最終話 自分の道だ?やってやろうじゃねえか!

隕石の件が片付いてからしばらくたったある日の放課後、飯垣は影沼から思いもよらぬことを聞かされた。


「舞人。丸井先生、教師を辞めるらしいよ。」


影沼の言葉を、飯垣は一瞬、聞き間違いかと思った。


「……はっ?……どういうことだ?」


「僕もさっき噂で聞いただけだから、詳しいことは分からないけど……多分、新しい異能者が生まれなくなったのが理由じゃないかな。」


あの後、世界的に調査が行われた結果、やはり新たな異能者は現れていないことが判明していた。

風が吹き抜け、放課後の校舎の窓を微かに揺らす。飯垣は影沼の言葉の意図が分からず、その顔を睨む。


「はぁ?それと丸井が教師を辞めるのに何の関係があんだよ?」


「いや、元々丸井先生は手に負えない異能者に対処するために、学園長が呼んだわけじゃない?でも、新入生が増えることはもう無い。それに、今いる学園の問題児は舞人も含めて大体指導を受けてるしね。つまり、丸井先生が教師を続ける理由はほとんど無くなってるんだよ。」


影沼の推測の話を聞いた飯垣に、驚きと同時に言い知れぬ焦燥感が湧き上がった。そして、すぐに竹林へ向かい、丸井の姿を探した。


そこには、竹林の中で静かに佇む丸井の姿があった。飯垣は迷わず声をかける。


「丸井、お前が教師を辞めるって噂、本当なのか?」


丸井は微かに目を細め、静かに答えた。


「飯垣、お前の言葉遣いは結局直らないままだな……。その話は、生徒はまだ知らないはずだが……また影沼あたりから聞いたのか?」


「んなことはどうでもいいんだよ!どうなんだ?」


飯垣のまっすぐな問いに、丸井はわずかに目を伏せ、静かに頷く。


「本当だ。」


竹の葉が揺れ、ざわりと音を立てる。風が吹き抜け、二人の間の静寂を際立たせた。


「隕石が破壊されたことで、新たな異能者は生まれなくなった。今いる生徒たちの指導もほぼ終わった。臨時教師の私の役目はお終いというわけだ。」


「……教師を辞めたらどうするんだ?」


「どうするも何も、元の場所へ帰るだけだ。」


丸井の返答は当然のことのように、自然であっさりとした口調だった。


「元の場所って……どこだよ?」


「教えるわけがないだろう。向こうに戻ってまで面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。お前に教えたりしたら、家にまで押しかけて勝負を挑んで来そうだしな。」


飯垣はぐっと拳を握りしめた。心の奥底で、どうしようもない焦りが膨らんでいく。


「っ!……それなら、最後にもう一度俺と勝負しろ!」


飯垣は真っ直ぐな眼差しで丸井を見据えた。竹林の静寂の中、風が葉を揺らし、微かなざわめきを響かせる。

丸井はしばし沈黙した後、静かに答えた。


「……断る。」


「は?」


「断ると言った。」


飯垣の表情が歪む。彼の拳が自然と握り締められ、感情が揺らいでいるのが見て取れた。


「な、何でだよ。これまでは……」


「そう、ついこの間も手合わせしたから分かる。成長はしているが、今のお前では私を超えることはできない。」


「ぐっ……」


飯垣は歯を食いしばり、悔しさを堪える。胸の奥に燻る焦燥が、より一層強まるのを感じた。


「だから……悔しいのであれば、もっと自分の技を磨くことだ。」


丸井は静かに言葉を続けた。その声音には、厳しさの中にもどこか温かみがあった。


「初めて会った時に比べれば、お前は驚くべき速度で成長している。しかし、その大部分は空離仙心流の技を真似て会得することに費やしていた。だが、お前にはお前にしかない力がある。最近になってその片鱗を見せ始めてはいるが、まだまだ甘い。」


竹林に差し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。


「私にリベンジを果たしたいと望むのであれば、空離仙心流だけでなくお前自身の力と向き合い、お前にしかできない技術に昇華してみせろ。それができた時には、もう一度勝負に応じてやろう。」


守破離という言葉がある。

これは修業における段階を示すものであり、以下のように定義されている。


「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。

「破」は、他の師や流派の教えからも学びを得て、心技を発展させる段階。

「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。


丸井は飯垣にとって、このタイミングは「離」のちょうどいい機会だと考えていた。

飯垣は空離仙心流武術の基礎について身に付ける段階をある程度終えようとしていた。しかし、飯垣は空離仙心流武術の門下生ではない。そして、飯垣の異能については本人以外に教えられる者は存在しない。このまま中途半端に空離仙心流に傾けば、飯垣自身の才能を腐らせてしまう可能性があった。


飯垣は拳を握りしめたまま、それでも前を向いた。竹の葉が揺れ、細かな光の粒が舞う。心の中に広がる悔しさと、それを超えようとする意志。


「その言葉、本当だな?」


「あぁ。もちろん、その時も負けてやる気はないがな。」


丸井は楽し気にそう答えると、飯垣に背を向け去って行った。

その背中を見つめながら、飯垣は決意する。


「いつか必ず、あんたを超えてみせる……!」


風が吹き抜ける竹林で、飯垣の新たな挑戦が始まった。


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それから一か月後、丸井は予定通り皆に見送られながら教師を辞職し、帰国するための飛行機に乗っていた。


「面倒事を押し付けられたと思っていたが、教師の経験も意外と得られるものは多かったな。……あとは飯垣か。あの様子だといずれ本当にやってきそうだ。私も本気で鍛え直さなければいけないな……。」


飛行機の窓から空を眺める丸井は、その未来を楽しみにするように笑みを浮かべていた。

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異能学園~新任教師は超越者!?~ 黒蓬 @akagami11

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