第6話 暴れる何か

「ちょ、おま―――っ!」

「後ろ見てみなよシン君!」

「えっ?―――――――――――――ああ、助かったわ」

後ろには鬼の形相で走るクラスメイト達の姿が。

「でしょ?…………というかさ、あの女の子とどういう関係なわけ?」

「なっ―――」


「廊下まで聞こえてたよ?特別ってどういうことよ、特別って」

「そ、それは―――――――――」正直言いにくい。こいつ、俺に女がつきそうになると結構めんどくさくなる。

優花が止まったのは、校舎裏の日陰。

「はあ、はあ…………」

「さ、言ってみてよ。あの子とどういう関係なの?」

言うのは恥ずかしいが、こうなったら言うしかない。

「……………あいつは、俺の、新しいか――――」

「私たちの友人よ」その声は、二日前、自分を殺すと言った、その、冷たく、妖艶な声。

「テメェ…………!」

リーナと名乗ったあの女騎士と、もう一人。紫色の髪をもった、もう一人の女騎士。

「シン君、あの人達、いったい誰…………?」

その疑問は当然だ。こいつらは『不審者』なのだから。教師たちを呼ぼうと信条が走り出そうとしたその時、新条は違和感に気が付く。

「―――――――――――――なんで、こんなに静かなんだ…………?」

そう、みんなの、生徒たちの声が聞こえない。チャイムは鳴っていない。授業も始まっていないはずなのに――――――――。

「ああ、念の為、この校舎裏を世界と切り離しておいたわ。邪魔が入らないようにね」

そう言って騎士たちは、腰に携える剣、細剣を引き抜く。

「――――――――――死んでくれる?」

「―――――――――――――加速!」

その瞬間、優花が加速しながら走り出し、リーナに殴りかかる。

「シン君は――――――――――――私が守る!」

その拳をリーナは片手剣で受け止める。

「貴方、能力者なのね。…………アリア、この子は私が抑えておくから、早くその子を殺しておいて」

「…………………解りました」

アリアと呼ばれたもう一人の女騎士は、細剣を新条に向ける。

「こんの…………っ!」

右手で受け止める。間に合ったのが奇跡だと思えるほど、その剣は速かった。

(ヤバい…………次、受け止められるか…………⁉)

「うーん、剣を受け止めるのねー。殺意殺しは異能を殺すだけの力だったはずだけど…………」

踊るように剣で優花の拳を捌き切るそいつの声は、遊んでいるようだった。

―――――――――――シュオン!

頭を狙う細剣を咄嗟に躱す。…………優花を気にしながら戦える状況じゃねえ――。

「死んでください」それが、アリアから言われた最初の言葉だった。

「それは、無理な、相談だ……!」

言いながら放った拳は、細剣に止められる。あの細さで受け止めるなんて、本当の騎士だな。

「あの子を我々に渡していただければ、世界は救われます」

その言葉を聞いた時、確かに心から感情が溢れるのを感じた。

「救われる……?……なんなんだよ、なんでアリスがいたら世界が滅びるんだよ!」

すると、リーナが言う。

「アリア、説明してあげて」

「解りました。―――――――彼女は、この世界の人間ではないのです」

「……………………は?」意味が解らなかった。奴は、アリスが異世界の人間だと、そう、言ったのだ。

「……………正確には、平行世界の人間です。この世界と鏡写しの世界、そこで生まれた彼女は、生まれた時から呪いを背負っているのです」

「呪い、だと……」

「彼女の中には、『術式の夢』が入っているのです。それは、術式を生み出した『術者』の思い、願い、悪意、善意、そのようなものが集まり、形を成したもの。彼女が封印手術を受けなければ、全術式が同時に暴走してしまいます」

暴走。それは世界の終わり。それを理解するのに、数秒かかった。

「…………………その封印ってのは、いつまでにやらなきゃいけないんだ……また、アリスと会えるのか―――?」

もしかしたら―――そんな希望を持って、問いかける。しかし、現実はそんなに甘くなかった。

「期限が一週間後、そして残念ですが、もう二度とアリスがこの世界に来ることはないでしょう。術式は、こちらの世界では徐々に効果を失ってしまいますので」

もう会えない。そう、告げられた。

その時、更なる感情の昂ぶりを感じた。自分でも一瞬、何の感情なのか分からなかった。

―――二日前、リーナとかいう女に襲われた時、恐怖は感じていなかった。

ただ、別の感情を―――。あの時は分からなかったが、今、ようやく分かった。

――――俺は、怒っているんだ。

……アリスが、何故逃げていたのか。そう、考えてしまう。

それは、アリスの心に反する何かがあったということじゃないのか。記憶が無くなるほどのショックがあったのではないか。

俺は、一つ問う。

「その封印の方法は、何なんだ」

心の底から溢れるその疑問は、悪い方向に進んだ。

「彼女と最も強い繋がりをもった一人の男性の心臓を天に捧げ、七日七晩、『封印球』の苦しみに耐えることで、封印は完了します」

「―――――――――――――っ」

―――――――――――確信した。俺はこいつらに〝殺意〟を抱いている。

そして、アリスの記憶が無くなっている今、生贄となるのは、この俺だ。

しかしそれは心底どうでもいい。アリスが逃げるわけだ。いや、人が耐えられるようなものじゃない。心を持つ者なら、死にたくなる。

―――――――――――――――この〝怒り〟は、間違っているだろうか。

―――――――――――――――この〝殺意〟は、狂っているだろうか。

―――――――――――いや、この感情は、決して……決して―――間違ってなんかない‼

「ふざけんな……ふざけるんじゃ、ねえええええええええ‼」

両手を握り締め怒りのままに振るう。細剣に受け止められながらも、何度も、何度も、拳を叩き込む。

「――――――ッッッ!」

左手から血が垂れてきた。けれど、拳を止めない。……らしくない。新条新はただの一般人。普通の高校生。……ただの高校生が、出会ったばかりの女の子のために、命を懸けられるだろうか。―――――――――――この男は、最初から狂っていたのかもしれない。

