ニートのアイディアメモ帳

小択出新都

魔法についてのアイディア

 その日、ルリは友達のアキと待ち合わせをしていた。はじめて猫カフェというものに行くのである。

 都会では珍しくないお店のかもしれないが、ルリの住む田舎町には初めてできたおしゃれなお店だった。


 友達と合流してお店に向かうルリの頬は紅潮していた。


「ど、どんな猫ちゃんがいるんだろうね、ハァハァ」

「ルリちゃん、興奮しすぎだよ」


 お店に入ると女性の店員さんが迎えてくれる。


「いらっしゃいませー」


 席に案内されると、店員さんは笑顔で言った。


「今日は開店したばかりなので、他にお客さんがいないんです。ここは人懐っこい猫ばかりなので、よかったらみんなとあそんであげてください」


 店員さんの言葉と同時ぐらいに、たくさんの猫がにゃ〜んとルリのもとに寄ってきた。


「わ、わぁっ……」


 あっという間にルリは猫の海に飲まれていく。

 そんなルリを横目に友達は冷静な表情でメニューを眺めていた。


「ひゃー、わー、ぎゃー猫ちゃん! 猫ちゃん!」


 ルリは興奮しながら意味不明な叫びをあげている。


「アキちゃん。私、幸せすぎてこのまま死んじゃうかも」

「はいはい、紅茶とケーキ注文しとくからね」


 友達は店員さんに注文を終えると、猫に埋もれて毛玉になって黄色い悲鳴をあげ続けるルリの横で、本を開いて読み始める。

 それからしばらく、店員さんが美味しそうな紅茶とケーキをもってきてくれた。


「ルリ、ケーキがきたよ」


 そういって横を向いたアキは、先ほどからルリがやけに静かになっていたことに気づいた。

 そっと猫の山を掘り起こして、ルリの顔を覗き込んだアキは、唖然とした表情で呟いた。


「し、死んどる……!」


 そこには幸せそうな表情で大往生を遂げたルリの姿があった。




 それから、どれだけの時間が経ったのか、どのように辿り着いたのか、ルリはいつのまにか神殿のような場所に立っていた。


「ルリ、あなたは今までいた世界での生命を終え、異世界で生きることになりました」


 神々しい女神様がルリに語りかけたとき、ルリは気づいた。

 これは異世界転生ってヤツだと。


「しかし、その世界ではモンスターや人間同士の諍いなどたくさんの危険があります。ですからあなたには一つ特別な力を与えます」

「はいはいはい! 女神様!」


 ルリは手を挙げて発言権を求めた。


「何か願いがあるのですね」


 さすが女神様。すぐにルリの願いを察知してくれる。


「『無属性魔法』を使ってみたいです」


 無属性魔法、それは炎属性でも雷属性でもない。なんかよくわからないけどカッコいい魔法だ。

 全ての属性を反射するバリアを張った敵を華麗に倒して『なっ、それは伝説の無属性魔法!?』とか言われたりしたい。


「無属性魔法ですか……。残念ですが、無属性魔法は今、品切れで与えることができません」

「そうですか」


 しょんぼり。


「ですが、無属性魔法とよく似た魔法ならまだ残っています。それをあなたに与えましょう」


 それを聞いてルリは顔を輝かせた。


「わあ、ありがとうございます! 女神様! それはどんな魔法なんですか!?」


「あなたに与える魔法、それは『ぬ属性魔法』です」

「えっ……すみません、女神様、よくわからなかったです」

「『ぬ属性魔法』です」

「……」


 ルリは少し沈黙したあと、手を挙げて発言した。


「『ぬ属性魔法』ってなんですか?」

「この世に存在するぬっぽいものを操る力です」

「ぬっぽい……」


 ルリはまた沈黙したあと、手を挙げて発言した。


「あの、すみません、別のがいいです。平凡でも普通の属性魔法でもいいので……」


 それを聞いて、女神は微笑んだ。

 そして突然現れた受付のテーブルの上に、『終了』と書かれた札を置く。


「ごめんなさい、17時で業務は終了なんです」

「残業のないホワイトな職場!?」

