前編

テンテレレレレン♪テンテレレレレン♪

「うーん。ン"....」

目覚ましのアラームの音と共に不機嫌そうな私が目を覚ます。

「おはよう。」

 私以外は誰もいない薄暗い部屋の中からは、返事が返ってくるはずもなく、焦燥感からか寝起きの私の目から涙が一筋流れ頬を伝う。きっとでも見たのだろう。

「おはよう。」

 私はもう一度、今度は元気に写真に向かいそう問いかける。ニコっと笑う私と彼の写真に今の自分の顔が反射して映り、私は辛い現実に引き戻される。

「ひどっい顔。」

 カーテンを開けると、朝日が部屋の中に差し込み薄暗かった部屋を明るく照らす。私は台所に向かい顔を洗って、朝食の用意をする。前まで二人分作っていた癖で今日は、卵を無意識に2つ割ってしまう。

「あ~ぁ、今日は朝から豪勢だね。」

 

ミ~ンミンミンミ~ン


今日も外からはセミの声がうるさいほど聞こえてくる。朝食を作り終え、テーブルの上に朝食と私と向かい合うように写真立てを置いて独り言を呟く。

「はぁ、泣いてばかりじゃダメだよね?今日はしばらく会えてなかった家族に会いに行かなくちゃ。」

写真に向かってそう問いかけ、写真に負けないくらいの笑顔を作り朝食を食べる。

「今日は、猛暑だねぇ。」

片手でパンを片手でスマホをいじりながら"独り言"を続ける。

「何持って行ったらいいかな?」

「いつものでいいのかな?」

「お菓子とかあったほうがいいかな?」

私の独り言は朝食を食べ終わったことで止まり、私は無言で出かける準備に取り掛かる。

「行ってきまーす。」

返事なんて返ってくるはずないけど、返ってきたら困るのに、私は誰も居ない部屋に精一杯の元気な声で答えてから玄関のドアをゆっくりと閉める。

パタン.......

「あっつぅい。」

夏の日差しが私の顔を照らし。

ミ~ンミンミンミ~ン

夏の暑さに追い打ちをかけるようにセミの声が夏の青い空に響き渡る。

これから行く場所は、小さい頃に私が暮らしていた田舎町で、二駅ほど離れた場所にあり、自然豊かな田んぼや山に囲まれている場所だ。


ガタンゴトンガタンゴトン

 私は平日の電車に揺られながら、サラリーマンや夏休みに入って浮かれている学生達を乗せて、電車は田舎の方へと進んで行く。車窓から見える田んぼが太陽の光を反射して、白鷺と田んぼの水を眩しいほどに金色に染める。

(白鷺を見ると幸せになるんだっけ。)

昔どこかで聞いたそんな話を思い出す。幸せって―。

「まもなく○○、○○。お出口は右側です。御足もとにご注意ください。」

(途中で、必要な物買って行かなきゃなぁ。)

電車のアナウンスを聞いて私は買うものを思い出しながら、もうすぐ目的地に電車が到着するのを待つ。


ミ~ンミンミンミ~ン

何人かの乗客と一緒に無人駅の改札を出て、慣れ親しんだ町を見渡しながら大きく息を吸う。

無人駅には「「ようこそおいでくださいました。○○町!」」と書かれたポスターがあり、色褪いろあせて見えにくくなってしまっている。

「はぁ、ここは相変わらずね。」

草の匂いや、川の匂いがどこからともなく流れてきて私の鼻を刺激する。

(っさ、山に入るわけだし買わなきゃいけないものあるし、昼までには終わるようにさっさと行きますか。)

歩いている途中で、シルバーカーを押して歩いているお婆さんや、畑仕事をしているお爺さんにあいさつをしながら、私は商店街の方へ足を進める。


「ここも、昔よりはシャッター閉まったのね。」

商店街は閑散かんさんとしていて昔、祖母に連れてきてもらった商店街の夏祭りを思い出し、私は懐かしい思い出と共に悲しい気分になってしまう。

カランコロン......

