第45話 夢物語




 記憶の欠如。

 殺したい人間が居た。

 何故殺したいのか。

 胸糞悪い人間だったから。

 もしくは。

 殺してくれと頼まれたからか。

 依頼をされたからか。


 そもそもの生業が暗殺者や殺し屋など、殺人だったとしたら。

 兵器を身体に組み込んだのは、もう、病か事故か事件かは知らぬが、その身体では殺人を行う事が叶わなかったからではないか。

 ドクターは依頼人に改造する理由を問わない。

 依頼されれば、誰でも彼でも、改造する。

 残虐非道に殺害する為と高らかに言っていたとしても、警察などに通報せず、改造を行う。


 これは、推測だ。

 唯の推測。

 マスターに家族と言われてから、

 いや、言われる前から、考えていた。

 不要だと切り捨てようとした。

 考えても考えても答えなど導き出せないのだから考えないようにもした。


 けれど、一つの考えが、浮かんだ瞬間から、それが頭に棲みついて、離れない。


 これは、推測。

 唯の推測。

 当たっていたとして、それがどうしたと、笑い飛ばせるほどの推測。

 そうである、はずだ。




(私が、マスターの、殺害を、依頼されて。マスターの懐に入り込む為に、データがリセットされていたとしたら。書き換えられていたとしたら。マスターが気に入るような人格が組み込まれていたとしたら。飛翔したい。マスターのように。これが、本当は、私の心からの願いではないとしたら。殺害を遂行する為の、紛い物であったとしたら)


 考えても考えても考え尽くしても。

 答えが、出ない。

 坂を転がるように、自分を失っていく。


 マスターに家族だと言われて、歓喜した理由は何だ。

 殺害を確実に遂行できると、歓喜したのではないか。

 これで油断したマスターを、完全無敵の紅の竜の殺害に一歩近づけた。

 その、歓喜ではないのか。


(もしも、そうであったと、したら、)


 そうだとしても何の支障もない。

 マスターは何の力みもなく、平然とそう言うだろう。

 ああ、容易く想像できる。









「マスター」

「何だ、咲茉えま


 崖の頂にて。

 咲茉、ぜんうたすばる祇園ぎおんがレジャーシートの上で五線譜になって昼寝をする中、咲茉は隣で身体を横たえさせて眠る善を見ながら、ひそやかに話しかけた。


「マスターは私に殺されたりしない。そうだな?」

「ああ」

「マスターは、私を。殺す事ができる。そうだな?」

「ああ」

「………私は、不要な事を考える、考えてしまう、私が、とても、煩わしいが。マスターはこのような私も。切り捨てはしないのか?」

「ああ」

「マスター。私は。飛翔できても。飛翔して、何年もマスターの元に戻らなくても。私は。マスターの元へ下りる。私も、マスターを離しはしない」

「………クハッ。では一生、吾輩の胸は高鳴り続けるな」

「まだ、飛翔してもいない、夢物語だが。必ず。必ずや。成し遂げてみせる」

「ああ………ああ。楽しみにしている」

「「ふへへへへ。二人だけの世界だ。ふへへへへ」」

「こらこらこらら。二人きりの甘やかな世界に水を差すでない」










(2024.9.3)



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あられこぼし 藤泉都理 @fujitori

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