第18話 比翼連理

 聖女候補選抜試験が終わってから1ヶ月が過ぎた。

 聖女見習いの劣等生から一点、聖女候補への成り上がり。

 その事実は、私の全てを変えてしまった。

 聖女候補として、まるで宝玉のように扱われる。今までは路傍の石のような存在だったが、教会内の誰しもが私に敬意を払ってくれる。

 ……こうも手のひらを返されると、微妙な気持ちになるなあ……。私も人間なので。

 二人だけのときにこそっとボヤくと、ルシウスがくすくすと笑った。


「ふふふ、過去の仕返しをしてやりたくなるね。何か告発してやれば?」


 なかなか悪い考えですな……。

 もちろん、根が善人の私は首をブンブン振る。


「やらないよ! 調子に乗っているみたいで感じが悪いし!」


「うん、アリシアはそれがいいと思う。君はそれでいて欲しい」


 そして耳元でこそっと囁いてくる。


「我慢がならない相手がいたら、私に愚痴ってくれるといい。愚痴くらいならいくらでも聞くし――君が不快に思う人を知っておきたいから」


 なんか、腹黒そうな笑みを浮かべているけど、気のせいだよね?

 そんなわけで意趣返しなんて考えてもいなかったけど、考えている暇もなかった。


 なぜなら、聖女候補は王都へと旅立つからだ。


 それには膨大な手続きや勉強が必要で――

 この1ヶ月は怒涛の日々だった。まるで、今までの空虚さを埋め合わせるかのように。あまりにも忙しくて、ルシウスとの夜の時間も取れなくなった。


 新しい未来への準備を着々と進めている間に、終わるものもあった。

 聖女見習いの教室である。

 聖女候補の選抜が至上命題である以上、それが終われば役割はなくなるのだ。

 教室の解体が決まり、生徒たちは様々な場所に異動した。

 他の教会にシスターとして働いたり、あるいは実家に帰ったり、新しく別の仕事に就いたり――


 多くの見習いたちが新しい道を目指して進んでいく。


 最初に帰ったのはエレノアだった。伝え聞いたところによると、体調不良らしく、しばらく実家で静養するとのことだ。その後どうするつもりなのかとか、そういう情報は知らない。

 そうそう、ヴィクター先生の急死も謎に包まれたままだ。

 ホールを見下ろす個室で観覧していたところを何者かに襲撃されて殺されてしまったらしい。死因は胸を刺されたことらしいが、凶器はどこにも見当たらず、おまけに身体中を締め上げたような謎の跡があるらしい。

 それについて、ルシウスに尋ねた。


「ヴィクター先生を殺した犯人の手がかりはつかめたのかな?」


 ルシウスは聖騎士なので、教会内の事件を調査したりする。


「あいにく手がかりはないようだ。誰なんだろうね?」


「ヴィクター先生を恨んでいる人とかの線で見つからないかな?」


「死んだから根掘り葉掘り色々と調べたけど、疑惑だらけの男で誰かの恨みを買っていてもおかしくないね」


 くっくっく、とルシウスが意地悪く笑う。


「アリシアは、ヴィクター先生が死んで悲しいかい?」


「それを私に聞くの? いじわるね!」


 ヴィクター先生は明確にエレノアを贔屓にしていた。冷たい対応の数々も思い出すまでもない。教師として問題があったのは間違いない。


「ははは、天網恢々疎にして漏らさず、というやつだね。悪いやつが死んだ。それでいい話じゃないか。澱んでいた教会の空気も少しはよくなっただろう。どこかの誰かに感謝するとしようじゃないか?」


 そんなわけで、聖女見習い教室は解体された。

 次の世代の聖女が必要になったとき、また再び復活することだろう。


 そして、もう1つ、大きな出来事があった。


 ある日、急に大聖堂まで向かうように言われ、向かってみるとすごい数の人たちが大挙して私を待ち構えていた。

 ……これは、何が行われるのですか?

