第19話


「……っ、琴葉。起きてくれ、琴葉……!」



 誰かが呼んでいる。

 泣きそうな声でわたしを呼んでいる。



(泣かないで。ちゃんと起きるから)


 ふるりとまつ毛を震わせ、目覚めようとしたのに。どういうわけかやけに瞼が瞼が重かった。

 ーーこのまま眠りについていた方が楽ではないか。そう思うくらいに。

 けれど、わたしを呼ぶ声があまりに切実なものだから。それに応えたかった。大丈夫。ちゃんと起きるよ、と安心させたかった。




「…………ことは?」



 呆然と天佑がわたしを呼ぶ。信じられない、とばかりに声を震わせて、彼はクシャリと笑った。


「ああ、やっと目が覚めたのだな」


 

 彼の瞳から涙が溢れる。それを指で拭いとろうとすれば、その動きがどうにも緩慢なものになってしまうことに気がつく。



 どうして泣いているの、そう尋ねようとすれば、声が掠れて出てこなかった。



「……もう三日も眠っていたんだ」

「え……」



 おかしい。そんなに寝たつもりはない。

 いつも通り眠っていただけなのに。そう思いはしても、身体の倦怠感が過ぎ去った日時を分かりやすく教えてくれた。



「良かった。本当に良かった」


 縋るようにして、抱きしめられる。

 痛いくらいの抱擁。全身全霊でわたしの存在をこの世に繋ぎ止めるようにして、彼がわたしを腕に閉じ込める。

 きっと最初の頃であれば、このような抱擁。

 怖いと思って拒絶しただろう。

 正直彼のことは今も怖いと思う時がある。

 逃げたい、と思う時も……。



(でも、向き合うって決めたから)



 夢の中で出会った小さな女の子。

 顔も分からなかった女の子と約束した。

 もう天佑から逃げない、と。



 そっと天佑の背に手を伸ばして、ぎこちなく、彼の背を撫ぜる。

 それに安心したのか、徐々に天佑の力が抜けていく。



「琴葉……」


 か細い声で彼がわたしの名前を呼んだ。安心させようとわたしも彼の名を

呼ぼうとしたその時ーー天佑が倒れた。


(え、ええっ……?)


 わたわたと彼を寝台に寝転がせる。

 彼の顔を覗き込むと、ひどくやつれていた。



 とりあえず誰か呼ぼうとして、寝台を降りようとした。

 けれど久しぶりに動かしたからか、そのまま尻餅をつく。ドタン、と派手な音は部屋の外まで聞こえたようだ。「どうされましたか」と慌ただしく女官が部屋にやってくる。



「貴妃様、お目覚めになられたのですね!」


 涙ぐむ女官に、天佑のことを告げる。彼女らの一人が医官を呼びに部屋を出た。

 そして、残った女官が、事情を教えてくれた。

 いわく、わたしがもう三日も眠っていて、天佑はその間。不眠不休で、看病に勤しんでいたのだと。



(ずっと天佑がついてくれていたの?)


 天佑に心配させてしまったことは心苦しい。だけど、それと同時に湧き上がった感情は……



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