第13話 親子の会話

 水しぶきをあげながら、トライシクルは走る。

 いつもはにぎやかな街なのに、スプリンクラーで水を撒いたから誰もいない。アルの狙い通り、みんなちゃんと避難したんだ。

 後ろから声がする。

 サイドミラーを確認。

 ハジメのバギーが見えた。荷台で手を振るアルの姿も見える。


「アル! よかった、無事で──うぇっ⁉」


 再会を喜ぶヒマなんてない。バギーの後ろから、さっきモニターで見た巨大モンスターが走ってきた。

 バギーがトライシクルに追いつくと、ニ台は並びながら走り続ける。


「アル、ごめん! ボクがよそ見をして穴に気づくのが遅れたんだ! 本当に、ごめんっ!」

「んなちっちぇ失敗なんて気にすんな! ウジウジしてねぇで前を見ろ!」


 言葉はキツイけど、にやりと笑う口元が、胸の奥に刺さったトゲをスルリと取ってくれた。

 モンスターが前へ進むたび、鉄同士がぶつかり合う耳障りな音が、背後からボクを焦らせる。アルは騒音に負けないくらいの大声で、作戦会議を始める。


「いいか、今からこいつを捕まえて、ぶっ飛ばすぞ!」

「つ、捕まえるって、あんな大きなモンスターをどうやって?」

「走りながら説明する!」


 アルがもう一つの通信機を投げ渡す。後部座席に座っているトコがしっかりキャッチしてくれた。


「とにかく広場へ向かってくれ! 先頭は任せた!」

「うん、わかった!」


 ボクは頭の中の地図を広げる。

 なるべく大きな道を、なるべく路上に物が置いていない道を……これ以上街に被害が出ないルートを探す。

 よし、決まった!


「ついてきて!」


 アクセルペダルを踏み込んで、バギーの前へ出る。

 バギーとの距離が空くと、通信機からアルの声が聞こえてきた。


『いいか、広場に入ったら、走りながらトライシクルにワイヤーロープのフックを取りつける。そんで、モンスターが広場の真ん中に来たところで、バギーと同時に左右に分かれてUターンする。上手くモンスターの脇をすり抜けて、ワイヤーロープに絡ませる。そこをオレのライフル銃で撃つ! 以上!』

『思ったよりも力技だな』


 ハジメは呆れたような声だったけど、でも、見なくてもわかる。絶対に笑っている。


『シンプルでいいだろ?』

『ああ、悪くない』


 アルとハジメは顔を合わせるとケンカばかりだった。でも、今はお互いの間に流れる空気がやわらかい。きっと仲直りできたんだ。よかった。

 安心していると、通信機に別の声が混じる。


『ハジメ、いったい何をしている!』


 この声は……総統だ!


『父さん、今から俺たちでモンスターを倒すから』

『勝手な行動は許さん! ニンゲンと手を組むなんてもってのほかだ!』


 通信機越しに怒号が響く。誰かが言い争っているのを聞くのは苦手だ。モンスターに追われているのとは別の不安で、ボクはヒヤヒヤしていた。


『このニンゲンは、俺たちの味方だ』

『ダメだ! ニンゲンは信用ならん、危険だ!』

『親子ケンカしている場合じゃねぇぞ! 避けろ!』


 割り込むようにアルが叫んだ。テーブルやイスが細かいゴミと絡まってできた腕が、トライシクルとバギーめがけて何度も振り下ろされる。

 右、左、右。ボクは必死でハンドルを切る。二台のタイヤがキキキーッと鋭い音を立てながら、モンスターの攻撃を避け続ける。

 トライシクルよりも大きなバギーは、何度もハンドルを切るたびに車体のバランスが不安定になりやすい。それに気づいたのか、次第にモンスターがバギーばかり狙い始める。

 とうとうモンスターがバギーの荷台部分をつかんだ。そのせいでバギーの速度が落ちていく。


『クソッ!』


 通信機からアルの舌打ちが聞こえてくる。ライフル銃で撃っているけど、モンスターはバギーを離そうとしない。ハジメも運転しながら、片手でハンマーを振り回して引きはがそうとしている。

 なんとかしなくちゃ! でも、どうやって?