「いらっしゃい。あれ?あーちゃんじゃない。いつ帰ってきたと?」

 私をあーちゃんと呼ぶこの子は、小学校の頃からのお友達で、実家を継いで商店街の花屋をやっている。

「ついさっき帰ってきたの。」

「そう、大変やったねぇ。大丈夫と?」

一瞬その言葉に息が詰まって苦しくなってしまう。

「う、うん、いつものお願いできる?」

「いつものねぇ。任せときぃな。」

そう元気な声で友達は裏手の方へと消えて行く。

「ちょぉっと待っててんなぁ。」

「そんな急がなくてもいいからね。」

そう返事して、店に飾ってあるいろんな花を見て回り、紫とピンクの小さくて丸い花の前に立ち止まる。

(この花、綺麗やね。)

ふいにそんな空耳が聞こえてくる。

「そうだね。綺麗だね。」

くぐもった声でそう呟き、いるはずもない"彼"を探すために辺りを見渡す。

「誰かいるとぉ?」

ドタドタと足音を立てながら、急いで戻ってきた友人の手には私が頼んだでっかい花束が抱えてある。

「うぅん、誰もおらへんよ?」

「そうかいな?声が聞こえた思たねんけどなぁ。」

首を傾げながらそう呟く友人に私は笑顔を向けながら、花束を受け取る。

「いつも、ありがとう。」

「えぇんよぉ。ここも廃れてきてお客さんなかなか来ぉへんから。」

「あーちゃんが来てくれるだけで嬉しいんよ。いつでも戻ってきてええんやからね。」

と、背中を叩きながら少し冗談混じりにそう言う友人に、それじゃぁまた来るからと言って別れを告げる。

(次は、実家に寄ってから....)

なんて予定を立てながら、商店街を抜けて田んぼ道を通って山の方へと歩いて行く。


ガラガラ.....ガラ

「ただいま~。」

建付けが悪くなった扉を開けながら、誰も居ない家に向かって言う。

(裏に道具あったかなぁ.....)

なんて事を考えながら、山に入る準備をするために長くつを履いて裏手に回る。

雑草が生い茂った庭を抜けて裏手にある道具を見ると、

「あらら......まぁ使えなくはないかぁ。」

と言い、古くなってしまった道具とバケツを持ち花束を持ってから山の方へと歩いて行く。


ミ~ンミンミンミ~ン


山の中は思ったより涼しくて葉っぱの隙間からは、日の光がゆらゆらと山道を照らす。

「はぁ.....はぁ。」

息を切らしながら、坂を登り大きな花束とバケツを持ってどんどんと私は山の中へと入っていく。

「はぁ、やっと着いた。」

削られた石の椅子に座り、古くなってコケが生えたテーブルに道具を置いて墓の前に立つ。

「遅くなってごめんね。こんな汚なーなってしまってね。」

「すぐ綺麗にするから、待っててね。」

置いてあった竹箒で落ち葉を掃いて、雑草が生えてしまった場所は、持ってきた錆びた鎌で刈って行く。墓は持ってきたバケツで近くの川から水を汲みスポンジで綺麗に洗う。一人だと思ったよりも時間がかかってしまい、いつの間にか昼を過ぎてしまう。

「ふぅ、綺麗になったかな?」

来た時よりも綺麗になった墓の前で手を合わせ、近況報告をする。

(お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん、お母さん..........)