今まで普通に過ごしていたから分からなかっただけで―――――――この男は、自分の命を軽く見ている。だから、この男は進む。涼しい顔で受け止められる拳、鮮血が吹き出す左手。

―――――――――痛みを感じない、傷つかない右手があるだろ。

もっと。もっと速く。左足を全力で踏み込み、全体重を右拳に込める。

「テメェの、テメェ等の世界が、なんでそんなものを生み出したのか、俺には解らない――」

――――――いや、解っている。それは、人間の正義、欲望、悪が創り出した、醜い塊。

「だけど!それを背負うのがただの女の子で、それを受け入れ、可能性を探さず、あいつに押しつける世界なら、滅んじまえばいい―――――――――――!」

右拳は、細剣を砕き、女の顔面に叩き込まれる。

「俺の右手が、テメェの正義を打ち砕く!」

ただの右ストレート。しかし、能力的な話をすれば、少し違う。

殺意殺しの能力で痛覚無効、衝撃無効となった拳は、新条新という人間が本来出せる限界の威力となった。

アリアが後ろに吹き飛ぶ。しかし、倒れなかった。しかもその顔は、怒っていた。

「可能性を探さず、ですって……?……探しましたよ!世界の端から端まで探し尽くして、何もなかった……貴方に、私達の苦しみが分かりますか!」

それは、心からの叫びだった。自分の無力さに打ちひしがれて、自分が死にたいと思っている表情。―――――――――――けれど、

「……分らねェよ、分かりたくもねェ……。ただ、テメェ等の限界をあいつに押し付けるな」

「―――――――――――――よく言った」その声は、俺が知っている中で最強の友人。

「俺の妹と友人に手を出したんだ、償ってもらうぞ」篠原優花の兄、篠原悠真。

「どうして、ここに、いるの……?ここはほかの場所と切り離されているはず……」

リーナの疑問に、悠真は笑う。

「繋いだんだよ。俺の能力で」

「〝権限解放〟」

それは、能力の一部を完全解放するという宣言。脊髄に埋め込まれている『能力を増幅するチップ』と『能力を抑制するチップ』の、増幅チップの出力を上げ、抑制の効果を下げる。A判定の解放は、解放前のS判定能力者にも匹敵する。

『乖離・封間境界』

物体と物体の間、『境界』をつくったり、それを無くしたり出来る能力。

「封間」

瞬間、悠真がアリア、リーナの胴をほぼ同時に殴る。瞬間移動。それを実現できる力。

「封間転送」

この高校にある全ての刃物を騎士に向かって転送する。しかし―――――。防がれた。

「真相解放」

アリアの手には、刀が握られていた。それは四Mを超えるであろう大太刀。

「固定(ロック)」

―――おかしい。持ち手しか握っていないはずなのに、太刀が地面につかない。あの大きさ、どれだけの重さになるのか……あいつの腕力はそれ程強くないはず―――。

「……………………そうか……固定する力か、お前」

悠真が導き出した答え。それなら説明がつく―――と思う。

「聖域剣界」

空間に刀を固定し、両手でその持ち手を握っている。

抜刀術―――。鞘の中で刃を走らせ、加速する刃。

「……………………こいつは、俺がやる。――悠真は優花の方に」

「…………分かった」

「テメェの運命は、俺が変えてやる」

アリスの顔を思い浮かべながら、そう宣言した。もう、引き下がれない。殺されるなら、アリスが苦しむなら、こいつらを叩き潰す。

「………………馬鹿な男」アリアは固定した大太刀の持ち手(一M近くはあるであろう)を握り締め、新の攻撃を待つ。間違いなく、カウンター狙い。だけど、新条は進む。

「―――――――――――――神閃」

それは音速以上の剣。抜刀術の概念に収まる―――――いや、剣術に収まる速度ではない。

それに突進する信条を見て、アリアはまるで怪我した子供を見るような慈悲の眼を見せる。

しかしそれは、新条の心を加速させるだけだった。

―――――――――――――強者の表情だな……。いや、本当に強者なんだろう。だけど、もう少し、もう少しだけ、お前が強かったら、世界のすべてを変えるほどの力を持った、それこそ神だったなら―――――――――――――、テメェのその先へ―――――――。

絶対に間に合わない。人間の反応速度を超えているその一太刀。絶対に、防御も回避も間に合うはずがない。なのに。

 その大太刀は、止まった。信条の右手に触れる前に。何かの《力》が刀身を止めている。

「―――――――――――――!……どうして……!」

その時、アリアは新条の右手に《気配》を感じた。―――術式、つまりこちらの世界で言う魔術。それを扱う魔術師が必ず持っている魔力を《見る》力。その透明な力は、魔力だけではなかった。それは、力が幾重にも重なった、透明な《ドラゴン》だった。

(『―――』……⁉……どうしてこの子に、《我々の世界の生物》が宿っているのですか…⁉)

正体を理解したアリアは、更なる謎に叩き落された。

「うおおおおおっ!」

新条は理解していない。そもそも刀身なんて全然見ていなかった。何故だか分からないが、刀身が届かないということを知っていたかのような。ドラゴンが刀身を噛み砕き、消えた瞬間、新条は拳を握る。

―――――シュン!

その音がなった時、アリアと、リーナが、《消えていた》。

振りかぶった拳は空気を裂く。しかしそれが当たることはなかった。




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明日を紡ぐ殺意殺し ronboruto @ronboruto

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