第44話 家族
岩の家の台所にて。
「今日から、
「そうか」
「ああ。今迄。一度も、広げた事がなかった。何を。していたのか。飛翔したいのに、翼を広げずして、どうするのか」
「翼を広げる気持ちではなかった。そして、今は翼を広げたい気持ちになった。気持ちが変わる事は多々ある。また、明日、翼を広げる気持ちでなくなったとしても、己を責めるではない。心のままに行動してほしい」
「ああ。了解した………マスター」
「何だ?」
「あ。あり得ない事。だとは、無論、わかっているのだが。その」
動悸がする。
唇が震える。
言葉の歯切れがどうしても悪くなる。
視線をすぐに逸らしたくなるが必死に留める。
(わざわざ言う必要はない。マスターが手ずから創ってくれた日緋色金の翼だ。傷がつく事など、あまつさえ、粉々に砕ける事などあり得ない。私が。私自身が未熟ので、こんな妄想を思い浮かべてしまうだけだ。現実ではありえない。ゆえに、マスターにわざわざ謝罪する必要は)
謝罪をするという事は、即ち、その可能性がある事を認めるという事だ。
日緋色金の翼に傷を付けると、粉々に破壊すると宣言するも同義語である。
言う必要などない。
そんな可能性は皆無なのだから。
(だが、マスターが創ってくれた翼だ。マスターが創ってくれた翼だからこそ。誠意を以てきちんと不安と懸念を伝えなければいけない。よし)
「マスター。すまない。私が未熟ゆえに、マスターが手ずから創ってくれた日緋色金の翼に傷を付ける可能性があるかもしれないが、マスターには何の非もない。私が未熟ゆえ。いや。違う。言いたい事は、傷を付けたら。本当に、どう、詫びたらいいのかわからない」
伝えたい事がまったく伝えられていないような気がしてならない咲茉は、けれどこれ以上言葉を尽くしても伝えられる気がせず、口を噤んでしまった。
「咲茉」
「はい」
「日緋色金の翼を消滅させても構わん。いくらでも創る。また、日緋色金を使うかどうかは、咲茉が判断するがよい。日緋色金との相性が悪ければ、また異なる材質を使うだけの話。吾輩はそなたを空に導くマスターぞ。事細かに飛翔の術を伝えるつもりはないが、翼はその限りではない。翼なんぞ、どんどん破壊するがよい。吾輩とて、一体どれだけ翼を破壊し続けた事か」
「………マスター。それは、嘘だ」
「クハッ。翼を酷使し続けたのは事実。咲茉よ。再び言おう。いくらでも、破壊なり消滅なりさせるがよい。吾輩がそれしきの事で、そなたを見限ると思ったのか?」
咲茉は力なく頭を振った。
何故か今この瞬間だけは、喉が使い物にならず、言葉が出せなかった。
「そうだ。それしきの事で。いや。どのような事が起ころうとも。吾輩はそなたを見限りはせぬ。言ったであろう。吾輩はそなたを離さぬ」
「………すまない」
ようよう言葉を出した咲茉はすまないともう一度ゆっくりと言った。
「いや。謝罪は不要だ。伝えてくれて感謝する。これからも、言ってほしい。吾輩が気に病むやもしれぬと口を噤みそうな事も。難儀な事を要求するが、ゆるしてほしい」
「いや。ああ。すぐには、言えないかも、しれないが。必ず。マスターに言う。だから。聞いてほしい」
「ああ」
「行ってくる」
「昼食は崖の頂で食そう」
「ああ」
咲茉は深く善に頭を下げると、勢いよく飛び出した。
今ならば、と、気持ちが逸る。
今ならば、飛翔できそうな気がしたのだ。
日緋色金の翼を出しても大丈夫だ。
「クハッ。初めて見た。か。胸が高鳴る顔は。あのような顔をされては」
昼食を張り切らざるを得ないではないか。
三時間後。
「「咲茉!初めて日緋色金の翼を広げて崖から落ちた!でも飛翔できなかった!今迄と一緒で地面に大きな穴を作った!」
「………すぐに飛翔できるとは思ってはいなかった。食べたらすぐに訓練を再開する」
「クハッ。よいよい。だが。訓練の再会は昼寝もしてからだ。咲茉。
「「わあい!ひ・る・ね!ひ・る・ね!」
「………わか「では俺様も一緒に昼寝をしよう。はははははは。五線譜だ!」
「「五線譜!五線譜!っていうか、おまえ誰だ?」」
「はははははは。俺様の名前は祇園だ!貴様たちは誰だ?」
「私は詩だ!」
「俺は昴だ!」
「ははははは。貴様たちが咲茉の新しい家族か。俺様も咲茉の家族だ」
「「家族が増えた!」
「いや、ドクターは家族では。そもそも。私たちは家族ではない」
「いやいや。吾輩たちは家族だ。共に暮らしているのだ。家族と形容しても差し支えなかろう」
「………そう。なのか?」
「ああ」
「家族。か」
「ああ」
「マスター」
「ああ」
「私は絶対に飛翔してみせる」
「ああ。楽しみにしている」
(2024.9.2)
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