最強の魔女様、拾った仔犬が思ったよりいい男に育ちすぎて手を噛まれかける

奈良乃鹿子

第一話 犬かと思ったら狼だったのかも

 まあまずはあの日のことでも思い返してみよう。草木も眠る丑三つ時。すぐそばで魔獣の遠吠えが響き、上空を巨大な鴉の羽ばたきが通りすぎるような森の奥深く。


 そんな人間には到底足を踏み入れられないような地で、私は鼻歌まじりに散歩をしていた。


 人気のない澄んだ空気を思い切り肺に吸い込んで、森の中で少しだけ開けた広場のほうへと何となく足を向けてみた。理由を聞かれるならば、ただの気分としか言いようがない。


 そして私はその日、決して人が足を踏み入れるはずもない場所で、その少年と出会ったのだ。


 彼は裸足だった。小さな身体で鬱蒼とした森を抜けてきた代償として、少年の身体は見るも絶えない泥まみれといった有様。だから、私が彼を見た第一印象は「うわ、汚いズタ袋でも転がってる?」ぐらいがいいところ。


 鳥の巣みたいにぐちゃぐちゃになった金髪で覆われて、少年の表情はよく見えなかった。


 彼は巨木に身体を預けるように寄り掛かって、死体みたいに蹲っていた。ぎゅわあ、とまた遠くで魔獣の雄たけびが聞こえる。


 一番近くの村からこの森の広場までは、成人の足でも3時間はかかるのだ。よく彼は子供の身体で、たった一人で魔獣に喰われることなくここまでたどり着いたものだ、と感服の念が漏れる。


 そう、それは恋でも愛でも執着でもなく、単なる好奇心だったのだ。


 私は放っておけばこのまま勝手に一人で死んでいくだろう泥まみれの少年に一歩歩み寄った。


 蹲った彼の目線に合わせるようにしゃがみこむ。冷え切った頬に何となく手を当ててみた。酷く冷たいけど、まだ生きてはいるらしい。ふうん、幸運な子。


 この森に充満した魔力の濃度は人間の身体には到底耐えられないものだと思うのだけど、案外魔術の才でもあるのかもしれない。


 まあそんなもの、今からここで死を待つだけの子供にあったところでどうしようもないけど。


「ねえ、少年」


 なんとなく声をかけてみた。それはまさに魔女の気まぐれ。何の返答もないならばここで苦しまぬよう息の根を止めてやろうと思っていた。


 首筋に指先をあてがって、とくとくと流れる少年の頸動脈にゆるく爪を立てれば、ふ、と彼は薄く目を開いたのだ。


 「誰?」


 かすれ切った喉から出されたその声は、もはや声とは呼べないほどにか弱かった。ぐしゃぐしゃの髪の隙間から見えるアメジストの瞳に私は息を呑んだ。


 どうせあと一時間もしないうちに死ぬ命であるくせに、その目は奇妙なほどに生きる意志に溢れている。

 

 私は彼の首筋から指を離して、その冷え切った身体を温めるように抱きしめた。心臓の動く音が耳元で響く。

 

「……君、なんでこんなところにいるの? 夜闇の森には足を踏み入れてはならないってパパとママに教わらなかったわけ? 森にはこわーい魔女が棲んでいて、入ってきた子供を食べちゃうんだよって」

「知ってるよ」

「じゃあなんでこんなところに来ちゃったかな。大人の言うことは素直に聞いといた方が身のためだと思うけど」

「母さんが、行けって言った」


 不思議なほどに色のない声だった。少年は私の腕の中でゆるく身を捩ると、今にも吐息に変わってしまいそうなほど小さく囁いた。


「もうぼくの顔なんて見たくないんだって。お前なんて森の魔女に喰われて死んでしまえばいいって、言われた。だからここに来た」

「……へえ」

「ねえ、あなたが魔女様?」

「そうだよ」

「じゃあ、ぼくを食べるの?」

「どうかな。わたしは骨ばったやせっぽちの子供はあんまり好きじゃないんだよね。もっと大きく育った食べ応えのありそうな男が好みなんだけどなあ」


 どうしようか、と冗談めかして言いながら少年の身体に指を這わせてみた。泥やかすり傷のせいで分かりにくいけど、少年の白い肌にはよく見ると無数の火傷の跡がある。まるで煙草の火を押し付けたみたいな。


