14 ラピッドアイ
14.ラピッドアイ
「よう、久しぶりだな」
店に入ったヴァイに声をかけてきたのは、壮観な男。ただし、顔の半分はリーンフォースで、引き攣ったような笑顔を浮かべる。
「呼びだしておいて、久しぶりもないもんだ」
「昔の誼で、仕事を斡旋してやろうっていうんだ。これから長い付き合いになるかもしれないからな。通り一遍の挨拶ぐらいさせてくれ」
その男は、かつての戦友――。
「オレをスカウトするっていうんだ。ヤバイ仕事だろ?」
「あぁ、だが今回は楽な仕事だ。それに、人を殺すわけじゃない。狙撃手としてアンドロイドを一体、潰して欲しいだけだ」
「アンドロイド? だが狙撃するぐらい、重要ってことだろ?」
「これだよ」
男は写真をさしだしてきた。それを覗きこんで、ヴァイも「これって……」
「シュート社の、ラファイアCEOだ」
「SNSで、AIを用いたサービスを特徴とする欧州企業。その象徴として、AIを搭載したアンドロイドをCEOとする企業だろ?」
「あぁした機械至上主義を是正するため、そのCEOを潰す」
「アンドロイドなんて、ハッキングで十分だろ?」
「ラファイアはローカルだ。どこかのタイミングでホストとつなぎ、アップデートをするはずだが、そこにアシをつけるより、つぶす方が早いって話だ」
「どうせ壊しても、ホストから再生されるだろ? 象徴をつぶす、その印象を与えるのが大事ってことか?」
「そのときおまえの腕がいる。軍の狙撃システム、ラピッドアイを搭載した、その目が……」
「……という話だ」
ヴァイはほっと息をつく。今は特公のセーフハウスにもどって、状況を説明していたところだ。
「来日するラファイアを狙う……。人道主義者がやりそうな手口だな」
アグィがそう応じる。人道主義は、今や人優位性を表す言葉となり、アンドロイドなどの機械や、システムを排斥する思想とも重なった。
「本来、有機隊が動く話だが……。ヴァイが関わっているとなると、ちょっと厄介だな」
ヤマがそう応じた。特公のメンバーは、仲間内でさえ身分を隠すが、従軍暦のあるヴァイの過去を知る男が、有機隊に拘束されることで、ヴァイの身分を知られることを懸念していた。
「かといって、ヴァイが手を貸さないと、結局は情報が洩れるはずだ。ここで逮捕されたら、ヴァイに売られた……と考えるだろうからな」
「ある程度の成功体験を与え、有機隊を介入させずに始末をつける。それしかないだろう」
ラヴァナは結論付けるように、そう言った。
ラファイア、来日――。
アンドロイドを過度に人に似せることは禁じられる。その世界的な取り決めに、ラファイアも準じるが、その姿はアメリカンヒーローのそれで、口元が覗くため、まさに人がマスクをかぶったようだ。
SNSの寵児とされ、飛ぶ鳥を落とす勢いの企業だ。FoFというサービスを提供する。
Formal of Familyの略で、通常のSNSと異なり、交流するのはAIで、有名人や友人のアカウントは、みることができてもコメントしたり、交流したりはできない仕組みだ。つまりSNSで起こる多くのトラブルを最低限にし、かつ繋がりを満足するものだ。
人間は今や、人と交流することを厭うようになった。面倒な関係を排除し、居心地のよい空間に閉じこもる――。そう揶揄されるけれど、そのサービスは既存のSNSを駆逐した。
そのCEOが、アンドロイドのラファイア。仕組みをつくった人間は、経営からは手をひき、株主となった。経営をAIに任せ、それでうまくいく……。それも一つの流れだ。
そのラファイアが車に乗りこもうとしたとき、銃撃があった。ただし、その弾丸は頭部を外れ、車のウィンドウを割っただけだった。
「逮捕した男は?」
「依頼主を明かすことはないが、正直に答えているよ。ヴァイも逮捕されたと知り、観念したようだ」
「あんなダミーメモリーで、大丈夫ですかね?」
チャンもそういって、訝しがる。
「戦火の中で、脳に損傷を負い、短期記憶を外部メモリーにたよっていた。そこに上書きされたら、それを判断する術はないよ」
ヤマはそう応じる。
「自分の身体をリーンフォースにしたから、機械を憎むですかね?」
「分からんが、戦時補償として兵士がうけられるのは、リーンフォースだ。人体再建や、移植がうけられたら、またちがった人生にはなったかもしれん」
ヤマもそう嘆息する。今ここにいる特公のメンバーも、戦争で身体の一部を失った者も多い。
「自分があぁだったら、こうだったら……。それは犯罪を正当化しない。まっとうな暮らしを送っている者にも失礼だからな」
浦浜がそう応じた。
「過去を一々問うていたら、罪に対する罰の判断がにぶる。それが21世紀後半の、AI司法の考え方だ」
「課長のいう通りだが……。オレは身体を失ったより、また一人、戦友を失ったことの方がつらいよ」
ヴァイがそうつぶやく。身を切るような辛さ……ではない。むしろまた一つ、目の前から過去が毀れ落ちた……そんな空虚さがただよっていた。
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