戦場神話と呪祓師の契約

ヘイ

第1話 ボーイミーツオジ

 

「余計な真似だったかな?」

「……いんや、助かったよ」

 

 血の海の中に一人の少年が立っている。

 降り頻る真っ赤な雨でその身体を濡らして。

 

「何か、恨み買う真似でもした?」

「……かもな。仕事柄、どうにも命を狙われるのも珍しくない」

 

 スーツの内ポケットからタバコとジッポライターを取り出し、落ち着いた様子で一服を始める。

 

「俺はもう行こうかな。流石に大丈夫でしょ」

 

 人を殺したのに、少年は当たり前のように日常に向かって歩き出そうとした。

 

「おい、ちょっと待て!」

「ん? 何かある?」

「礼を言ってなかった」

「あれ、聞いてなかったっけ?」

 

 足を止めて真っ赤な少年は振り返る。

 

「言ってねーよ。悪いな、ありがとな」

「良いよ、別に。結局どこに行っても適材適所ってのはあるじゃん」

「そうだな」

 

 タバコをふかしながら空を見上げる。

 別に彼もなりたくてこんな事をしているのではないのだが。

 

「……お前、人殺して大丈夫なのか?」

「ヤバいかもだけど、何とかなるでしょ。今までだって何とかなってきたし」

「そう言う事じゃねぇだろ」

 

 言いたいのは処理に困るかどうかと言う話ではなく、精神的なモノはないのかと言う話だ。

 

「……まあ、お祈りしてれば土に還るんじゃない、その内」

 

 首を失った死体達を見下ろして少年が呟く。一つに歩み寄り合掌。

 

「ほら消えた」

「……マジで何なん、お前」

「オジサン、これ何か知ってる感じ?」

 

 手を合わせたまま彼は中年男性に顔だけを向ける。タバコを地面に擦り付け火を消してから立ち上がり、携帯灰皿に吸い殻を入れながら歩み寄る。

 

「コイツは……分かりやすく言えば幽霊だ。霊能者の奴らが物的証拠出さないで相手を殺すために送ってくる奴とか、恨み辛みとかで襲ってくる奴」

「んじゃ、百人くらいいたけど……これも全部?」

「ま、そうなるな」

 

 相当恨まれてるねー、とニヤニヤと少年が笑う。

 

「────…………だな」

 

 彼は少年を一瞥し、一瞬考えるような顔をしてから振り払うように吐き捨てた。

 

「そんな恨まれるって何の仕事? 聞いたらダメな感じすか?」

「いやま、別に構わんよ。オレは呪祓師じゅふつしってのを営んでてな……死霊とか生霊だとかが加害する前に殺したりするのが仕事な訳だ」

 

 これ名刺だ、と名刺を差し出す。

 

清宮きよみや一希かずきさん……で、あってる?」

「ああ」

「じゃ、カズさんで。そんな呪祓師なカズさんは呪いをかけるのとかに邪魔だから殺してしまおうと狙われるわけか」

「まあ、そう言う事だ」

「激ヤバじゃないの。えー、よく生きてたね」

「お前にだけは言われたくねーよ!?」

「およ?」

「……いや、何でもねー」

 

 一希には先程の事で一つ理解した事がある。目の前の少年は単なる学生ではないと言う事。そして、途轍もない呪いを受けている事。生き霊、死霊問わずに。

 先程、一希を襲った霊の八割は少年に向けてのものだった。

 常人であれば害意を持った霊が一つでも憑いていれば命が危ういというのに。

 

「まあ俺のは日常なんで。別に普通に生きてても良くある事なんで」

「どんな日常だ」

「いやー、場所が変わっても結局地球だよね、って事ありません?」

「それは分からんでもない」

「それくらい変わらんのですよ」

 

 一希は意味が分からない、と溜息を吐く。

 

「俺は日本に来れば、少しは人間らしく生きられるって説得されてここに来たんだけど、まあ変わらんよね」

 

 船でも一悶着あったし、と何でもないかのように口にした。

 

「海を越えても、どれだけ遠くに進んでも。そこは同じ地球だった……的な?」

 

 宇宙進出でもしない限りは、と彼は口にしながらも「いや人類が宇宙進出したら、そこも地球の延長か」と即座に否定した。

 

「まあ、んな訳で俺はどこに行ってもこんな感じだと思うけど」

 

 この少年は異常を当然と受け止めた。

 そう言った世界に生きてきた。多く人間というのは、呪いに対して為す術を持たない。

 殊、日本という国においては尚更に。

 平和だから、戦う理由がない。

 争わなければ殺されるという天秤が基本的に存在しない。だから呪いに殺される。

 呪いは人の形をしていて、それを殺す事に躊躇いが生まれる。

 

「……助けてやろうか?」

「カズさんが、俺を?」

 

 一希の方に顔を向けて確認する。そして直ぐにやれやれと言った感じの表情を見せた。

 

「どうやって? 俺より弱いでしょ、カズさん」

「強い弱いは関係ねーよ!? 言ったろ、オレは呪祓師だ」

「それ関係あんの?」

「あんま気にしないとは思うから言うけどな」


 先程は誤魔化したが、言っても問題ないだろうと一希は判断した。


「……お前は滅茶苦茶恨まれてんの。オレ以上にな。だから、どこに行っても敵だらけ。で、死霊には、死霊の。生霊とは別のやり方がある」

 

