第15話 三人なら乗りこえられる

 街のみんなで力を合わせて、巨大モンスターを倒した。

 モンスターが走った場所はあちこちが傷だらけで、修理が必要な建物がいくつかあった。ケガをしたネズミもいた。でも、誰一人死なずに済んだ。

 壊れた建物は、大工仕事が得意なネズミが修理する。

 ケガをしたネズミは、面倒見の良いネズミが手当てする。

 街にあふれたゴミは、力仕事が得意なネズミが運び始める。

 働くネズミたちのために、料理の得意なネズミがスープを作る。

 みんなが自分のできることをしていた。街のために動いていた。ひとつになったネズミたちは、みんな笑顔だった。


『トコ、と言ったか』


 落下の衝撃で壊れていないか、アルと一緒にトライシクルの点検をしていたら、兵士に指示を出していた総統が通信機で話しかけてきた。


『街を救ってくれたこと、感謝する……ありがとう』

「あい~、トコがんばったよ~♪」


 トコは身体を揺らして、にへら〜と笑う。

 そして、総統はアルにも謝罪した。


『地下二階に落ちた君を見捨てた……許されない過ちだとわかっている。だが、謝らせてくれ。本当にすまなかった……』

「でも、オレ、死んでねぇし。失敗くらい誰だってするだろ。気にすんなって」

「しかし……」

「ったく、親子そろってマジメ過ぎるんだよ。もうちょい肩の力抜いて生きてもいいんじゃねぇの?」

「お前が楽観的すぎるんだ」


 ハジメも会話に加わる。隊長として現場への指示出しがひと段落ついたみたいだ。


「やっぱり行くのか?」


 ハジメはすこしだけ寂しそうに眉を曲げて、ボクとアルに問いかける。

 トライシクルの点検は終わった。少しのダメージはあったけど、走るのに問題はない。収納ボックスに入れてあった荷物も無事だし、いつでも出発できる。


「ボク、トコの家族を探してあげたいんだ」

「オレはニンゲンの世界を見てみたいからな。ハジメ、お前も来るか?」


 ハジメは首を横に振る。


「俺はこの街が好きだ。父さんと街を守るよ」

「そっか、わかった」


 にしし、とアルが笑うと、ハジメも昔と変わらない笑顔を返す。

 トコは思い出したように、ハジメにハンマーを差し出した。


「ハジメ、これ、かえす。ありがと」

「やるよ。お前が持っていてくれ」

「いいの?」

「外にはモンスターがうじゃうじゃいるんだ。俺の代わりに二人を守ってくれ」

「やったぁ! ハジメ、ありがと! ありがと!」


 トコは満面の笑みを浮かべて、ハジメに抱きついて、何度もお礼を言った。

 抱き着かれて戸惑っているハジメの顔が面白くて、ボクとアルはお腹を抱えて笑った。ハジメはいつもみたいに眉間にしわを寄せてボクらを睨んだ。

 ひとしきり笑った後、総統はボクらに問いかける。


『地上の世界はここよりも厳しい。生き抜く自信があるのか?』


 現実を知る大人からの問いかけだ。


「大丈夫です! ボクたちのことを信じてください!」


 ボクは自分にも言い聞かせるように、胸を張ってみせる。

今度はアルがボクとロニの肩に手を置いて、不敵に笑いながら言った。


「どんな場所でも、オレの天才的頭脳と、ロニの最速の足と、トコの最強の腕力で生き抜いて見せるさ」

「あい~!」


 トコもボクのマネをして胸を張ってみせる。

 フッと漏れるような笑いが通信機から聞こえた。


『北地区のレストラン街の奥にゲートがある。道はわかるか?』

「はい、わかります」

『ガスやモンスターが入り込む危険性を考えた場合、ゲートを長時間開放するのは難しい……五分後に、一分間だけゲートを開ける。間に合わなければ、地上へ出るのは諦めて、街へ帰ってきなさい」


 ここからトライシクルを飛ばしてもギリギリの時間設定だ。街のことを第一に考える総統が許せるギリギリのラインなんだと思う。それに、「このくらいの困難も乗り越えられないなら、地上へ行くことは認めない」ってメッセージだと思った。

 それでも、地上につながるゲートが開く。

 ボクとアルは顔を見合わせる。

 アルの目が輝き出す。ボクもドキドキして飛び跳ねたい気分だ!


