13 追憶のロスト

     13.追憶のロスト


「生け捕りだと?」

 アグィは呆れたようにつぶやく。

「山路 ヒロキ。金融業界に三年勤め、自ら投資運用会社を立ち上げるも、ポンジスキームの投資詐欺で逮捕。身体罰により内臓のほとんどを失い、それでも損失補填が終わり、出所がみとめられた」

 ラヴァナは淡々とそう説明する。ポンジスキームとは、新規で得た投資資金を、配当にまわす仕組みで、運用が好調とみえ、さらに資金を集めることができる。プロでも見抜きにくく、一方で簡単な投資詐欺のことだ。

「脳の一部まで売り飛ばしたって話だろ? 当時も話題になった」

「本来、莫大な額の被害を与えた。一生を国につかいつぶされるはずだったが、自分の脳を実験材料として提出することを許諾し、莫大な額の支援金を得た、ということだ」

 ラヴァナもそう告げる。


「その山路が、出所金をだしてくれた相手のところから脱走した。それを捕まえてくれって話か?」

 ヴァイも肩をすくめる。プリティも首を傾げつつ「でも、そういう話だったら有機隊でしょ? なんでうちに?」

「それは不明だ。ただ、ネット接続する際の電子認証コードを拾うことで、居場所を特定するしかない、と考えている」

「なるほど、それでうち……」

「でも、マスキングされていたら、どうするんだ?」

 これはヤマが訊ねた。

「どうせマスキングはされているさ。わざわざ居場所を特定させるような、ヘマをするとは思えん」

「山路の顔写真はないのか?」

「ない! というより、顔の皮膚、筋肉も売っているから、今はどんな顔をすのか、不明だ」

「リーンフォースか?」

「さてね……。金で買った相手を、わざわざ脱走しやすくするとは思えんが……」


「だが、どうして生け捕りなんだ?」

「それも分からん。とにかく被害者がそういう意向だ」

「足取りを追うのなら、ネットのアクセス履歴を調べればよいのでは?」

 プリティがそういうと、ラヴァナは首を横にふった。

「被害者の情報を開示することはできない。山路がいた施設も、そこのネット接続の情報も……だ」

 ラヴァナの説明に、チャンが呆れたように手をひろげ「おやおや。こっちに探させる気、ないね」

「要するに、これから山路がネットに接続したら、そこを割り出して急襲し、生きたまま捕えて連れ帰れ、という命令だ」

「オレたちは猟友会か?」

 アグィのつぶやきが、特公のみんなの意見を代弁していた。


「引っかかったね!」

 オファニムに山路のアクセスを確認した。アグィ、プリティ、チャンが向かう。

 だが、そこに到着して驚いた。

 そこにあったのは、ただのジュラルミンでできたケースだったからだ。

 プリティがその端末に、防壁をはった端末を接続し、しばらく確認すると、驚いたように「中身は、人の脳……よ」

「じゃあ、こいつが山路か?」

「ここまで、この姿で逃げてきたね?」

「まさか……。運送会社にアクセスした形跡があるわ。ここまで運ばせたのよ」

「ここに?」

 アグィもチャンも、辺りを見まわす。

 そこは大きな施設だが、すでに廃墟となったビルで、唖然とするばかりだった。


「あそこは、山路が育った施設だったのか……」

「アグィ、また報告書を紙で打ちだしたのか? コストを考えろ」

 ヴァイにそういわれ、アグィは報告書をテーブルに抛りだした。

「自分の生まれ育った施設にもどって、何がしたかったんだろうな?」

「人は苦境に陥ると、ルーツを訪ねたくなるものだ」

「身体のすべてを売り払い、脳まで実験にさしだして、それでも娑婆にでたかった理由がこれか? て話だよ」

「プリティが解析したところ、ほとんどゴーストが消えかかっていたんだろ? それこそ走馬灯の最後に、幼いころの思い出を求めたんじゃないのか」


「だとすると、生け捕りにして、送り返したのは地獄に突き落としたようなものだったか……」

 アグィがそういったとき、プリティがもどってきた。

「それも本人の選択でしょ? 詐欺によって多くの者に迷惑をかけた。その報いが身体罰なんだから」

「プリティは冷たいな。男にはそういう思いがあるんだよ。特に、彼はデザイナーズベイビーだ。自分のルーツというものに、最期まで悩んでいたんだろう」

 デザイナーズベイビー。選抜されたDNAで、つくられた子供――。そして施設で育ち、その優秀さもあって金融業界で活躍した……。そのまま順風な人生をおくればよかったのに……。

「あの施設がなくなる……と聞いて、彼は詐欺に手を染めた。施設を買い取ろうとしたのかもしれない。でも、それを他人のお金にたよった時点で、彼はすべてを失ってしまった」

 大切な思い出とともに……。

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