ひとしきり話した後に、


「私、一人になっちゃったね。」


と言い、私は私から全てを奪っていった神だか運命だかにやり場のない悲しみと怒りをぶつけながら呪った日の事を思い出して、唇を噛みしめる。

ミ~ンミンミンミ~ン

「うっるさいなぁ。」

 怒りに任せて発せられた言葉は、強い風が吹いた共にセミの声が鳴りやみ、私の髪が揺られ髪と髪の隙間から、一瞬彼の足が見えたような気がした。"あやめ"は一人じゃないよ大丈夫だよってそんな事を言っているような気がして私は空を見上げる。

ミ~ンミンミンミ~ン

 きっと今見たのは、夏の暑さが私に見せた幻覚まぼろしなのだろう。朝からずっとこんな調子で先が思いやられるような気持ちになりながら、私は持ってきた道具を急いで片付けて、花束を供え。もう一度手を合わせてから、

「また来るね。」

と言って足早に山を下りる。

ミ~ンミンミンミ~ン


ガラガラ....ガラ...ガラ!

「はぁ、はぁ.....長くつじゃなくて良かったかも。」

息を切らしながらそう言い前回、彼と行ったときは川で水を汲むときに私が盛大にこけて足がずぶ濡れになってしまった事を思い出す。彼は、笑いながら私に次からは長くつがいるな。と言い、私は笑うなって怒りながら彼を叩く。

「ッフ....フフ、アハハハハハ。」

思い出し笑いをしながら、畳の上に寝そべり、天井を眺める。

チク...タク.......チク.......タク.........

「そうだよね.....。」


時間がだけが過ぎていき、お腹の音と共に私は起き上がる。

「よし、ご飯食べに商店街に行くかぁ。」

汗で濡れてしまった服を脱いで、持ってきていた服に着替える。

「行ってきます。」

ガラ.....ガラガラ....ガラ、ガン!

建付けの悪い扉を力をいっぱい込めながら閉めて商店街の方へ歩いて行く。


ミ~ンミンミンミ~ン


「らっさい!ってアーじゃねぇか?いつ戻ってきたんや。」

いらっしゃいなのか、らっさいなのか微妙なラインで私にそう問いかけて

きたのは、小中と同じ学校だった人だ。

「うん。ちょっとね、しばらく帰ってなかったから。」

「あれ?今日は一人か?」

と、周りを見渡しながら彼は言う。私がなんて言おうか考えていると突然、

「コラ!」

という声が厨房から聞こえて来て、ドタバタと音を立てながらやってきたおばさんは、思いっきり彼の耳を引っ張りながら厨房へと消えていった。

「痛ってぇよ。母ちゃん。」

という大きな声は、次第に小さくなっていき、のれんを少し上げながら申し訳なさそうな顔の彼が出てきた。

「あの、その気が利かなくてすまんな。」

「うぅん、大丈夫。これ頼んでもいいかな?」

「あぁ、うん。美味いの作るからな......。」

といってそそくさと厨房の方へと消えていってしまった。

「ごめんなぁ、あーちゃん。気ぃきかんやつでぇなぁ。」

と、さっきのおばさんが厨房の方から出て来て私に頭を下げる。

「そんな大丈夫ですよ。」

「元気してはったんかいなぁ?」

その言葉にまた私は苦しくなりながらも、

「はい、元気にしてましたよ。さっきもお墓参りに行ってきたんですよ。」

と元気に応える。

「それはぁ、お婆ちゃんもお爺ちゃんも嬉しかったやろなぁ。でも一人はあぶなかやけん、声でもかけてぇな。そしたらうちのもん連れて行きぃ。」

「大丈夫ですよ。そんなに遠くないので。」

「そんでもなぁ、心配やけん連れてってぇなぁ?」

「分かりました。次行くときはお声をお掛けしますね?」

「ありがとぉなぁ。」

「いえ、そんなこちらこそありがとうございます。」

そんな会話をしているうちにいい匂いが厨房の方からしてくる。

「ほならまた顔出してぇなぁ。」

おばさんはそれだけ言って、奥の方へと消えてしまった。

少ししてから彼が大きな皿を持ってやってきた。

「はい、これあんかけチャーハンや。」

「ありがとう。美味しそうやね。」

と言うと、彼は恥ずかしそうな顔と申し訳なさそうな顔をしながら、無言で厨房の方へと戻って行き、店内は店の端っこの天井に置いてあるちょっと古い四角い黒のテレビから中学校野球の放送の音だけが響き渡る。

