後編
私には、両親との思い出がほとんどない。私が小さい頃に、両親は事故で亡くなってしまって、唯一私が覚えているのは、私に優しく微笑みながら頭を撫でてくれる両親の姿だけだ。お葬式では、まだ小さくて理解に及ばなかった私は両親が入った棺を叩きながら、「朝だよ?」と繰り返し繰り返し叫んでいた。心の中ではとっくに気づいていたであろう私は、何度も何度も叫びながら周りを困らせて、お婆ちゃんとお爺ちゃんに抱かれて葬式の外へと連れて行かれた。
本当は、誰よりも側にいて見送りたかったであろう祖母と祖父は、泣きじゃくる私を抱きかかえてあやしながら、外で時間を潰す。
いつの間にか眠ってしまった私は、祖母と祖父の家で目が覚めて気が付いた時には、何もかもが終わってしまった後だった。最初は何度も何度も、「お母さんは?お父さんは?」と繰り返し呼んでいた私も、いつの日か成長して理解できるようになり、その言葉をいつの日か言わなくなってしまった。
"理不尽だ。"最初に感じたその言葉だけが、私の心の奥深くに突き刺さって永遠に消えない傷跡を残す。
そんな私を見かねてか、今では分からないのだけれど、祖母と祖父は私に今まで以上の沢山の愛情を私に注いでくれた。私が我儘を言わなくなってからは、私が欲しいだろうと思った物や、好きだった物を与えては、たまに外へと連れ出していろんな事を体験させてくれた。次第に大人になった私も、中学生になる頃には普通の生活が出来るまでに回復した。
私もいつの間にか高校生になり、彼氏ができて幸せな毎日を送るはずだった。そんな矢先にお爺ちゃんが亡くなり、ドタバタした高校生活も終わって大学生も終盤に差し掛かった頃には、お婆ちゃんが亡くなった。
現実を受け止めきれず、何処かつっかえていた私の心はお婆ちゃんが亡くなったことで次第に壊れていき、何もかもが嫌になってしまった。就活も大学も全て投げ出して一時期は酷い有様だった。そんな私を彼は、何度も何度も励まし支えてくれた。そんな事があってだんだんと立ち直る事が出来て、無事大学も卒業し、就活も終わって一度実家に帰った。
"何もない家の中"、"いつも私を優しく出迎えてくれた家の中"は、ひっそりとしていて、どこか懐かしい匂いだけが漂っている。
「私から全てを奪って行ったのは誰だろう?」
「誰が、私を怨んでいるんだろう?」
「なんで私だけが辛い目に合うんだろう?」
そんな考えが頭の中で木霊する。
立ち直れたと思っていたのに、現実はとても残酷で、泣き崩れてしまった私を何も言わずに抱きしめて慰めてくれた彼も結局は、遠い彼方へ消えてしまった。
テンテレレレレン♪テンテレレレレン♪
「うーん。ン"....」
目覚ましのアラームの音と共に不機嫌そうな私が目を覚ます。先ほど見た夢の余韻が私の心を冷たく凍らせて離さない。
「おはよう。」
私以外誰も居ない実家はひっそりとしていて、私の目からは涙が流れ頬へと伝っていく。きっと悪い夢でも見ているのだろう。
「おはよう。」
くぐもった声でもう一度言うが、ひっそりとした実家からは、何も返って来るはずもなく、私に残酷な現実を叩きつけてくる。
布団の中で動けなくなった私は、布団を思いっきり被ってまた寝てしまう。いつかこの悪い夢が覚めてくれるように。
お腹も空いてきた頃、外から何やら騒がしい音がして私は目が覚める。
今日は、夏祭りであるため外からはとても賑わった声が聞こえ、いろんな人が遠くで歩いている。
私は、泣きじゃくったせいで酷い顔になっている顔を洗い、服を着替えて外に出てみる。まだまだ明るい夏の空は、
ミ~ンミンミンミ~ン
というセミの音で夏の暑さに追い打ちをかける。
「あつい......。」
夏の日差しが私の顔を照らし、夏祭りの喧騒が私の心に突き刺さる。
私は、何も考えずに一歩一歩、歩きだす。
タンタラタンタン♪タラタラタンタン♪
私は休日の夏祭りの喧騒に揺らされながら、学生やお婆ちゃん、お爺ちゃん、子連れの家族の横を無言で通って行く。田んぼ道を通り、山の横を通って、商店街の方へと歩いて行く。夏の日差しに照らされて、白鷺と田んぼの水は眩しいほどに金色に染まっている。
「あ、白鷺だ!」
子供たちの笑い声がどこからか聞こえてくる。飛び立つ白鷺は、まるで幸せを手にしたように自由に空を駆け回る。子供たちもそれを追いかけながら幸せそうに走っていく。
商店街を通り抜けて来た先は、私が一昨日電車で乗ってきた無人駅。「「ようこそおいでくださいました。○○町!」」と書かれた
「.....ウゥ。」
声にならない声が漏れ、私の目から涙が次から次へと溢れ出てくる。
草の匂いや、川の匂いがどこからともなく流れてきて泣いている私の鼻を刺激する。
(帰って来るんじゃなかった。)
昨日まで帰りたくないなと思っていた私の心とは一転して、今は残酷な現実を突きつけられたことで、私の心は冷え切ってしまっている。
「「大丈夫だよ。大丈夫。」」
ふいに友人の言葉が脳裏を過り、スマホの方に手をやる。
私は、スマホを強く握りしめながら、電源を付けて指が止まる。
(電話してどうなるの?これ以上迷惑を掛けるの?)