 身長に見合わないほどの痩せた身体から判断するならば、きっとまともな食事も与えられていなかったに違いない。まあ人間とはそういう生き物だ。彼みたいな不幸に見舞われる子供はそう少なくない。

 

 故に、私がその瞬間彼に対して抱いていたのは憐憫ではなかった。


 可哀そうだとは思っていなかったけど、そう、その綺麗な瞳がこの世界から失われるのはもったいないとふと思ったのだ。


 その日、私はひとりの少年を森の奥で拾った。単なる気まぐれで。


 ♢


「起きてください、朝ですよ」

「……あと2時間」

「ライラ、起きて。いい加減にしないとベッドから落としますよ」


 そんな言葉が耳に入ると同時に、布団の中でまだ微睡んでいた私の身体が勢い良く吹っ飛ぶ。ベッドから落としますよ、なんて言葉は警告ではなく予告であったらしい。


 うう、と呻き声を上げながら硬いフローリングを転がれば、とどめとばかりに真上から男の顔が私を見下ろす。床に仰向けに転がった私に覆いかぶさるように、彼は私の顔を覗き込んだ。

 

 早朝からよく整えられた流れの良い金髪がカーテンのように真横に垂れ下がって、彼の指がぎゅう、と私の鼻を摘まみ上げる。


「ライラ、朝です」

「わ、わひゃったってば! 起きればいいんでしょ!?」

「いいから早くしてください。今日は行商の日でしょう。遅刻したら三日はおやつ抜きですからね」

「……最近のレイは全然優しくないよね。10年前は私が何言っても素直に信じ込むかわいい子だったのにさ」

「戯言を言う暇があるなら早く着替えてきてください」


 そう頭の上にばさりと布が投げられる。いつも通りの黒のローブだ。魔女のトレードマーク。麓の村に降りるときは毎月この服を纏っていくのが半ばルールとして定着している。ああ、めんどくさい。


 私はまだ半開きの目のまま、部屋を退室しようとするレイの手を引き留めるように引いた。


「ねえレイ、めんどくさい」

「知りません。早くしてくださいってば。朝食の準備はできてるんですから……」

「レイが着替えさせてよ」


 そういつも通りの駄々のように言ってみれば、ぱきん、とレイの顔が凍り付いた。これは珍しいものが朝から見れた、と他人行儀に考えてみる。


 10年前のかわいらしい少年の面影をほんの少しだけ残した精悍な青年は、ぱちり、と無駄に長い睫毛を瞬いた。これは彼が動揺しているときの癖だ。


「……ライラ、今自分が何言ってるかわかってます?」

「え、あ、うん? だから動くの面倒だからレイが着替えさせてよって、言った、だけじゃん」


 ちょっとずつ言葉が尻すぼみになっていく。何故ならば目の前のレイの綺麗な紫色の瞳がどんどんと尖っていくから。私が引き留めるために掴んだ右手首をまじまじと見つめながら、彼は深い溜息を吐いた。


 ちょっとだけ気まずくなって目を逸らす。いつも通りのわがままの延長線上だと思ったのだけど、どうやらレイは割と本気で怒ってるみたいだ。


「あー、わかったよ! 自分で着替えます! だからそんなに怒んないでよ」

「怒ってません、呆れてるだけです」

「そんなの同じだろ。……もう、そんなにわたしの世話焼くの嫌になっちゃったの?」

「そんなこと僕は一言も言ってませんけど」


 もう一段階レイの怒りの色が濃くなる。どうやらまた地雷を踏んでしまったらしい。もう、本当にここ最近は彼の感情の機敏がちっともわからないのだ。やっぱり人間って難しい。

 

