1-終,神のお口付け

しらーーーーーーーー。てんてんてん。


かっけぇくてあっちぃ雰囲気、だだ下がりである。知恵の実のぷつぷつした感触を思い出し、指でいたずらに転がす。


誰だよ、儀式名『お口付け』とかにしたやつ。神の世界へと、住まう層、レイヤーを変える儀式。めっちゃ重要な儀式にそんな名前がついてたらさ、ほら、ノーカンなあんな行為とかこんな行為とかすんのかなーってちょーーっと?思っちゃったじゃないか。ノーカンな?儀式的行為?みたいな???


(最後に図星をついて帰るなあの人外はっ!)

わなわなと。ただし、


「……ぁ……っ!?」


(あれ、上手く、こえ出なっ)

声が声になっていない事に、私は体のリミットを思い出す。そういえば急がないと消えちまう。急に焦りを覚える。体は相変わらず重い。感覚も鈍い。どの筋肉も全然動かない。転がしていた実の感触も気づけば感じられない。

(あれ?)

知らないうちに床に落としてしまっていた。拾い上げる気力もなく、手近な実を新たにちぎりじっと見つめる。まだ青白い実。知恵の実。これを口に含めば私は神の世界の住人。無常にさようなら。人の信心。私がやるべき事。体を手に入れてやるべき事。

「……みんな」

墓のシロいのたち。地蔵たち。私を感じてさえずり、鳴いていた鳥や虫たち。寺のみんな。みやちゃん。


皆が私を感じることは、もうないけれど。でもちゃんと見てるから。私はこっちから皆に幸福を授けるから。


「行ってきます」


顔を落とす。


前髪が浮き実を影で覆う。


片手でで髪を耳にかけ直す。ひだり。みぎ。


実を半分転がす。


親指をくっと反らす。


舌先が歯より前に出る。


目を閉じる。


唇に触れたその実が口に入る。


甘……くはない。見た目からして青白そうだったし。ぷつぷつした感じは見たまんま。食べては駄目、呑んでも、噛んでも駄目。

「……?」

一瞬の間。血?が巡る?感覚。ん、いや。


「……っ!!!」


呑まないように、吐かないように、口を閉じて堪える。目が大きく開く。

真っ白い糸が全身から出てくる。これは、絹糸……?いや、生糸か。撚っていない、蚕から今吐き出されたかのような、まっさらで、もったりとした、細い糸。どろっと、私から分離するように。不定形にうねうねと動きながら、しかし、私と似たような形か……?少しだけ人型に近づきつつある。

(人型になろうとしている、のか)


とろけるような生糸のかたまりが私から完全に分離する。いつの間にか、落としていた実を踏んでしまっている。足の指先に砕けた実が絡んでいる。

(おわ、おわ)

うわ、なんか全然力入んない。次は、次は何すればいいんだっけ。次なんかあったっけ。やば、今なにしてんだっけ。あえ、ここどこだっけ。


(なんか……くらくらする……)

頭が回らない。ぼーっとする。砕けた足元の実で指の間が気持ち悪い。指をちょっと動かす。なんとなく安心する。

目の前のなんとなく人型生糸がほとんど人型生糸になって、確定人型生糸になる。

真っ白だが多分同じ背丈。多分同じ髪型、同じシルエット。なるほど、これは。


(私自身、か)

整った鼻にあどけない口元。揃えられた長い髪。シンプルなシャツにリボン、着物。

(傍から見ると、なんとまあ)

自分で言うのもなんだが端正である。めっちゃ神っぽいな……。誰だかがどこだかに描いた吉祥天ってこんな感じじゃなかったか。


ふわふわな頭でまじまじと全身を見つめる。人型、もとい私型生糸はふわりと立ち止まったまま動かない。目は閉じられている。眠っているみたいだ。まつげ、長いな。というか目ってどうなってるんだ?


ぽやぽや。後ろで手を組んで、ぐっと顔を覗き込んでみる。近くで見ても、なんか、すごいな。特に、くちびる、とか。


(その名の通り、甘美な時間だからさ。せいぜい楽しみなよ、ラクシュミィ)


あ、分かった。


いやに吸い込まれそうな生糸の艶。言われずとも、ねえ。真っ白い頬に手を当ててみる。すべすべ。

(あっはは、首あつー)

言われなくとも、次にやることが何となくわかる。今は確信がある。神の儀式。その名は「お口付け」。こうだろ。儀式の完成は、これだろ。



そうだ、お前に名前やるよ。

首を少し傾ける。


今日から私は、『ユキヨノクチドケ』。


「んっふふ、こぇ、あげう」


あん


はむ


すり


くち


ちょっと失礼。親指で口の端を抑える。やば、唾液めっちゃ出る。


ぐち


ぐち


わー。


うあーーーーーーーー、


あーーーーーーーーーーーま。


つぶつぶが消えていく。糸が解けていく。私は、ユキヨノクチドケは、身を任せて目を閉じる。

口から、全身へ。余すことなく温かさが広がっていく。ぼーっとする。眠たい。体が重たい感じが、いつの間にか無くなっている。温かいくらくら感をそのままに、様々な感覚を覚えていることに気づく。んー。もう少しだけ。

「んっ……んむ……っは」


石畳を足裏で感じる。血が巡っている。閉じたまぶたがぴくりと動く。粉雪が降っている。ゆっくりと、目を開ける。


暗い夜。雪夜。吉松院。立っているこの体。


そんで私は


「んぅ……?」



ひとっつも知らん誰かと、ちゅーしていた。

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桑都エケベリア 富良原 清美 @huraharakiyominou

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