そんな言葉が脳裏を過り、手が震えてしまう。私は、涙を拭ってまた歩き出す。
歩いている途中で、声を掛けてくれるお婆さんやお爺さんの横を無言で通り過ぎていく。私は商店街の方へ行くのを辞めて、遠回りをするため田んぼ道の方へと進んでいく。
夏祭りの喧騒とは一転して、田んぼ道の方は閑散としている。
(昔、ここでお爺ちゃんに川釣りのやり方を教えてもらった場所.....。)
だんだんと赤みがかっていく夏の空は、田んぼ道を抜けて神社の方へと差し掛かった頃には、真っ暗な夜空へとなってしまう。木々が風に揺られ夏祭りなのに誰も居ない神社はひっそりとしている。
(ここ、お婆ちゃんと花火を見た場所.....。)
私は、神社の石階段を見ながら少しずつ一段一段登り、これまでの思い出を振り返る。登り切った先の神社はやっぱり、ひっそりとしていて誰も居ない。
振り返って帰ろうとした瞬間、強い風が吹き私の目の前を髪が覆う。
きっとこれも夏の暑さが私に見せる
「ごめんな。一緒に夏祭り来れなくて。」
はっきりと聞こえて目の前で立っている彼をじっと見つめながら、私の目からは涙が流れていく。決して目を離さないように、涙で視界がぼやけて目が痛くなったとしても、私は目を瞑ろうとはしなかった。
きっと目を瞑ってしまえばこの
「一人にしてごめん。」
次に、発せられた彼の言葉に私は胸が痛くなる。
「あなたのせいじゃないじゃない。」
私は、私から全てを奪っていった何かに訴えるように必死に声を振り絞って彼にそう応える。
「ごめんな、知ってたんだ。自分の事、長くないんだってこと。」
「でも、君を一人にすることなんてできなかった。」
彼から初めて聞いたその言葉に、私が彼を離れられなくさせてしまったんだと思いずっと心の中で引っかかっていた事を聞き返す。
「もしかして、知ってたってことはもっと早く治療を受けられていたってこと?もっと早くに治療を受けられたら.........。」
「私が全てを投げ出して、酷い様子だったから?一人にできなくて........。」
その言葉が出たと同時に、これ以上先の言葉を聞きたくなくて、私はそっと目を閉じる。目をゆっくり開けると、いないはずの彼は立っていた。
「うぅん、治療を早く受けていたとしても治らなかった。もう手遅れの病気だったからね。」
彼は、私にそういうと、空の方を指差しながら言う。
「夏祭りは一緒に回れなかったけど、一緒に見られたね?"花火。"」
夏の空を彩る花火は、彼の顔を照らして消えていく。
「じゃぁどうして?」
彼が謝った事の真意が分からず聞き返す。
「別れるべきだったんだ。君にこれ以上辛い思いをさせない為なら。」
その言葉に胸を貫かれたような痛みが走る。
(私が彼にそう思わせてしまったのだ。)
私は、暗くなった彼の表情を見て元気な声で、
「私は、あなたと一緒でとっても幸せだったよ。ありがとう、そしてごめんなさい。」
その言葉と共に、彼の暗くなった表情は夏の花火に照らされて、彼の流した涙の雫は、彼と共に消えて行った。
(もう.......彼にそんな事を思わせたくない。)
気が付くと、私は神社の石階段で座って寝ていた。
あれが夢だとは到底思えない。そんな事が脳裏を駆け巡る。夏の夜、外で寝ていた私の身体は冷え切っていて、冷たくなった身体を必死になって立ち上がらせて一段一段階段を登る。登り切ったと同時に、花火が夏の夜空に打ちあがる。先ほど見た夏の空を彩る花火は、
「一緒に見られたね。花火。」
ひっそりとした神社の中で私は元気よく応えてから、花火が終わるまでずっと眺める。最後の大きな花火が終わってから私は神社に振り返ってから無言で商店街の方へと戻る。商店街では、出店の片付けがほとんど終わっていて、大人たちは忙しく働いていた。お祭りが終わってさっきとは打って変わってひっそりとした商店街の通りを歩いて行き、商店街にある食堂の扉を開けてから、
「まだやっていますか?」
と尋ねる。奥からおばさんが出て来て、ぎょっとした顔をしてから私の方へ駆け寄ってくる。
「どうしたんでねぇ。そんなぁ泣きはらしてぇ。」
と言って、私の肩を触ってさらにぎょっとした顔になる。