「返品受付は連休明けの9時から受け付けています」

「祝日もきちんと休める!!」

「ちなみにあなたの転生は今、この瞬間からです」

「うわぁあああん、お役所仕事ー!!」


 ルリは泣きながら天使に腕を引かれ、空へと登っていった。


「『ぬ属性魔法』なんてやだー!!!」


 天海の空にルリの悲鳴が響いた。



***



 気がつくとルリは草原に立っていた。


 片手には一冊の本が握らされていた。表紙をのぞいてみると、こう書かれている。

 『ぬ属性魔法の魔導書』と……


「もしかしたらカッコよくて強い魔法だったりするのかも!」


 一縷の望みにかけて、ルリは魔導書を開く。


(わかる……! 魔法が使えるようになったのが! この魔導書の使い方が!)


 すると、ルリの心に以前までにはない知識と感覚が流れ込んできた。

 目に飛び込んでくるのは魔導書の1ページ目にかかれた呪文。それこそがルリが得た能力だとわかった。


(これが……! 私の新しい力……!)


 ルリは流れに身を任せるように、その呪文を口にした。


『ぬるっと!』


 呪文を唱えた瞬間、ルリの体は横に倒れ、そのままぬるんっずざぁーっと草原を5メートルぐらいすべっていった。


 そして何もないとこで停止する。

 そのまましばらく動きを止めた彼女は、そのまま虫みたいにひっくり返りジタバタと駄々をこねはじめた。


「ヤダヤダヤダ! こんな魔法ぜんぜんかっこよくない! 無属性魔法と似ても似つかない!」


 しばらく、ヤダヤダうわーんと暴れていたルリはふと周囲に人の気配を感じて動きを止めた。

 人の気配と言ったけれど、それはもう気配とかそういうレベルの話ではなかった。


 槍をもった兵士、数十人に囲まれていたのだ。


「転生者だな、私たちについてこい。抵抗するなら痛い目を見るぞ」


 槍を突きつけられてそう言われたルリは素直に頷いた。


「はい」


 だって怖かったんだもん。


***


 ルリが兵士たちに連れてこられたのは、お城だった。しかも、てっぺんにある玉座の間である。

 そしてルリは今まさに王様の前に立たされていた。


 王様は威厳がある感じの白髭のおじさんだ。

 周囲には偉そうな人たちがたくさんいて、それ以上に多数の兵士がるりのことを警戒している。


 王様は玉座に深く座りながら、口を開いた。


「転生者よ。お主が神から授かった力を明かしてみよ。我が国に役立つ力なら賓客として迎え入れよう。だが、もしこの国に仇をなすような力であれば……」


 そういってギロリと睨みつけられる。


 ルリは緊張をごくりと唾を飲み込み、女神からもらった本を片手に、その問いに答えた。


「私が女神さまからもらった力は……」


 王宮全体がルリと同じような緊張に包まれる。


「『ぬ属性魔法』です!」

「放り出しておけ」


 ルリはゴミみたいにぽいっと城から放り出された。


「うわぁあああああああああん、何かの役に立つなんて思われていないし、かといって警戒されるわけでもない、一番悲しい反応!!」


 それから放り出された城の扉の前でしくしくと泣くルリを、兵士が早くどこかに行って欲しそうな表情で見つめていた。

 そんなルリに声をかけるものがいた。


「君、"エデン"から転生してきた人間ですか?」


 それは牧師風の服を着た老人だった。

 老人といっても、背すじはしゃんとのび、白髪になってしまった髪も綺麗に生え揃っている、老人なのに不思議と若々しい雰囲気の人だった。眼鏡をかけたその顔には優しさと理知的な雰囲気が宿っている。


「"エデン"ですか……?」


 涙を拭って立ち上がったルリは、老人の言葉に首を傾げた。


「転生者の方たちがいらっしゃる世界です。そこは"カガク"により栄える平和な世界だと聞いています。飢えることなく、みんな幸福な生活をしているとか。転生者たちはその世界のことを"チキュウ"と呼んでいるそうです」

