第十話:任務だ任務!さっそくパーティー組むぞ!俺勇者な!
かの『ラッキースケベ事件』なる事案から一晩明け。
朝の光が照らす仙城では、活発で元気のよい青年たちの気合いの入った声が轟いていた。
「うらぁぁぁ!」
「剣の筋がブレてる!」
仙城の広大な庭では、修仙を学ぶ若者たちが皆汗水を滴しながら剣術の修行に励んでいる。
しかもそれが憧れの
少し前までは、『
故に、
カンッキンッと、若者の真剣と
それまで互いに顔を向き合い、ジリジリと刀同士を擦り付け合って相手の間合いを読んでいたが、ふいに
それに油断し一瞬身体を硬直させた若者の隙を逃す事なく、
急所を狙われては、若者が
ぶるぶると震え上がりながら若者が真剣から手を話し、降参の意味を込めて両手を上げれば、
圧倒的なまでに差の開いた決着がついた事により、稽古を観戦していた他の若者たちは皆一斉に「おお~!」と歓声をあげるが、勝者であるはずの
(……?また俺の気のせいか?)
腹の辺りを手の平で擦りながら、
なぜかここ最近、腹の奥が熱く感じる時があるのだ。
腹痛とかではなく、とにかく腹の中に何か暖かい液体がくつくつと煮えているような感覚がし始めたのが、ここ三日間くらい続いている。
その違和感に、毎朝着替える際は鏡で腹の辺りを見てみるのだが、いつも表面上は何もないのだ。
薄っぺらい白い腹に何の変化も訪れていない事に更に疑問を感じながらも、熱さ以外のこれといった不調はないため、
腹の熱さの事は気にせず、次の若者の稽古に取り掛かる。
「剣を構える時は、なるべく腰を落として重心を意識しろ。膝は真っ直ぐよりも少しだけ外側に曲げる意識をした方がブレにくい。振りかざす時は、刃の向きがどこにあるのかを常に意識して……」
しかも元々オタク気質で自分の好きな物や得意な事を他人に布教するのが得意なため、相手がいかに分かりやすく物事を受け止められるのかも長年のオタ活で熟知している。
このスキルを活かしながら
「……
まさかあのちゃらんぽらんが師匠らしい事をするなんて思わなかったのだ。
時には少し厳しめに若者にアドバイスをしながら、時には良かった所を褒めてあげたりと、飴と鞭の使い方が完璧だ。そりゃ誰だってボケッと見てしまうだろう。
「って、ああ。見ている場合じゃなかった……
「おー、どうした
雑念を振り払うかのように頭を数回降りながら
我らが
「人間界から依頼が来ておりますので、ご説明をさせていただきたく…」
「ぃやったぁぁぁぁ!!」
「何ですか急に!鼓膜が破れるでしょうが!」
依頼という言葉を聞いた瞬間、つんざかんばかりの大声で歓喜の悲鳴を上げ出す
そんな視線たちなど気にする素振りも見せず、まるで小学生男子が好きな子と同じクラスになった時のような大袈裟なガッツポーズをかます
「だってよー!仙人っていったら、色んな依頼を引き受けて颯爽と敵をボコスカ薙ぎ倒していくのが醍醐味だろ!原作見てた時からやってみたかったんだよなぁ、妖怪フルボッコにするやつ!」
わくわくと、字面が顔面に書いてあるかのような満面の笑みを浮かべながら、
まるで男子小学生が友達同士でやる遊びのように幼稚な事をする
そんな一番弟子の苦労など露知らずといった具合に、
さらさらと何かを書き終え、満足したのか今度はふんぞり返るかのように偉そうな態度をとる
目線の先には、『修仙人妖伝』のキャラクターの名前やゲームの専門用語がズラリと書かれていた。
「そんじゃ、早速パーティー組むぞ!俺は主人公だからもちろん勇者じゃん?んで
「
「はーいはい……」
せっかく書いた編成が
真剣にならなければいけない状況に加え、今しがた『悩みの原因第一位』である男が呼び出しを受けてこちらへとやってきたために、
「……呼んだか?」
「お、おー
今しがた足でぐしゃぐしゃにされた砂の上を踏みしめながらこちらへと近づいて来る
しかし、冷静なのは声だけであり、その端整な顔がまるで林檎のように真っ赤に染まっている。
対する
いわば、二人ともがお互いに照れを隠せず、心なしか淫靡な雰囲気さえ漂っているのだ。
「……」
「……」
二人の間に、微妙とも絶妙とも言える何とも不思議な沈黙が流れ行く。
しばらくの間、その様子を静かに見守っていた
こめかみに青筋を浮かべながら、地が震える程の低音で二人の間に入った。
「……アンタらぁ、無言で照れるの止めてくださいよ。こっちが気まずいでしょうがぁ……」
「わ、悪い……」
そのあまりにも恐ろしい般若のような顔つきに、さすがの天清仙人や妖王であろうと震える他なかった。
顔を青くして謝る二人を尻目に、
「さっそくですが、今回の任務の説明を致します」
そう言う
曰く、人間界のとある小さな川辺付近にて、ここ最近人攫いが頻発しているというのだ。
夜遅くにたまたまそこを通りがかった若者たちが、何者かに拐われ、痕跡すらも残す事なくどこかへ消えてしまうという事件が後を絶たず、犯人の目処も全く立っていない中、もうどうにもならないと判断した人間界の者が仙界にいる
「あっ、俺らが服買いに行った人間界の小町通りで、そんな感じの話してた奴らがいたよな?」
「……いたな、確か」