[カキーン、打ったぁ。オォォォォ!]ミ~ンミンミンミ~ン

テレビの放送からもセミの声は絶えず聞こえてくる。店の中は扇風機で涼しくなっているはずなのに、私は少し夏の暑さを感じながらも、遅めの昼食を食べる。


「ご馳走様でした。美味しかったです。」

と言うと裏からビニール袋を持っておばさんが出てきた。

「いいえぇまたいつでも来てなぁ。これ、夕飯持ってってぇなぁ。」

「そんな悪いですよ。」

「ええんよ。うちの子悪い事したなぁって落ち込んでてんなぁ。お詫びやおもて持ってってぇなぁ。」

そんな事を言われたら断ることもできずに、私は袋いっぱいに入った夕飯を貰ってしまう。

「しばらくこっちにいると?」

「はい。2、3日はこっちにいるつもりです。夏の休暇を貰いまして。」

「そうかいなぁ、いつでも食べに来てなぁ。」

「はい、ありがとうございました。」

ガラガラガラ

お店の外に出ると、セミの声がまた聞こえてくる。

「どうしよっか.....」

 2、3日実家に泊まって帰るつもりではいるのだが、今年の夏はやる事がなくなってしまった。私は商店街をぶらぶらと歩きながら、遠回りをして帰る。シャッターには、今年の商店街の夏祭りポスターが貼ってある。

「夏祭りね....。」

 明後日の昼から商店街でお祭りがあるらしい。明後日は、にぎわうんだろうなぁなんて考えながら、商店街を抜けて歩き出す。

(今年は一緒に来れなかったね。)

 なんて事を口に出して言ってしまったら嫌味に聞こえてしまうかもしれないけど、また溢れ出てきそうな涙をこらえて、田んぼ道を歩いて行く。上を向くと、いつの間にか夏の青かった空は少し赤みがかった色に変わっている。

 山の方に差し掛かりふと足を止め、神社の方を見る。木々が風に揺られ誰も居ない神社はひっそりとしている。私はまた怒りに似た感情が込み上げてくるのを抑えて、足早に家の方へと歩いて行く。

(遠回りなんてするんじゃなかった。)

そんなことを思いながら勢いよく扉を開けて閉める。

ガラガラ...ガラガラ。ガラガラ....ガン!

ただいまの言葉も忘れ、テーブルの上に貰った夕食を置いて、電気も付けずに畳の上に寝転がる。

(大丈夫なわけないじゃん。元気なわけがないじゃん。)

今日掛けてくれた言葉が脳裏をよぎり、私は畳の上にうずくまってしまう。

(私、一人になっちゃったんだよ。)

溢れてくる涙を服で拭いながら、だんだんと暗くなっていく部屋の中で私は一人寂しく畳の上でうずくまっていつの間に眠ってしまった。


「わぁ、おばあちゃん、お祭りだよお祭り。」

無邪気に笑いながら祖母の手を引っ張る私は、どこか儚げで誰かが息を吹きかけてしまえば消えてしまいそうな情景が私の目の前に映る。目をつぶって開ければ、また違った情景が私の目の前に現れる。

「花火きれいだねぇ。」

神社の石階段の上に祖母と座りながら真っ暗な夏の空を明るく彩る花火を指差しながら幼い頃の私は、無邪気な笑顔をこちらに向けてくる。まるで私自身を見つめられているようで幼い頃の私から目を逸らし、別の場所を見た先には、去年彼と来た商店街の夏祭りの情景が目の前に現れる。

「わぁ、お祭りだよ!お祭り。」

無邪気に笑いながら彼の手を引っ張る私は、先ほどの情景が重なって見える。どちらも儚げで今にも消えてしまいそうな夏の情景は、

リリリリリリリ.....