「私も地球からやってきました……そんなにいい世界ではないですけど」

「そうですか……。どうやら城のものからは歓迎されなかったようですね」

「はい……」

「……今、国王はこの国に隠されているという財宝を探しているようなのです。そのために転生者や力あるものを熱心に集めています。その分……政務は疎かになり、民の暮らしに目を向けてくれなくなりました……」


 そういって老人は深いため息をついた。


「そうなんですね……」


 確かにあんまり優しい王様とは言えない感じのひとだった。目つきは悪かったし、態度も悪かった。


「君は城から追い出されてしまったようですが、行く当てはありますか?」


 その質問に、ルリは10秒ぐらい、口をぱくぱくさせ沈黙をしてから答えた。


「………………ないです」


 そういえば、突然異世界にやってきたのだから、泊まる場所もない。ホテルも知らないし、現地の通貨ももってない。

 ルリはどうしようっと口を開いたまま固まってしまった。


 そんなルリを見て、老人は優しい表情で微笑んで言った。


「実は私はこの近くで孤児院を営んでいるんです。何人かでやっているんですが子供が多いので人手が足りませんで。あなたがよければですが、孤児院で子供の面倒を見る手伝いをしてもらえませんか? 住居は孤児院に住んでくれればいいし、食事やあまり多くはないですがお給料も出す予定です」

「い、いいんですか!?」


 とてつもなくありがたい申し出に、ルリは老人の顔を見上げた。その優しい笑顔は後光が差して見えた。


 老人はにっこりと笑って言った。


「ぜひお願いします。私はイブリスといいます。えっとあなたは……」

「私はルリ。ルリです! よろしくお願いします、イブリスさん!」

「はい、よろしくお願いしますルリさん」


 そうしてルリはイブリスさんの孤児院でお世話になることになった。


***


 ルリがイブリスさんの孤児院にお世話になってから、もう1週間が過ぎようとしていた。


 イブリスさんの孤児院に暮らしているのは29人の子供たちだ。その中でもルリは5人の子供と仲良しになった。


「ルリお姉ちゃん、"すすぎ"が終わったみたいだよ〜」

「はーい!」


 その中の一人が、いま読んでくれたミリエルちゃん。

 年齢は小学四年生ぐらいだろうか。天使みたいにかわいらしい容姿をしていて、将来絶対美人になるであろう女の子だった。


「はい、ルリさん、お洗濯物をお願いね」

「はい、任せてください!」


 ここの孤児院は子供が多いので、日中は修道女の人が2人から3人ぐらいきてもらっている。

 そのうちの一人から、濯ぎ終わった洗濯物の桶を受け取る。


 まずはそれを一つ一つ、ぎゅっとしぼっていく。

 隣ではミリエルちゃんが小さな手で一生懸命、洗濯物をぎゅっとしぼってくれている。


「ミリエルちゃん、遊んでてもいいんだよ?」


 他のみんなは朝のお勉強とお昼の合間なので遊んでいた。

 ミリエルは首を振る。


「お姉ちゃんのお手伝いがしたい。だってお姉ちゃんと一緒にいるのが楽しいから」


(あああ、天使だ。この子はぁ〜〜〜)


