第二十二話 暴走なんて止めりゃいいだろ!

ある日、飯垣達と丸井がいつもの様に小競り合いを続けていたところに、珍しく学園長の露木がやってきた。


「丸井君、悪いがすぐに来て欲しい。非常事態なんだ。飯垣君と影沼君も一緒に来てくれるか。」


「俺達も?」


「あぁ、君達の能力が必要になるかもしれないんだ。」


深刻そうな露木の案内で、飯垣達は例の隕石を研究している施設へ連れてこられた。

灰色の鉄扉をくぐり抜けた瞬間、冷たい空気と化学薬品の匂いが鼻を刺す。薄暗い廊下を進むと、彼らの靴音が硬質な音を立て、緊張感が一層高まる。


「ここって、例の研究施設ですよね?何で急にこんなところに?」


影沼が問いかけると、露木は一瞬口を閉ざし、深刻な表情を浮かべた。


「ここからの話は内密に頼むが、実は現在調査、研究中の隕石が異常なエネルギーを蓄積して危険な状態らしい。そこで、君達の能力で何とかできないかと協力の要請が来たのだよ。」


「へぇ、あの隕石、そんなことになってたんだ。まったく話を聞かないからすっかり忘れちゃってたけど。」


影沼は肩をすくめ、軽口を叩くが、その瞳には興味と不安の色が交錯していた。


「研究中のものなどそんなものだ。新たな発見や活用方法の確立でもされない限りは世間に情報が公開されることもないからな。」


「それで、肝心の隕石ってのはどこにあるんだ?」


「今、所員を呼んで貰っているから…っと、ちょうど来たようだ。」


廊下の先から現れたのは、眼鏡をかけた若い女性研究員だった。彼女は疲れた様子ながらも、毅然とした態度で一行に頭を下げる。


「お待たせしました。さっそくですが研究室へご案内させて頂きます。」


研究所内は慌ただしく所員が動き回っていた。モニターに映し出されたデータが次々と更新され、警告音が不安を煽る。


研究室に着くと、冷たい蛍光灯の光が鋭く床を照らしている。中央には黒ずんだ金属製の台座があり、その上に異様な光を放つ隕石が鎮座していた。他にも数名の教員や生徒たちの姿も見える。既に隕石を何とかしようと能力を使っている者もいるが結果は芳しくなさそうだった。


「だ、ダメ!私のドレインでもエネルギーを吸い取ることができないわ!」


悲痛な叫び声が響き渡る。隕石の表面は赤黒く脈動し、不気味な輝きを放っている。


「あ、影沼じゃないか。お前の力ならいけるんじゃないか?」


その場にいた生徒の一人が部屋に入ってきた飯垣達に気づきそう声を上げた。


「いきなりだなぁ。まぁ、そのために呼ばれたんだし、試してはみるけどさ。」


指名された影沼は、仕方なく隕石に近づき、時を止めるように能力を発動させる。しかし、やはり結果は同じだった。エネルギーの増加は止まらない。


「う~ん…ダメだね。これは、恐らく僕達の異能自体が無効化されているんだと思う。」


その場の空気が一層重くなる。誰かが唾を飲み込む音がした。


「やっぱり異能の原因がこいつだからなのか?…待てよ?そうすると、もしかして、こいつのエネルギーの増加の理由って。」


「まず間違いなく異能の使用が原因だろうね。この隕石に能力を使った時、妙な繋がりみたいなものを感じたし。異能者は年々増え続けている。そして異能者の中には鍛えることでその性能を増した者も多い。それらの異能の使用がこの隕石のエネルギー増加率の原因になっている可能性は高いと思う。」


生徒の一人の言葉に、影沼はそう答えた。場の空気がますます張り詰める。誰もが、自分たちの力がこの災厄を招いたのではないかという疑念に苛まれていた。


「な、なら、すぐに全員に連絡して異能の使用を止めさせれば……」


「できると思う?一時的には止められるかもしれない。でも、今まで自分のものとしてきた力を、今後一切使用せずに生きろなんて無理だと思うよ。たとえそれが世界の破滅に繋がると分かっていてもね。それに能力を隠して一般社会で生きている能力者もいる。その人達に今すぐこの現状を理解して貰うのは無理なんじゃないかな。」


「そんな…それじゃ、一体どうすれば……」


「…壊すしかないな。」


「壊すって…そんなこと可能なんですか?」


「やってみなければ分からない。だが、この隕石には真核、力をため込んでいる器がある。それを打ち抜くことができれば止めることは可能だろう。」


「壊す!?いや、それは……」


聞いていた研究員が慌てた様子でそれを止めようとする。


「なら、どうする。このままこれが臨界点を迎えるまで待つのか?」


「いや、その……」


何か反論を口にしようとした研究員だったが、最後には口を噤んだ。


「…仕方あるまい。その人の言う通りだ。このまま手をこまねいていてもろくなことにはならない。」


「所長……分かりました。」


研究員たちの了承も得たところで、丸井は隕石の前に立ち精神を集中する。そして、渾身の力で隕石の真核に拳を突き出した。しかし、丸井の全力をもってしても真核まで届かなかった。