という虫の音と共に消えて目が覚める。


「ン".....う~ん。」

先ほどの夢の事など忘れてしまった私は、なんだか幸せだったなという気分だけが心の中に残る。

「あれ?」

幸せだった夢を見ていたはずなのに、先ほどまで泣いていたであろう涙で頬が濡れて冷たくなってしまっていることを私は不思議に思いながらも、いつの間にか日が暮れて真っ暗になった家の中で、私はテーブルの上に置き去りにされたままの夕食を手に取る。

(冷蔵庫に入れるの忘れてたけど大丈夫だよね。)

なんて事を思いながら、少し冷たくなってしまった夕食をビニール袋から取り出して温めなおす。外は、大きな月の光に照らされて雑草が生えてしまっている庭を明るく照らす。

リリリリリリリ.....

「お庭.....綺麗にしなくちゃね。お婆ちゃん。」

生前祖母が好きだった庭での園芸は、今では庭の原型が分からなくなってしまっているほど雑草が生えてしまっている。

「明日、綺麗にするからね。」

と言い、温かくなった夕食を食べる。


テンテレレレレン♪テンテレレレレン♪

いつもの目覚ましで目が覚める。

「う~ん......」

ミ~ンミンミンミ~ン

外からはいつもよりもうるさいくらいのセミの音が聞こえてくる。

「朝.....。」

辺りを見渡して、自分が昨日実家に泊まったことを思い出し、家の中に食べるものが何もないことも同時に思い出す。

「買い物......行かなきゃ。」

ガラ....ガラガラガラ.....

着替えてから外に出ると昨日よりも暑く感じる夏の空気は、私のやる気を削いでしまう。

(今日は、お庭の手入れをしないと.....。)

昨日まではやる気で満ち溢れていた私の行動力は、玄関から一歩一歩進むごとにやる気が削がれていく。

(まずは、買い物に行ってそれから、帽子と鎌も買って来なきゃね。)

という事を考えながら、商店街の方へ足を進める。

「おはようございます。」

こんな暑い中、朝から畑仕事をするお爺さんやお婆さんに挨拶をし、暑い中ご苦労様ですと思いながら商店街にたどり着く。昨日よりもシャッターが開いている商店街は、いつもより少し賑わっていていろんな人とすれ違う。

ちりんちりん.....

店内に入ると風鈴の音と共に奥から、

「いらっしゃい。」

と言い、うちわを仰ぎながら腹巻を巻いたTシャツ姿のおじさんがテレビを見ながら返事をする。古くなって色の落ちた緑色の買い物かごに商品を沢山入れて、会計の前に出す。

「まいどー。」

おじさんは、相変わらず私の方は見ないでテレビの方を見ながらそう返事して、ビニール袋に商品を詰めて私の前にすっと差し出してくる。私は、軽くお辞儀だけして買った商品を受け取り店を後にする。

(いっぱい買い過ぎたかも。)

両手いっぱいに持った商品を見ながら帰り道の事を思い溜め息をつく。先ほど買った商品の中から、奥に押し込まれて潰れている灰色の布の帽子を取り出して商品タグがついたままの帽子をそのまま被る。

(ないよりかはマシだもんね。)

なんて事を思いながら、長い長い家までの道のりを歩きだす。商店街を抜けて田んぼ道に差し掛かった時、

「あーちゃんでねぇか、どしただ。」

という声と共に軽トラに乗ったお爺さんが声を掛けてくる。私の両手いっぱいに持っているビニール袋を見てから、

「んだ、それ乗せたるから、家まで乗って行き。」

と言い、軽トラから降りて来て私が持っていたビニール袋を取ってから軽トラの荷台に乗せて、助手席を開けてから私の背中を押す。

「はあ....はぁ。えっと、そのありがとうございます。」

猛暑の中、重い荷物を持ちながら歩いていたこともあって息切れをしながらお礼を言い軽トラに乗せてもらう。軽トラの中からは、ラブソングが流れていてエアコンからは涼しい風が出ている。

バン!