 そんなことを考えながらもレイの美しいアメジストの瞳を見つめていれば、ふと彼の側から目を逸らされた。


 依然床に座り込んだままの私の目線に合わせるように彼は跪くと、まだ整えられていない髪をそっと撫でられる。


「ライラには一体僕が何に見えてるんですかね」

「何って、レイはレイだろ。わたしのお世話係で、優秀な弟子で、可愛い子。他に何か必要?」

「……可愛い、ですか」

「そう。不満?」

「まあ、不満と言えば不満ですね」


 ああそう、と口をアヒルのように尖らせてみる。まあ確かに彼ももう18なわけだし、親代わりの女から可愛い可愛いと愛でられてもうざったいだけなのかもしれない。人間の成長という意味では健全な反応だが、それでも少し寂しいのは事実。


 けれどもまあ、彼と過ごした年月もこれで10年近くになる。そろそろ子離れの時か、と目を伏せれば、ぐいとレイの両腕が私の後頭部に回されて引き寄せられた。


 半強制的に私の顔は彼の胸に埋められて、彼の表情を見ることもできない。もごもごとレイの腕から抜け出そうと暴れる私をそのままに、レイはその無駄にいい声で耳元で囁いた。


「あなた好みの食べ応えのあるいい男に育ったと思うんですけどね、僕」

「……うーん、まあ、そもそもわたし人食べないしなあ。あんなの村の人間が適当に振りまいてる噂でしょ?」

「そういう話をしてるんじゃないんですが」


 まあいいです、とやっとレイの腕の中から解放された。ついでに八つ当たりとばかりにレイの手は私の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、くるりと背を向ける。


「1時間後には村に出発しますからね。早く支度してくださいよ」

「はあい」


 ばたん、と扉の閉まる音。床に放られた着替えのローブをのんびり引き寄せながら私はうっそり息を吐いた。ああ、めんどくさい。



 私とレイの住むこの小さな森の中の小屋は、夜闇の森の丁度中央に位置している。一応小屋のすぐそばには申し訳程度の家庭菜園があるが、ほとんどは魔法薬作りのための薬草だから、時折は村へと降りて食料を調達する必要があった。


 私とレイは大体月に一度くらいの頻度で森から村へと向かって、一か月分の食料と魔法薬を交換する。


 私たちにとってみれば大した効果のない薬であろうと、人間たちにとってみれば戦況を丸ごと変えることのできる秘薬だ。失った腕を生やす治療薬や、消えない炎を齎す火薬。最近の売れ行きはその辺りが大人気。


 なんてったって、森の外の人間は今は隣国との戦争に掛かりきりなので。


 どうにか床を這いずるミノムシ状態からなんとかローブを身にまとった神秘的な魔女様へと身だしなみを整えた私は、レイと一緒に麓の村の大通りを歩いていた。


 売る予定の魔法薬の瓶を入れたバスケットを振りながら、一か月ぶりの人の群れを観測する。


 どうやらあと数日で開戦となるらしい噂は正しかったようで、どことなく人々は落ち着きなく騒めいていた。


「まーったく、戦争戦争って飽きないものなのかね」

「さあ。飽きない程度には楽しい遊びなのかもしれませんね。まあ僕たちには関係ないことですけど」

「そう? わたしはともかくレイにはそれなりに関係あるんじゃない?」

「……何故?」

「だってほら、もし君がわたしのところを出てこの村で暮らすとなったら徴兵の対象にもなるだろうしさ」

「はあ?」


 バスケットを持っていたのと逆の手が強く引かれる。急ブレーキ。大通りの真っただ中で強制的に足止めを食らった私は、その原因となったレイの方をくるりと振り返った。


「ちょっと、何? 道の途中で急に立ち止まったら危ないでしょ?」

「なんで僕があなたの元を離れなきゃいけないんです」

「え?」


 こてり、と首を傾げる。お互いにお互いの言っている意味が分からず、疑問符が三往復する。え? 何? どういうことですか? 