 ルリはミリエルをぎゅっと抱きしめた。


 洗濯物を絞り終わったあとは、それを紐にかけて干す作業だ。29人分の洗濯物だから、かなり多い。

 でも居候させてもらってる身だ。これぐらいは役に立って見せなければならない。


 ルリは洗濯物を一枚一枚干していく。

 ルリ自身も背が高い方ではないので、腕が疲れる作業だ。ミリエルちゃんに至ってはまったく届かないので、一生懸命ジャンプして、やっぱりまったく届かない。


 そんなミリエルちゃんの姿がかわいくて、ルリはしばらく眺めてしまった。


 そこからはミリエルちゃんが籠から洗濯物を手渡し、ルリが干していくという分担作業になった。

 ミリエルちゃんもルリの役に立ててニコニコ。


 疲れたけど2人で楽しく作業を終えた。


「ルリちゃん、ちょっとお願いしていいかしら」


 2人で休憩していると、1番古株の修道女に呼ばれた。


「買い物に行ってきて欲しいの。今手が離せなくて」

「任せてください!」


 ルリは胸をドンっと叩いて、お金と手提げを受け取る。しかし、そこで修道女がハタッと気づいた顔をした。


「あれ、でもルリちゃん、お店の場所わかる?」


 ルリが孤児院にきて1週間、外出したことがないわけではないけれど、基本的に孤児院で自分たちの手伝いをしてくれていた。

 お店への道を知らない可能性もあるのだが……


「大丈夫です。任せてください」


 ゴゴゴゴゴ、と背後から効果音が聞こえてくるほど、ルリはなぜか自信満々の表情をしていた。


(どこからこの自信はくるのかしら……)


 不安しか感じられない修道女だったが、横からミリエルがぴょんっと飛び出してくる。


「私がお姉ちゃんを案内するから大丈夫です」

「そ、そう。じゃあ、ミリエルちゃんはルリちゃんのことをお願いね!」


 託される方がミリエルになった辺り、修道女の本音が漏れていた。

 ルリとミリエルは一緒に買い物にいくことになった。



***



 ルリとミリエルは孤児院をでて、街の中心街の方にやってきていた。


「あれが、よく買い物にいってるジャスゴオだよ」

「わぁ、ジャスゴオってこっちの世界にもあるんだね〜」


 ジャスゴオは元いた世界にあるショッピングモールだ。洋服から生鮮食品、家電までなんでもある素晴らしいお店である。

 ルリが見上げる先にあるのは、いろいろと建築様式は違うけど、看板などをみると確かにジャスゴオであった。


「その昔、エデンからやってきた人がつくったんだって」


 国王さまとの会話でもわかったように、この世界にはルリみたいな転生者が何度かやってきているようだった。

 とはいっても、今はこの国にいる転生者はルリぐらいなので、そんなに頻繁にきているわけでもないようだったけど。


 ルリとミリエルは一緒に買い物を済ませて、修道女さんにもらったお小遣いでアイスを買い、ホクホクの顔でジャスゴオをでてきた。


「ちゃんとお買い物できたね」

「うん、ミリエルちゃんのおかげだよ」

「えへへ〜」


 さて孤児院に帰ろうと森の中の道をしばらく歩いていたときだった。すれ違う馬車にのった男に呼び止められる。


「あんたたち、この道を歩いていくつもりかい?」

「はい」

「この森でモンスターを見たって情報を聞いたんだ。気をつけて帰りな」


 それだけ忠告すると、男は馬車を走らせて去っていった。

 ルリとミリエルは顔を見合わせる。


「も、モンスターって……」

「どうしよう、お姉ちゃん」


 気をつけてといわれてもすでに自分たちは道に入ってしまっている。

 ルリは迷った。道を戻るべきか、進むべきか。現状、襲われてないのだから、来た道を戻った方が安全かもしれない。


 けれど、それではミリエルちゃんを孤児院に返せなくなってしまう。自分はこの世界に土地勘がない上に、日も暮れかけている。もしかしたら夜は夜で別の危険があるかもしれない。かといって、孤児院に向かうのは一か八かの賭けになってしまう。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 悩むルリにミリエルが必死に声をかける。


「ちょっとまっててミリエルちゃん。今、決断するから……」

「お姉ちゃんうしろー!」

「へっ?」


 振り返ると、そこには巨大なモンスターがルリたちのことを眺めていた。

 冒険の序盤に出てくるようなスライムとか、そういった大人しいものではない。ライオンの体に羽が生えた、みるからに強そうなモンスターだった。


(あ、死んだかも……)