「こげいな暑い中、若い子がぁ一人であの荷物は大変じゃろぉが。お隣さんなんじゃけんいつでも頼ってくれぇや。狭いけんどいつでも乗せたるんじゃけん。」

と言う。このお爺ちゃんの家は確かにお隣さんではあるのだが田んぼを挟んであるため結構な距離がある。申し訳ないと思いつつも、

「ありがとうございます。でも、すみません忙しい時に。」

と返すと、

「なんじゃい。そげいな事ないわぁ。今仕方畑仕事から帰るとこじゃったんじゃけん。」

「そんでなぁ、あーちゃんはぁいつ帰ってきたと?」

「昨日、お墓参りのために帰ってきたんです。」

「そぉかいなぁ。そりゃぁ竜彦祖父の名前も喜びなはるなぁ。」

「そうでしょうかね....なかなか帰ってこれなくて。」

「アッハッハ、こげいな場所じゃぁなぁんもないけんなぁ。若い子はぁ帰って来んでのぉ。うちの息子もぜんぜん帰って来んさかい。」

「こないだぁ孫連れて来た思うたらなぁ、お仕事入ったいうてあっという間に帰ってしもうたわい。」

「それは残念でしたね。」

「いやぁ、元気な姿見せてもろただけでぇ嬉しぃもんよぉ。」

「竜彦もぉあーちゃん帰って来てぇたぶんそう思うとるわいなぁ。」

「そうだったら来た甲斐がありますね。」

と、はにかみながら笑う私の頭にしわくちゃになった手をポンと置き、

「そうじゃなぁ。」

とだけ言って運転する。


「ありがとうございました。野菜まで貰ってしまって。」

「ええんよ。ええんよ。んじゃぁまたいつでも帰って来いやぁ。」

と言って、勢いよく軽トラの扉を閉めてお爺さんは帰って行った。

(さぁ、遅めの朝食....昼食を食べましょうか。)

貰った野菜や買ってきた食材を冷蔵庫に入れてから、私は昼食を作りだす。

お腹も空いていた事もあって、そんな凝った物は作らずに、簡単に作れるサンドイッチを作って、縁側の方に烏龍茶と一緒に持っていき雑草の生えた庭を見ながら食べる。

「暑いね.....。」

誰に問いかけたわけでもなくそうやって独り言を呟きながら、新鮮な野菜とハムを挟んだサンドイッチを口いっぱいに頬張りながら、夏の暑い日差しにさらされながら昼食を食べる。

カラン.......コロン.....

烏龍茶に入った氷が涼しい音を立てて夏の暑さを和らげてくれる。

私は、今後の予定を立てながらスマホを見てみると、友人から何件か着信が入っていた事に気が付き電話を掛ける。

トゥルルルル

「もう、心配したんだからね?大丈夫?」

と、電話で言う彼女はあの日、泣き崩れてしまった私を抱きしめてくれた友人だ。たまにこうやって私に電話を掛けてきてくれる。

「うん、ごめんね。電話気が付かなくて、今実家に帰ってるの。」

「そうだったのね、なら良かった。」

「うん。電話.....ありがとう。」

短い雑談をして彼女は、何かあったらいつでも助けに行くからね。とだけ言って電話を切る。

(ありがとう。)

と心の中で思いながら、やる気も気持ちも回復した私は、食べ終わった昼食を片付けて帽子を被りさっそく庭の草刈り作業に取り掛かる。

ミ~ンミンミンミ~ン


暑い日差しにさらされながら、汗だくになった私は新品の鎌を使って雑草を黙々と刈って行く。途中途中で休憩を挟みながら作業を繰り返していくと、だんだんと庭の原型が見えてきて綺麗になっていることに気が付く。