「こんなぁ冷たぁなってぇ。こりゃぁ大変やぁ。」
と言い、おばさんは急いで奥の方へ行って戻って来てから私に毛布を掛ける。
「ほれぇこれでも被っときぃ。うちのもんは皆夏祭りの打ち上げ行って今日は帰ってこんけぇ。」
「こんなおばさんで良ければぁ。話も聞くし、ご飯だってぇ用意しちゃるわぁ。」
と言い、またおばさんは奥の方へ行ってしまう。
「ちょい待っててんなぁ。あったかいもんもいるわなぁ。そがいな冷たいまんまやったら風邪もひいてまうわぁ。」
少ししてから大量の総菜と、おにぎりそれから温かいスープを持ってきたおばさんは、
「これでも食べなね。気にせんでええから、こりゃぁ夏祭りの残りもんじゃけんねぇ。」
と言って私に差し出してくる。私は、
「ありがとうございます。」
と言って、ご厚意に甘えて今日初めての食事を口にする。一口食べる事にしょっぱく感じるその料理は、気付けば私の目から涙が溢れていた。まだ覚めないような夢の中にいた感触は、次第に現実へ戻ってきて今の現状に申し訳なさを感じてしまう。
「その、すみません。」
「えぇんよぉ。こんなんで良かったらいくらでも食べぇ。」
「そんでぇどがいしたの?」
と聞いてくるおばさんに、先ほどあったことを話すことを躊躇してしまう。話しても信じてはくれないだろうし、本当に夢だったのではないかという思いが強くなってしまうからだ。口を紡ぐ私を見てから、
「無理せんでええんよ。」
と言い、私の背中をさすってくれる。
「信じてもらえないかもしれないんですけど、彼に会ってきたんです。」
言うつもりもなかった私の口から無意識に言葉が出てしまう。
「そうかいなぁ。それはぁ良かったなぁ。」
と言い、背中をさするおばさんは、どこか懐かしさを感じる。
「信じてくれるんですか?」
と震えながら言う私に、おばさんはニコニコしながら、
「信じるわぁ。きっと神様がぁ出会わせてくれたんやなぁ。」
と言い、話しを続ける。
「あそこにある神社はなぁ、縁結びの神様じゃけん。今でこそめっきり人が来ん場所じゃけんどぉ、夏祭りの喧騒に当てられて、神様もぉ出てきはったんやろなぁ。」
と話す。
「どうして私が、あの神社で彼に会った事を知ってるんですか?」
と驚いて聞くと、おばさんは、
「そりゃぁ私の実体験じゃけんなぁ。」
と笑い、私をギュッと抱きしめてくれる。
「辛かったなぁ。よぉ頑張ったなぁ。」
そういうおばさんは、私の背中をさすりながら、強く抱きしめて、
「さぁしっかり食べんさいなぁ。今日は泊まって行きなさいなぁ。」
と言って、奥の方へと消えて行った。
店の端っこの天井に置いてあるちょっと古い四角い黒のテレビからは、深夜番組の放送が流れている。私の身体は寒さで震えていて、掛けてもらった毛布と夕食はとても暖かく感じる。
「ご馳走様でした。ありがとうございます。」
そう言う私をおばさんは、ニコニコ眺めてから私を引っ張っていき、
「寒なっとるからお風呂に入んなさいなぁ。」
と言って、着替えとバスタオルを渡してくれる。」
「私の娘のもんで良かったらぁ使ってなぁ。」
そう言っておばさんは、風呂場から出て行って消えてしまう。
ガラガラガラ
お風呂の中は、とても暖かくてまだ夢の中にいるような気分になる。ほんの少し前までの自分は、心が冷え切っていて全てを投げ出してしまいたかったのに、今はほんのりと温かくて、もう「「彼を悲しませたくない。」」という思いが強くなっている。
「明日からは、どうしよっか?」
私は今まで沢山の人に助けてもらっていたんだって事を思いながら、冷えきっていたはずの心と身体が温かくなっていくのを感じる。
(今年も一緒に来られたんだね。)
先ほどまでの
今まで恨んでいたことが嘘のように消えてしまった私の心からは、感謝が溢れてきて、
「ありがとう。神様。」
そう呟いてからお風呂を上がる。
ミ~ンミンミンミ~ン
「昨日は、本当にありがとうございました。」
私は、昨日の事を振り返りながら勢いよく頭を下げる。
「えぇんよぉ。いつでも来てなぁ。」
そう言っておばさんは、手を振ってから扉を閉める。
ガラガラガラ......
