16 同郷

     16.同郷


「ドローンタクシーの事故?」

 タクシーといっても、ドローンを一般的な移動手段として、気軽につかうような人はいない。事故が相次ぎ、大きな犠牲もだしたことで規制が厳しくなり、観光ルートだけの運用となった。

「人の暮らす町へと墜落した。ニュースでやっているだろう?」

 そう語るヤマに、チャンも「ニュースは見ないよ。嘘が多いからね」

「嘘も多いが、事実を速報する力ももつ。要するに使い方だよ。今回は、地元の警察から協力の要請があった。ドローンが乗っ取られたかどうか? 捜査して欲しい、ということだ」

 チャンは辺りをみまわし「私、一人か?」

「今日は色々と手一杯なんだよ。オレも別件で、これから打ち合わせだ。ペアが基本だが、チャン一人で解析まで済ませておいてくれ」

「人使いの粗さは心得るが、いいのか? 私だけで……」

「浦浜課長にも了承済みだよ。行ってこい」


 チャンがそう念押しし、気にしたのには理由があった。

 彼は元、中国共産党の下部組織であった、電脳部隊に属していた。

 諸外国へネット戦をしかけ、情報や金銭を奪ったり、作戦を混乱させたり、治安を乱したり……。まさにそうした実戦、しかも諸外国のハッカーと、熾烈な戦争をくり返していた。

 この国にも何度もハッキングを仕掛け、指名手配もされた。

 彼はわざと電子指紋をのこし、自らの成果をほこるところがあった。それでその名をとどこかせた、という面もあった。

 だが、そんな彼が中国共産党から睨まれる事態となった。

 気を付けていたけれど、発言が上の気に入らず、そうなるとこれまでの行動すら疑問視され、身柄を拘束されるまでに至った。そこで亡命を決意、香港経由で脱出し、この国へと流れてきた。


 この国にもスパイがおり、秘密裏に暮らすことはできない。そこで電脳スキルを生かし、国の安全保障に協力することで、安寧を得ようと考えた。

 そして彼は特公に属す。でも未だに監視つきで、ヤマやプリティと一緒に行動することも多い。

 単独行動はみとめられていなかった。これまでは……。

 要するに、未だに中国共産党との間で二重スパイを疑われている。そういう立場であった。


 ドローンタクシーの運営会社、レイノウ観光舎――。何度かの戦争でも、その姿をとどめていたが、噴火により一部の山体崩壊をおこした富士山を、観光で空から周遊する企業だ。

 飛行ルートは富士山の山すそで、安全なはずだった。そしてこういうドローンは、ビーム波をつかって操作、運行されており、仮にビーム派が途切れても、AIにより自動航行されるはずだ。

「安全管理に則っていたよ。きちんと管理していた」

 社長はそう強調するけれど、チャンは軽く手であしらってから、運営会社の端末にむかった。


「同省人だろ? 手心を加えてくれよ

 顔の特徴的な部分をみると、確かに同省人を思わせた。国が混乱する中、逃げだす人も多い。昔から、中国人は外へと向かうことに躊躇いがない。東南アジアの国などでは、中華系が多い国もあるほどだ。

 こうして他国で起業する者も多く、為替の異常な動きで、観光業が壊滅的な打撃をうけたこの国で、そこに商機を見いだす者がニッチな分野としてドローン観光などに進出していた。

「同省人の足をひっぱる言葉よ、それ。それに、私は祖国をすて、中国人会にも参加していない。私にとってはムダな言葉よ。悪いこと、間違ったことをしなければよいだけね」


「……で、結果は?」

 セーフハウスにもどったチャンに、ヤマがそう訊ねた。

「のっとりじゃなく、ただのバグだったね。ビーム波が途切れ、搭載したAIに操作を移したとき、そこにあったバグで不具合を起こした。異常だと検知したまま、その回避行動をとろうとしたとき、復活したビーム波が正常な操作に移そうとし、不具合をおこしたね」

「バグ潰しをしていなかったのか?」

「中国製の、安価な汎用システムをつかっていたね。この国の仕様に合わせたとき、そこにバグが仕込まれていた。運行管理責任は問われても、システムの不具合とまで言えるかどうか……」

 特公はあくまで、システム上の問題を炙りだすだけ。こういう事件で罪を云々することはない。


「システムはそのまま?」

「バグはつぶしておいたよ。レイノウ舎が今後も継続できるかは、不明だけどね。不味かったか?」

「構わんよ。同省人へのサービスだろ?」

 チャンも口を尖らせて「試した……ね?」

「そうとられても仕方ないが、公安なんてこういう職場さ。仲間でさえ疑え、親兄弟なんて信用するな。そう教えらえてきた。オレたち公安は行動によって、信用を勝ちとる」

 チャンも肩をすくめ「むしろそういう職場だからこそ、私はここを択んだね。実力でみとめさせさえすれば、のし上がることができる完全実力主義、そういう点が気に入ったね」

 チャンはそういって、にやりと笑う。ハッカーなんて時に協力し合い、時に裏切り合う。

 そういうひりひりした関係だからこそ、彼はこれを止められない。例え国を失ったとしても……。

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霆撃 ー未来サイバー機動部隊ー イカ奇想 @aholic

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