「…ダメだな。信じられないが、この隕石には意思があるようだ。私の攻撃を蓄積したエネルギーの塊で防いでいる。」


「隕石に意思が!?い、いや、それよりも丸井先生でも無理なんじゃ、もうどうしようも……」


「…飯垣、お前もやれ。二人同時でなら突破できるかもしれん」


「お?おぅ!任せろ!」


丸井と飯垣は隕石を前に並んで立った。


「まずは目標の確認だ。空握を使う時と同じように意識を集中し、精神を研ぎ澄ませ……見えるか?」


「…中心に光る結晶みたいなものが見える。これか?」


「それだ。大丈夫そうだな。なら、左右から同時に打ち込むぞ。余計なことは考えるな。結晶、その一点を打ち抜くことに全てを込めろ。」


二人は隕石を挟んで対面に立つと、一呼吸の間をおいて意識を統一したかのように一瞬の狂いもなく、同時に真核に目掛けて拳を突き出した。エネルギーの塊はその衝撃を再び防ごうとしたが、両側からの攻撃にその威力を逃がす先を失い、今度こそ真核にまで届いた。

二人の感覚の中で「バキンッ!」と真核の砕ける音が響いた。

そして、次の瞬間には残されたエネルギーの塊は霧散していき、研究所内で鳴り響いていた警告音も次第に収まっていった。


「上手くいったか。飯垣、よくやった。今のは良い一撃だったぞ。」


「はっ!これくらい朝飯前ってやつだ。」


しかし、今度は研究室内に別の警報音が鳴り始めた。

隕石が壊されたことにより放出された高エネルギーが室内を満たしていく。


「まずい!エネルギーの抽出急げ!皆さんは早く外に避難してください!」


研究員の指示によって、学園側の者達は研究所の外へ避難させられた。

高密度のエネルギーは人体にとって害になるらしい。研究員は当然ながら対策用の薬を常備、服用しているため問題なかった。


「はぁ~とんだことに巻き込まれたね。先生と舞人のおかげで助かったけど、二人が居なかったらどうなっていたか。詳しく聞く暇もなかったけど、かなり危険そうな雰囲気だったよね。」


「なんか、場合によっては大爆発する可能性もあったらしいぜ?この島どころか日本まで吹っ飛ぶんじゃないかとか、陰で話していた研究員が居たよ。」


「何それ?初耳なんですけど。あのままだったら私たち全員お陀仏だったってこと?」


「もし本当にそんな爆発だったら、逃げても手遅れだった可能性が高そうだけどな。まぁ、解決したんだしもういいじゃん。さっさと帰ろうぜ~。」


生徒達はワイワイと話しながら戻っていく。ほっとしていた教師たちもその状況に気づいて「こら、一旦戻るまでは好き勝手に動くな~。」などと言いながら引率として彼らを追いかけて行った。


「皆お気楽だなぁ。それじゃ、先生、僕達も戻りましょうか。」


「それは構わないが、影沼、今、能力を使ったな?何をしたんだ?」


怪訝な顔で問う丸井に、影沼は少し驚いた表情をしたが、あっけらかんと答えた。


「ありゃ、流石先生。良く気づきましたね。でも、ただの確認ですよ。」


「確認?」


「えぇ。あの隕石が無くなったことで能力が使えなくなってないかの確認です。」


言われてみれば影沼の言い分は納得できるものであった。

あの隕石により能力が使えていたのであれば、使えなくなっていてもおかしくはなかったからだ。


「…なるほどな。あの隕石は能力の発現の原因ではあっても、源ではなかったということか。」


「そういうことです。ただ、今後は新しい異能者が生まれることは無くなるかもしれませんね。」


新しい能力者が生まれなくなる。それはすなわち異能学園の存在意義が失われるということであった。それを聞いていた露木は少し考えるような仕草を見せた。


「ふむ。それは調査が必要だな。本当にそうなるのであれば、この学園もいずれ不要になるだろう。私も肩の荷が下せるというものだ。」


「異能者がねぇ…まっ、まだ確定でもないんだろ?とりあえずの問題は片付いたんだ。そろそろ俺らも帰ろうぜ。」


こうして異能者が現れるきっかけとなった隕石は丸井と飯垣、二人の手によって破壊され、エネルギーの暴発という危機は回避されたのだった。

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