第20話



 夕方に、彼は起きた。

 人払いをしたあとに、天佑がわたしの身に降りかかっていたことを包み隠さずに教えてくれた。

 ーーその中には天佑が隠しておきたいはずの黄先生の真意も含まれていた。



***



 数日が過ぎて、わたしは元気になった。天佑も本調子が出てきたみたいで、いつも通り執務に精を出している。

 天佑はあれから毎日。部屋を訪れては、わたしをぎゅうぎゅうに抱きしめて眠った。この日もそうだろうと思っていた。けれどその予想に反して、天佑が「庭園を歩かないか」と誘ってきたものだから、目を丸くする。



(久しぶりに外に出たな)


 あの事件があってから、わたしは部屋から出るのを禁じられていた。

 出会ったばかりの頃なら、それに反発を覚えただろう。

 けれど、眠りから醒めなかったことで天佑にどれほどの心配を掛けたか。分かってしまったから……それを受け入れようと思った。



***



 夜の庭園は昼間とまた違う美しさを見せていた。そしてわたしが感銘を受けたのは星空だ。


(綺麗)


 美しい星々が輝く空。余計な灯りがないからこそ、煌めいて見える。

 こんなに綺麗な星空を見たのは初めてだ。


「星が綺麗ですね」

「ああ」


 天佑は無言のままわたしを庭園へと導いた。

 以前は気になっていた沈黙は、もう気にならない。

 誰も居ない庭園に二人きり。

 まるで二人きりの世界になったみたいだ。



「天佑」


 目が覚めた時から、ずっと彼に言いたかったことがある。

 今ならば、言える気がして、息を吸う。



「いつか、いつかわたしは『琴葉』を見つけますよ」

「頑固だな。お前が『琴葉』に違いないのに」

「でも証拠がないでしょう?」



 ふ、と微笑めば、彼は苦笑した。それは以前のように禍々しいものではないーーもしかしたら天佑も変わり始めているのかもしれない。

 わたしは今まで散々見ないフリをしてこようとした。

 それを今夜、終わらせようと思った。



「だからね、次はわたしが『琴葉』であるという証拠を探してみようと思うんです」


 わたしの言葉に目を見開く天佑。

 長い眠りの時に見た夢。正直なところ、あれが『鏡の国』をプレイしたからか。それとも本当にわたしが『琴葉』であったからなのかは分からない。だけどあの時。女の子と約束したのだ。


 もう目を逸らさない、と。

 ゆったりとわたしが微笑えば、反対に天佑は苦しそうに顔を歪めた。



「良いのか? お前が『琴葉』であるのならば、今のように逃げ道を残してはやれない。今ならば、まだ逃げられる方法があるのかもしれない」



 でも天佑が賭けを持ち出したのは彼の慈悲だった。

 そうでなければ、この賭けは彼に利がなさすぎる。

 わざわざ賭けなんかしなくても、初めからその絶大な権力で囚えてしまえば、それで済む。天佑としてもその方が楽だっただろう。

 『賭け』を持ち出したのは彼なりの優しさだったのだ。

 それをやっとわたしは気付いたからこそーー彼と向き合おうと思った。



 こくりと頷けば、天佑は泣きそうな顔で笑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後宮にトリップしたら皇帝陛下に溺愛されていますが人違いでは? 秋月朔夕@書籍発売中 @ak04yu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画