 埒の開かない堂々巡りが数十秒続いたところで、またレイが今日何度目かになるかもわからない溜息を吐いた。


「ライラ、僕はあなたに叩き出されでもしない限りあなたのお世話係を辞める気はありませんよ」

「そ、れはわたしとしてはありがたいんだけどさ。ほら、でも君もいつの間にかもう18になったわけだし、そろそろ身の振り方を考えた方がいいだろ?」


 そう物わかりの悪い子に教え込むように言えば、レイの眉間に深い皺が刻まれる。ふむ、どうやら親離れが必要なのはレイの方だったらしい。


 私は何となく道の脇でやりとりをしている人間たちの方へと目を向けた。レイより少しばかり年を取った青年と、おそらくその妻であろう女が商店で買い物をしている。まさしく人間の営み。

 

 この国では18という年齢を一つの区切りとして、人々は見習い奉公からまともな職に就き、家庭を持つようになる。


 逆に言えばこのタイミングを逃してしまえば、レイが人間の世界に戻るチャンスはない。


 いくら親のいない孤児であるとしても、レイにはこの10年間私が手ずから魔術も錬金術も叩き込んできたから、十分この村で居場所を形成することはできるだろう。


 つまりは、ここらが潮時だった。いくら名残惜しいとはいえ、いつまでもレイを私の元につなぎ留めておくこともできない。


 「レイ、君が望むならいつだって好きな時にわたしの元を出ていくといいよ。今の君は昔と比べて大きくなったし強くなったから、十分生きていけるはずさ。いい仕事だって見つかるだろうし、いずれは綺麗な娘と家庭でも築いて……」

「ライラ、ちょっと黙ってください」

「はあ?」


 何、わたしがちょっといいこと言ってたのに。と、そんな反論は唇にあてられたレイの指先のせいでキャンセルさせられる。意味は単純、口を閉じろ、だ。


 そのままレイは朝の一幕と同じように私をその長い腕の内側に閉じ込めると、背中側から抱きしめた。


 何故急に彼がそんなことをしたのか、という問いの回答はすぐさまに返される。


 目の前から、タチの悪そうなごろつきどもが三人でのしのしとこちらへ歩を進めてきていた。どうやらレイは私より数段早く彼らの存在に気づいていたらしい。探知魔法の腕だけで言えば弟子に追い越されたかも。そんな場違いなことを考えている間にも、男たちは私とレイのすぐそばに、囲むように立ち並んだ。


「おいそこの兄貴、痛い目見たくねえならそのガキここに置いて逃げな。オレらは女のガキ以外は扱ってねえからな。今のうちならお前ひとりは見逃してやるよ」

「……人売りか。随分この村も治安が悪くなったらしいな。戦争のせいか?」


 そう静やかに呟いたレイは、私を抱きしめている腕とは逆の手で面倒そうに髪を掻き上げた。どうやら今の男の言葉からして、彼らの狙いはレイではなく私の方であるらしい。


 この黒のローブを着ている限り私が森の魔女であることは村の誰もが理解していると思っていたのだけど、この男は例外だったみたいだ。戦争のために村を訪れた流れ者なのだろう。レイの腕の中でこっそり息を吐いた。


 何がガキだ。私の見た目の容姿は確かに10代前半の小娘くらいに見えるかもしれないが、こちとらこの男の祖父母の代くらいから生き続けている魔女だ。この程度の男が三人くらい、指先一つで消し飛ばせる。


 の、だけれども。


「全く。見る目がないな。……おい、お前ら全員今すぐ目閉じろ。その汚らしい視界にライラを映すな」

「はあ? 何言ってんだテメエ。聞こえてねえのかよ。いいから早くその女置いて逃げろっつってんだ」


 それともお前も殺されてえのか、なんてテンプレートな脅し文句に、レイは目を細める。ああ、どうしようか。と内心まだ混乱しているなか、私はそっとレイの耳元に囁いた。


「ねえレイ、わたしを置いて一旦逃げていいよ。こいつらは適当にわたしが吹き飛ばしておくからさ」

「嫌です」

「嫌って、君……」

「なんであんな盗賊崩れの野蛮な男たちにライラをこれ以上晒さなければいけないんですか。いいからあなたは大人しく、僕の腕の中で雲の数でも数えていてください」

「えっと、」


 きっぱりとそう断言されてしまえば、言い返す言葉は何一つ思いつかない。私が今レイに言われた言葉の意味を考えつつわたわたとしている間にも、レイの細く長い指先が一つ中央の男へと向けられた。

