18 アダバナ
18.アダバナ
「あなたも銃軍歴があるのよね?」
道中、二人しかいない車内で、プリティがそう運転手に語り掛けた。
「あるよ。だが、オレのことをみても、誰も気づかんさ。それに個人情報は一旦すべて抹殺されたている。今の身分、姿をみても過去を類推することはできん。銃軍歴はオレの思い出の中だけの話さ」
アグィがそう応じる。
二人が向かうのは、俗に高齢者タウンと呼ばれるところだ。コンパクトシティ構想の中、高齢者の扱いが難しくなり、こうして高齢者だけがまとまって暮らす、一つの街ができた。
「ノスタルジーね」
車を降りたプリティがそうつぶやく。そこはかつてこの国が〝しょうわ〟と呼ばれた時代の雰囲気があり、その街並みを生かして、ロケ地として貸し、収益を上げているそうだ。
「未だにその時代を知る高齢者も多いからな。だが、見た目は古くとも、中身は街全体が高度に制御され、エネルギー問題や、廃棄物の再利用までふくめたモデルシティに指定されている。糞便すらバイオ発電にまわす、暮らしやすさを追求した、超エコシティだ」
わざわざ例えに糞便をだしたアグィを。プリティも睨むけれど、何も言わずに歩きだす。
街を歩くのは介護アンドロイドが多い。またPAと略されるパートナーズアニマルも見かける機会が多い。アンドロイドが動物の形態をとるもので、全身が毛で覆われるため、動物と見分けがつきにくい。
高齢者といっても、肉体的にはリーンフォースなので、壮健だ。ただ見た目は若者だけれど、出力は抑えられる。過重な負荷のかかる作業は脳が驚いてしまうから禁止だ。
なので、非常に穏やかな、時間の流れすらゆったりと感じられる快適空間がそこにあった。
「PAの暴走――。こんなもの、メーカ―のすべき作業だろ?」
「さぁね。課長とラヴァナが何かあると睨んだなら、何かあるんでしょう……」
PAの姿は様々だ。愛玩動物らしく、既存の犬、猫に似せたものもあるし、鳥や魚や、まったく架空の生物までいる。総じて癒しを意識させ、人に危害を加えることはない。
それが暴走し、高齢者を傷つけたという事件で、二人は調査に来ていた。
アグィはサイバー関連が得意でなく、運転手兼プリティのボディガードという位置づけだ。
かといって、プリティも荒事が苦手でなく、そういう意味でも珍しい組み合わせといえた。
「これは……」
解析していたプリティの手が止まる。「どうした?」
「厄介なことになりそうよ」
「この街は高度に制御され、エネルギーから生活まですべて管理される。それはここに暮らす者も同じ」
「管理されているのか? 高齢者も……」
「PAも同じだけど、タグをつけられている。痴呆になって徘徊するような高齢者がいても、位置情報を得られるし、栄養、運動などの健康管理だってしやすくなるのだからね」
「身体はリーンフォースだから元気だが、不意に脳死することもある。関与は必要だろう?」
「でも、規約にはない……。これが暴露されたら、大変なことになるわ。もし高齢者タウンで、こうした運用が常態化しているとすれば、厚労行政が根底から覆されることになる」
「人間の管理は、基本的人権を否定する。法律を逸脱する問題だ」
「だから警察のサイバー部署でなく、オレたちなのか……?」
アグィもそう納得する。公安は内々で処理される案件も多かった。
「この高齢者タウン、富裕層でないと入れないし、高度な政治的配慮も必要……って感じかしら?」
「だが、そういう話ならオレたちじゃないだろ?」
「そうね。融通の利かないタイプだからね、私たち……」
「正義感といってくれ。生き方に苦労するから、特公にいるんだろ? オレたち」
アグィはニヤッと笑った。
「プリティとアグィは、やはり告発したな」
浦浜は上がってきた報告書を電脳で確認し、そうつぶやく。電脳化すると、脳内にある情報から必要な情報をアウトプットし、報告書をすぐつくれるように、それと同じソフトで中身をチェックし、インプットすることが可能だ。一々、長い文章を読むことはない。
「あの二人を組ませたら、不正を赦しておけるはず、ないだろ?」
ヤマもそういって、ヘッドセットを外す。
「それで、どうするの? 厚生省にとっても恥部となる、この報告書をそのまま通すつもり?」
ラヴァナが浦浜にそう訊ねた。
「私がこれを握りつぶす謂れはないよ」
「課長がにぎりつぶさずとも、上がどう判断するかしら? 今、洛住政権は支持率が低迷し、厚労行政に関する不祥事は、票田である高齢者の離反をまねく」
ラヴァナから訊ねられ、浦浜が応じた。
「勿論、そのまま通すつもりはない。これは一企業の問題として報告するつもりだ。そうすれば、横並びで他の高齢者タウンの運営業者も、こっそりとだがシステムを改修するだろう」
「それでいいわけ?」
「我々ができることは少ない。悪いことをしていた連中を一網打尽にできればそれはベストだが、セカンドベストが目指せるなら、そうするだけだ」
「そのために、わざわざアグィとプリティを組ませ、手心を加えない報告書をださせたのか? 念の入ったことだ」
ヤマは肩をすくめるが、浦浜は毅然といった。
「お前たちだって、不正を告発する報告書を上げたはずだ。だが、正義感より能力が上回ると、不都合なところにまで手を突っこむ……という話だ。彼らの方が適任だっただけだよ」
霆撃 ー未来サイバー機動部隊ー イカ奇想 @aholic
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