第八話『バトンパス』

 大会当日。


 明の左膝は、日常生活に支障が出ない程度には回復した。しかし、陽太と一緒に陸上大会に出ることは、叶わなかった。明は、広い陸上競技場の観客席から、兄が自分ではない三人と走るのを眺めることしか、できなかった。陽太の出番は、もうとっくに終わっている。


「そんな花瓶なんか持って、どうしたのよ?」

 母は、隣の席に座る明に問う。

「別に。気にしないで」

 明は素っ気無く返事するが、表情は、悪くない。

「ふーん。ねぇ明……本当にこれで、よかったのかなあ?」

「うん、全然。これでよかったの」

「でも、チームの他のお二人は、負けてもいいから一緒に出ようって、言ってくれたんでしょう?」

「そうだけど……それじゃあただの、自己満足になっちゃうと思ったの。そんなお涙頂戴の演出なんて、いらない」

「でも、陽太の気持ちもあるでしょう? せっかく明と仲直りできたんだし、陽太も、明からバトンを受け取りたかったはずよ?」

「そうだなぁ……じゃあお母さん、見ててね?」

 明は、客席の階下を指差す。


 陽太が、こちらに向かって、駆け上がって来る。


 明の目の前に立つ。


 汗で、やや湿った手のひらが、差し出される。


 明はその上に、ほっそりとした黄色い花瓶を、横倒しにして、力強く置いた。


 花瓶の一端の穴からは、黄土色をした紐のようなものが垂れている。


 それは……

 

 枯れてしおれた、ガーベラの茎だ。


「明……お兄ちゃんは、確かに受け取ったぞ」


「うん」


 黄色いガーベラの花言葉。

 究極の愛。

 それと、やさしさ。


〈完〉

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黄色いガーベラ 加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】 @sousakukagakura

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