 

 10年間、私という優秀な魔女にきっちりと基礎から応用まで叩き込まれた彼の魔術の腕は、その辺のごろつきがどうにかできるようなレベルじゃない。


 私に教えられた通りに彼の体内の魔術回路にたっぷりの魔力が満たされて、アメジストの美しい瞳が深く輝く。


 レイの身体に行き渡った魔力は土煙を撒きあげて男たちを威圧していた。完全に凍り付いたようにその場に釘付けにされた男たちは、回避することも許されずにレイの指先をじっと見つめている。さながら死刑執行を待つ囚人。


 ああ、かわいそうにね、なんて他人事のように思う。


「――風の聖霊よ、我が命を聞き届け給え。その轟音を鳴り響かせよ!」


 レイの唇から発せられたその音は魔力を介して世界へと干渉し、結論を変質させる。

 

 耳元でまずは風切り音が鳴った。次いで竜巻にも似た激しい風の渦が巻き起こる。レイの指先を起点に現れたその凄まじい風は瞬く間に目の前の男たちを絡めとって、そのまま上空へと吹き飛ばしてしまう。


 その行く先を見届ければ、男たちは数十メートル離れた商店の布張りの天井へと落下した。うん、まああそこに落ちたなら一命はとりとめただろう。全身を強く打っただろうが、少なくとも死んではいない。


 少しばかり苛烈すぎる反撃だと思わなくもないが、レイのその冷たい表情からしてこれでも手加減した方なのだろう。私はまだ解放してくれないレイの腕をぺしりと叩いて、その顔を見上げて。


 「あ、れ?」


 アメジストの瞳、整った顔立ちに白い肌。いつも見ているはずのレイの表情に、なぜかばくりと心臓が妙な音を立てた。魔力の余波の残るうつくしい瞳に吸いつけられている。


 目が逸らせない。突然声を失って呆然とレイの顔を見上げたままフリーズした私に、レイは不思議そうに首を傾げた。


「どうしました、ライラ? 疲れたなら少し先の茶屋で休憩してもいいですけど」

「君、そんな顔だったっけ」

「はあ?」

「……あ、えっとさ、とりあえず手、離してもらってもいい?」


 その控えめな申し出の意図は二つ。これ以上人通りの多い往来で子供のように腕の中に閉じ込められている姿を見られるのはごめんだったし。それに。

 

 このままでは、馬鹿みたいに鳴り響いている早い鼓動の音をレイに聞かれてしまうかもしれないから。


「ライラ?」

「だ、からいったん離して……」

「大丈夫ですか? もしかして本当に体調が悪いんですかね。顔も赤くなってますし」


 冷たい指先が困ったように私の頬を撫でる。思わず反射的に顔を背けた。いや、あり得ない。こんなのおかしい。


 だって彼はついこの間まで私よりずっと小さな仔犬のようなこどもだったわけで、私は彼の親代わりの存在なわけで。だから、こんな感情はあり得ないはず、なんだけど。


 138年間生きてきて初めての、胸が痛いほどの心臓の脈動は私にそんな誤魔化しをさせることを許さない。


 私は真っ赤に染まった頬を隠すように俯くと、必死に自分に言い聞かせた。まさかまさか、そんなはずがない。たった10年の間に拾ってきた可愛い仔犬が立派なオオカミに化けたなんて、悪い冗談にも程がある。


 だから、私がレイに恋に落ちたなんて、そんなわけないんだから!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の魔女様、拾った仔犬が思ったよりいい男に育ちすぎて手を噛まれかける 奈良乃鹿子 @shikakochan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