 ポケットに右手を突っ込み、一希は説明を続ける。

 

「生霊は殺せば送った奴の所に戻るし、何だったらフィードバックが起こってしばらくは動けなくなる。ただ死霊は普通に殺しても暫く経てばリポップする」

 

 だからそれが少年の身に蓄積されていっていたと言う話だ。どの恨みも晴らされず、死霊の数だけが増えていく。

 

「……お前、どんだけ恨みを買いながら人を殺してきたよ」

「仕方ないじゃん、そうしなきゃいけなかったんだし」

「まあ良い。それが苦痛だってんなら祓い退けてやる」

「んー、別に苦痛って訳でもないんだけどなー」

 

 一希はポケットからレザー製の手袋を取り出した。

 

「……何それ、軍手の一種?」

 

 少年はマジマジと見つめて尋ねる。

 

「役目としてはそう言うんじゃなくてな。これは死霊殺しのまじないを編み込んである。ちゃんと寺とか神社の監修も受けてるんだと。で、これを付けて殺せば、死霊もちゃんと死ぬ。まあ、効果はちゃんと実証済みだ」

「へぇ〜、俺にちょうだいよ。それ」

「……お前が死霊とか鬱陶しいならな」

「それは試してみんと分からんかな」

 

 日常として組み込まれた殺し合いを、今更鬱陶しいと感じる物だろうか。

 食事も睡眠も当然にあって、少年にとってこれが自然なのだと思ってしまっているのに。

 染みついたソレを切り離した現実が、彼には想像できなかった。

 

「どうしても欲しかったらくれてやる」

 

 一希が差し出せば、少年は直ぐに手に取った。

 

「お、マジで? 気前いいじゃん」

「そいつ一つで一億はするらしいけどな」

「へ〜、一億ね。結構すごい額だ。こんな手袋で」

「もうちょっと驚けよ」

 

 それで交換条件がある、と一希は告げるが少年は手袋を早速嵌め始めていて話を聞いていないのか。

 

「……おい」

「試せる奴居ないかー。全員殺しちゃったしなぁ」

「話聞けよ」

「ごめんごめん。で、何だっけ?」

 

 交換条件だよ、と一希は言う。

 

「いいか、それをお前にやってもいい。ま、俺は……死霊殺しが出来なくなるけどな。てのも、スペアなんてないからだ」

「え、カズさん。仕事舐めてんの?」

 

 一希は渋い顔をする。

 スペアを持っておきたい気持ちもある。


「一億するっつったろ」


 ただ、理由は他にもある。

 そう言った諸々があって一希にはスペアを作れないのだ。それに、そもそもこの手袋を一希は自分の金で買った訳でもない。

 

「兎に角……それを受け取ったからには、お前にゃオレの仕事を手伝ってもらうぞ」

「それって面倒くさい感じ?」

「今回みたいに生霊も死霊もぶっ殺すだけだ」

「わ、適材適所」

「で、どうするよ」

 

 一希の問いに彼は微笑む。

 

「良いよ、どうせ暇だから」

 

 少年は話に乗った。

 

「それで、実際のところカズさんに何か得ある訳?」

「適材適所ってモンだろ」

 

 殺人の才能があると言うなら、一希以上に役に立つ。それこそ生霊や死霊を相手にすると言うのなら。

 

「で、お前……名前は?」

「んー、俺的にはレッドランナーてのが馴染みあるんだけど。人間らしくないてので、ここに来る時にもらった名前があってさ」

 

 赤間あかまかける、と少年は名乗った。

 

「レッドランナーでも赤間翔でも好きに呼んでよ、カズさん」

「何だレッドランナーって。まあ、なら翔と呼ばせてもらうか」

 

 一希には現状知る由もないが、レッドランナーはある場所では伝説と語られる怪物の名前である。いや、怪物というよりも災害に近しいか。

 

 赤いラインが駆け抜ける。

 通雨の様に。

 奴が通れば血飛沫が噴き上がり、生首が降り注ぐ。異常気象を運ぶ、戦場の赤雲。

 出会ったなら死を覚悟しろ。

 出会わない事を祈れ。

 奴は敵を蹂躙していく。

 彼が己の敵でない事を願え。

 

 そうして恐れられた化物。

 それは少年の姿をしていたなどと、戦場の誰もが知らない。誰も生きて、レッドランナーの顔を見る事はなかったからだ。

 

「じゃあ……翔、よろしく頼む。契約書類は明日とかでいいか? 今日はもう遅い。連絡先は……さっき名刺渡したな。それに書いてある」

「了解〜」

 

 少年は、少年でしかない。

 少年が戦場の神話であったとして。

 少年であるのなら、その振る舞いまでもが理解できない神話の怪物であるとは限らないのかもしれない。

 

「明日までに死なないでよ、カズさん。カズさん、弱いから」

 

 翔は手袋を外して投げ返す。

 

「それ、まだ持っといた方がいいんじゃない?」

 

 そうだな、と空中で掴んだ手袋をポケットに戻した。

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