17 犯行を知る者

     17.犯行を知る者


「やれやれ……。デモほど生産性のないものはないね」

 アグィはビルの上から群衆の流れを見つめつつ、そう呟く。

「そんなことはあるまい。政治家の肝を冷やすには十分だ」

 無線で応じたのはヴァイ。彼らはリーンフォースによる権利拡大を訴えるデモ隊を監視していた。

「自分たちが多数派だ、とアピールとするには、数百人規模でないとダメ。それ以下になると、逆に政治が油断する」

「リーンフォースをもつ者は、全体の五割――。その中で不平、不満を訴えるのは、ごく少数だ。何しろ、リーンフォースは戦時補償でそうしたケースが大半だ。そしてそれは、金銭的な面でもそうだった。もしデモなどに参加すれば……。それが無言の圧力となっている」


 そのころ、特公の電脳部隊、ラヴァナ、プリティ、ヤマ、チャン、それにスリヤは移動車にのり、デモ隊の近くで待機していた。

「このデモに合わせ、電脳テロを起こすという脅迫状は、まだ実行されていないみたいだな」

 外から移動車にもどってきた浦浜が、安穏とした空気にそう確認すると、プリティも「まだ……なのか、愉快犯なのか……? その判断は重要ね」

「愉快犯ならそれでよし。我々は無駄足になったことを、むしろ喜ぶべきだ」

 浦浜の言葉に、プリティも肩をすくめ「理屈の上ではそうだけれど、割り切るのは大変よ」

「割りきる必要はないさ。この退屈な時間も、給料がもらえる……と考えると、悪くない」

 ヤマは安穏とそういう。

「狙うとしたら、政府中枢ですかね? 愉快犯なら、狙うのは大手SNSか、メディアか……?」

 チャンがヒリつく空気を嫌がるように、話題をそう変えたが、ラヴァナが無駄口を制すよう「デモ隊がそろそろ、官邸に到着するぞ」


「リーンフォースへの差別を止めろ!」

「同等の権利を!」

 そう叫びながら更新していたデモ隊に、通りかかったワンボックス車から、機関銃が乱射された。

 車線規制だけで、自動運転を基本とする車を全面通行止めにはしていなかった。デモ隊の横を通りかかった車からの、機銃掃射である。それはデモ隊をなぎ倒すほどの威力だった。

「アグィ、ヴァイ!」

「おう、もう車は止めたよ。制圧も完了した」

 浦浜から指示がくるより早く、ヴァイがワンボックス車のタイヤを撃ち抜き、飛びこんだアグィがそこにいた三人を拘束していた。

 生身の大学生――。

 どうやら擬身の権利拡大を訴える動きに対して、怒りをぶつける動きだった。


「反リーンフォースの反動分子――。リーンフォースをもつ者は人間とみとめられない。そうした極右の輩。機関銃は海外の横流し品。計画性はあったが、脅迫状は知らないようだ」

「被害者は70人を超え、死者は12人。テロとしては良い成果だ……」

 アグィもヴァイも、荒事を担当するメンバーだ。今回も有機隊と協力し、帰ってきたところだ。

 有機隊は警備にあたっておらず、現場で制圧した彼らが協力したのだ。

「問題はまた生身と、擬身の間に亀裂がふかまった、という点でしょうね」

 プリティもため息をつく。

「彼らは命の値段を払い終わるまで、自分の身体を切り刻まれるんだ。生身であるがゆえに……」


 そのころ、ラヴァナとヤマは小さなブースにいた。

「脅迫状には電子指紋がのこされていた。それを解析したのが、これだ」

 ラヴァナに示され、ヤマも「おいおい……、マジか」

「秩父刑務所から脱獄したザジが、この脅迫状を書いた。そして、こうある。テロが起きるぞ。備えろ……と」

「ザジが警報をだすことで、オレたちが現場に出張っていた。だから、事件が起きたとき、すぐ対応できた、ということか?」

「この脅迫状に踊らされていなかったら、アグィもヴァイも備えていなかった。間違いなく、この脅迫状が事件をすぐ解決させた功労者だ」

「ザジは何を考えている? 脱獄した後、すぐにオレたちを殺そうとした。今回は助けた。何をしたいんだ?」

「それは本人に確認するしかない。だが、必ずしも敵対するだけではない、ということだ」


「身体罰を厭い、逃げたけれど、この国に協力する姿勢は変わらない、と?」

「それは分からん。だが、こうして協力することで、仮にふたたび捕まったとしても心証がよくなることは確かだ。そして、厭うべきはザジに検知できた情報を、我々が知り得なかった、ということだよ」

 ラヴァナはそう応じた。オファニムから特定の情報をぬきだすことを〝イリン〟というが、それをもってしても、テロの情報を事前につかむことができなかった。

 イリン――。見守る者、という意味で、オファニムのように遮断するような権限を与えられているわけではなく、巨大なデータベースからの抽出に特化したシステムのことだ。

 ローカルでテロを計画されると、防ぎようがないけれど……。ラヴァナの目は険しかった。

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