよね……』と、田嶋は、何とも言えない表情を浮かべ『分かりました』と諦め気味に言い、島崎と共に立ち上がった。
『ご協力誠にありがとうございました』
『……いえ』
『ごめんなさい、お辛い中、いろいろと無理に喋らせてしまい』
そうわびて、彼らはあの場から颯爽と立ち去った。
――あの日、私は集中治療室にいた。
片や3人は、あの病院にはいなかった。
3人は――警察署の霊安室にいた。
以後、3人の司法解剖が行われ、巡お姉ちゃんとお母さんの死因は頭部を強く打ち付けたことによる頭蓋内損傷、お父さんの死因は頚椎損傷と判明し、巡お姉ちゃんの体内からは致死量を超える睡眠薬の成分が、お母さんの体内からも睡眠薬の成分が検出された。
2人の体内から検出された睡眠薬の成分、車内に残されたサイレース1mgの空のシートや、ガードレールを突破った際にブレーキ痕がなかったことなど――。
これを事故ではなく、無理心中と断定した警察は、お父さんを書類送検したものの、被疑者死亡のため不起訴処分に終わった。
何が正解で何が誤りなのか。あの日、彼らの質問に正直に答えていたなら運命は変わったのか。お父さんだけでなく、お母さんも無理心中に加担していたことを彼らにもしも伝えていたら――。
もう遅い、時は巻き戻せない。
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