第5話 平穏崩壊

あっという間に一日が終わった。何事もなく終わった入学式。そして次の日。


夏休みが終わり、不思議な学校生活が始まる。

「フーッ…!」新条は肺に目一杯酸素を取り込む。何故かって?

「覚悟はいいか?」

担任女教師の鉄拳が飛んできそうだからだよチクショウ!トラックに轢かれそうな猫を助けたらこれかよ!……不幸……っていうか理不尽だ。――遅刻はそんなに重い罪ですか?

「……ディリカルトスマッシュ!」

新条の腹に一つ、重い衝撃。――臓器が出るかと思った。

この暴力女教師……長い黒い髪に黒いスーツの先生は、新条の担任。もちろんこの人も能力者――というかこの高校の八割が能力者だ。二日前の二人だって魔法術式を持ってるぞ。

そしてこの教師の能力は『制御』(コントロール)。自身の身体能力を調整できる力。そしてこの能力の凄いところは、普段の最大値までではなく、肉体の限界(痛覚無視)まで制御できるところ。

だからこの先生の10%は常人の100%と考えていい。

要するに新条は腹にボクサーパンチを受けたようなもの、我ながら頑丈だと褒めてやりたい。

――俺が吐かなかったのには理由がある。それは……《安定呼吸法》。この異能区関係の学校で必修となっている技術。能力そのものを活性化するらしい。

肺に酸素を目一杯取り込んで、《安定》させる呼吸法。身体が最も安定する状態を作り出す。

まあ、能力がなかったら、ただ頑丈になるだけなんだよなあ。

しかも肺と心臓に負担がかかるし、集中力使うし。

「お前らー、席につけー」

     

つい二日前、とある女騎士に教えられた真実『異能の力を殺す力』。そんなことを知ってしまったので、自分のアイデンティティが揺らぎかけている今日この頃。

―――――――――だけど…………。

現実は、簡単には曲がらない。

「紹介しよう。今日からこの学校に在籍することになった、新条アリスだ。仲良くしてやれ」

担任――黒崎灯火が紹介したのは、三日前から俺の家に居候している記憶喪失の少女、アリスだ。両親の考えでこの学校にきた。

「おーっ、可愛い子やん!やった、うちのクラスにも花が来た!」

「そやな!」

男子二人―――陣之内と松平の無神経な言葉を聞いた女子たちの視線は、怖かった。

「「……………………すんません」」

二人の委縮した顔は面白かったけど。

「けどシンちゃん、珍しいモンやな。新条なんてそんな多い名前じゃないのに――」

「というか新条君以外に見たことないわね」そう言うのは学級委員長の小之原恵。

「そ、そうか?そんな珍しい名前じゃ――――」

「あっ、もしかして新しい同居人ってあの人⁉」松平はなり鋭い。信条は焦りながらも

「違う違う!だいたい、俺が女の子とひとつ屋根の下に入れると思うか⁉」

「あっ、無理やな」悔しいが事実。しかし同居は正解。だから寝る時、ドキドキしてんだぞ、こっちは。

「皆さん、よろしくお願いします」

アリスの挨拶にみんなの歓声、もしくは拍手が起こる。

「海外系もいいもんだねぇ…………」鼻を伸ばす男二人の頭に、委員長の鉄拳が炸裂する。

「いい加減にしなさい!」委員長のゲンコツは正直涙が出そうなぐらい痛い。

それで無能力者と言うのだから、驚きと恐怖を同時に抱いてしまう。

「あでっ!」信条のデコにもデコピンが。

「何すんだよ委員長!」腫れた額を抑えながら目を見開くと。

「別に。なんか失礼なこと思ってそうな顔だったから」

(バレた…………心でも読めてんのか、このゲンコツ女)

「これでホームルームは終わりだ。一時間目は国語だから、準備しておくように」

「起立、気をつけ、礼」

「「ありがとうございましたー」」

休み時間、恒例の質問タイムだ。

「ねえ、アリスさん。異能区の外から来たの?」

「いえ、家族が異能区の人間なので」

「じゃあアリスさぁん!彼氏いますかぁあ!」これは陣之内。

委員長が拳を握る。

「いいえ、しかし特別な異性という方ならいますが」

――――――――――――――ここまでテンプレ通りだと、この先が見える。

ならば俺のヤな予感は、的中するのだろう。

そう考えた新条は、忍び足でコソーっと、廊下に出ようとする―――。

「それってどんな人?どんな人⁉」

―――俺は今日の朝、家で、アリスと約束した。学校ではあまり関わる素振りを見せないようにしよう。そう、約束したのに。

「そこで逃げようとしている、新ですよ―――ね、新?」

教室の空気が凍る。

「……………………バカ野郎」これは新条。

「?」

「バカヤロぉおおおおお!!」叫んだのは、命が大切だから。

新条は走り出した。危機から逃げるために。

後ろを見ると、松平、陣之内を含めた男子(ほぼ全員)と、恋バナ好きの女子が。

命の危機、正直、二日前の女騎士より怖い。

「助けてくれー!」

「―――――――――――――加速!」その声が響いた直後、廊下に突風が吹く。

「お前は―――――!」

「大丈夫ですか?シンくん」長い栗色の髪の少女。この学校にたった二人のA判定、その兄妹の妹、篠原優花。

 超能力は年に一度の測定により、SからDの判定が出される。

Sは本当にアニメに出てくるような最強能力。しかしAも、それに次ぐ能力を持っている。

こいつの能力は『加速』。その名の通り、めっちゃ速く動けるというものなのだが、こいつはちょっと特殊。加速系は基本的に、身体を加速させる根本的加速系。意識を加速させる精神加速系に分けられるのだが、こいつは両方の特徴を持つ複合系(ハイブリッド)なのだ。それでもただ加速するだけの能力なので、異能区ではA判定。

何故そんな優等生が異能区の(ギリギリ)外であるこの学校にいるのかと言うと…………

「相変わらず、みんなに好かれてるねぇ」そう言って女は新条の頭を撫でる。

こいつがこの学校にいる理由は…………俺をおちょくりたいからだ。

こいつとは一応、昔からの知り合いなのだが、何故かこいつは新条をおちょくることに快感を得ているらしい。要するに変態だ。しかも異能区のお偉いさんの娘だというのだから質が悪い。

「オマエ、何の用―――」信条が言いかけた時、世界が揺れる――――。

女が新条の首の襟を引っ張って、加速しだしたのだ。

「ちょ、おま―――っ!」

「後ろ見てみなよシン君!」

「えっ?―――――――――――――ああ、助かったわ」

後ろには鬼の形相で走るクラスメイト達の姿が。

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