6ミリ
紫陽_凛
マトリョシカ
カレシの
あたしは洋くんのことは好きなんだけど、ちょー好きなんだけど、じぶん、あたし、すなわち「ミリちゃん」のことは嫌いで、いかに大好きな洋くんといえど「ミリちゃん好き好き」言われるたびにあーきっしょ、よりによってあたしになんでこんなこと言うんだろこの人、でも洋くんのことは好きだから黙っとこ、みたいに頭ン中をぐるぐる回して、「うんあたしも好きだヨ」とか言ってしまう。2024年馬鹿じゃないの大賞受賞。
ちなみにこの大賞は更新制で、最近だと、洋くんの好きなハンバーグを作ってあげたら「ミリちゃんサンキュ愛してる」って言われて、それに「どーいたしまして♡」と答えちゃったのとか、あと「アツいからアイス買っといた」って言ったのに「ありがと♡」って返されてうれしくなっちゃったあたし、とか。
ちなみに2023年度馬鹿じゃないの以下略は、年末にコーハク見ながら洋くんとイイ感じになってそのままセックスしちゃったことだ。頭ん中冷めてて、ハッピーもニューイヤーもくそもねぇよ、馬鹿じゃねえの? とどこかではおもってて、でも、いっぽうで「愛してるよ」とか「好きだよミリちゃん」って言われてて、それを「
でもさあ嫌いって言ってるけどさあ身体に傷はつけたくないし死にたくはないんだよね不思議と。その時点で自己愛天元突破してンじゃん? あたし別に自分のこと殺したいほど嫌いなわけじゃないんだよね。ただ嫌いなだけなんだよね。
そんなあたし、
「脱皮じゃないよ」とミリ2が言う。「あたしはあんたに虐待され続けたあんたです」
はー? 虐待もくそもないんですけど? あたし、あたしことミリちゃんのことはだいっきらいだけど、普通に世話してたじゃないですか? メシもトイレも風呂もちゃんと入ってたじゃないですか、いやだったけど。
「ていうかなんで増えてんの? 洋くんが帰ってくる前になんとかして」
あたし、すなわちミリ1のなかみは空っぽだ。皮だけになってしまっている。肋骨のうらがわをたたくとこんこん音がする。
「なんとかしてほしいのはこっちなんですけど」とミリ2。「そのうちあたし、割れるよ」
と言うが早いかミリ2がぱっかんと割れた。あたしと同じように割れた。そしたら、中から恐ろしく臭いミリ3が出てくる。うわきたねえ!
「ちょっとマジ勘弁して」とミリ2。以下同文のあたし。いや、あたしたち。
「歯も磨いてるし風呂も入ってるはずなんだけどなにそのていたらく。最低」
あたしが鼻をつまむと、
「いや普通に風呂やだし歯磨きもしたくないけどね」とミリ3。「あんたたち、そう思わなかった?」
おもった。ミリ2とあたし、顔を見合わせる。そのうち、ミリ3もむずむずし始めた。わかったこれアレだ、ロシアのアレだ。マトリョシカ。大きな人形の中から小さな人形が出てくる。小さな人形からもっと小さな人形が。そしてさらにさらに……エンドレス。最後にはいっとう小さな人形が出てくるという寸法よ。
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいや!
寸法よ、じゃない。そんな悠長ぶっこいていられるかってんだ。
ミリ1、じゃない、あたし、いやあたしたちか。あたしたちは心配になってくる。どこまで割れるんだろうあたしたち。どこまで割れたら……。どこまで割れたら腹の底が見えちゃうんだろう。
って、心配してるうちにミリ6まで増えてる。ミリ6はボロッボロの服を着てフケだらけの頭をぼりぼり掻き、油でギトギトした髪の毛を撫でた。あたしから五回も脱皮したとなると、ミリ6はちいさくて細くて、まるで歳の離れた妹みたいにみえる。
「なんでこんなことになってるんだっけ……」
ミリ6はきたならしい服の裾で頭のあぶらにまみれた指を拭う。さすがにかわいそうだった。なんでこんなことになってるんだろう。なんでこんなことになってるんだっけ? どうしてじぶんがこんな有様なのか、
あたしが、あたしを嫌いだからだ。
ミリ1、あたしは、自分のからだのまんなかに走っている破れ目をつなぎあわせ、「一緒にお風呂に入らない?」とみんなを誘った。
「ついでに歯も磨こうよ。それからお菓子を食べよう」
「何のお菓子?」
ミリ5が聞く。あたしははっきりこたえる。
「板チョコ割ってみんなで食べよう。洋くんにはないしょで」
6人のミリたちは拳を突き上げた。
あたしたちの思いは一つだった。こんな連帯感が生まれたのは初めてのことだった。あたしはあたしを綺麗にしなきゃいけない。いやちがう、綺麗にするんじゃなくて、綺麗に保って、そんで、もっともっと丁寧に扱わなきゃならない。
あたしはミリ2の髪の毛をドライヤーで乾かすし、ミリ2はミリ3に服を着せている。ミリ4はミリ5と6の背中を洗うのに夢中だし、5と6はお互いに水を掛け合っていた。狭い浴槽の中だったけれど結局のところミリはあたしなので、ゆっくりお風呂に浸かれた。
それからたっぷり化粧水を使って保湿したりボディクリーム塗ってみたりとっときのコロンを吹きかけてみたりお気に入りのワンピースを着てみたりした。あたしたちは、いやわたしは、それから板チョコをぼりぼりかじって食べた。
だけど襲ってきたのは虚無感だった。なんでこんなことになってるんだっけ?
なんでこんなことしてるんだっけ? 意味ある? あたし、こんなことする価値ある? ないよね?
食べかけの板チョコをゴミ箱にぶん投げそうになった瞬間、タイミングが良いんだか悪いんだか分からない洋くんがバイトから帰ってきて目をまんまるくする。
「ミリちゃんどうして泣いてんの」
「泣いてないよ」
「泣いてる」
「泣いてない!」
洟すすって、あたしは塩味の板チョコをかじった。
「ねえ洋くんあたしのどこがすきなわけ」
「どこって」
「あたし、あたしがだいきらい。ぜんぶきらい。本当は全部投げ出したい。こんなあたしを引きずって生きていくのがいや。そもそも、身体があるのがむり」
言ってることがめちゃくちゃなあたしだけど、あたしにも言ってることがめちゃくちゃな自覚があるので、なお泣きたくなった。当たり散らす相手を間違ってる。ほんらい殴らなきゃいけないのは、そう、自分だ。あたしはミリ6の姿を思い浮かべる。されて当然の扱いだ。あれが相応だ。あたしにふさわしい。もっと殴れ。もっともっと殴れ。ボッコボコに殴ってしまえ。形がなくなるくらい殴ってしまえ。しんじゃえ、しんじゃえ、しんじゃえ、しんじゃえ、あたしなんか、しんじゃえ。
「あたし洋くんのことすきだけどあたしのことはだいきらい」
「じゃあミリちゃんのことすきなおれのこともきらい?」
洋くんはあたまのわるいあたしと違って頭が良いので、すぐに順応してくれる。
「おれのこときらい?」
「すきだとおもう」
「おもう?」
「すき」
「じゃあそれでいいじゃん」
洋くんはあたしを抱きしめる。
「そうしたらさ、おれのすきなミリちゃんのこと嫌わないであげてよ」
「ばかだね」
マトリョシカのあいだから漏れた本音に、洋くんが笑う。
「すきだからね」
泣きすぎたまぶたを下ろすと、目の裏がちかちかひかった。
6ミリ 紫陽_凛 @syw_rin
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