第14話 街を守れ!

 広場が見えてきた。南地区で一番開けた場所で、天井には、世界が滅びる前に作られたガラスの飾りが、水の粒のようにキラキラと輝いている。

 この真下でモンスターと戦うことになる。

 そのために、まずはモンスターの動きを封じる。

 バギーとぶつからないギリギリの距離までトライシクルを近づける。その間も、モンスターは迫ってくる。神経を研ぎ澄ませて、アクセルペダルとハンドルを操作する。

 難しい作業だったけど、統率軍のみんなが守ってくれているから、無事にワイヤーロープのフックをトライシクルに取りつけることができた。

 フックを取りつけたときのガチャンッという振動と同じタイミングで、ボクらは広場に突入した。


『ロニ、ハジメ、トコ、行くぞ!』

「うん!」

『おう!』

「あい!」


 ボクは思い切りアクセルを踏み込む。モーターが回転する音が高くなる。モンスターはボクらを捕まえようと追いかけてくる。

 そして、ボクらは広場の中心に到達した。


『今だ!』


 アルの合図で、素早くハンドルを切る。曲がる方向に体重を傾けて、全身でUターンする。

 ゴミで出来た身体が迫ってくる。脇をすり抜けるために、慌ててもう一度ハンドルを切る。ゴミに混じっていた看板が地面に叩きつけられて、飛んできた破片がヒゲをかすめる。

 上手くモンスターの脇を通り抜けられた。モンスターの身体の向こう側を見ると、バギーが見える。あっちも無事に脇を通り抜けられたんだ。

 バギーとトライシクルを繋いだワイヤーロープが、モンスターを絡め取る。

 トライシクルは右回り。バギーは左回りで、モンスターの周りをもう一周走る。ワイヤーロープを巨大なゴミの塊に巻きつけて縛り上げていく。


 ギギギギ、ギギギギ、ギギギッ……!


 ガラクタが擦れる音なのか、それとも唸り声なのか。モンスターはボクらを威嚇するように嫌な音を立ててもがく。

 このまま抑えつけていたいのに、トライシクルとバギーのパワーだけでは足りないみたい。モンスターが身じろぎした拍子に、トライシクルの前輪が浮き上がる。


「わわわっ」


 車体がひっくり返っちゃう!


「ん~~~~~っ!」


 トコの声が聞こえた。振り向くと、トコはトライシクルから下りてワイヤーロープを引っ張っていた。ドカンっと音を立てて、前輪が地面に着く。


『第一部隊、第二部隊、ロープを引け!』


 総統から指示が飛ぶ。広場近くで待機していた兵士たちが一斉に飛び出して、ロープをつかんで引っ張り始める。

 でも、モンスターの力は想像を超えていた。

 乗り物二台、それに二十人以上のネズミと一人のニンゲンがロープを引いているのに、誰か一人でも気を抜くと、振りほどかれそうな勢いでモンスターはもがく。

 アルとトコもロープを引っ張っているから、モンスターを攻撃することができない。


『第三部隊、第四部隊、至急広場へ向かえ!』


 総統が応援を呼んでくれている。でも──


『ダメだ、間に合わない……!』


 ハジメの言う通り、次第にネズミたちがズルズルと引きずられていく。ボクもアクセルをベタ踏みしているに、全然タイヤの踏ん張りが効かない。

 このままじゃ振りほどかれる。そうなったら、モンスターが暴れ出して、ボクらみんなおしまいだ!