 とにかく、ボクはトライシクルを減速させてバギーに近づく。

 一瞬、トライシクルが跳ねた。トコが後部座席からジャンプした反動だった。

 トコの飛び蹴りがモンスターの腕に炸裂! 荷台に絡まっていたゴミが外れて、バギーは自由になる。トコはそのままバギーに着地した。


『でかしたぞ、トコ!』

『あい~♪』


 アルにほめられてうれしそうなトコが、そのままモンスターに向き直る。


『みんないじめる、メ! トコ、おこった!』


 初めて出会ったとき、モンスターの影におびえていたのに、今のトコはとても頼もしく見える。

 ボクは、トコがもう一度トライシクルに戻って来られるように、さらにバギーへ近づく。


『おい、ニンゲン』


 こっちに飛び移ろうとするトコを、ハジメが呼び止めた。


『使え』


 ハジメがハンマーをトコに差し出す。


『俺は運転に集中する。お前がアルと一緒にモンスターを叩け』


 トコはコクリとうなづいて、素直にハンマーを受け取ると、またジャンプしてトライシクルの後部座席に戻ってきた。


『なんてことを……敵に武器を与えるとは!』


 きっとモニターでこの様子を見ているんだ。総統は怒りに任せてハジメを叱る。

 それに比べて、ハジメのほうは驚くほど落ち着いていた。


『父さん、ニンゲンのことが信じられないなら、俺のことを信じてよ』


 総統に向かって話すような堅苦しさはなかった。今のハジメは、息子として自分の親に話しているように思えた。


『俺ってそんなに頼りない? ずっと統率軍の一員として頑張ってきたつもりだけど、俺じゃダメなの?』

『違う、そうでは──』


 総統の声が震えている。ボクは知っている。大人が泣くときの声だ。


『私は……もう誰も失いたくないだけなんだ……』


 さっき本部でハジメとアルがモニターに映ったとき、総統がホッとした表情だったことを思い出す。


『みんな死んでいった……私は、誰も救えなかった……私だけが生き残った……これ以上、誰も危険にさらすわけにはいかない……』


 相手を責めるような厳しさはなかった。むしろ自分を責めているようで、疲れて細くなった声が通信機から漏れ聞こえてくる。

 ……そっか、ハジメのお父さんは怖かったんだ。

 世界が滅んで、戦争があって、たくさんの死を目の当たりにしてきたんだ。

 ネズミが死ぬのをもう見たくないんだ。兵士だって大事な仲間だから、危険な任務の指示だってしたくなかったんだ。

 そんなお父さんに、ハジメは寄り添う。


『俺だって、この街を守りたい。誰一人死んでほしくない。誰一人っていうのは父さんも含めた全員だ。俺は父さんのことだって、守りたいんだ』


 ボクは知っている。小さい頃から、ハジメはお父さんのことが大好きだ。

 総統はもうハジメを否定することはなかった。ただ静かに、通信機から聞こえてくる息子の言葉に耳を傾けている。


『俺は絶対に死なない。父さんを一人にさせない。だから、俺のこと信じてよ』

 モンスターが腕を振り上げる。また強烈な連打が始まる。

『もう一発来るぞ!』


 アルが叫ぶ。


『ハジメ!』


 総統も叫ぶ。


「もぉぉ! せっかくの親子がゆっくり話しているのに、邪魔しないでよ!」


 ボクも叫んだ。トコはハンマーを、ボクはハンドルを強く握って、ハジメたちを助けようと動き出す。


「おおおおッ!」


 背後から雄たけびが聞こえた。でも、トコの声じゃない。

 じゃあ、いったい誰の声?

 サイドミラーを確認。

 何人もの兵士が、モンスターの腕めがけて二階の窓から飛び降りる。しっかりしがみついて、棒や槍で叩き始めた。

 飛びついた兵士たちは、モンスターの腕から振り落とされても、すぐに建物の中に隠れる。またモンスターが攻撃しようと腕を振り上げると、別の兵士が飛びついた。

おかげでボクとハジメは運転に集中できるようになった。これなら広場まで誘導できる。

 兵士たちの声が、次々と通信機に混じっていく。


『ハジメ隊長の言う通りです、総統』

『俺だって、隊長と同じ気持ちで入隊したんです。もちろん、死ぬつもりなんてありません!』

『俺も!』

『僕だって!』

『俺たちがいます!』

『やりましょう、みんなで!』


 総統を励ます声が通信機に満ちていく。

 そして最後に、ハジメが隊長らしく、頼もしい声で言った。


『総統、全員で街を守りましょう。我々に指示をお願いします』


 一度だけ、大きく息を吸う音が聞こえた。

 しばらくの沈黙の後、指示が出される。


『……第一、第二部隊は、ハジメ隊長を援護。第三部隊は、引き続き市民の避難誘導。第四部隊は、ケガ人の手当てを』


 それは、兵士たちの熱をひとまとめにする力強い声だった。


『これより、モンスター討伐作戦を開始する!』

『『『了解!』』』


 そこからはすごかった。総統は、ボクらやモンスターの動きに合わせて、兵士ひとりひとりに的確な指示を出し、兵士たちはそれに応えていく。


『さすがだな』


 アルが感心して言った。


『当たり前だ』


 そう言うハジメは、小さい頃と同じように誇らしげだった。

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