 そいつから爪が振り下ろされるのを見た時、ルリは無意識にミリエルに覆いかぶさっていた。

 痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑ったとき、声が響く。


『無の衝撃波(インパルス)』


 ルリの薄く開いた目に、凶暴そうなモンスターが吹き飛ばされる光景が映った。

 それと二人の少年の姿が。


 一人は黒髪の少年。鋭い目つきでモンスターを睨み、掲げた右手からはモンスターを吹き飛ばした黒い何かの残影が渦巻いていた。

 そしてもう一人は金色の髪の少年。心配そうな顔つきで、自分達に駆け寄ってくる。


「君たち、大丈夫だったかい?」


 ルリは少し呆然としたあと、「は、はい……」と頷いた。

 地面に倒れ込んだルリたちを、金髪の少年は助け起こしてくれる。


 そんなルリたちの視線の先で、モンスターがまた立ち上がる。あの一撃で倒せてなかったのだ。

 思わず抱き合うルリとミリエルに金髪の少年が優しい表情で微笑んだ。


「安心していいよ。あのモンスターは彼が倒してくれるから」


 モンスターが黒髪の少年へと飛びかかる。それを冷静な表情で右手をかざし、呪文を唱える。


『無の障壁』


 黒い壁が出現し、モンスターの突撃を受け止める。突撃の威力をそのまま自分に返され、モンスターはふらついた。

 少年はすぐさま右手を指差すような形に変えて、低い声でとどめの呪文を唱えた。



『無の弾丸(バレット)』


 黒い弾丸がモンスターを貫く。

 モンスターはその場に倒れ、動かなくなった。


 それを見たあと、ルリたちを守るように立ってくれていた金髪の少年が微笑んだ。


「ほらね」


 ルリは呆然と呟くように、少年に尋ねた。


「あのっ……あの人は……?」

「ああ、彼は僕たち国際騎士団に所属する魔術師の一人。その中でも最高レアと呼ばれる『無属性魔法』の持ち主。一級魔術師のレインだよ」


 金髪の少年の言葉は、黒髪の少年、レインにも聞こえたらしい。

 苦々しい表情で声をかけてくる。


「おい、勝手にヒトの個人情報を教えるんじゃねーよ、セフィル」


 そして金髪の少年の方は、セフィルというらしい。

 レインはルリとミリエルを明らかに睨みつけて言った。


「おい、そこの女。この俺に助けられたなんて勘違いするんじゃねぇぞ。俺は仕事としてこの森に現れたモンスターを倒しただけだ。いちいち面倒なんだよ、女ってやつは。助けてくれたお礼とか言って、いちいちつけまわしてきたり、見え見えの媚びをうってきたり……」


 そういってレインはルリに背中を向け、この場を立ち去ろうとした。

 その背中を見るルリの口から声が漏れる。


「あっ……」

「「あっ……?」」


 ミリエルとセフィルは首を傾げる。

 ルリはそのままレインの背中を追いかけると。


「あんたのせいでぇええええええ!」


 全力で襲いかかった。


「ぎゃぁあああああああ! てめぇ、いきなり何しやがる!?」


 助けた相手から感謝されることを拒否した彼だったが、まさか襲い掛かられるとは思ってはおらず、思わず悲鳴をあげる。

 そして10秒後、ポカポカの喧嘩の末に、レインに取り押さえられて、正座させられたルリがいた。


 レインは額に青筋を浮かべながら、ルリの前に仁王立ちして説教する。


「てめぇ、感謝する必要はねぇとは言ったが、襲い掛かれと言った覚えはねぇぞ」


 そんなレインをセフィルが宥める。


「まあまあ、理由があるみたいだから聞いてあげようよ」


 ルリは正座させられたときから、というかレインに襲いかかったときから、しくしくと泣いていた。


「ろくでもねぇ理由だったら容赦しねぇからな!」

「話してみてよ。何か事情があるんでしょ?」


 レインからは凄まれ、セフィルからは優しく促され、ルリはかくかくしかじかと理由を述べた。


「なるほど、君は転生者で。本当は『無属性』の力を望んだけど、レインがすでに持ってるから手に入らなかったと。それで代わりにカッコ悪い力を神様からもらってしまったのでレインのことを恨んでいると」