 ──そのときだった。


「アル兄ちゃぁん! ロニ兄ちゃぁん! がんばれぇぇ!」


 広場近くの建物。二階の窓から孤児院の子どもたちが、ギュウギュウになりながら顔を出して叫んでいる。


「頑張れぇ! 頑張れぇ! あんたたちならできるよ!」


 オカミさんも子どもたちを抱きしめながら叫ぶ。

 すると、あちこちの窓から同じように顔を出すネズミが現れた。


「負けるなー!」

「がんばれー!」


 応援の声が広場全体に広がっていく。

 すると、モンスターの動きが鈍くなった。ゴミを頭みたいに伸ばして、キョロキョロしているみたい。


『そうか、そういうことか!』


 アルが何か気づいたみたい。


「そういうことって、どういうこと?」

『こいつは音に敏感なんだ。だから、みんなの声が気になって集中できないんだ!』


 ボクはうれしくなった。孤児院のみんなや街のネズミたちの声が、ボクらの力になっていた。

 それだけじゃなかった。建物から大人のネズミたちが次々と飛び出してきた。


「統率軍に任せている場合じゃねぇ。俺たちもやるんだ!」

「畑仕事で鍛えた腕、見せてやるよ!」

「ロープを引け!」

「みんなで街を守るんだ!」


 力自慢の若いネズミたちがロープをつかむ。振りほどかれそうだった兵士たちも、街のネズミたちが加わったことで体勢を立て直す。


『皆さん、頑張ってください! せーの、えいや、えいや、えいや、えいや!』


 いつの間にかアナウンサーの掛け声も加わっていた。その掛け声にタイミングを合わせて、百人を超えるネズミたちが一斉にロープを引く。ゴミにロープが食い込んでいき、ついにモンスターは広場の真ん中で身動きが取れなくなった。 


「トコ、行って!」


 アクセルペダルを踏み込んだまま、ボクは叫んだ。

 トコは一度大きく跳んで、みんなが引っ張るロープの上に着地すると、そのままモンスターめがけて走り出す。綱渡りみたいなヨロヨロとした足取りじゃない。全速力だ!

 トコを恐れたのか、モンスターが鍋やフライパンを発射してきた。


「させるかよ!」


 バンッ! バンッ! バンッ!


 アルのライフル銃が、鍋やフライパンを撃ち落としていく。

 攻撃を弾かれたモンスターは、吠えながら腕を振り回す。

 だけど、そこにトコの姿はもうなかった。

 ピンクの頭が天井近くまで高く跳んで、空中で一回転する。

 トコが天井を蹴る。ガラスの飾りが弾ける。

 ピンクの髪をなびかせながら、キラキラとしたガラスの輝きの中を飛ぶ姿は、とてもきれいだった。


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 ハンマーが振り下ろされ、モンスターの頭に直撃した。強烈な一撃に、ワイヤーロープがブチンッと切断される。

 モンスターの身体に亀裂が走る。ゴミの塊が砕けて、崩れていく。押し寄せるゴミの波に飲まれないように、ネズミたちは慌てて逃げ出す。

 トドメの一撃の後、トコの身体は空中に投げ出されたままだ。


「トコっ!」


 一瞬のブレーキ、ハンドルを切ってUターン、アクセル全開!

 タイヤが焼け切れそうな勢いで、ボクはさっきと逆の方へ向かってトライシクルを走らせる。逃げるネズミたちを避けて、うねるゴミの波に乗る。何度もハンドルが持っていかれそうになるのを耐えて、テーブルでできた坂道を駆け上がった。

 トライシクルが飛ぶ。

 トコと目が合う。

 ボクは手を伸ばす。

 トコもボクに向かって手を伸ばす。

 お願いされたんだ。トコを守ってほしいって。

 ボクが、ボクがトコを守るんだ……!


「届けぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」


 ガシッ!

 ボクはトコの手をつかんだ。

 お互いの腕の力で引き寄せ合って、トコは後部座席に身体を収めた。


「しっかりつかまって!」


 もう一度ハンドルを握って、衝撃に備える。

 ヒゲがビリビリする。お腹の中身が全部浮き上がる感覚。

 ただ落ちていくボクたち。しっかりつかまったとしても、どうしようもない高さだと直感した。

 どうしよう……死んだかも。


『レバーを引け!』


 通信機からアルの声。

 そうだ、レバー!

 新しく取りつけられたレバーを思い切り引いた。


 ジャキンッ! グググ、バッ!


 運転席と後部座席の間からポールが飛び出して、風力発電のプロペラが生える。プロペラが回り始めて、トライシクルの落下速度が緩やかになっていく。

 それでも、まだ油断できない速さで地面が近づいてくる。


 ドスン!


 一度の衝撃。


 ドスン、ドスンッ!


 すぐに二度目、三度目の衝撃。

 トライシクルは何度も跳ねて、どうにか着地した。


「いたたた……ト、トコ! 大丈夫⁉」


 慌てて起き上がろうとしたら足に力が入らなくて、トライシクルのシートから転がるように落ちた。ずっとハンドルを握りしめていた指がしびれている。

 ボクの顔をピンクの瞳がのぞき込む。トコはとっくにトライシクルから下りて、ボクのそばまで来てくれたんだ。


「トコ、いたいとこないよ。ろに、いたい?」

「……大丈夫だよ」


 ボクは笑って見せた。トコが無事だってわかったら、一気に身体の力が抜けて、なかなか起き上がれなかった。

 アルたちが駆けつけてくるまで、トコはボクのおでこを撫でながらずっと、いたいのいたいのとんでいけ、とおまじないを唱えてくれた。

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