二人の服を購入するため人間界へと訪れた際に、人間たちがこそこそと噂話をしていた事を思い出す。
そしてあの、噂話の中で『被害者は皆若く美しい男女ばかり』といった話が出ていた事の記憶も甦る。
首謀者の目的は何か。拐った被害者は生きているのか。犯されたりはしていないのか。もはや遺体となってしまっているのか、はたまたどこかの裕福なタヌキジジイの元へと売られたのか……。
さまざまな思惑がよぎる中、
とりあえず現場に行ってみない限りは何も進まないからと、拳を力強く握りしめた。
対する
「依頼の内容を統括して一言で言うと、小町通りで拐われていく見目の良い男女の救出及び、主犯である者を捕らえるのが我々に与えられた任務となっております」
「っしゃー!さっそく……」
「お待ちなさい、バカ」
やる気まんまんといった具合で
「待ってください。まだ誰を連れていくのかとかの作戦とかも考えねば」
「うわぁ、めんど……」
しかし、そう容易く落ち込んでいられる程、
強い決意を宿しながら顔をバッと上へ上げ、そのまま右手をピンと空に向かって伸ばしたかと思えば、今度はカッと開いた目で真っ直ぐに
「俺!俺は絶対行く!俺俺俺俺!」
「わかったから!オレオレ詐欺じゃないんだから黙りなさい!」
ふと、先ほどからあまり動きのなかった
「……この程度の任務であれば、俺と
「えっ、でも……」
まさか、前までいがみ合っていたはずの二人だけで任務を遂行しようと言うのか。
それはさすがにまずいだろうと
「天清仙人と妖王だぞ。他に有象無象が着いてきたって、足手まといになるだけだ」
「うっ……ぐぅの音も出ない……」
「腹減った時の音は?」
「ぐぅ~……じゃなくて!ふざけないでくださいよ
一人ふざけた事をぬかしてわははと子供のように笑い声を上げる
しかし
「だーいじょぶだって。俺とコイツがいれば百万馬力ってもんよ!それに、もしマジでヤバくなったらその時は応援を呼ぶ合図するからさ」
そう言う
ふざけてはいるが、本当に最後まで責務を任うするという決意が滲み出ているその様を見れば、
「……信じてますよ、
厳かな、しかし信用を滲ませた
顔を合わせる度に、『あの時の事』が脳裏を過ってしまうため、
対して
互いに羞恥が勝るためにヘタレ具合が凄まじいが、いつまでも見つめあっているわけにはいかない。
「よ、よろしくな~、
「……ああ」
「……」
「……」
隠しきれない羞恥心のために言葉のキャッチボールができないせいで、二人の間にまたしても絶妙な間が空く事となった。
目線を合わそうにもなかなか合わせられず、しまいには無駄に足をそわそわと動かしたり頬をぽりぽりと掻き出す二人に呆れ返った視線を寄越す
そうしてしばらくの間、照れる大の男二人を死んだ目で見つめるこれまた大の男という何とも不思議な光景が流れ行くが、ふと
「……じ、じゃあさ!さっそく作戦会議しようぜ!」
「……ああ、わかった……」
緊張で裏返ったその声に対し、これまた妙に上擦った声色を発しながら
その言葉を合図に、
ようやっとこの微妙な空気から抜け出せたと安堵のため息を着きながら二人を背に遠ざかるが、後ろから「……お前、耳真っ赤だぞ」「っ……うるさいっ!お前こそっ!茹で蛸みてぇに赤いじゃねーかよ!」と言う何とも低レベルな会話が聞こえて来る事に思わず苦笑を浮かべた。
最初はどうなるかと思っていた二人の関係だったが、先日の居室での出来事もあり急接近したであろう距離に、微笑ましく思う気持ちを抱いたのもまた事実。
このまま
「ふぅ……とりあえず嵐二つは去りましたね……」
二人から幾ばくか距離を取り、精神的に溜まった疲労を解かそうと近くの大木に寄りかかった
誰なのかと視線を気配の方向へと移せば、そこには長い黒髪をたなびかせながらこちらを見つめてくる
「あの、
「
何か様子がおかしい
これが
ふと、
「あの、勘違いだったら申し訳ないんだけど……兄さんと
「ブッフォアアアアッ!!」
「え、やだごめんなさい!驚かせるつもりはなかったの!」
「い、いえ……大丈夫ですら……」
顔についた唾を手拭いで拭きながら、
「ど、どうしてそう思われたのですか?」
「……前に、私のせいで暴走した兄さんを止めるために、
「はは、まあそりゃそーですよね……うちの
確かにおかしい。それは紛れもない事実である。
しかしいくら頭がおかしくても、口づけ事件はともかくとしてあの二人の距離感は明らかに男同士の距離ではない事は
あー、と微妙な顔をする
「ううん、でもそれだけじゃないの……何だか、最初は凄く陰険な雰囲気が漂ってたのに、最近は凄く距離が近くなったというか……兄さんも
「あー、確かにそう捉えられてもおかしくはないですね……確かに意識し合ってる感じはしますが、まだそこまでの関係では……」
そこでふと、
髪の毛が影になって、表情が読み取れない上に一言も言葉を発さなくなってしまった。
まさか、実の兄とへちゃむくれな
「あの、
「……滾るわぁ……次の春画の題材にしようかしら……」
「……え?」
滾る?春画?春画って事はえっちな絵って事?題材にするって事は、普段から描いてるって事?しかも実の兄とへちゃむくれ年増のえっちな絵って事?え、この子まさか腐女子ってやつ?