「綺麗になってきたね。お婆ちゃん。」

と、綺麗になった庭を見ながら呟くと、

「ほぉやねぇ。これで晴美祖母の名前さんも喜びなはるなぁ。」

という声が後ろから聞こえてきてドキッとする。

「こんにちわ。先ほどは野菜ありがとうございました。美味しかったです。」

「えぇんよぉ。ええんよぉ。うちの爺さんがあーちゃんが帰って来とるいうんでなぁ。ちょっと顔見に来たんよぉ。」

と言いながら近くに寄ってきたお婆さんの手には軍手がはめられており、袋いっぱいの雑草が入っている。

「すみません。もしかしていつも綺麗にして下さっていましたか?」

と言う私に、

「えぇんよぉ。ええんよぉ。好きでやっとるんじゃけんなぁ。あんたが頑張っとるんはぁ昔っからよぉ知っとるから、気にせんといてなぁ。」

と、ニコニコしながら話しを続ける。

「晴美さんにはぁ、いつもお世話になっててんなぁ。」

と空を眺めながらいうお婆さんの顔は、どこか悲し気な表情で私は言葉を返すことができなかった。

「勝手なことぉやったかんもぉ知れんけどぉ、ちょくちょく来てはぁ雑草だけ抜いとったんよぉ。ごめんなぁ。」

と言いながら、私に頭を下げるお婆さんに私は戸惑いながら、

「そんな、謝らないで下さい。こちらこそ、いつもありがとうございます。」

と言うと、

「えぇんよぉ。ええんよぉ。好きでやっとるんじゃけんなぁ。」

と言ってニコニコしながら家に帰って行った。

今思うと、2年近く草刈りをしていないはずの庭が思ったよりも雑草が生えていなかったのは、お隣のお婆さんがたまに来ては草刈りをしていてくれたからだったことを、この時私は初めて知った。

(お婆ちゃん、ありがたいね。)

と、心の中で思い残り少なくなった雑草を刈っていく。空が赤みがかってきた頃、ようやく綺麗になった庭は、花壇があったであろう場所が石で囲ってあり、少し耕された茶色い土が見えている。

「お隣さんにも、改めてお礼言わないとね。」

と呟いてから、家の中へ入ってそのままお風呂に入る。


お風呂を出てさっぱりした私は、畳の上へと寝転がる。

「はぁ.....疲れた。やっぱりいいね。田舎って。」

小さい頃から暮らしてきたこの田舎は、今私が住んでいる都会とは違った雰囲気が漂っている。人との関わりがめっきり減った都会とは違って、田舎では助け合いが常日頃から行われ、皆友人のような間柄だ。

私は暗くなっていく部屋の天井を見つめながら一息つく。

この夏の休暇もまだまだ先は長いけど、来た時はすぐに帰りたい気持ちでいっぱいで、2、3日で帰る予定だった私の心の中は、いつの間にか少し名残惜しく感じるようになってしまった。

「ホームシックってやつかな?お婆ちゃん.....。」

なんて事を呟いてから、冷えきってしまった身体を起こして夕食の準備をする。


リリリリリリリ.....


夕食を縁側に持ってきて綺麗になった庭と、明るいお月様を眺めながら、私はふいに彼の事を思い出す。楽しかったこと、嫌だったこと、やりたかったこと、行きたかった場所、悔しかったこと、辛かったこと......。

(夏祭り.......行きたかったなぁ。)

ポタ......ポタ......。

私の手の甲にが何度も何度も落ちてくる。

私の心の中はいつまでたっても癒える事が無く、いつからかポッカリと空いてしまっている。埋まることのない悲しみの中、

「何度も......何度も........お願いしたじゃない。」

私は、ぼやけた視界で綺麗な夜空を見ながら、泣き叫ぶように言う。都会だったら近所迷惑になっていたであろう私の声は、

リリリリリリリ.....

という虫の声でかき消されていく。


「お願いだから帰って来てよ。何でもするから。」


小さな声でそう呟いても、彼は二度と帰って来ることはない。

私は食べ終わった夕食を持って勢いよく立ち上がり縁側の扉を勢いよく閉めて部屋の中へと消えていく。


これまでの事を振り返りながら眠りにつき、"今日の私の心は雨模様。"

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