15 シミュレーション

     15.シミュレーション


「太平洋防衛会議で、軍のシステムがのっとられた問題の、結論がでたな」

 アグィがそう語り掛けると、ラヴァナが応じた。

「三重のファイアウォール、そんなものが意味あるとは思えんけどな」

「そうじゃない。防衛大臣が交替した、という話だ」

「あぁ……、どうせ政治家なんてお飾りだ。文民統制という名の……」

「獣に狙われたら、軍のシステムといえど危険……という警鐘にはなったがね」

 そんな話をアグィと、ラヴァナがかわしているところに、浦浜が現れた。

「プリティはいるか?」

「解析ルームにいるはずだけど、何か用?」

「仕事か?」

「急ぎじゃないはずよ。その様子だと、ご指名ね」


「軍が構築した、防壁システムを試して欲しい、という依頼だ。ヤマ、チャン、それにプリティがご指名だ」

「何だ、ラヴァナも電脳戦の担当だろ?」

 アグィがそう訝るが、浦浜も首を横にふった。

「電脳スキルが高すぎて、ご遠慮願いたいということだ。それに……」

「獣との関連を疑っているのね?」

 本人がそう応じた。

「ログで、獣とアクセスしたことが確認され、関連が疑われている。もっとも、今はまだ疑惑というだけだがね」

「ま、しばらくは自重するわ」

「プリティに連絡を入れてくれ。軍のブースで、軍のシステムと格闘だ」


「こんな旧世代のシステムで、軍の防壁破りをしろっていうの?」

 プリティはそう苦情をいうが、ヤマは肩をすくめた。

「CPUは二世代前、メモリーも不足気味。これがごく一般的な、ハッカーの性能だそうだ」

「軍のシステムを破るなら、他国の軍事産業……、軍だってあり得るでしょう?」

「できたてのシステムを破られたくないんだろ。特公すら破れなかった、と実績をアピールできるしな」

「なら、ちょっと本気をだしますか」

 プリティはそういうと、端末にもってきた装置をとりつけた。

「お、プリティが本気になったね」

 チャンも舌なめずりする。ヤマはホワイトハッカーとして名を馳せたが、チャンもプリティもその逆、ハッキングの能力でみとめられたタイプだ。攻勢の方が得意でもあった。


 定刻の24時――。

 ローカルで通信するため、ネットワークに依存しない。ただ、遅延をだすようわざわざシステムは構築されており、感覚としてもサーバーをいくつか介した感じをだしている。

 ハッキングといっても、忙しく立ち回るのはプログラムで、人間は進捗状況をみてハックするプログラムを変えたり、攻撃対象を移したり、などをする。

「三重の防壁なんて言っていたけど、訳ないね。もう一層目を突破したよ」

「チャン、騙されるな。ダミーに誘導されているぞ」

「わぉッ! 簡単な方に流されたね。ダミーをいくつ張っているね?」

「一重目の防壁は、迷路じゃなくダミーをランダムに表出させ、混乱させるもの。ホワイトの腕のみせどころだよ」

「二重目を破ったわ。ログを回す」

「さすが、プリティね。じゃあ、三人で三重目にとりかかりましょう」

 プリティはマスクをかぶるために、ヘッドセットはつけない。姿勢よく、それでいて指はキーボードを激しく叩きつづける。自分で構築したハッキングプログラムを、すぐに書き換えて、その場に応じたプログラムとして組み替えている。


 電脳スキルの高さでは、ラヴァナの次を争う立場だ。彼女には勝てない……。それはまるで、全身を投げだすような、突撃型のハックをするラヴァナのようなやり方はプリティにはできない。

 ラヴァナは壊れている……とも思っていた。

 そもそも、彼女なのかどうかすらナゾだ。幼女の姿をとるのも、ダミーではないかと疑っている。

 プリティもチャンも、電脳スキルの高さで特公にスカウトされたが、それ以上にラヴァナの能力に惹かれた面もあった。

 あの獣でさえ、恐らくラヴァナには一目おく。だからその姿を現し、交流したと考えられた。

 そんなラヴァナが、電脳スキルの高さで排除された。それはプリティたちの能力では破れない、と見くびられたとも考えられる。それは絶対に、プリティにとって容認しがたいものだった。


「大活躍したそうじゃないか?」

 ヴァイに声をかけられ、プリティも面倒そうに「ええ……」と応じる。

「軍の三重の防壁を抜いて、奴らの面目も丸つぶれだ」

 アグィも手をうって喜ぶが。プリティもソファーに身をしずめつつ「軍特有の鍵をみつけただけよ」

「何だ、それは?」

「そういう情報は教えないものよ。個人の財産だからね」

「ハッカーの常識って奴か。仲間より個人、だからな」

「ハッカーを誤解しているわ。手口をばらすと自分の価値が下がる。ハッキングなんて、誰だってできるの。複雑で、困難なシステムにもぐりこむときに、その経験と、即断が試される。これは経験として得た知識。他人が何の苦労をすることなく、その経験を手に入れることはないのよ」


 そのとき、ヤマはラヴァナと話していた。

「瞬間的に過電流をかけ、システムの切り替えを促し、その隙にアシをつける。プリティの得意なやり方だ」

「確かに、この手法は絶対的に効果があるものではない。だが、彼女はそれをもっとも上手く使いこなすわ」

「軍のように、常時接続していないと……といった凝り固まった仕様があると、より効果的だな」

「自分の得意な技をつかっても、ハッキングしたかった……。プリティのプライドかな」

 そう語るラヴァナに、ヤマは『きっとオマエのせいだよ』と告げようと思ったが、止めておいた。

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