 祭壇の前に立つように言われ、その通りにしていると、左右に並ぶ人の列の間を通り抜け、一人の男性が歩いてきた。


 聖騎士としての正装を見にまとったルシウスである。


 純白の長衣がルシウスの背の高い体にぴったりと沿い、その裾は床にわずかに届くほどの長さだ。その上に纏った深い青のマントは、肩から優雅に流れ落ち、歩くたびに柔らかく揺れている。マントの縁には金糸で精巧な模様が刺繍され、光を受けて輝いている。

 腰には長剣が下がり、鞘には聖なる加護の文字が刻まれているのが見える。


 ……正直、見ただけで鼓動が高鳴ってしまった。

 今まで、私はその姿のルシウスを見たことがなかった。もちろん、端正な顔立ちなので、どんな服を着ても似合っているのだけど、やはり正装には正装の破壊力がある。

 聖騎士の正装は今まで何度か見ているけれど、その誰よりもルシウスには似合っていた。

 ルシウスが私の前に立ち止まる。柔らかな笑みを投げかけてから、すっと膝を折り、こうべを垂れる。

 え、ええと……こ、これは……?

 進行役の司祭が朗々と声を発した。


「聖女候補に選抜されたアリシアの後見人に、聖騎士ルシウス様が名乗りを上げられました。これより『聖護のちぎりの儀』を行います」


 聖騎士の後見人!

 ……そうだった。そんな制度があった。聖女にならずとも、聖女候補とは教会の宝である。その宝を命を賭けて守る――そういう誓いだ。

 もちろん、それなりに重い契約となる。聖騎士のキャリアにも関わる話だから。できることならば、聖女になる人物を射止めたいのだから。


「それでは、ルシウス様。アリシアへ立場の表明をお願いします」


 司祭の言葉を受けて、ルシウスが頭を上げる。

 その黒い目が、じっと私の目を見つめた。

 8年前に初めて出会ったときのような獣の目とは全く違う、慈愛と優しさに満ちた瞳で。


「聖なる光の下、そして皆様の証人の元、私、聖騎士ルシウスは、ここに宣言いたします。

 アリシア、私はあなたの後見人として、あなたの聖女への道を守護することを誓います。我が剣と魂をもって、あなたを導き、支え、そして守る。あなたの苦難を我が身に受け、あなたの命のために私の命を捧げましょう。

 私の決意は天上の女神に誓い決して揺るぎません。あなたが聖女となるその日まで、そして、その後も永遠に。私の決意を受け入れて、あなたの後見人として認めていただけますか?」


 そっとルシウス手を差し伸べる。

 その手を取れば、受け入れるということだ。そして、払い除けた場合は拒絶を意味する。

 えええ、いや……色々と急すぎて心臓がうるさいんですけど。緊張が身体中の血管に張り詰めている。こういうのって、下交渉ってないのだろうか? いきなり言われても、気が乗らないというケースはないの!?

 後から聞いた話だが、本当なら下交渉はあるらしい。

 ルシウスのたっての希望で、下交渉なしとなったそうだ。どうしてそんなことをしたの? と問いただすと悪びれもせずにこう答えた。


「だって、驚かしたかったから」


 確かにすごいサプライズで、嬉しさも大きかったけど!

 もしも、私が断っていたらどうしたの? と尋ねると、ニヤリと笑ってこう答えてきた。


「断らない自信があったから。実際、断らなかっただろ?」


 全て手のひらの上だったかあ……。この男はあ……私をおもちゃにして楽しんでいるな?

 実際、このときの私に断るなんて選択肢はなかった。何も考えることなく、少しのためらいもなく、ルシウスの手を取った。

 ……あ、気の利いたことを言わないといけないのか……。


「あの、その……よ、よろしくお願いしましゅ」


 噛んでしまった。

 それに気づいたルシウスがニコリと微笑する。そして、そっと私の手の甲に口付けをした。

 うおっ、そ、そんな反応を返すのか!? 知らなかった……。

 同時、わああああああああ! と観衆たちが声を上げて、熱烈な拍手を送ってくれる。

 ルシウスが立ち上がり、私の横に並ぶ。そして、にこやかな様子で手を振った。固まっている私に小声で「ほら、手を振って」と教えてくれたので、慌てて私もそれにならう。

 歓声がより一層強くなった。

 これにて、ルシウスは私の正式な後見人となった。王都にも帯同し、一緒に聖女への道を目指すことになる。

 本当に、あっという間に風景が変わってしまった。3ヶ月前までは夢にも思わなかったのに。

 それもこれも、全てが隣に立つルシウスのおかげだ。

 きっとこれからも色々と大変だろうけど、彼が隣にいてくれるのなら乗り越えられる気がする。

 頑張ろう、彼が聖女になれると信じてくれるのだから。




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これにて終了です。お読みいただきありがとうございました。

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ラスボス暗黒騎士を餌付けしたら、なぜか聖騎士になりました。え? 私に一生尽くしたい? 三船十矢 @mtoya

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