12 量子の妄動
12.量子の妄動
「ヤマさん、今日はラヴァナさんがいなくて、大丈夫ですか?」
チャンがそう訊ねる。
「太平洋防衛会議の後始末で、あいつも忙しいからな。プリティもいるし、今日は大丈夫だろ?」
「私に過度な期待をかけるの、やめてくれる?」
今日はヤマ、チャン、プリティ、それにスリヤの四人でとある施設へと向かっていた。急ぎでないときは、特公といえど、通常の自動運転をする一般車両で向かうことになる、
「今どき、原発を動かすだけでリスクだっていうのに、それを護衛するなんて、冗談が過ぎるわ」
プリティは後部席で、憮然と腕をくむ。憮然と……といっても、彼女はマスクで顔を覆っているため、表情の一切は不明だ。
「核融合炉もある中、未だに原発を動かす意義があるのか? との問いはずっと付きまとう議論だが、原発って奴は要するに利権の塊だよ。使用済み核燃料なんて、三千年も飯が食えるおいしい利権だぞ。官僚、企業も手放すはずがないよ。だからつかいつづけるんだ」
ヤマはそういって、ため息をつく。
原発は新設が難しくなり、同じ場所でリプレイスをくり返す。そのたび、莫大な核廃棄物をだし、獣が狙ってもおかしくない施設だ。だが今回、獣の仕業というわけではない。
「恐らく、職員の誰かがファイアウォール内に入り、ウィルスか、バグを仕込んだのです」
職員はそう説明する。
「アクセス権を制限していなかったね?」
チャンの問いに、職員は慌てて「かけていました。入室制限はかけていなかったので、その時間にアクセスしたはずの職員は、その場にいなかったもので……」
中央制御室には、放射線管理区域に入ることさえできれば、誰でも入ることができた。生体認証すらなく、今どきパスワードだけなので、それを盗まれたら誰でもアクセス可能だ。
その管理体制も問題だけれど、古い原発であり、廃炉という話が持ち上がっては、莫大なコストから忌避され、延命されてきた。だからシステムも更新されず、古いままなのだ。
「ローカルのシステムなので、これまでは初期化すれば回復できたのです。でも今回は……」
「電源が入るのだろう? なら、問題ないさ」
ファニーなスクリーンセーバーが躍る。こうしたものも、昨今のPCでさえ搭載されなくなった。
それだけ古いシステムで、端子すら旧世代で速度が遅いものだ。
そこにスリヤが有線する。ヤマ、チャン、プリティはスリヤを介して有線し、配置につく。
「システムの深層にバグを埋めこんだとしたら、かなりのやり手よ」
「破壊を目的としたものなら、とっくに壊しているね」
プリティとチャンは、あまり乗り気でない。今回、ヤマが年齢的にも上で、指導的立場にある。
「システムを壊しても復旧される。なら、原発が稼働するときに遅行型で発症させた方が確実だ。それをしなかったのなら、狙いは別にある……。今回はシステムを階層化して、アクセス権ごとに操作できる範囲を変える。対症療法だが、それだけの作業だよ」
ヤマがそう語るのも、犯人を特定しない、という企業側の意向だからだ。
本来、こうした作業はメーカーが行うものだが、特公に依頼がきたのも、そうした理由からだ。
誰が関与したか不明。だから信頼できる第三者、ということである。
「…………あら?」
プリティは立ち上がった。
「どこに行く?」
「レディに訊ねるって、失礼よ」
プリティは制御室をでた。廊下を歩いていくと、一人の作業員が立っていた。
「あなたがバグを仕込んだのね?」
「……あぁ、そうさ。だけど、バグじゃない。ボクの思いだ」
「思い?」
「ここはもう限界だ。動かせば動かすだけ、不具合がでる。致命的な欠陥すらみつかるかも……」
「だから、自分の手で止めた?」
「その通りさ。彼女が汚名のうちに消えるのを避けたかったんだ……」
セーフハウスにもどってきたプリティは、ラヴァナの元を訪ねた。
「原発を『彼女』と呼び、その延命を願う……。人間のそんな気持ちが、分からなくてね」
「道具に愛着をもつことはある。特にこの国は〝付喪神〟という考えがあって、永くつかう道具には神が宿るという思想だ。車を愛するのと同様、プラントもその対象となって不思議はない」
「付喪神ね……。東洋の神秘だわ」
「そんなことはないさ。アグィだって、車を愛しているだろ?」
「オレがどうしたって?」
ちょうど部屋に入ってきたアグィが、そう訊ねた。
「つかわれる男か、つかう男かって話よ」
「何だ、そりゃ?」
プリティは立ち上がった。推し、ファン、昔から熱狂的なそれはいた。偏執的に機械を愛する者も……。しかし下手をすれば逮捕されるような罪を平気で犯すなんて、やはりプリティには理解しがたかった。
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