「オヤジさん、ありがとう! そうと決まったら出発だ!」

「トコ、行くよ!」


 話が難しくて、トコはよくわかっていなかったみたい。でも、ボクが呼ぶとトコはニッコリと笑って、後部座席に飛び乗った。

 トライシクル、スイッチオン。

 モーターが動き出す。シートに振動が伝わってくる。

 アクセルを踏むと、トライシクルはスムーズに走り出した。


「生きて帰って来いよ!」


 ハジメの声に応えるように、アルが拳を突き上げて見せた。



 ボクらは北地区を目指す。通い慣れた道をトライシクルは走る。

 孤児院のみんなに挨拶する時間はない。せめて出発前に、ポテトボールのにおいをかぎたくて、ドライブスルーにつながる路地を通り抜けることにした。


「え!」


 驚いた。オカミさんがドライブスルーの窓から身を乗り出すようにして、紙袋を持っている。

 窓の前をトライシクルが通り過ぎる。

 すれ違いざま、オカミさんが持っていた紙袋を、アルがつかんだ。


「いってらっしゃい!」


 いつものようにボクらを送り出す声が遠ざかっていく。サイドミラーには、玄関から飛び出した子どもたちといっしょに、いつまでも手を振るオカミさんの姿が映っていた。


「……なんでボクたちがここを通るってわかったんだろう?」

「あのオカミさんだぜ? オレたちのことは何だってお見通しだって」


 アルのうれしそうな声。すぐに紙袋の中のポテトボールを一つ取り出して、ボクに差し出した。

 ボクらが遠くへ行くとわかっていながら、オカミさんは送り出してくれたんだ。

 きっと帰ったら、いつものように「おかえり」って言ってくれるはず。


「オカミさん、みんな……いってきます!」


 ボクも「ただいま」って言えるように、必ずここに帰って来ることを心に誓って、ポテトボールを頬張った。



 街が遠ざかっていく。もうネズミの姿はない。さらにアクセルを踏み込む。もちろん、モンスターのせいで空いた穴に気をつけながら走る。

 北地区に入ると、イヤなにおいが漂ってきた。ガスのにおいだ。アルが用意してくれたガスマスクを装着する。

 レストラン街の直線を通り抜けて、さらに奥に進むと地上へつながる階段があった。

 ガタガタとトライシクルは揺れながら、無理やり段差をよじ登っていく。


「見えた、あれだ」


 階段の頂上。いつもならシャッターで閉ざされたゲートが開いていた。

 眩しい光に吸い込まれるように、トライシクルはゲートの向こうへ飛び出した。


 バギーが六台並んで走れるくらい大きな道。

 見たこともない乗り物。

 首をいっぱい上に向けてようやく先が見える建物。

 そんな建物よりも高く、果てしない空。

 本に載っていたような青色じゃなかった。灰色に緑を混ぜたような濁った色。だけど、本物の太陽の光は地下街の照明と比べものにならないくらい眩しくて、暖かい。

 ヒゲが揺れる。空調から吐き出される整った風じゃない。この大地から生まれた不規則な風がボクらを包む。

 ボクは生まれて初めて、世界を全身で感じている。


「すごい……世界ってこんなに大きいんだ!」

「そうだ。これがオレたちの世界だ」


 アルがボクの肩を叩く。


「さあ、トーキョーまでの道は任せたぜ」

「ロニ、がんばれ~!」


 トコも応援してくれる。

 ハンドルを握りしめる。頭の中の地図を広げる。

 ひび割れた道路は、地図で見るよりも険しくて、果てしなくて、きっと危険でいっぱいだ。

 それなのに、短いしっぽがピンとたって、いてもたってもいられないくらいワクワクしている。


「うん、ボクに任せて!」


 この先、何が待ち受けているかは誰もわからない。

 でも、大丈夫。ボクら三人なら乗り越えられる。


                                  おしまい

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ラットライシクル 小望月きいろ @gunjoyomogi

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