「完全に逆恨みじゃねぇか! ふざけんなよ、アホ女!」

「だってぇ……だってぇ……」


 確かに逆恨みかもしれない。それでも、レインのことが憎くて羨ましくて仕方ないのだ。


「レイ〜ン、もう許してあげなよ。それでルリちゃんはどんな力をもらったの? もしかしたら一見カッコ悪いだけで強い力かもしれないよ」


 名前も事情を話す時に、二人に告げていた。

 ルリは一応、捨てる機会を失って持ち歩いている魔術書をセフィルに見せた。


「『ぬ属性魔法』です」

「えっ……ぬ……ぬ属性? なにそれ……」


 さすがに聞いたことがなくて、セフィルも戸惑ってしまう。

 一方、レインはルリを指差して大笑いしだした。


「ギャハハハ、なんだそれ。間抜けなお前にお似合いの力だな!」

「ううう〜」


 ルリはしくしくと泣き出してしまった。

 セフィルが慌てて慰める。


「ちょっとレインやめなよ! ルリちゃんがかわいそうでしょ?」


 それでもレインの大笑いは止まらない。襲われた仕返しとばかりに大笑いする。


「いやだってよ。『ぬ属性魔法』なんて聞いたことないぞ。どんな魔法だよ、それ。ちょっと見せてくれよ、ハハハハ」


 あんまりにも大笑いするレインにセフィルの空気がちょっと変わる。「ちょっとまっててね」と大泣きするルリの肩をポンと叩くと、ルリとミリエルには表情がわからないように後を向き、レインの肩をガッシリと掴んでいった。


「やめな?」


 セフィルがどんな表情をしたのかわからないが、レインの顔が真っ青になってセフィルから目を逸らした。


「わ、わるかった……。笑いすぎた……」


 そして一応、謝った。


「うん」


 それから、ミリエルとセフィルに慰められ、ルリが泣き止んだ。


「はあ、妙なヤツを助けちまったぜ」


 大騒ぎしたせいか、助けるつもりはなかったといいつつ、助けるつもりだった本音が漏れてしまうレイン。

 セフィルの方は相変わらず、ルリたちに優しい態度で接してくれる。


「君たち、どこに住んでるの? 一応、報告のあったモンスターは倒したけど、送っていくよ」

「えっと、森の向こうの孤児院です」


 そうしてセフィルと、一応ついてきてくれているレインと一緒に孤児院に戻ろうとしたルリだったが、ふとその耳に誰かのうめき声のようなものが聞こえてくる気がした。


「あれ、何か向こうから、誰かの声が……」


 その方角はルリが帰ろうとした道とは反対側だった。

 四人でそちらの方向に移動すると、潰れた馬車があった。そして、先ほどモンスターがでると忠告してくれたおじさんが、馬車の残骸の下敷きになっていた。


「これはさっきのモンスターに襲われていたのか……!」


 ルリが襲われたのは、馬車のおじさんとすれ違って間も無くだった。馬車のおじさんも先に襲われていたのだ。

 馬車の残骸は重くおおきく、おじさんはくるしそうだった。


「ちっ、『無の衝撃波(インパルス)』で吹き飛ばすか」

「いや、レインの攻撃では一番威力が弱い魔法だったからルリたちを助けるのには使えたけど、この距離だとさすがに……。かといって、僕の魔法でも……」


 レインやセフィルの魔法ではどうにもならない状況のようだった。

 難しい表情をする二人。


 しかし、するっとルリが前に出ると、魔術書を開いて魔法を唱えた。


『ぬるっと!』


 魔法が発動した次の瞬間、おじさんの体がぬるりと馬車の残骸から滑り出る。

 そしてそのまま安全なところで止まった。


 レインとセフィルの目が点になる。


「な、なんだその魔法は……」

「すごい……本当に『ぬ属性魔法』なんだね……」


 役に立てたみたいなのでルリはえっへんと胸を張り。


「お姉ちゃん、すご〜い!」


 ミリエルは目をキラキラさせてルリを褒め称えた。

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ニートのアイディアメモ帳 小択出新都 @otaku_de_neet

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