ミ~ンミンミンミ~ン
お店の外は、とても良い天気でセミの声がまだ夏は終わらないことを告げてくれる。
私は、お世話になった方々に挨拶して回る。畑の方へ行くと、お爺さんとお婆さんがいる。
「今日、○○に帰ります。いつもありがとうございました。これ良かったら、どうぞ。」
そう大きな声で言って、先ほど買ってきた物を渡す。お隣のお爺さんとお婆さんは、
「いつでも帰って来なさいなぁ。家の事は心配せんでもええけんなぁ。たまに来ては草抜きだけでもさせてもらうからぁ。」
と言い、ニコニコしながら帰っていく。
カランコロン......
「いらっしゃい。あーちゃんやん、どうしたと?」
そう言って花束を持って出てきた友人に、
「今日、○○に帰ることにしたの。これ良かったらどうぞ。」
「わぁ、ありがとぉなぁ。」
「それと、この花買ってもいいかな?」
そう言って指を差した花は、私がここへ来た時に見ていた紫とピンクの小さくて丸い綺麗な花だ。
「これは、サマービューティって言う花やねぇ。」
「もともとは、アリウムっていう春に咲く花を夏に咲くようにしたんだったかなぁ。」
と説明しながら、包んでくれる。
「はい、どうぞぉ。」
「ありがとう。」
笑顔でそう応える私に、
「良い事あったんやねぇ。」
と言い、背中を叩きながら笑顔を向けてくれる。
「それじゃぁ、また来るから。」
と言って、私は店を出てから実家の方へと歩いて行く。
商店街を抜けて、遠回りをしてきた先は昨日来た神社だ。
私は神社に登って、先ほど買った花を日陰に置いてから手を合わせてお祈りする。
「よし!」
と元気よく応えてから振り返ると、強い風が吹き私の視界を防ぐ。
目を開けても、もう何も見えてくることはない。私は、花を取ってから、お辞儀をして神社の階段を下りる。
ガラガラガラ.....
建付けの悪い扉を開けながら、
「ただいま。」
と言い、帰る準備をしてから、服を着替える。
「この服も洗って返さなきゃね。」
と言い、昨日貸して頂いた服を丁寧に畳んでからカバンの中へしまう。
「これでよしっと。」
そう言ってから靴を履いて、花を持って外に出る。
山の中は涼しくて葉っぱの隙間からは、日の光がゆらゆらと山道を照らす。息を切らしながら坂を登り、墓の前にたどり着く。
「今日、帰るね。」
そう短く言いながら、手を合わせて花を差し替える。
私は山を下りながら、ここに来てからの事を振り返る。
ガラガラガラ.....
「ただいま。」
と言って、冷蔵庫の中の一昨日貰った野菜と買ってあった物で料理を作り、昼食を食べる。いつもより美味しいと感じるその昼食に、心が温かくなりながら庭を眺めて一息つく。
昼食を食べ終わって少ししてから、荷物を持って玄関の方へ行く。
ガラガラガラ......
「行ってきまーす。」
誰も居ない家に響き渡る私の元気な声は、夏の空へと消えていく。
お土産を買ってから改めて食堂のおばさんにお礼を言い、駅の方へ向かう。
「「ようこそおいでくださいました。○○町!」」と書かれたポスター、昨日あそこのベンチに座って泣いていた私はもういない。振り返って無人駅の改札へ進み。電車に乗る。
ガタンゴトンガタンゴトン
私は休日の電車に揺らされながら、学生や大人たちを乗せて、電車は都会の方へと進んで行く。車窓から見える街並みは、太陽の光を反射して銀色に染める。
「まもなく○○、○○。お出口は右側です。御足もとにご注意ください。」
電車のアナウンスを聞いて、私は今までお世話になった友人の事を思い出し、この夏に起きた出来事を振り返る。
ミ~ンミンミンミ~ン
大勢の乗客と一緒に駅の改札を出て、慣れ親しんだ町を見渡しながら大きく息を吸う。都会の喧騒は、田舎とは違った雰囲気が漂っている。
これからの事を前向きに考えながら、"今日の私の心は晴れ模様。"
神様なんて大っ嫌い 白ウサギ @SnowRose0
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