Epilogue 幸せにするから

「おはようございます、灯里さん。いい朝ですね」

「……おはよう、はいいんだけど…………なんで乃蒼が隣で寝てるんだ?」


 目覚ましの音で起きた俺が見たのは、隣で添い寝をしながら楽しそうに微笑む乃蒼。

 普通、寝起きのベッドで目にするはずがない乃蒼がいることに疑問を覚え、ぼんやりとしたまま呟いた。


 ……妙に身体が重くて、思ったように起き上がれない。


「覚えていないんですか? 昨日は学校で告白されて、付き合うことになって、お部屋で直接吸血もして――沢山愛してくれたじゃないですか」

「……………………あ」


 蕩けた表情で口にした乃蒼を見て、思考が一気に現実へ引き戻された。


 そうだ。


 昨日は乃蒼に告白して恋人になり、信頼の証として直接噛みついての吸血をしてもらい、その後は――――。


「思い返してみても昨日の灯里さんはちゃんと優しかったのに情熱的でしたね。最終的にどっちも動けなくなるまでした挙句、その後のお風呂でもあんなにしてしまいましたし」


 記憶が戻った今、乃蒼が語る内容が現実として起こったものだと理解できた。


 全身に感じる途方もない疲労の原因はソレだろう。

 そして、掛け布団から出ている乃蒼の肩口には、虫に刺されたみたいな痕がいくつか残っている。

 場所的に、それを付けられるのは俺しかいないわけで。


 ……そうか、そうだよな。


 俺は乃蒼とそういう関係になったのか。


 不思議と後悔はなくて、むず痒い気持ちがじわじわと湧いてくる。

 征服欲や支配欲ほど負に偏っていなくて、多幸感みたいな正の方向性に近しい感情。

 嬉しさがありつつも責任の圧が伴ったそれを受け止めた――のだが。


「……てか、なんで乃蒼は下着で寝てるんだ?」

「こっちの方が灯里さんを近くに感じられる気がしたので。それを言うなら灯里さんもですよ」

「…………マジだ」


 全然気が回ってなかったけど、俺もちゃんと服を着ないまま寝てしまったらしい。

 まさか乃蒼が寝ている間に脱がせた、なんてことはないだろう。


 ……変な癖がついたらどうしよう。


「ついでにもう一つ聞くけど、乃蒼って昨日はうちに泊まったんだよな」

「そうですね。お風呂に入ったはいいものの夕食を作る体力がなくなったので出前を取って済ませた後、すぐに灯里さんが眠ってしまったので泊まることにしました。戸締りの都合もありますし……私が灯里さんと一緒に居たかったのもありますが」


 掛布団の中で伸びてきた手が、探り当てた俺の手に触れた。


 指先が絡み、結ばれる。


 それだけの触れ合いが、どうしてこんなにも嬉しいのか。


「辛うじて後始末をする体力が残っていたのは幸いでした。衛生的にも、乙女の感性的にも、そのまま残しておくのは躊躇われますし」

「……それは本当にそうだな」


 ベッドの周りが綺麗さっぱり片付いているのは乃蒼を愛した後、風呂に入る前に気力を振り絞って片付けたから。

 そのおかげでこうして眠れていたわけで、自分にそれだけの理性が残っていて本当に良かったと思う。


 ……いや、理性が残っていなかったから乃蒼としたわけだけどさ。


「それにしても……まだお腹に入っている感覚が残っています」

「……どうしてそう生々しいことを」

「またシたくなりますか?」

「乃蒼が、だろ」

「……一人でするより格段に気持ちよくて、満たされる時間だったんですよ」


 恥ずかしそうに白状する乃蒼の言葉には少しばかり考えさせられるものがある。


 乃蒼が血を舐め取るだけの吸血だと、発情の副作用を感じるのは乃蒼だけ。

 だから一人で慰めるほかなかった。


 しかし、直接の吸血だと相手にも副作用が適用される。

 昨日の俺はその副作用に耐えられず、乃蒼と身体を重ねてしまったわけだ。


 初めての経験なのも理由としてはあるだろうけど、それを抜きにしても愛する人と過ごす濃密な時間は一人でしているよりも満たされるのは間違いない。


 そんな乃蒼が、もぞりと布団の中で身を寄せてくる。

 近づいた乃蒼の身体をそっと抱いた。


 柔らかで、華奢な肢体と肌が触れ合う。


「一人で生きていくんじゃないかって不安が、ずっとあったんです。普通の人に吸血鬼なんて受け入れられるはずがないって諦めていました。……なのに、灯里さんはそんな私を受け入れてくれて、対等な関係として愛してくれる今が、奇跡みたいで一晩明けても信じられていないんです」

「俺はここにいるし、離れたりもしない。愛してもらってるのは俺も同じだ。でも……奇跡みたいな偶然がなければ、こんな関係にはならなかっただろうな」

「学校で倒れていた私を見つけてくれたのが灯里さんで良かったです。そのおかげであの日の男の子とも再会して謝れたわけですし、この気持ちも――」


 熱を孕んだ視線が向けられ、自然と口づけを交わしていた。


 数秒、唇が触れるだけの優しいキス。


 離れた乃蒼の表情は、ふにゃりと溶けていた。


「こんなに幸せでいいんですかね、私」

「二人で幸せだからいいんだよ、多分」

「……幸せついでに一回だけ、しませんか?」

「普通に学校あるんだけど」

「でも、身体は正直みたいですよ」

「……一回で終われる気がしないから帰って来てからにしてくれ」

「絶対ですよ」


 逃げの一手を打ったものの、乃蒼は逃がしてくれなさそうだ。


 きっと俺は求められたら完全には断れないだろう。

 俺も男でそういう欲は当然あり、愛する人と過ごす時間を断われるはずがない。


「では、とりあえず準備をしましょうか。朝食、作ってきますね」

「俺も手伝うよ。一人より二人の方が早いし、楽しいだろ?」

「そうですね。二人で作りましょうか」


 話がまとまったところで布団をどけて起き上がり、下着姿の乃蒼と向き合って。


「絶対、幸せにするから」


 改めての決意を込めて伝えたが、乃蒼は微笑みを浮かべながら首を振り、


「違いますよ。二人で幸せになるんです」


 再び乃蒼と抱き合いながら「そうだな」と応えるのだった。


 ―――

というわけでこれにて完結となります。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


勢いで書き始めた本作を毎日更新のまま完結出来たのは読者の皆様の応援のお陰です!

本当にありがとうございました!


次作もそのうち……とは思っていますが、深刻なネタ不足なので良ければこういうのが見たい!っていう話があれば感想欄にでも書いていただけると嬉しいです。

参考にさせていただくかもしれないし、しないかもしれません。

新作投稿の前には近況ノートで告知をしますので、楽しみにしていただける方は作者フォローもしていただけますと幸いです。


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