さまざまな疑問が
キャパ越えでサカバンバスピスのような顔をする
「何でもないの。ごめんなさい。それだけだから、私は失礼するね」
そしてそのまま手をひらひらと
一人ぽつんと取り残された
「……なんか、フランス映画を字幕なしで見てる気持ちがする……」
その呟きは、虚しく木々の間を流れながら小さく木霊するのであった。
中庭を後にし、とりあえず
「さっそくだけど、どうすっかなー…」
膨大な数の被害報告や、犯人とおぼしき人物の目撃情報、そして拐われた被害者たちの個人情報や情報提供のために渡された肖像画などを見ていくうちに、二人の間に様々な疑問が飛び交う事となった。
「……被害者の系統がよく似ているな」
「あー、確かに。ただの美男美女ではなさそう」
そう。被害者の肖像画を見比べていると、どの人物も男女問わず似たような顔つき、似たような髪型、似たような雰囲気を携えているのだ。
「男女問わず、 みんな栗色の長髪で色白、切れ長の目でほっそりとした体型……あれ?なんか既視感があるな?」
これ、みんな自分にそっくりじゃん、と。
目を丸くして硬直し出した
「……お前が囮になれば、主犯なんかあっという間に釣れるんじゃないのか?」
「……ですよねぇ。まさか自分がこんなにドンピシャだとは……」
美形な主人公も大変なものだと
「…………」
「……?おーい
「……いや、何でもない」
声掛けで我に返ったはいいが、いまだ
気を取り直して作戦会議を再開させたが、ふと
「俺は三界を滅ぼそうとした妖王として顔が知れ渡っているから、あまり表沙汰には出られない」
「それな~。やっぱ俺が囮になる作戦が手っ取り早いよな」
しょうがないとでも言うかのように
できればあまり痛い事はされたくないと思ってしまうのは、いくら仙人と言えど仕方のない事だろう。
うんうん唸っている
「お前もよく知っているだろうが、俺の戦闘での能力は主に
「なるほどなるほど」
しかし、操るといっても無理に使役しているのではない。命の灯火を絶やした者たちの魂は、皆宛てがなく行く所も定まらずに、孤独を費やしている者たちばかりだ。
成仏できれば御の字。そして未練などから悪質な妖怪になる者もいる中で、そのどちらにも属さずに浮遊霊のようになってしまった者たちの魂に、
『俺と共に、戦ってほしい』と――――。
そうして
要は、今回の任務において屍人を有効活用しようというのが
「んじゃまぁとりあえず、
「……みに、だの、じーぴーえすだのは知らんが、何となくは理解した。それで行こう」
またうっかりと横文字を使用してしまったが、無事理解を示してくれた
それを見た
一通りの作戦を練り終わり、
「意外と簡単にイケんじゃね?」
「……油断は大敵だ。もしもの事があるかもしれないだろ」
「まーな。その時はその時。来るかもわかんねぇ未来の事でビビってちゃなんもできねーよ。人生は挑戦そのもの!って言うしな」
声高らかにふんぞり返りながら言う
「……お前は、強い奴だ」
「ん?何か言った?」
どうやらその言葉は、
「……
「……ん?」
「……この任務が終わったら、お前に聞きたい事がある」
「……?おー……?」
「……では、明日に備えて俺は部屋で休む。また何かあれば呼び出してくれてかまわない」
そう言ったっきり、もう夜も遅いからと
先ほどまでの穏やかな空気が遮断されたかのように、辺りはシーンと静まり返る。
そして、取り残された
「……いや今言ってくれないと気になりすぎて夜しかぐっすり寝れないじゃん」
夜に眠る事ができれば充分だと、その場で
修仙人妖伝にて、悪役の光堕ちを希望します! 汐味ぽてち @yamakano
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